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6-10 どう考えても俺の方が兄として相応しいはずだった




 深刻そうな操の表情は、聖国どころではない大事が起こっていることを物語っている。

 正直あまり聞きたくなかったが、ルチアが尋ねてしまった。


「なにがあったのだ?」

「実は今……樹海に帝国が攻めてきているの」

「帝国が!?」


 俺にはあまりよくわからないのだが、想像の埒外だったようでルチアはかなり驚いている。


「なぜだ……なぜ今、帝国が」

「気になりますわね……でも詳しい話はあとにしませんかしら。まずはミサオさんを戻した方がいいと思いますわ」


 セラも驚いているが、それよりも今は気になるものがあるようだ。

 その視線を追って、俺たちも玄関ドアの方に目を向けると──


「……泣いていますね」


 ニケの言う通り、玄関ドアの前で獣人の男が膝をついて泣いていた。操のお相手だろう。

 声こそ聞こえないが、天を仰いでギャン泣きする姿は、まるで迷子の子供だ。


「ティル……」

「本当にあれでいいのですか? 貴女と年も近いように見えますが、それがあれは」

「……いいの」


 操はどこか気まずそうにしているが、あいつの気持ちもわかる。


「お前たちが殺されたら、俺もあんなんになると思うぞ」

「……ルクレツィアがアダマンキャスラーにやられたときの貴方の顔を思い出すと、いまだにゾッとするのですが。もっともああなったところでマスターはいいのです。子供ですし可愛いですし」

「それはズルい」


 しばらくニケにジト目を向けていた操は、立ち上がろうと腰を浮かせた。

 しかし思い出したように再び腰を下ろす。


「大切なことを聞き忘れてた。橘くんは……みんなを日本に帰してあげる気がないの?」

「ああ、これっぽっちもない」


 操は眉をしかめたが、俺がそう答える予測自体はできていたようだ。


「やっぱり私だけに話したのはそういうこと……なぜ?」

「あいつら帰して、周囲に異世界行ったこと言いふらされたり問題起こされたりしてみろ。母さんや千冬、晴彦さんだってあっちで暮らしていけなくなるぞ」


 決して大袈裟だとは思わない。俺たち勇者の持つ力や素材を知られてしまえば、普通の生活など影も形もなくなるだろう。


「それはそうかもしれないけど……みんなそんなことしない」

「信用できないな」

「だったらみんなのことをもっと知って欲しい。それで信用できたら、せめて一度だけでも」


 仲間のために操は食い下がってくるが、期待を持たせても良いことはない。ここはきっぱりと拒絶する。


「それでも無理だな。たとえあいつらのことを信用できたとしても、その家族とかまで信用するのは不可能だ。あいつら本人だけじゃなくて、関係者の中の一人にでも騒がれて周りに信じられたらアウトなんだぞ」


 近くで見張れる操一人帰すのも怖いのだ。他の勇者を気の毒と思わないわけではないが、母さんや千冬の安全とは比ぶべくもない。仲のいい友人でもないし、そこまでのリスクを背負う関係性ではない。

 操は助けを求めるように見回すが、三人とも揃って首を振る。

 それでもまだ操は訴えようとしていたが、その前にセラが口を開いた。


「ミサオさん、これはこちらの世界を守るためでもあると思っていただきたいですわ」

「……どういうこと」

「あちらに連れていっていただいて、私はとても素晴らしい世界だと思いましたわ。魔法でもできないようなことを知恵と技術で実現し、豊かな暮らしを勝ち得ていることに感服しましたの。そして……同時に恐ろしくも感じましたわ。もしあちらの世界の人々がこちらの世界のことを知り、こちらの世界に渡る術を生み出してしまったらどうなるのかと想像して」


 セラのその思いは初めて聞いたが、なるほど……ただでさえ科学技術は進んでいて、しかもこっちにくると現地人より強くなれる可能性が高い。そんな連中が大挙して押し寄せてきたら、この世界はメチャクチャになりそうだ。

 もちろん簡単に世界の壁は越えられないとは思うが、あちらからこちらにくるのは逆と比較すれば容易なようだし、本気で研究されたら越えてしまうかもしれない。


「もちろんそうなったときに良い面もあるとは思いますけれど、やはりそれ以上に恐ろしいですわ。すでにどなたかのせいで、この世界に大きな影響が出てしまっているくらいですもの」

「うんうん、剣聖とか迷惑なヤツだったもんな」


 なぜセラはジト目?

 なぜルチアは苦笑い?


「……とにかくそのような事態を避けるためにも、無責任にこちらのことをあちらに広めるべきではありませんわ」


 操がついに項垂れる。そして大きなため息をついた。


「ハァー……みんなにここでなにを話したって言えばいいの」

「知らん。話したままを伝えたって別にいいんだけどな。それであいつらが自分たちを帰せとか無理に要求してくるなら、こっちは抗うだけだ」

「始めに言ってた誰かが死ぬかもって、そういうこと……」


 そして操は切なげに、力なく微笑んだ。


「本当に初めから手を取り合えていたら……そうすればみんなのことを帰すのにも、前向きになってもらえたのかな」

「無意味な仮定だな」

「そうだったね、ごめん。今更後悔しても意味がない。遅すぎるね」


 そう言って操は頭を下げるが、俺は当時のことを責めたくて言っているわけではない。


「さっきも勘違いしてたが、そういうことじゃないぞ」

「え?」

「俺だってあの頃はいっぱいいっぱいだったからな。協力なんて持ちかけられても間違いなく蹴ってた。当時お前が俺に対してどう動いてようが、大まかな今日までの流れは多分変わってない」


 他人に構ってる余裕なんてなかったし、たとえ手を差し伸べられていても信用しなかっただろう。


「だからそんな仮定には意味がないし、俺に働きかけなかったことをお前が後悔する意味もない」


 俺をイジメたことは大いに後悔すべきだが。

 キョトンとして目をしばたたかせていた操だったが、なぜか嬉しそうに笑った。


「なんだか……よくわからなくなってきた」

「なにがだ?」


 尋ねると操はなにかためらっていたが、やがて口を開いた。


「健吾君は……」

「あん?」

「健吾君は、イジメても橘君がヘラヘラしているのを気持ち悪がったり怒ったりして更にエスカレートしてた部分もあった。でも多分本当は……貴方のことが怖かったんだと思う。イジメるのをやめようとしていたこともあったし。私もちょっと怖く思ってたけど、よくわからなくなってきた」


 なんだそりゃ? もう名前忘れかかっていたが、健吾って剣聖のことだよな……怖かったのはぶっちぎりで俺の方だったはずだが。

 首を傾げていると、後ろのニケが笑った。


「私たちにもまだ、どういう人かわかりませんからね」

「ふふ、そっか。でも気をつけた方がいい。この人の強さは敵を作る」

「そのための我々だ」

「ならいい」


 こんな愛らしいショタボーイを捕まえて怖いだの敵を作るだの好き放題言って、操が立ち上がる。


「先に戻る。ここまできてくれたこととか、色々ありがとう」

「途中で何度かくるの諦めようかと思ったけど……ま、一応お前も妹だしな」

「……姉でしょ?」

「俺八月生まれ」


 晴彦さんから、操は十月生まれだと聞いている。


「なんだろ…………今日イチでショックかも」


 なんでだよ。

 そのままヨロヨロと外に出た操は、速攻でティルとかいう獣人にしがみつかれ、押し倒されていた。そしてその頭をしばらく優しく撫でていた。


「あれが義弟になるかもしれんのか……」

「あら、兄としては妹が心配かしら」

「別にそんなんじゃないって」


 操の落ち着いた雰囲気とか、案外嫌いじゃないけど。


「でさ、ルチア。ちょっと聞きづらいんだが、奴隷について教えてくれないか」

「それは構わないが、なぜ今唐突に?」

「あいつら勇者もその家族も、みんなまとめて奴隷にしちゃえばいいかと思ってな」

「それは……彼らを帰すためにか!?」


 奴隷にすれば、あれこれ口外しないように強制することはできるだろう。そうなれば帰してやっても問題がなくなる。

 最悪勇者の口だけ閉じさせてもいいのだが、家族すら今までどうしていたか知らないというのは支障が出すぎると思うのだ。なので家族にも教えた上で奴隷にするのがベストだろう。


「意外ですわ……」


 なぜルチアとセラは口を半開きにして驚いているのかな。なぜニケは俺のおでこに手を当ててるのかな。


「言っとくが、他の勇者のこと自体はどうでもいいんだ。ただ、操がな」

「なるほど……どう見ても自分一人だけ帰れることに気が引けてましたわね」

「うん。だから操が帰らないとか言い出したときのために、どうするか考えておこうかと思ってな」


 せっかく諦めた操に変に希望を持たせたくなかったのでさっきは言わなかったが、方法が皆無ではないと思うのだ。


「そういうことか。乱暴なやり方ではあるが……いや、やはり無理だろうな」


 少し考えたルチアは、そう言って首を振った。


「なんでだ?」

「魔術的に奴隷とするには通常は契約魔術が使われるのは知っているな? だが、行動を制限するような強制力の強い契約だと、首に紋様が浮かぶからな。奴隷紋と呼ばれるあれだ」


 ルチアを買ったときにもあったあれか。あとでジルバルさんに奴隷契約を解除してもらったときに消えたのだ。


「あれは出ないようにはできないのか?」

「ああ」


 そうなのか。だが確かにその者が契約に縛られていることが他者からもわかるのは、必要なことかもしれないな……それが本人や他者を助けることに繋がるケースも多いだろう。

 そして紋様が首に出るのは、腕などだと切り落とすことができてしまうからかな。

 さすがに家族揃って首にそんな紋様があるのは異常すぎる。常に人に首を見せないようにするのも難しい。


「それに契約魔術の使い手は、その全員が国に把握され、管理されていると考えた方がいい」

「悪用されては危険ですもの、仕方ありませんわね。どの国においても、悪用されるような事態になったときは全力で潰すのが鉄則ですし」


 術者を日本なんかに連れてこうとしたら、その前も後も面倒くさいことになりそうだ。


「ふーむ……じゃあ契約魔術は諦めるとして、他になにか代わりになるのないか? 人に強制力を働かせられるようなスキルとかで」

「思いつくものがないわけではないですが……契約魔術より更に希少なスキルになるので、よほどの巡り合わせがない限り出会うのは難しいかと」


 まさに生き字引であるニケが言うなら、その通りなのだろう。あいつらを日本に帰すのは諦めた方が良さそうだ。

 しかしそのようなスキルがあると知れただけでも良かった。


「じゃあ操が帰らないって言い出したら、そういうスキル探しといてやるからお前は帰れってだまくらかしとけばいいか」

「だまくらかすって……もう、ちょっとは見直しましたのに」

「実際そのようなスキル持ちを探すのは難しいと思うが、気に留めておいてやってもいいと思うぞ」


 口では呆れたようなことを言っているが、なぜかセラとルチアの口もとには笑みが浮かんでいる。

 どうやらニケも同じようで、笑った息が頭に吹きかけられた。


「ふふ、ミサオが帰らないなどと言い出したら、そのまま見限るかと思いましたが」

「連れて帰ることにはかなり前向きのようだな」


 確かに見限ろうとかは考えなかったけど……いや、違うよ。だからそんな暖かい目で見ないで。


「それはそうですわよ。ねえ、お兄ちゃん?」


 ちっ、違うからっ。別にそこまで本気で妹だと思ってるわけじゃないんだからねっ!






 俺たちがラボから出たあと、ここから少し離れた開けた場所に獣人たちは移動することになった。怪我人も多いし、今日はそこで一泊するようだ。

 帝国のことなどを聞くために、俺たちもついていくことにした。


 その際重傷者をラボに入れて運んだのは、あまりにも移動が遅くてだるかったからである。本当は他人なんて入れたくないのでリビングには入れずに玄関に押し込んだから狭かっただろうが、自分で歩くよりマシなはずだ。

 その甲斐もあって、まだ日の高い内に到着することができた。


 運び出される怪我人を見送り、最後にルチアがラボから出てきた。リビングに入らないように見張りと、獣化しなくても使える回復魔術での治療をしていたのだ。スキルレベル上げにもなって良かっただろう。


「ありがとうございました! 回復魔術まで使えるなんて、ほんとスゴイっすね」


 出てきたルチアに、よく喋る日本人の男と全然喋らない男が頭を下げた。道中ではよく喋る方にあれこれ尋ねられてわずらわしかった。

 随分かしこまっているのは、ルチアのことを年上だとでも思っているからだろう。実際は俺より少し若いのだが、落ち着いてるし色気たっぷりだし勘違いしてもしょうがない。


「大したことはない。全て主殿のお陰だしな」

「俺のお陰では全然ないけどな」

「そんなことは……おや? セレーラ殿はどうした?」


 俺を抱っこするニケの周りを軽く見回し、ルチアは首を傾げた。


「ああ、セラなら操とかと話を……あれ?」


 少し離れている操とカヨの方に目を向けたが、セラが見当たらない。さっきまで話をしていたのに。


「おい操ー」

「……なに」


 ティルにしがみつかれた操が、ブスッとした様子でカヨと共に寄ってくる。

 なんだ、まだ怒ってるのか。


「あんなことをマスターに言われてしまっては当然でしょう」


 ニケは操の肩を持つが、俺は助けてやっただけなのに。


 それはここにくる前、ラボで操と話をしたあとのこと。

 外に出ると、操は周りから問い詰められていた。なんの話をしたのかとか、ひどいことされてないかとか。

 上手い言い訳が思いつかず、しどろもどろになっていた操が目で助けを訴えてきたので、仕方なく応じてやったのだ。


『イジメの詫びとして、操さんに僕の女になってくれるよう迫っていただけですよ。ハーレム増やしたかったので』


 と、嘘をついて。

 そのあと捨てられると思ってまた泣いたティルをあやすのに苦労したのはわかるが、俺に怒るのはお門違いじゃなかろうか。


「流れとして信憑性はあったが、恋人の前で言うような嘘ではないな」

「ええ、お門違いではありませんね」


 二人に突っ込まれつつ、怯えてるのか睨んでるのかわからないティルの視線を流しつつ、操に尋ねる。


「セラはどこ行った? トイレか?」

「……違う。伝えてくれって頼まれてたけど、彼女なら──」




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