6-7 千ヤードはかっ飛ばせるハズだった
「たっ、橘くん!」
剣聖を終わらせるトゲトゲバットの黒光りする勇姿を目にして、泰秀が泡を食っている。
ちなみにバットが黒いのは塗装しているからであって、中身はいまだミスリルである。俺がオリハルコンとかの良い素材の武器を持っても、宝の持ち腐れだと思うのだ。狙われて奪われても嫌だし。
「無理ですよ、もう。貴方たちだってわかるでしょ」
ここは誰かが助けてくれて、誰かが裁いてくれる国の中、街の中じゃない。自分や大切な人の身は、自分の手で守らなきゃならない。
そんな場所で、セラたち三人も含めて絶対殺すと脅されたのだ。
発言の内容こそ三下の捨て台詞だが、発言した奴の力は一級品なのだ。看過するなど、決してできない。
初めから力に恵まれ、聖国にずっと守られてきた剣聖だけはわかっていないのだろうが。こいつはまだ日本にでもいるつもりなのかもしれない。
「それは……物の弾みで」
「本心だろうが違おうが関係ないです。口に出した、それが全てです。一家の主として、あんなことを言った奴を見逃すことはできません。そんなことをすれば、僕が彼女たちにそっぽ向かれてしまいます」
そう思って振り向いてみたが、どうやら別に大丈夫らしい。三人とも笑いながら小さく首を振っていた。良かった。
だからといって、剣聖は見逃さないが。
「どうしても止めたければ力づくでどうぞ。そのときは貴方を殺してからこいつを殺します」
もうなにがあろうと、俺の意志が翻ることはない。
それを理解したか、泰秀は顔をクシャクシャにして天を仰いだ。
……泰秀は俺にとっては腹立つ奴である。
だが剣聖は、こいつの存在をありがたく思うべきだろう。そして決別する前に、こいつの言葉にちゃんと耳を傾けるべきだったんだろうな。
別に羨ましいわけではないが、なんとなく千冬のお守りのことが頭に浮かんでしまった。
「……ということで剣聖様。殺しますね」
頭を切り替えて宣言すると、シータにシャチホコさせられている剣聖は、青ざめた顔で唇を震わせていた。
しかし意外にも暴れることはなく、そればかりか潔い台詞を言い放った。
「い、いいぜ……やれよ。こんな世界、飽き飽きしてたんだ」
ウソつくな。さっきまで自分が最強だと思って、滅茶苦茶エンジョイしてたじゃねえか。
だが今回は、ただの強がりとは少し違うようだ。歯抜け顔でニヤリと笑った。
「でもなあ、覚えとけよ……日本に戻ったらただじゃ済まさねえからな」
うん? こいつ、なにを言ってるんだ?
俺たちが日本に戻れることを知っているはずはないし、口振りからしてもまるで自分が戻れるとでも思っているようだ。
お前はここで殺されるんだけど、イカれちゃったのかな?
わけがわからず首をひねっていると、哀れみを多分に含んだ操の声が上がった。
「アナタはまだそんなこと言ってるの……死んだって、日本に戻れるわけないのに」
ん〜…………ああ! 思い出した!
そういえば聖国では異世界召喚って、死んだら召喚された場所に、時間に戻れるとか、そんな設定だったな。
……えっ、待って。
「あの、まさか剣聖様はそれ信じてらっしゃる?」
「はっ、俺にはオメェらがなにを疑ってるのかわからねぇな。召喚陣はカミサマが作ったんだぞ」
ぴゅっ…………ピュアぁ。初めて剣聖のことを可愛く思ったよ。
「ぷふっ、ぷくくっ………ねっ、ねえセラちゃん。ラボからなんか雑誌持ってきて」
━━あまりに可愛いので、その幻想をコナゴナにしたくなっちゃった。
「もう……いけずな人ですわね」
玄関ドアを出しっぱなしだったラボから、ちょっと呆れつつ笑いつつセラが雑誌を持ってきてくれた。
「彼らに渡せばいいのですわね」
俺が頷くと、セラは雑誌を獣人側の地球人に投げようとしたが踏みとどまった。
そしてなぜか向きを変え、性悪リンコに投げた。
「どうするのかよくわかりませんけれど、剣聖の味方の方が信憑性が増すのではありません?」
確かにそうかも。
ぺたりと座っていたリンコは、近くにバサリと落ちた雑誌を見て目が点になっている。
「え? これ、って…………なんで!? JonJom!」
まだ痛そうに押さえていた肩からも手を離して飛びついた。
自分の男が殺されそうなのに、どうにも軽いな。まあそういう女であり、その程度の繋がりであるということか。
「ジョンジョンって……ファッション雑誌の!?」
「なんでそんなの持ってるの!?」
地球人たちが驚いて聞いてくるが、もちろんここで俺が日本に帰れることをバラすつもりはない。
「実は僕、異世界運輸というお取り寄せスキルを手に入れまして。それで向こうの物を買えるんですよね。結構条件が厳しくて、なんでも手に入るってわけじゃないんですけど」
「そんなスキルが……さっきのシェイクとかも、それで買ったのか」
「ええ。それでですね……リンコさん。その雑誌いつ刊行されたか見てみてください」
なんでアンタに命令されなきゃいけないのとかブツブツ言いつつ、リンコが日付をチェックする。別に命令はしてないけど。
「ええと、令和✕年……令和ってなに?」
ああ、俺たちがこっちにいるあいだに年号変わったんだよな。
「わけわっかんないんだけど。西暦は……あ、書いてあった。二千…………✕✕、年……」
雑誌はこの前買ったばかり。
リンコが呆然と呟いたそれは、当然今の地球の暦だ━━俺たちが召喚された年などではなく。
「剣聖様、僕は最新号を取り寄せたんです。わかりますよね?」
「う…………ウソだ」
「あちらの世界は、普通に歩んでいるんですよ。僕たちが戻らなくても」
「ウソだ、ウソだっ」
「もう捨てちゃいましたけど、僕たちが召喚された当時の新聞も取り寄せました。僕たちは行方不明だそうですよ」
「ウソだウソだウソだ!」
「残念ですが本当です」
新聞はウソである。
「そうか……」
「ま、そうだよね……」
獣人側の地球人もショックを受けているが、それは帰れると思っていたわけではなく、現実を改めて突きつけられたからだろう。リンコも取り乱していないのは、わかっていたからだ。
認めないのはただ一人、剣聖だけ。
「ありえねぇ、そんな、そんなはず…………わかったぞ、テメェが作ったんだろその雑誌! 騙されんなお前ら!」
いくら錬金術師でも、あんなもんそこまで精巧に作れるか。昔作ったなんちゃってカレーとは違うのだ。
しかしわざわざ俺が否定するまでもなかった。パラパラとページをめくっていたリンコが呟いた。
「あ、このモデル知ってる。ギャル系卒業してお姉系にいったんだ……大人になってるし、そうだよね……」
これにてジ・エンドである。
「いい加減わかりましたね、剣聖様」
しゃがんで覗き込むと、完全に顔から色を失っていた剣聖はビクンと震えた。
「あ……あ、あ、そんな…………こんなの……だって、サトシもキョンも、死んだんだぞ……それじゃあアイツラはっ」
「もう会えませんよ。そして剣聖様、貴方もその仲間入りです」
アゴを戦慄かせ、非道く呼吸を荒らげ。
「イヤ、だ…………イヤだぁ……死にたくない、死にたくないっ!」
口からあふれ出るのは……生への渇望。
今まで俺にはこいつがどこか遊び半分で、どこか芝居がかっているように見えていた。それは日本に戻れると思って、腰かけ気分で生きていたからなのだろう。
だが今、ようやく理解したのだ。
その生が一度きりであることを。
目に涙を浮かべ、剣聖は火傷した右腕も使って這って逃げることを試みる。
しかしシータにガッチリキメられている状態では、それは叶わない。
「そうですね、みんな死にたくないです。でも、死にたくない僕たちを殺すと言ったのは剣聖様ですから。だったらどちらかが死ぬしかないですよね」
「謝る……謝るから、だからっグぎぁがががが」
鬱陶しい命乞いなど聞く気はない。
シータの背を反らせ、強シャチホコにして悲鳴に変換した。
「無駄なのでそういうのはやめてくださいね」
もう聖国の方も諦めてて動きを見せないし、獣人たちも雑誌の話とか意味がわかってないから退屈してるだろう。とっとと終わらせよう。
立ち上がった俺は、トゲトゲバットを肩に担いだ。
「せめてもの情けです、一発で終わらせてあげますよ。では剣聖様、最期になにか言い残すことはありますか?」
サソリ固めを緩めると、剣聖ははふはふと小刻みな呼吸を繰り返しながら、顔を上げた。
「俺は、俺はぁ……」
苦しみと、恐怖と。まともになにかを考えることができていたわけではないだろう。
それでも強く見開いた目を、俺と合わせた。
「俺は…………健吾だっ」
己という個を俺に刻みつけるように。
━━でもね。
「そうですか。さよなら剣聖様」
知るかそんなもん。
剣聖という型枠で評価されることを望んでいたのはお前だ。
剣聖と呼べと強制していたのはお前だ。
俺の心に残しておくこともない。
ただの名もなき剣聖として死ね。
「フルスイング」
ゴツンと、ゴルフスイングのように振ったバットが、重く鈍く響いた。
そして剣聖の命を奪った俺は振り返り━━
「ぅ……あ…………」
「マスター、まだ死んでいません」
━━ふむ。
「てい」
もう一回ゴツン。
「まだです」
「やっ、はっ、とうっ」
結局もう五回くらいゴツンして、ようやくニケのオッケーが出た。
全然一撃じゃなかったけど、わざとじゃないから許してね?
この物語を投稿し始めたのも平成でした。
それがもう令和四年……恐怖。