6-6 二転三転した
なんかみんなが「ええ……」と言っている中、剣聖が取り落とした魔剣が地面に刺さる。
続いて、汚らしい剣聖と可愛らしい俺の悲鳴が上がった。
「グぎっ、ウぐアアアアァァ!」
「あちゃちゃちゃちゃ!」
剣聖はとにかくブンブン剣を振り回すので、腕防具は軽いものにしている。それらが焼け落ち、肌が露わになった。
症状はⅡ度熱傷といったところか。その右肘から先は爛れてピンクになり、血がにじみ出している。
なにが起こったかわからず、無防備に熱線を食らってたからな。あれでは治療しなければ剣は持てそうにない。
俺の方は火傷とかまでいってはいないが、オデコをパンパン叩いてたら、セラが念のため中級ポーション飲ませてくれた。
「あんがと、セラ」
「いきなりはやめていただけませんかしら。びっくりしましたわ」
「主殿……いや、心配してくれたのは嬉しいのだが、ちょっと卑怯というか」
こっちに振り向くルチアは、ションボリしてるようにも見える。魔剣がどんなものか味わってみたかったのかもしれない。
「えー、だって魔剣とか怖いじゃん。ニケも驚いてたし」
「いえ、あれはそういうことではなく━━」
なにか言いかけたニケだったが、突然その場から消えたかのような速さで駆け出した。
その先では杖を手にする性悪地球女が、目を閉じて集中していた。
「リンコ! 剣聖様の回復をっ」
「今溜めてるわよ! ……ヒーリング━━」
しかし仲間にリンコと呼ばれた性悪女の回復魔術は、発動することはできなかった。騎士たちの間をすり抜けたニケの突貫が間に合ったのだ。
ニケの速さに唯一反応できたのは、細剣持ちの女だけ。その女の攻撃をかわし、ニケが不十分な体勢ながらも拳を振るう。
リンコはかろうじて身をすくめることだけはできたが、肩口を殴り飛ばされ何度も地面でバウンドした。
敵の只中、全周から剣を浴びせられる前に構えを整えたニケは、間髪入れずにその場で左膝を上げる。
片足で真っ直ぐに立つ姿は、戦場に咲いたユリの花。
しかし、そのわずか一瞬に目を奪われてしまえば命取り。
「地竜剄」
力強く左足を振り下ろす。踏みしめた大地と宙の境界に、力場が生まれ━━弾ける。
下は下に、上は上に。
ニケの立ち位置だけを残して、周囲一帯の大地は大きく陥没し、その積載物は跳ね上げられた。
VIT値が高いであろう盾持ちの女や騎士も高く舞い上がっているのが、力量差を如実に物語っている。
本来は相手を崩すために使われるような技なのだが……追撃するまでもなく、この単発だけで守りの弱い者などにはかなりダメージが入っていそうだ。
騎士たちが降り注ぐ中、メインターゲットであったリンコを追おうとしたニケの足が止まった。
離れたところで悶えていたリンコが体を起こし、杖を自分に向けていたからだ。
「いっだぁっ、いだぁいぃ! ヒーリングブレスゥ!」
リンコは殴られた左肩に、迷わず魔術を使ってしまった。剣聖も仲間もガン無視である。
回復されてこれ以上無駄に悪あがきされても面倒なのでありがたいけど、回復役としてそれはどうなんだろうか。
こいつらは本当に今まで、個々の能力頼みでやってきたんだろうな。
強引に攻め入ったこともあり、反撃される前にニケはすぐに離脱した。さっきの細剣持ちの女など、中には咄嗟に範囲外に逃れた者もいるのだ。
リンコの魔術は防いだので、無理する必要はない。
「うぅっ、グゥ……クッソ、アイツっ……なにしてやがんだよぉ!」
右手を押さえてうずくまっていた剣聖は、仲間からの援護を諦めてマジックバッグに手を回す。
だがポーションを取り出す前にその眼前に突きつけられたのは、神剣レプリカシュバリエール。
「終わりだな」
ルチアを見上げる顔を恐怖で歪め、剣聖はヒィと情けない声を漏らした。
魔剣を回収したルチアが、剣を引いて構える。
「いたぶる趣味はない、一撃で楽に━━」
「まっ、待ってくれ!」
止めたのは泰秀だった。
戦闘中は剣聖を翻弄するルチアの姿にずっと口を開けて見惚れていたが、慌てて声を張った。
「頼む、そいつの命を奪うことはやめてくれ。もう勝負はついているし、そこまでする必要はないよ。キミたちが何者かは知らないけど、キミたちにもそこまでしなきゃならない理由はないだろう?」
理由、ねえ。
「もちろん助けてもらったことは感謝する。でも……そいつは、根っからの悪人なんかじゃないんだ」
……なんだかなあ。
わざわざバラさなくてもいいかとも思っていたが、気が変わった。
「はいはい、質問です! 僕はそんな人見たことないですけど、貴方の考える根っからの悪人ってどういう人ですか?」
「それは……」
手を挙げて尋ねると、考えたこともないという様子で言葉を詰まらせた。親切な俺は、そんな泰秀に具体例を出してあげることにする。
「転校してきたクラスメイトが錬金術師で、つらい目に合わされているところをイジメる奴は根っからの悪人ではない?」
「えっ?」
「じゃあそいつに金魚のフンみたいにしょっちゅうくっついてて、一緒になって錬金術師をバカにしてた人はどうですか?」
「なにを、一体……なんでそんなことを」
「だいたいさっきから騎士をバンバン殺してるのにそれを止めなかったんですから、悪人じゃないから殺すなとかいう説得じゃ響かないんですよね。オトモダチだから殺さないでくだちゃいって言えばいいじゃないですか、金魚のフン……おっと失礼、今は違うみたいですね、泰秀くん」
だいぶ混乱した様子で、泰秀は一歩二歩と後ずさった。
「キミは…………キミは、誰なんだ」
「まだわかりません? 僕は貴方のこと思い出しましたけど」
直接なにかをされた覚えはほとんどないが、泰秀は剣聖の取り巻きであり、召喚当初は俺を嘲笑っていた者の一人だ。
「剣聖様もまだわかってないみたいですね。神剣とかチン剣とか、ヒントは多かったと思うんですけど。じゃあみなさん、これでわかりますか?」
セラに向きを変えてもらい、剣聖や泰秀に背を向けた。
そして━━
「《研究所》」
━━俺の前に姿を現す玄関ドア。
地球人のほとんどはそれを見たことがあるはずだ。驚きの声が上がるのは必然と言えた。
「そんな……あれって橘のスキルじゃ」
「まさか、あの子って……アイツなのぉ!?」
「ウソだろ!? でも言われてみれば似てるかも……」
泰秀も唖然としていたが、どうにか声を絞り出した。
「キミは……橘くん、なのか? でもその姿は……」
「ちょっと若返りまして。魔法なんてものもあるし、なにが起こっても不思議じゃないですよね」
「そんなことがある、のか……?」
元々魔法などない世界からきた俺たちは、だからこそ不思議な事象を飲み込むことができるのではないかと思う。
みんなまだ半信半疑だろうが、俺が橘真一であることを金歯のおっさんよりずっと受け入れているように見える。
そしてそうなれば、ブチギレる者が一人。
「テメェが……テメェがあのザコ野郎なのか!?」
「そうですよ、そのザコ野郎にまんまと神剣奪われて、鞘に包まれたチン剣丸出しでダンジョンに捨てられた剣聖様」
「だっ、黙れぁ! テメェのせいで俺はぁ!」
神剣を奪われたせいで肩身の狭い思いでもしたのだろうか、まさに怒髪天を衝くといった表情。
なので、もうちょっと煽ってみる。
「ちなみに彼女たち三人は僕の婚約者です。ボクちゃんこそ最強なんだと公言してらっしゃる剣聖様ともあろう方が、原人の彼女たちに勝ちを譲るなんて、さすが剣聖様はフェミニストの鑑ですね。まさか本気でやったわけじゃないですもんね?」
増した怒りに震える剣聖だが、痛みを忘れて襲いかかってくるようなこともなく、まだうずくまっている。どうにも拍子抜けである。
「態度と口ばかり大きいですけれど、なんとも振り切れない人ですわね。どれだけ力があっても、あれでは大成しそうにありませんわ」
なんの感慨もなさげに、セラはクールに分析していた。
確かに剣聖って昔から、いまひとつ中途半端なんだよな。
俺のイジメ方などもその例に漏れず、お陰で是が非でも殺したいというほどの殺意も持てない。
ただ……かなり殺したい人もいるようだ。剣聖の頭上に飛来するものが。
後頭部に降り立ち、その顔を地面に埋めさせたのは、ついに直接手を下したニケである。やつの言い草に我慢ならなくなったみたいだ。
「汚らわしい口を閉じなさい、なにがマスターのせいですか。貴方のせいでマスターはっ」
そのまま片足で押さえつけ、頭を踏みにじる。十分にVITが高いニケの足は大地に根を張り、呼吸できない剣聖がどんなにもがいてもびくともしない。
それを助けようとした騎士たちの前には、ニケとスイッチしたルチアが立ちはだかった。剣聖ハーレムでまだ動ける女も、命がけで助けようというほどの意志は見えない。
このまま剣聖殺してしまいそうだ。構わないけど。
「たっ、橘くん! 彼女を止めてくれ!」
青い顔をして泰秀が訴えてくるが、聞き届ける必要もない。
「えーでもなあ……さっき殺す理由はないだろうとか言ってましたけど、僕が橘真一だと知ってどうです? それなりにあると思いません?」
実際は俺の恨み度合い的にはそれほどではないが、一応強くて厄介な敵でもあるし、殺せるときに殺してしまった方がいい。
ある意味では敵でよかった。改心とかしてて謝ってこられたりなんかしちゃった日には、半殺しか全殺しかとても悩ましいことになっていただろう。
「そんな……だけど……同じ日本人じゃないか」
……こいつもいい加減腹立つな。
「は? 同じ日本人の僕が苦しんでるときに、貴方はどうしてましたっけ? 馬鹿にして笑ってましたよね」
離れたところで、獣人たちとまとまっている地球人に目を向ける。
「その中にもいませんよね? 手を差し伸べるどころか、優しい言葉の一つもかけてくれた人もいませんよね? 別に今さら恨み言を言うつもりはないですけど、自分たちの都合のいいときだけ日本人だから助けろとか、馬鹿にするのもたいがいにしてくれません?」
「そ、そんなつもりは……」
泰秀が沈黙し、ニケが一応俺に視線を飛ばしてきたので、頷いて死刑執行のゴーサインを━━
「お待ちになって」
━━出そうと思ったら、今度はセラにアゴをワシっと掴まれて止められた。
俺のほっぺを必要以上に押し潰して堪能しつつ、セラは俺の耳に顔を寄せた。
「今は別れたとはいえ、ミサオさんは剣聖と深い仲だったのですわよ。それを目の前で殺しては、今後の関係に差し障りますわ」
むむ、なるほど……一理あるかもしれない。
俺自身はどうでもいいが、操にとって母さんや千冬が、元恋人を殺した男の母親と妹という評価になってしまうわけだ。とてもではないが健全な関係とは言い難い。
チラッと見てみれば、操は顔を伏せて、殺されそうな剣聖の方を見ないようにしている。今は剣聖にどんな想いを持っているのかわからないが、殺してしまえば俺たちに対してプラスの感情は湧かないだろう。
どうしようか悩んでいるあいだにも、剣聖の反応は薄くなってきている。もがく手足には、力が入っていない。
それを見かねたのか、セラがまたささやく。
「もちろん貴方があれを嫌いなのはわかっていますわ。ですがそこを飲み込む度量を持っていることを、私に見せてくださいませ」
挑発的にも聞こえるが……多分セラは、俺の背中を押しているのだ。見逃す理由に自分を使え、と。
そこまで言われてしまえば、応えないわけにはいかないな。
心を決め、俺は泰秀たちに言葉を投げかけた。
「泰秀くん、みなさん、僕の心優しい婚約者に感謝してくださいね。彼女が、無用な殺生で同郷人のみなさんを悲しませるべきではないと言うので」
とりあえず、なるべく操に恩に着せとこう。
「そっ、それじゃあ」
泰秀に頷いてやると、安心したように顔を綻ばせた。お前を喜ばせるためじゃないんだけどな。
「はい。みなさんがそこまで言うのであれば、見逃してあげることにします。僕も彼女と違って鬼ではないですし」
「心優しいの、鬼なの、どっちなの」
操にツッコまれつつ、セラにほっぺを痛いくらいに潰された。
「ひゃあニケ、離しへやっへ」
「ですがっ」
「ニケさん、どうせそれは何者にも成りませんわ。むしろ生かしておいた方が、あちらに不協和音を生んでくれるのではないかしら」
「それはそうかもしれませんが……ハァ、わかりました」
嫌々ながらも、ニケはブーツのカカトに鎧を引っかけるようにして剣聖を引っこ抜いた。
仰向けに転がされ、しばらくのあいだ咳き込み荒い息を吐いていた剣聖は、状況を飲み込めていないようだ。怯えたように視線をあちこちに巡らせている。
「剣聖様、命拾いしましたね。いいフンを……オトモダチを持ってよかったですねえ」
「なっ、なにが」
「見逃してあげると言ってるんですよ。さっさと消えてください」
その瞬間、憎い俺を前にしているにも関わらず、土まみれの顔に浮かんだのは━━まぎれもない安堵。
まあそんなもんか。きっと俺だって殺されかければ、怒りより恐怖が先に立つだろう。
それを俺に見抜かれたことに気づいたのか、ハッとして怒りの表情に切り替えた。
それは精一杯の強がりだったのかもしれないが……ことさらに歯を剥き出し、剣聖はなにか呟いた。
「……してやる」
「はい?」
聞き返してみれば、こともあろうか、
「殺してやる、いつか絶対っ……テメェも、テメェの女もっ」
と、口走った。
口走ってしまった。
あまりのことにポカンと口を開けてしまっていると、調子に乗って更にほざいた。
「女はテメェの前で犯して殺してやる。テメェの全部をぶっ壊してやる。俺を見逃したこと、ぜってぇ後悔させてやる」
あー、ダメだ。
これはダメだ。
たまらずニケがぷぷっと吹き出す。
「凄いですね。期待に違わぬ、いえ、それ以上の愚かしさ……感心すらします」
「そこまで甘い相手ではないというのがわからないのか……」
ルチアも驚きと呆れが混ざった半笑いだった。
「セラ、無理だ」
「ハァ……これは仕方ありませんわね」
「降ろして。自分でやるから」
「はい」
こちらもまた呆れていたセラから降りた俺は、ぴょーんぴょーんと跳ねて一直線に。
仰向けで体を起こしていた剣聖の膝を踏み台にしてからの……シャイニングウィザードぉ!
「ブごぉっ!?」
完璧っ。
剣聖の顔面に、狙い澄ました俺の膝が突き刺さった。
後頭部を地面に叩きつけるようにして大の字になった剣聖の鼻は潰れ、鮮血をまき散らす。
折れた二、三本の前歯は宙を舞い、近くにいたニケに短い悲鳴を上げさせて飛び退かせた。男の歯恐怖症にでもなってしまったのかもしれない。おのれ金歯のおっさんめ。
しかし俺のステータスでも攻撃が通るのはよかったけど、かなり俺も痛かった……でも強い子だから泣かない。
「アぁ……? あばァ?」
朦朧とした意識の中で、剣聖は攻撃されたことを不思議がっているようだ。その顔を覗き込む。
「ダメじゃないですかー、あんなこと言ったら」
「だ……め?」
暴れられても困るので、追従させてきたシータで拘束しておく。
まだ目の焦点が定まっていない剣聖の脚を掴み、シータの脚を絡ませたりしてからうつ伏せにさせる。そして片方の足首を脇に挟んだシータが剣聖のお尻に腰を降ろせば、剣聖は足がキマった状態でシャチホコに。
サソリ固めの完成である。
ニケやルチアだけでなく、セラも過程を興味深そうに見ていた。
今日の夜は裸でプロレスごっこをしようと考えつつ思い切りサソリ固めをキメたら、叫んでやかましかったので程々にしてお話を続けた。
「剣聖様、見逃してあげるっていったらあれですよ。今後隣の街に偶然居合わせたくらいじゃ殺しに行かないであげるので、同じ街には滞在しないように注意して、怯えながら生きてくださいね、くらいの意味に決まってるじゃないですか。なぜわからないんですかね」
「な、ん……」
「それを言うにこと欠いて復讐してやる、ですか? しかも僕だけならまだしも三人まで殺すなんて言われたら、もう僕はこうするしかありません」
見逃してもらえるならなにを言ってもいいなどと考えるのは、大きな間違いである。
その代償を支払わせるべく、俺がマジックバッグからパンパカパーンと取り出したのは、久々のトゲトゲバット。
「撲・殺・ですっ」