6-4 大きければいいというものじゃないらしかった……
「あの人たち一体なんなの!?」
「まさか……地球人なのか?」
俺のシェイクを見て獣人側の地球人たちは、困惑して目を見合わせている。
聖国側には剣聖以外には一人しか黒髪がいない。ジーンズのときも叫んだそいつが、リーダーっぽい騎士に向けて金切り声を上げた。
「ワケわっかんないけど、とにかくアイツら捕まえて!」
剣聖のハーレムパーティーだろう。五人の女が騎士たちの後ろでまとまっている。その内の一人だ。昔は操も入れて三人地球人がいたと思ったが。
「はっ、了解しました。おい、行け」
騎士リーダーの命令で俺たちを捕らえようと騎士が三人突撃してくるが、セラとルチアに簡単にのされた。
すぐさま女の叱責が飛ぶ。
「ちょっとぉ、なにしてんのよ。つっかえないわね!」
「もっ、申し訳ありません。しかし今の動き……きゃつら、かなりの手練れかと」
「だったらもっと数いかせればいいでしょっ、バカなの?」
「それでは獣どもの相手が……」
「ああもう、いちいち口ごたえしないでなんとかしなさい! 絶対捕まえるのよ!」
キーキーとヒステリックに叫ぶ女に、騎士も苦虫を噛み潰したような顔をしている。よく殴らずに我慢しているものだ。
「あれは確か回復魔術使いの女ですね。あの女以外は顔ぶれが変わっているようですが」
ニケが教えてくれて少し思い出した。
「ああ、性格はまるで癒やしにならないアイツか。剣聖の次にノリノリで俺をイジメてくれたな」
「……そうなんですのね」
一瞬セラが浮かべた凍りつくような冷たい目は、背筋が寒くなるほどだった。
縮み上がった金玉をほぐしているあいだに、一連の流れで獣人聖国双方警戒レベルが上がってしまったようだ。お互いだけでなく、こちらにも対応できるように体の向きが変わった。
「聖国は神奉騎士はいないようだな」
黒い修道服に紫鎧の神奉騎士がいないことに、ルチアはちょっとがっかりしている。
「獣人側はずいぶん数が少ないですね」
確かに、逃げた獣人たちに聖国が追いついて戦闘になったのかと思ったが、それにしては獣人の数が少ない。
内森林の焚き火跡から推測すれば、戦える者はここにいる数よりも断然多いはずなのだが。
「とりあえず聖国は叩くとして、獣人は放置でいいか」
「当然ですわ。こちらから手を出して敵に回す意味はありませんもの。あちらは手を出してくる余裕はないでしょうし」
そう言ったセラに、ニケが俺を渡した。
「では騎士たちには私が当たるので、セレーラは念のためマスターをお願いします。ルクレツィア、貴女は剣聖の相手をなさい」
「ん、いいのか?」
因縁のあるニケが剣聖の相手をするのかと思っていたが、意外にもその気はないようだ。籠手やすね当ては装備しているが、剣も出していない。
因縁なら俺もあるが、勝てないでしょ。絶対この手でぶっ殺してやる、みたいな強い思いもないし。俺にとって剣聖は、どっかで無様に野垂れ死んでくれたらいいな、くらいの相手である。
「ええ、むしろ関わりたくありませんし。私はあちらが動いたときに対処します」
「……なるほど」
二人が目を向けたのは、剣聖のハーレムパーティーだ。今は騎士に守られているが、剣聖と行動を共にできるほどの実力者なのだろうから注意を怠るべきではないか。
「では遠慮なく私がいかせてもらおう。剣聖職の力、どんなものか楽しみだ」
「楽しむのは全然構わないけど、気をつけろよ。さっきの剣聖は手を抜いてたんだろうからな」
「わかっている。以前ニケ殿も勇者は脅威だと言っていたしな」
水晶ダンジョンでの話だな。ちょっと自惚れかけていた俺たちは、ニケにそう言われて戒められた。
剣聖なんてその最たる者であるはずだ。さっき泰秀と戦っているときはそこまでには見えなかったが。
「確かに言いましたね……ぷぷっ」
……なんでニケちゃん笑ったの?
よくわからないが、ニケはそのまま騎士の方へ向かった。
謎の笑いに気づかなかったルチアも、嬉しそうに駆けていってしまった。うーん、この戦闘狂よ。
セラに抱えられる俺も一応マジックバッグからシータを出し、憑依眼なしで人形繰りだけを使っておく。
その間にも騎士二人を倒したルチアは、剣聖の前に立っていた。
「へぇ、結構やるみたいだな。なにもんだ、テメェら」
口では感心したようなことを言っているものの、剣聖は余裕しゃくしゃくで担いだ剣をプラプラさせている。
泰秀の方はルチアの動きに目を見開き、剣聖とルチア交互に槍を向けていた。
「君たちは……味方なのか?」
問いかけに、ルチアは首を少し傾けた。
「どうだろうな。少なくとも今は敵ではないが。私がこの者の相手をしているうちに、態勢を立て直すといい」
「やれるのか?」
「おそらく」
「……助かる」
操なんかは大技使ってクールダウンが長いだろうし、戦っている獣人たちも手傷を負った者ばかりだ。倒れている獣人の中には、すぐに手当すれば助かる者もいるだろう。
ルチアを信じた泰秀は、素直に他の獣人を救援しにいった。
それを目で追ったあと、ルチアは剣聖に剣を突きつける。
「では正々堂々手合わせ願おうか、剣聖」
「はっ、マジで俺とやろうってのかよ。誰に喧嘩売ってるのか、わかってねえわけじゃねえみたいだが」
ルチアを上から下まで眺め、舌なめずりしそうなほど剣聖は顔をニヤけさせた。
それにしてもあいつあんな顔だったっけ? あそこまでアゴのラインとか丸くなかった気がするんだけど。
「つうか三人ともクソいい女じゃねえか。どうせならベッドの上で勝負しようぜ。まとめてメチャクチャ悦ばしてやるからよぉ」
剣聖が鼻を伸ばしてニケとセラにも目を向けたが、返ってきたのは熱量ゼロのニケの言葉だった。
「女一人悦ばせることもできないくせに、よく言うものです」
「……あんだと?」
剣聖は凄んでいるが、俺もニケに賛同せざるを得ない。
「うむうむ、あいつの神剣カッコ笑いじゃあな」
「おいガキ、なんでっ……テメェそれを、どうして知って」
俺が昔お腹に書いたメッセージを思い出したのか、顔が引きつった。
しかし側にいた騎士を殴り殺したニケは、剣聖に構わず首を振った。
「言っておきますが、持ち物の大小などというくだらない話をしているわけではありません。誰かさんは大きければいいと思っているようですが、そもそも物の大きさなど些細な問題に過ぎません……多分」
なっ……なんやて!? 大きい方がいいんちゃうの!?
「そっ、そうなのセラちゃん!?」
「そうですわよ……多分」
あまりのショックに気が遠くなる中、騎士を蹴り殺したニケは、ビシッと剣聖を指差した。
「ですが女に対する奉仕の精神も探究心もまるでなく、自分の快楽だけを求めて腰を振るような者に、女を悦ばせることができるとは思わないことです」
な、なるほど……でもそれなら自信があるな。俺は自分より三人が悦んでる姿を見る方が楽しいし、女性の神秘を解き明かす求道者でありたいと思っている。
きっとこれは大きさに驕ることなく、今のまま迷わず行けよ行けばわかるさというニケのメッセージなのだ。頑張って励みます、ニケさん!
「てっ、テメェなにも知らねぇくせに、なにを言ってやがる!」
ニケが側で見てたことを知らない剣聖は反論するが、操は「あの女の人の言う通り」と頷いていた。あと、剣聖ハーレムもこっそり頷いてた。
「……一体なんの話をしているのだ。もういいから始めないか」
気の抜けたルチアが、突きつけていた剣をダラリとさせる。
分が悪い状況になっていた剣聖は、これ幸いとルチアに向き直った。
「しっ、仕方ねえ、たっぷりここで可愛がってやるよ。おい、お前らは手を出すんじゃ……」
ルチアをいたぶって鬱憤を晴らす気満々で、嗜虐的に笑って女や騎士たちに顔を向けた。
しかし次の瞬間、お手本のような二度見をした━━ルチアの手に握られている剣に。今更になって気づいたようだ。
そして表情は一転。眉間に深いシワを寄せ、頬をひくつかせる。
「おい、その剣…………なんでテメェがその剣を、神剣を持ってやがる! それはあの野郎がっ」
ルチアの剣は、元神剣監修のもとで作られた神剣レプリカである。それをすっかり神剣だと思い込んだようだ。
俺のことでも探しているのかあちこちに目を走らせる剣聖に、ルチアが首を振った。
「違うぞ。これは私のシュバリエールだ」
「っざけんな! それは俺のシュバルニケーンだろうが! ぐあっ!?」
横から飛んできた騎士に巻き込まれ、剣聖が転げた。
もちろん騎士を蹴り飛ばしたのはニケだ。多分『俺の』とか言われてイラッとしたのだろう。
「クソッ、ジャマだオメェ……っ!?」
背中にのしかかる騎士を押しのけ、立ち上がろうとする。そこでギクリと固まった剣聖の目に映ったのは、右足を振りかぶるルチアだ。
サッカーボールのように腹を蹴られた剣聖は、グエッとカエルみたいに鳴いてノーバウンドで木に激突。
戦うのを楽しみにしてた割に、ルチアもなかなか容赦のない先制攻撃をする。
でも多分そこまで思い切り蹴ってはいないので、ダメージは大きくない……と思ったけど、意外と効いてそう?
慌てて立ち上がりはしたが、苦しそうに腹を押さえてむせている。
「ゲホッ、ゲホッゲホッ……てっ、テメェ……」
「すまないな、つい足が出た」
本当についだったのかどうか。俺からだと角度的に顔は見えないが、詫びたその声はまるで悪びれていない。むしろ挑発的にすら聞こえる。
「クッソ、ゲホッ、なにが正々堂々だ……セコい不意打ちしやがって」
「お前が私の主にしてきたことを思えば、可愛いものだろう?」
なるほど、そういうこと考えてたら思わず蹴っちゃったのかな。愛されてるね俺。
「あぁ? フーッ……わけわかんねぇこと言ってんじゃねえ! んなことより、その剣をどうやって手に入れた! 返しやがれ!」
呼吸を整えた剣聖が、ルチアのシュバリエールを指差す。
口調は威勢がいいが、その腰は少し引けている。剣を落としたせいで丸腰だから。
「これは私が主から拝領した剣だ。お前などにはやれん。こっちは返してやるがな」
落ちていた剣を拾ったルチアが軽く投げると、剣聖の足元に突き立った。
優しいルチアに感謝もせずに、苦々しい表情で剣聖は剣を掴んだ。
「くっ、舐めやがって……拝領だと? まさか主ってのはあのザコ野郎のことか? アイツはどこにいる!」
「さあな。私に勝てれば教えてやってもいいぞ」
主の情報を餌にして己の闘争欲を満たそうとするのはどうなんでしょうかルチアちゃん。
「俺が勝てねえとでも思ってんのかよ、マジで舐めてんな……いいぜ、格の違いってやつを思い知らせてやるよ!」
こめかみに青筋を走らせた剣聖が一直線に飛びかかり、ここに戦いの火蓋が切られた……ようやく。すでにニケは適当に七、八人の騎士を倒しているのだが。
激闘の予感に、俺はとりあえず甘納豆を取り出した。昼飯まだだし、軽めのおやつにしとかないとね。
「セラも食べる?」
「もう、こんなときに……いただきますわ」
モノの大きさについてのあまりにもどうでもいい会話をどこに差し込むか、三日ほど悩み続けてしまいました……