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6-3 ルチアがピザコーラとかにハマらないように、ファストフードはほどほどにしなければならないと思った




 まばらに生える木々の合間から目に飛び込むのは、水面が跳ね返す陽の光。

 そこまで鬱蒼としていたわけではないが、ずっと森の中を移動してきた目には光量が多すぎる。ルチアに抱えられて湖岸に出た俺は、まばゆさに目を細めた。


「やっと着きましたわね。この湖なんですわよね?」


 大樹海に入って二日目。

 セラはやっと着いたなどと言ったが、普通の感覚で言えばとてつもない早さでここまで来ていると思う。

 オーキン玉取りに行ったときより遥かに強くなっているので余裕だろうと考えていた俺が馬鹿だった。三人に抱えられて木々の合間を抜けるのは、普通に怖すぎた。


「そうですね。ここから北に行けばよく使われる山脈越えの道筋がありますし、一部の獣人はこの辺りで暮らしているはずです」


 ニケの言う山脈とは、大樹海を横断するググルニ山脈のことである。ググルニ山脈は聖国の北東から伸び、王国と帝国の境にまで繋がっている。

 そして山脈によって分けられた聖国と帝国側の大樹海が内樹海、山脈の向こう側が外樹海と呼ばれている。ただしそれは人間の国にとっての内側外側という勝手な理屈での呼称であり、獣人がそれを認めているかどうかは定かではない。


 ほとんどの獣人は内樹海より遥かに広大な外樹海に住んでいるのだが、内樹海に住んでいる者もいる。

 人間側に近い内樹海になぜ獣人が住んでいるかといえば水資源と、序列の問題である。どうやら獣人というのは、部族ごとの序列わけがシビアなようなのだ。

 基本的に力の強い部族は外樹海の中央を縄張りとし、弱い部族は外周部に追いやられる。そのせいで聖国などに脅かされながらも、こちらで暮らさざるを得ない獣人がいるのである。あとはワケアリの者たちや、流れ者もこちらに住んでたりもする。


 大樹海は広いんだから仲良くすればいいのに……獣人も結構面倒くさいものである。

 前にフェルティス侯爵に紹介してもらったメリドリドさんは人間との商売歴が長いからフレンドリーだったが、あれは例外と考えるべきなのだろう。


「ミサオたち勇者が助力しているとすれば、やはりこの辺りで暮らす立場の弱い獣人なのだろうな」

「だろうな。つってももう手遅れな気もするんだけど」


 最寄りの町で聞き込みをしたところ、剣聖たちは十日ほど前には内樹海に入っている。いくら俺たちが速かったとはいえ、とっくに着いているはずだ。


「かもしれません。ですが少なくとも剣聖は、ミサオたちを捕らえるだけのつもりでしょう。関係が深かった相手の命を奪うような決断ができる者ではないと思います」

「いずれにせよ早く見つけるに越したことはありませんわ。急いで探しませんと」


 それからは休もうと提案する度にセラに却下されつつ、《鷹の目》などもフルに使って頑張って周囲を探した。

 だが昼から夕方までかかってようやく見つけることができたのは、生活の痕跡だけだった。

 恐らく各家庭でかまどのような物を置いて調理していたのだろう。二つ並んだ焚き火の跡が、周囲にいくつもある。

 その内の一つの前で、俺たちは途方に暮れていた。


「この焚き火跡、放置されてから結構日にち経ってるみたいだけど……どうしよ。この辺の探索続ける?」


 ここに現在どんな部族が住んでいるのかはわからないが、建物などは見つからないし、移動式の住居で狩りをしながら転々としているのだろう。平時であれば。

 なので一応聞いてみたが、みんな首を振った。


「いや、これだけ探し回ったのだ。もう見つかる気はしないな」

「静かすぎますし、外樹海へ避難したと考えるのが妥当かと」


 聖国から大規模な征伐隊(という名の奴隷狩り)が派遣されると、内樹海の獣人たちは外樹海に避難するそうだ。それぐらいは許されているのだろう。

 獣人を追っての山脈越えが大変だったと、騎士が自慢げに話していたのを聞いたことがある。


 しかし今回の剣聖一行の目的は造反した勇者たちだ。それほど人数は多くなかったという情報を、町でも得ている。

 だからてっきりここでぶつかっていると思ったのだが……読み違えたか。

 こうなればもう仕方がない。


「……帰ろっか?」

「駄目に決まってますわ。山越えしますわよ」


 ですよね……晴彦さんの、ひいては母さんと千冬のために頑張るか……。




 そして頑張って抱っこされた結果、翌日の日暮れ前には外樹海に到達することができた。山脈の切れ間を抜ける湖の北のルートは、よく使われるだけあって起伏も魔物も少なかった。

 道中で見渡す限り続く外樹海を見下ろすことができたが、こちらも内樹海同様に密林と呼ぶほどは木々が生い茂ってはいない。地形は複雑そうだったものの、だからこそ谷や小山など目印となるものも多かった。《鷹の目》もあるし迷子にはならずに済みそうだ。


 ちなみに遥か北、外樹海を越えた先の山にはドワーフたちが住んでいる。

 ドワーフは何年かおきに、鍛冶をしながら各国を集団で回ったりする。でも聖国には行かないし、俺はまだドワーフを見たことがない。ちょっと興味はあるが、わざわざこの外樹海を越えてまで会いたいという気持ちは持てなかった。


 明けて翌日、森に入り地形に沿って進みやすい方へ進んでいると、大勢の人が通った跡を発見した。これが獣人たちか剣聖たちかはわからないが、辿らない手はない。

 進行速度に差があるので、辿って進めば進むほど、跡は色濃くなっていく。そうなれば追跡しやすくなって、俺たちの進行速度もますます上がる。


 そして更に翌日、そろそろ休んで昼飯にしようと考えていたときだ。

 剣戟の音が聞こえてきたのは。




 それは一目見れば、勝者となる側がわかる戦いだった。

 片やその身を包むのは重厚な金属の鎧、片や急所だけを申し訳程度に守る革や骨のみすぼらしい装具。もちろん前者が聖国側、後者が獣人側である。

 数の差も優に倍。両陣とも倒れている者がそれなりにいるが、残りは五十対二十ほどだろうか。

 それでも獣人側がなんとか踏ん張れているのは、五人いる黒髪の者たちの奮闘あってこそだろう。ある者は三人を相手取り互角に戦い、ある者は囲もうとしている敵に魔術を放つ。


 その中心でぶつかっているのは、二人の黒髪の男だ。

 その片割れであるきらびやかな鎧をまとった長髪の男が、大剣を担いで大きく踏み込んだ。その勢いを生かし、剣を振り下ろす。

 対する短髪の男は、長槍を横に持って受け止めることを選択。周囲の落ち葉が砕かれ舞い上がるほどの衝撃に男は顔を歪めたものの、なんとか踏みとどまった。

 剣と槍で押し合う中、長髪の男━━剣聖が口を開く。


「ふん、ちょっとはやるようになったじゃねえか泰秀(やすひで)

「ぐうっ……いい加減にしろ! お前はいつまで聖国のいいなりになるつもりだ!」

「うっせえんだよ!」


 強引に押し込んでくる剣聖に、泰秀と呼ばれた短髪はついに体勢を崩す。しかし、転がって距離を取った泰秀を剣聖は追わなかった。


「裏切り者が偉そうに説教すんじゃねえよ。操! オメェも今更になって獣クセえ連中の味方なんてしてどうすんだ。さっさと戻ってこい!」


 しかし剣聖が顔を向けた相手である操は大技でも使おうというのか、杖を手に集中していて視線を返すことすらなかった。ただ軽く首を振って、肩までの長さの髪を揺らした。


「何度も言った。アナタにもう用はない」

「おいおい、まだ怒ってんのかよ。お前のダチに手ぇ出したことなら謝っただろ」

「ハァ……ほんと頭悪い。そんなこと全く関係ない」


 魔術の準備が出来たのか、操は杖を消防士が放水するかのように構えた。


「ハイドロイクストゥルード」


 杖の先から放たれたのは、暴力的な量の水。その水量も勢いも、消防士の放水とは比べ物にならないほど上だ。

 その極太の水流は重力に引かれることなく、スクリューしながら直進。回りこもうとしていた騎士がその餌食になった。打ち倒され、幾度も転がされて戦線離脱した。


 そのままゆっくり杖の向きを変えた操は、騎士も木々も、側面の一切を押し流していく。


 ━━俺たちが潜んでいた藪も。


「……何者」


 ジャンプして避けた俺たちは当然気づかれてしまった。魔術が終わった操だけでなく、みんな怪訝な顔を向けてきた。


「あーあ、めっかっちゃった」


 結構離れてたのにな。さすがの魔力ということか。

 みんなの視線に応えて手を振ってあげていると、ルチアが首を傾げていた。


「というか、そもそもなぜ我々は隠れたのだ? その必要はなかったと思うのだが」

「だって仲良く喧嘩してるからさあ。邪魔しちゃ悪いかと思って」


 それにこっちは操にしか用はない。勝手にぶつかり合って双方の数が減れば、それに越したことはないのだ。


「ちっ、てめえらの仲間か? 獣人じゃねえみたいだが」

「……聖国の者ではないのか。でもなんで子供がこんなところに」


 招かれざる客である俺たちに戸惑った両陣が戦いの手を止め、束の間の静寂が森に訪れる。

 それを破ったのは、聖国側にいる黒髪の女だった。


「ちょっと、あれ! デニムじゃない!?」


 今日は三人とも戦闘用の服ではなく、森の中を移動しやすい格好をしていた。セラはまだ数点しか作ってないので、ほとんど地球産だ。

 動きやすくて丈夫で木とかに引っかからない細身のストレッチデニムジーンズは、普段からルチアのお気に入りなのである。メイドインジャパンの、結構お高い質の良いやつだし。やはり金に余裕があるなら特に、多少高かろうが国産品を買って国内の経済を回していかないと。


 そのルチアを指差す女の叫びに、地球人全員が過敏に反応している。


「ほんとだ……デニム生地みたいなの、こっちにもあったのか?」

「でもあの人たちの格好、シルエットがなんだか……ね」


 地球っぽい━━そう言いたいところを飲み込んだのだろう。

 じきに召喚されて四年にもなるが、生まれ故郷を恋しく思う気持ちはまだ残っているのだ……そうだな、彼らも俺と同じように被害者か。

 彼らとの思い出に良いものなどないが、そう考えると哀れにも思う。


 ━━それはそうと、ここまで急いで抱っこされてきたからちょっと疲れたな。


「ニケ、飲み物ちょうだい。喉乾いちゃった」

「なににしますか?」

「モヌシェイクがいいなー」


 ファストフードはあまり食べないが、ハンバーガーを食べたくなったときはモヌバーガーを贔屓にしている。日本生まれだし、野菜多めだし。

 ニケに渡されたシェイクをストローでズズズ。うん、喉乾いてるときにシェイクの選択は間違いだったな。


「えっウソ、今モヌシェイクって……あれって、えっ? えっ!?」

「違う、よな……そんなはずないよな、な?」


 そして地球人たちは更に混乱してしまった。ゴクリと喉を鳴らす音がこちらまで聞こえてくる。


 オウ、スマナイネ。別に哀れなキミたちに見せつけたつもりはないんだヨー?




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