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6-2 汚れちまった悲しみだった




 セラの魔法お披露目をしてから、兵士を蹴散らしつつ正門に向かう廊下を進んだ。

 引きつけるのが目的なので急ぐ必要はない。ゆっくり進んでいると、右側からの廊下の合流地点で━━


「ストーンブレット・バーストッ!」


 ━━飛来する巨大な岩塊。

 今度はストーンブレットの派生だ。塊は俺たちの手前で弾けた。

 迫る無数の石つぶての前に飛び出したのはルチアだ。


「守護者の大盾!」


 完全にシャットアウト。

 淡い緑の障壁が廊下をふさぎ、石の一つも通さない。


「助かりましたわ、ルクレツィアさん」

「いらぬ世話だとはわかっていたが、念の為にな」


 確かにセラもニケも避ける体勢には入っていたが、ルチアの動きを見てとどまったのだ。でもかなり石つぶては範囲が広かったし、避けても掠ったりはしていたかもしれない。


 その魔術を放ったのは、右の廊下の先にいる六人の内の誰かだろう。


「むう、あの大きさと強度……」


 盾を持った男が、ルチアのスキルに驚きの声を漏らしている。その男も含め、揃って黒い修道服と紫が多く配色された鎧に身を包んでいた。

 それを見たニケが、フッと笑う。


「釣れましたね」

「あれが、ですのね」


 その通り。神奉騎士だ。


 その中の若い男が、前に進み出て腰を落とした。怒気で顔を歪め、手には波打った短剣が握られている。


「何者かは知らぬが、よくも神の御座たる(やしろ)を穢してくれたな。その罪……」

「まっ、待て!」


 盾持ちの静止も届かず、短剣持ちは高く跳ねた。そのままジグザグに壁を蹴り、俺たちに肉薄する。


「死を以って(あがな)え! シャドウ──」


 空中で短剣を持つ右手を引き、きっとアーツを出そうとしたのだろう。その前に体が三パーツに分かれてしまったのでよくわからない。ニケが飛び上がって迎撃したから。

 首と、こちらに伸ばしていた左手。それらが切り離され、胴体とともに俺たちを飛び越えて窓から退出していってしまった。

 降り立ったニケが、剣を払って血を飛ばす。


「いきなり単騎で突撃して大技とは、迂闊すぎるのではありませんか」

「ハロルド……馬鹿者が」


 ついでとばかりにニケが雷撃を放つが、仲間の死に唇を噛みしめていた盾持ちがとっさに盾で受けた。

 軽くだったし距離もあったが、難なく防いだというのはやはり油断ならない力を持っていることを感じさせる。その盾さばきに、ルチアも感心を隠さない。


「神奉騎士か……突っ込んできた者はどうかと思ったが、こちらはさすがだな」

「多分あいつはかなり上位の騎士だ。なんとなく見覚えがある気がする」


 そしてあちらも警戒心を露わにしている。


「気を引き締めろ。あの侵入者ども、並ではない」


 あちらはまだ五人残っているが、どうなんだろ? 俺は自分たちの強さがどの程度なのか今ひとつわかってないのだが、戦っても負けるようなことはないと思う。

 でもここで怪我をしてもつまらない。なので向こうにつき合い遠距離攻撃で牽制しあうことにした。

 俺も抱っこされながら手持ち魔導砲を撃ったりしていると、俺たちが通ってきた廊下の方からも神奉騎士が現れた。

 援軍待ちが向こうの目論見だったのかもしれないが、こっちとしてもありがたい。


「ふむ、もう十分かな」

「そうですね。攻勢に出てこられる前に引きましょう」


 頷きあった俺たちは、正門方向へ一目散に駆け出した。置き土産を残して。


「くっ、ルイスたちはそのまま追え! 我々は回り込んで━━」


 盾持ちの指示は俺たちが角を曲がったところで途切れた。鳴り響いた轟音によって。

 等級の高い無属性魔石爆弾二つ置いてきたから、あの辺りは完全に崩壊しただろう。ルイス君たち無事だといいね。


 敵さんが大混乱しているあいだに俺たちは進み、適当な部屋の周囲の兵を片づけて中に飛び込んだ。ラボに入るわずかな時間だけ人目に触れなければいい。転移してビチスを殺しに行くのだ。


 しかし、その部屋には先客がいた。


「ななっなんだ! 一体なにが起こっている! おいっ…………おっ!? お前たちはなんだ!?」


 この部屋は私室ではなく資料室のようで、六人がけほどの大きな机があった。その下で僧が一人震えていたのだ。

 初めは兵士が来たと思ったのだろうが、俺たちの格好を見てそうではないと気づいたようだ。怖い面頬つけてるし。


 その僧が着ているのは白ベースに緑の修道服。

 使用人とかなら逃がしてやってもよかったが、こいつは上位の僧なので手っ取り早く始末してしまおう。

 ニケもそのつもりのようで、僧が潜っている机を蹴り飛ばした。


「ひっ、ひいいいぃぃぃ!」


 悲鳴が上がり━━そこに俺は『金』を見た。


「待てニケ!」


 間一髪。僧の首もとでピタリと剣が止まった。


 俺が止めたことにみんな首を傾げているが、説明している時間はない。

 ラボの玄関ドアを出し、ルチアに頼んでその僧も中に引きずり込んだ。ニケは絶対触るの嫌がるから。

 男相手だと返り血一つ浴びないように戦ってたりするし、ちょっとくらい触ることができるようにリハビリした方がいいのかなあ……などと考えつつ、兵士たちが部屋に入ってくる前にラボを消した。


「この者を知っているのですか?」

「多分な」


 答え合わせはすぐにできた。

 初めは玄関で俺たちに囲まれたおっさんは、パニック状態でただ怯えていた。腰が抜けたように座り込み、助けて助けてと命乞いをするばかりだった。

 しかし俺たちが動かずに黙っていると少し余裕が出たのか、辺りを見回して目を見開いた。


「こ、ここはっ!? そんな……このスキルはあの者の!」


 やっぱりそうか。ここに入ったことがある者はそう多くない。

 なによりその十本近い『金歯』。

 こいつは俺がこの世界に来たときに、スキル検証につき合せたおっさんだ。そしてそのときだけではなく、何度か顔を合わせている。


「こいつは俺たち勇者の管理責任者だっんだよ」


 もっとも初めの頃俺をぞんざいに扱っていたからか、俺がこの国で地位を上げてからはそんなに会ってはいないんだけど。


「そうでしたの。ではミサオさんのこともこの方が知っていますのね」


 あまり余裕はないが、こいつから聞き出すことに時間を割くのは十分に価値があるだろう。


「お、俺たち勇者……? 一体なにを……」

「どうもどうも、お久しぶりですね。覚えてますか? 橘真一です。ちょっと若返っちゃいましたけど」

「なっ……貴様がだと!? 若返った!? そんな馬鹿なことあるはずが!」


 面頬を外して挨拶してみたが、到底信じられないようだ。どうでもいいけど。


「ま、信じようが信じまいが好きにすればいいんですが、僕たちが貴方の敵であるのはわかりますよね? 貴方がどういう状況に置かれているのかも」


 内側からは誰でも玄関ドアを開けられるので、ルチアがドアの前に立ちふさがっている。

 そのドアの向こうでは兵士たちが部屋の中を探し回っているが、当然見つけることなどできずに右往左往するばかりだ。


「助けを呼んでも聞こえませんからね。死にたくなければ、こちらの質問に正直に答えてください」


 おっさんは青い顔で項垂れた。


 そして尋問したところ、操は生きているようだが、すでに聖国にはいなかった。

 剣聖とは袂を分かち、この国も捨て、今では他の幾人かの勇者と共に、大森林の獣人たちに(くみ)しているそうだ。剣聖が一度捕えに向かったものの、失敗して戻ってきたらしい。再び向かったので剣聖も今はここにはいない━━とのことである。


 うーん、なんとも面倒なことになってるな……操がここで敵として出てこなくて良かったのか悪かったのか。とりあえず俺が裸で捨ててきたダンジョンで死んだとかじゃないのは、まあ良かったかな。


 次に、ビチスが今どこにいるか聞いたところ━━


「死んだ? ビチスが?」


 ━━いるのはあの世だった。


 くたばったのは三ヶ月ほど前のことらしいが……。


「それは真の話ですか。我々を欺くつもりなら……」

「じっ、事実だ! この国の者なら誰でも知っているようなことを嘘などついてどうする!」


 確かにそうだろうな。

 ニケに剣を突きつけられるおっさんのリアクションを見るに、本当としか思えないし。初めに聞いたときも、むしろなぜ知らないのかと不思議がっている様子だった。


 聖国と王国は距離が離れているので、リースに情報が伝わるまでどんなに早くても一ヶ月はかかるだろう。そうすると二ヶ月前。ちょうど俺たちが水晶ダンジョンを完全攻略した前後か。そこからは色々あったからな……フェルティス侯爵あたりは知っていたのだろうが。

 そもそもいくらビチスがトップに近い者とはいえ、しょせんは遠国の話。そうそう話題にもならない。


「死因は老衰か? さすがに首席枢機卿ともなれば、突発的な病気や怪我であればエリクシルを使うだろうしな」


 普通に考えればルチアの言う通りなのだろうが、俺としては腑に落ちない感じだ。

 もちろんビチスは若くなかったし、贅沢三昧の不摂生で太ってもいた。死んでいてもおかしくはないのだが。


「俺の中ではもう十年二十年ピンピンしてそうな印象だったんだけどな。憎まれっ子世にはばかるというか」

「貴方も永遠に死にそうにありませんものね」


 セラがなにか言っているが、どうやら俺のイメージは間違っていなかったようだ。老衰ではないみたいで、死因についておっさんは口ごもっていた。


「そ、それは……わかった、言う! 言うから!」


 そしてニケに脅されたその口から出たのは、意外な理由だった。


「む、虫に殺されたのだ」

「虫? 蜂にでも刺されましたの?」

「違う……黒い、あの虫だ」

「要領を得ません。ハッキリ言いなさい」

「ご…………ゴキブリだ! あの方はゴキブリに殺されたんだ!」


 ……なにそれ? そんなことあるの?


「本当だ……脳をゴキブリに食い荒らされて……だからエリクシルを使ってもどうにもならなかったのだ!」


 あー、頭の中に入ってる状態で使ったのか。それじゃあどうにもならんわな。


「それにあの方だけではなく、他にも何人も奴らに……」


 新種の殺人ゴキブリとかか? こわっ。

 笑えるけども。


「ぷっ、くくく、ゴキブリに殺されるとかウケる! これぞ因果応報、あいつにはお似合いの死に方だろ。なあ、お前らもそう思う…………どうした? 二人とも」


 なぜかニケとルチアは、これ以上ないほど深刻な表情をしていた。


「マスターは確か……」

「あの虫をここで飼っていたとか……」

「本当ですの!?」


 ギョッとしたセラに締め上げられたので、教えてあげることにした。


「うん、試しにやった錬金に生き残ったのが一匹いてな。人懐っこいやつだったが、今はどうしてるのか……とっくに寿命で死んでるかな?」


 しばらく黙っていた三人だったが、タイミングを合わせたかのように突如としておっさんに詰め寄った。


「それで! どうなりましたの最終的に!」

「ちゃんと根絶やしにしたのだろうな!」


 その剣幕にビビりながらも、おっさんは頷いた。


「もも、もちろんだ」

「間違いありませんね? それが誤りであれば切り刻んで魔物の餌にしますよ」

「そっ、そのために魔術師部隊まで投入して、最後には離れの建物ごと燃やしたのだ! 間違いない!」


 三人は安心したかのように、大きく息を吐いた。そうしてからルチアが俺に向き直る。


「主殿、念のためラボからあの虫を《排除》してくれ」

「いないと思うんだけど」

「いいからやるんだ…………生き残っていてついてこられたりしたら困るのだ」


 最後になにかをボソボソ呟いたルチアに珍しく命令されてしまったので、仕方なくやっておく。衛生面には気を使っているし、ゴキブリが発生するような台所の使い方はしてないのに。プンプン。




 少しして、リビングのソファーでくつろぐルチアの膝の上で緑茶を飲んでくつろいでいると、セラが切り出してきた。


「それで、これからどうしますの?」


 セラが聞いているのは、聖庁舎で今からどうするかのことではない。ここでの活動は終了し、撤収すると決まったから。

 なんでかわからないが、三人が外に出ることを断固として拒否するのだ。もう装備まで脱いじゃってる。

 実際ビチスは死んでるし、その最期に笑わせてもらったので、俺としてもここで一段落ということでいいかなと思う。


「これからって……予定通り帝国行くけど?」

「もう……そうだと思いましたわ。貴方やっぱりミサオさんのことはさほど気にしてませんのね。でも私は大森林に向かうべきだと思いますわよ。剣聖も行っているようですし」


 助けるべき、そういうことか。

 ただそれにニケは反対のようで、わずかに口をへの字にしている。どう考えてもニケは操を好きじゃないしな。


「ミサオなど放っておいてもいいではありませんか。連れ帰ったミサオがキョウコやチフユと良い関係を築ければいいですが、そうなるとも限らないわけですし」

「それを見極めるためにも、一度ミサオさんと会うべきだと言っていますの」


 セラの言っていることが正論だとは思う。

 操を確保して晴彦さんが喜べば、結果として母さんや千冬も喜ぶことにもなる。それが一番良いことだろう。

 でも俺としては、延び延びになってしまっているルチアの復讐を優先させてあげたい。今でも稀に暗い目をしているルチアを、夜に優しく慰めることがあるのだ。


 しかし当のルチアは、セラに賛成だった。


「私も大森林に向かうべきだと思う。私の仇は逃げはしないが、ミサオの方は急がねば手遅れになりかねない」


 まだ恨みパワーを煮込もうというのか……なんという貪欲さだ。煮込めば煮込むほど恨みを晴らしたときの快感は増すだろうからな。その取り組みには感服するばかりだ。

 ニケも感服していたのかルチアに対してなにか言いたげにしていたものの、結局なにも言わなかった。


 ともあれ復讐の当事者であるルチアがそれでいいと言うなら、大森林に行くべきなのだろう。


「うーん、じゃあ操を取っ捕まえに行くかー。それでいいか、ニケ」

「どうぞお好きに」

「まあ操がいらなかったときは、ニケに頼むわ」


 もともとそこまで大森林行きが嫌だったわけではないだろう。でも一応ご機嫌取りをしたら微笑んで頷いてくれたので、一安心である。


「どんなご機嫌取りですの」

「ははっ。それで主殿、大森林の近くには飛べるのか?」

「んー、昔行ったダンジョンの近くには飛べるかもしれないが、そんなに近くはないな」

「でっ、ではそこからは」

「新ダグバはまだ未完成だ」


 めちゃくちゃガッカリしてた。

 ……新ダグバ運転したかったから大森林に行こうって言ったわけじゃないよね?


「さて、転移を試してみるか……あ、忘れるとこだった」


 ルチアから降り、玄関に向かう。 

 そこには用済みになったおっさんが寝ている。物言わぬ骸となって。

 もちろん恨みもあるにはあった。こいつはビチスに近かったし、恐らくこいつが俺の冷遇措置とか決めたのだと思うし。でもどちらかといえば、わざわざ生かして俺たちのことを聖国に教える必要はないだろうという判断の方が強い。俺も丸くなったもんだぜ。


 転移したら捨てようと思いつつ、その顔を覗き込む。

 キレイな顔してるだろ。死んでるんだぜ、これで。ちょっと首は変な方に曲がってるけど。

 その顔を掴んで、んっと……よし、取れた。


 作業を終え、リビングに戻ってニケの前に行って手を出した。


「ニケ、これ」

「なんですか? ━━ヒッ」


 受け取ろうと出されたニケの手に乗ったのは━━まばゆく輝く八つの金色。

 この金歯は晴彦さんに売ってきてもらうのに、ちょうどいい量の金だと思うのだ。


 それをニケのリハビリも兼ねて手渡したのだが…………もしかしたらほんの少しだけ、やりすぎたのかもしれない。

 それから長いこと、(うつ)ろな目をしてニケは手を洗い続けていた。


「どう考えてもやりすぎだろう……」

「あんなの私も触りたくありませんわ……」


 ごめんね、ニケちゃん。




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