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幕間1-10 閑話 ドキッ!女だらけの潜水大会 蛇足




「料理を? 私が?」


 小さな藁葺(わらぶ)きの(いおり)風サウナから出て水風呂に足を浸していると、セレーラさんがお母さんに料理を教えて欲しいと言い出してしまった。


「ええ、良かったら教えていただけませんかしら。シンイチさんは料理がお上手ですけど、負けてはいられませんもの。それに、その……シンイチさんの好物を作って差し上げたいですし」


 顔を赤らめ、セレーラさんは髪を弄りながら恥ずかしそうにしている。

 これはたまらん。お母さんより年上らしいんだけど……可愛すぎる。

 でもなぜかルクレツィアさんとニケさんは、眉をしかめている。


「セレーラ殿、まだ作る気なのか」

「諦めてマスターに任せるべきです」


 ……同類がいる、私と。


「また貴女たちは……というか、貴女たちも料理の一品くらい作れるようになった方がいいんじゃありませんの」

「む、料理くらい私だって作れるぞ」

「ルクレツィア、具材をぶつ切りにして鍋に放り込むだけのものを料理と言うのはやめなさい」

「やっ野営ではそれで十分だろう! ニケ殿こそ、一口食べて目まいが半日続くような料理は、すでに毒物だと思うのだ」


 痛いところを突かれたルクレツィアさんの反撃で、ニケさんがガビンとショックを受けている。


「どくっ……仕方がないでしょう、私はまだ味覚の経験が少ないのです。なにをどのように調理すればどんな味になるのかということがわからないのですから」


 二人とも試みたことはあるんだ。撃沈したみたいだけど。


「……貴女たちに期待できないことはよくわかりました。なおのこと私が励まなければなりませんわ。キョウコさん、どうか教えを」


 どうやらセレーラさんは、お兄ちゃんが料理上手なのはお母さんのお陰だと思っているようだ。

 でも残念ながら、そうじゃないのである。


「あの、セレーラさん。言いにくいけど、お母さんは料理の方は全然あれなんです」

「えっ?」


 驚いてセレーラさんが目を向けたお母さんは、困ったようにアゴに手を当てて首を傾けている。


「そうみたいなのよねえ……だからみんな滅多に作らせてくれないの。お料理は好きなんだけど」


 私もお母さんが作ると言い出したときは、やめるように反対する派なのだ。さっきのニケさんやルクレツィアさんみたいに。

 それにお母さんが看護師をしていて生活が不規則なこともあって、我が家の台所はもっぱら男が管理している。

 いや、私だって料理くらい……少しは…………。


「そうだったんですの……その、なんだか申し訳ありませんでしたわね」

「気を遣わないでいいのよ。みんなに言われてもう慣れちゃったわ」

「あはは。お兄ちゃんなんて学校行かずに引きこもってる頃も、スーパーのタイムセール……商店の安売りの時間帯には欠かさず買い物行って、料理してたんですよ」

「あれは千冬のためでしょう? 私の作り置きじゃなくて、ちゃんとした作り立ての温かいものを食べさせようって」


 確かにお兄ちゃんは、お母さんが料理作るって言い出しても止めることはあまりなかった。お母さんの独創的な料理を楽しんでる節もあったし。

 それを考えれば、きっと無理して買い物行ったりしてたのは私のためなんだろう。


「ふふ、良い兄だったのだな」

「まあ……うん」


 構い過ぎてきてウザいことも多かったけど、いなくなってしまうと……どうしようもなく寂しかった。

 もっとも、三日も一緒にいればまたウザく思ったりすることもあるんだろうけど。お兄ちゃんだし。


「チフユさんはお料理は……」


 そもそも期待していなかったのだろう。首を振る私を見て、セレーラさんは諦めたように笑った。


「仕方がありませんわね。悔しいですが、シンイチさんに教えていただくことにしますわ」

「ごめんなさいね、力になれずに」

「でもどうなんだろ、お兄ちゃん人になにか教えるの下手だから……」

「そうなんですの?」

「はい、料理は大丈夫かもですけど」


 生意気にもお兄ちゃんは天才肌というか、色々な物事で自分なりにコツを掴んだりするのがうまい。

 でもだからこそ感覚派であり、自分にしかわからないような擬音とか抽象的な表現で教えてくるので、他人は理解できないのだ。


「今でも覚えてるのがあって、子供の頃ボールの投げ方を教わったんです。そしたら『グギュギュって溜めて、動き出すときゴッてやって、あとはシュフィーってやるんだ。いいか、グギュギュ、ゴッ、シュフィーだぞ』って」


 本人は本気で伝わると思っているから、何度も何度も繰り返して言うのだ。お陰ですっかり覚えてしまった。

 そんなものが人に伝わるはず──


「理に適っていると思いますが、なにか問題が?」


 伝わった!?

 しかもニケさんだけではなく、ルクレツィアさんまで!


「なるほど、そうすればいいのか。私はあまり投てきが得意ではないのだが、試してみたいな」

「これをどうぞ」


 いつの間にか手にしていたボールのような物をニケさんに渡され、ルクレツィアさんが立ち上がる。


 ……投げたらしいことはわかったけと、ボールはまるで見えなかった。

 ただボールが壁に当たった大きな音だけ響いた。気づいたら、跳ね返ったボールが水風呂で浮いていた。

 ステータスが凄く高いって本当なんだ。


「千冬、どうだったろうか」


 私に聞かれてもわかりません。


「まったく……なんですのそれは」


 良かった。どうやらセレーラさんは二人のようにお兄ちゃんと同類ではないようで、呆れたように──


「それでは最後がシュハッですわ。もっとしっかりシュフィーと抜くことを意識した方が良いのではなくて?」


 ダメだぁ、凡人なんていなかったぁ。

 まさか誰にも共感してもらえないなんて……お母さんもそういうところがあるし。


 それから三度投げたルクレツィアさんは、ニケさんとセレーラさんから合格を貰っていた。早いよ。やっぱり天才だよ。


「それで……なんの話だったかしら」

「いえ、なんでもないんです……存分にお兄ちゃんに教わってください」


 私一人疎外感を味わった料理の話が終わり、もう一度サウナに入ることにした。

 椅子に座ってニケさんに出してもらった水を飲んでいると、今度はニケさんがお母さんに尋ねた。


「キョウコ、私も教えて欲しいことがあるのですが」


 なんというか、ここまでのニケさんを見る限り……さっきこの人が私たちに謝ったのは、お兄ちゃんが私たちを大切に思っているからこそ謝ったのだと思う。

 上手く言えないのだが、ニケさんが見ているのはあくまでもお兄ちゃんであって、私たちはその付随物でしかないんじゃないかな。乱暴に言えば。


 でもお兄ちゃんが人間をやめたことに責任を感じていたというのは本当なはずだ。

 お兄ちゃんはニケさんのせいだなんて絶対に認めないだろうけど、だからこそニケさんの罪悪感が宙ぶらりんになっていたのかもしれない。

 それをお母さんが許したことで、ニケさん自身、思っていた以上に心が軽くなったんじゃないだろうか。気のせいかもしれないけど、表情が明るくなった気がする。


 そしてそのせいか、ニケさんはお母さんにだいぶ懐いたように見える。ニケさんの方から色々話しかけている。よくぞ面白い子を産んでくれた、って褒めたりしていたし。

 お母さんはお兄ちゃんのことでそんな風に褒められたことがなかったから、凄い喜んでた。

 今もお母さんは頼られて嬉しそうにしている。


「なにかしら? 教えられることならなんでも」

(とこ)の技を、性技を教えてもらいたいのですが」


 ぶふーっとまた水を噴いてしまった……この人の頭の中には、そっち方面のことしか入っていないのだろうか。

 怖いという印象はもうないけど、やっぱり変な人だ。


「シンイチは、私でも知らないような知識と技術を持っているのです。聞いてみれば、それらはこちらの世界で学んできたとのことで」


 バカお兄……彼女たちに一体ナニをしてるんだ。いや、全く興味はないんだけど。ないったらない。


「というかその、本当にお兄ちゃんとそういう……? お兄ちゃんあんな体ですけど」

「私とニケ殿が出会った頃は、まだあの体ではなかったからな。セレーラ殿は違うが」

「わざわざはぶかなくてもよくありません!? 貴女そういうところありますわよね! ……ち、違いますのよ。私は決してそういった趣味を持っているわけでは」


 慌てて私とお母さんに弁解するが、他にどう考えればいいのだろう。セレーラさんは目を背けずに、自分自身と向き合うべきなんじゃないかな。


「それでキョウコ、どうでしょう。なにか技を授けてはもらえませんか」

「ええと、そんなことを言われても……真一のそれは自主勉強だし……」


 困ったお母さんを追い詰めたのは、まさかのルクレツィアさんだった。


「それは私も是非教えを乞いたい。私は母からは教われなかったからな。侍女から通り一遍のことを教わっただけなのだ」


 変なことを聞いているという意識がないようで、全くの真顔だった。これが貴族の性教育か……。


 ちなみにルクレツィアさんはさっきお母さんに、敬語はやめてお兄ちゃんと話すみたいに気楽に喋ってと頼まれていた。ルクレツィアさんは最初ためらっていたけど、そうするみたいだ。


「もう……二人とも、恥ずかしげもなくなにを尋ねていますの。そんなことは人に教わるものではありませんわ」


 三度目の正直で、今度こそ良かった。庶民がいた。見た目凄く高貴な人っぽいけど。

 だがそんなセレーラさんを、ニケさんが鼻で笑う。


「ふっ、よく言えたものですね。恥じらいの欠片もなく、獣のようにマスターを(むさぼ)るばかりの貴女が。セレーラこそ技を学ぶべきでしょう。今のままではすぐに飽きられてしまいますよ」


 ええ……見た目によらず激しいんだ、セレーラさん……。


「嫌なこと仰らないでいただけません!? ……ち、違いますのよ。私はちょっと、そういう体質で」


 慌てて私とお母さんに弁解するが、そんな体質なんてないと思うのだ。目を背けずに、自分自身と向き合うべきなんじゃないかな。


「セレーラ殿、夫を悦ばせるのは妻の務め。それが夫婦円満の秘訣だ。そうすればこそ多くの子を授かることができて、家も存続できるのだ。それを御母堂に教わることに、なんの不思議もないと思うのだが」


 前時代的ではあるけど、こんな堂々と言われると正しい気がしてきてしまう。

 子供を作るという神聖な行為を、イヤラシイとか恥ずかしいとか考えること自体が間違っているのかもしれない。


 危うく洗脳されかけていると、ニケさんがまた噛みついた。


「ルクレツィア、貴女もよく言いますね。いつもマスターに悦ばされてばかりのくせに」

「う、いやそんなことは……」

「大体貴女は卑怯なのです」

「またそうやって、ニケ殿はすぐに私を卑怯などと。一体なにを根拠に言うのだ」


 頬を膨らませたルクレツィアさんだったが、セレーラさんもニケさんに賛成のようだ。小さく何度も頷いている。


「ニケさんの言いたいことは、なんとなくわかりますわ。ルクレツィアさんはあれが恥ずかしい、こんなことはできないなどと言いながら、結局全て許しますわよね」

「そうなのです。ルクレツィアはわざと大袈裟に恥じらって、マスターの気を引いているのです」

「ちち違うっ。あんなイヤラシイこと、本当に恥ずかしいに決まっているだろうっ」


 やっぱりイヤラシくて恥ずかしいんだ……。

 とりあえずルクレツィアさんは、恥じらい誘い受けスタイルということがわかった。


「そういうことを言うならニケ殿、貴女はもっと控えるべきだぞ。尽くしたい気持ちはわかるが、やり過ぎて最後は白目を剥いてよく倒れているではないか。正直怖いというか、そんなのシンイチに心配をかけるばかりだと思うのだが」


 白目剥くってどんだけ。


「そっ、そんなはずはありません。マスターは悦んでいるはずです」

「そうかしら? それが奉仕であっても、度が過ぎれば重荷に変わるのではありません? 背負いきれなくなって捨てられても知りませんわよ」


 お兄ちゃん的にはどうか知らないけど、確かに世間一般的にはニケさんは重たい女かもしれない。

 セレーラさんの仕返しの言葉が突き刺さり、ニケさんがよろめく。


「…………有り得ません、捨てられるなんてそんなこと。いえ、そうならないためにもやはり技を磨くべきなのです。ですからキョウコ、どうか教えを……」


 ダメだこの人わかってない。

 だが狂った決意の炎を燃やすニケさんの視線の先に、母はいなかった。

 逃げたな……。


 カポーンと鹿威しが鳴り響く中、ニケさんの首がグリンとこちらに向いた。


「チフユ、どうか教えを」

「無理です!」




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