2-2 しゅごかった 2
一応こちらにも
レベル ーー
種族 錬成人
職業 雷帝剣神
MP 1600/1600
STR 2262
VIT 1450
INT 2028
MND 1401
AGI 1710
DEX 1585
〈神雷〉〈危機察知〉〈無限収納〉〈剣術10〉〈格闘術5〉〈竜の威光〉〈鑑定眼〉〈神鋼の意思〉〈アップグレード〉
ようやくニケのもにょもにょ窒息地獄から解放された。惜しくなどない。ないったらない。
撫で撫では続けさせられている。
「んで、〈再生〉のことはよしとして上から見てくが……色々おかしいな、これ」
レベル表示ないし種族ホムンクルスじゃないし錬成人ってなに? 職業雷帝剣神とかかっこよすぎるんですけど!?
ていうか〈神雷〉持ってるのに雷帝剣神なのか。こっちの方がなんとなく響きがしっくりくるからかな?
ステータス数値はMP以外俺の四倍以上あるし……まだ剣聖は伸び盛りみたいだけど、レベル五十くらいのアイツと結構いい勝負するんじゃないの? 言いすぎか?
「レベル、種族、職業は私も未知のものです。ですが種族は、マスターが人に寄せ過ぎて作ったせいで、新しい人族の一種になったのかと推測します」
「え、人に寄せちゃだめだったん!?」
「いいえ、控え目に言って無上の喜びです。私は本当に人になることができたのかもしれません。ありがとうございます、マスター」
穏やかな笑みを浮かべるニケが、心底喜びに浸っているように見えて、俺も嬉しくなってしまう。
……いや違う、俺は冷酷非情な錬金術師なのだ。
「ふ、ふん。さっきも言ったように別にお前のためにやったわけじゃない、ただの実験だ」
我ながらツンデレ感が甚だしい……。
「えっと、だからマスターと呼ぶのもやめるんだ」
「レベルがないのでこれ以上強くなれないのかと心配したのですが、スキルを調べて杞憂であるとわかりました」
無視かい。マスターと呼びつつ俺の意向を無視し続けるのはなんでなの?
しかも、俺が困惑しているのをニケは楽しんでいる節があり、なおのことタチが悪いよ。俺にイジられて困るケーンちゃんはどこに行ったの?
あと、俺の暴れん坊をガッツリ見るのはやめようね。娼館でも見てるはずなのになんでそんな興味津々なの?
「……スキルか。〈神雷〉〈危機察知〉〈無限収納〉は剣のときから受け継いだとして、〈剣術10〉はさすがとしか言いようがないな。しかしなんで〈格闘術5〉があるんだ。剣だったけど、体を使って格闘してきた判定にもなってるのか?」
数字がついていないスキルは、もとからレベルが存在しないスキルである。
そういったスキルはレアであることが多いのだが、ニケの場合そっちの方が多いという異常事態。
「そうかもしれません。ただ、格闘術という術理を用いていたわけではないので、五止まりなのではないでしょうか」
「なるほどねー。で、〈竜の威光〉と〈鑑定眼〉は上手く発現したのな」
この二つは魔眼である。
ニケの金色の右目の素材はレッドドラゴンの瞳だ。竜種は相手の動きを鈍らせる〈威圧眼〉の上位にあたる、〈竜の威光〉を持っている。あんだけでかかった竜の瞳がニケの眼に収まってるのは不思議な感じだが、世にも奇妙な錬金術だし。
青い左目は、〈鑑定眼〉を持っていたゴブリンクイーンの瞳である。
魔眼を持っていた魔物の瞳は色々買ってあったが、ホムンクルスの体を作るとき、ニケの薦めに従ってこの二つを選んだ。
「はい、どちらも有用なのでありがたいですね。それと〈神鋼の意思〉は精神に作用する攻撃への完全に近い耐性のようです。私はMNDの数値が低いのでこれも助かります」
「いや、十分高いからね……それで、いよいよ最後の〈アップグレード〉だが」
「これはですね──」
目を細めて口許は弧を描く。まだ拙いものの、これまでで最大級の笑み。
まるで勝ち誇ったような笑みだ。
いったいこのスキルになにがあるんだ?
「『素材となるものを体に取り込むことで、能力値を強化することができる』スキルのようです」
なるほど、レベルがない代わりにこれで強くなれということか。
これではニケの笑みの理由はわからないが……。
「それと、『素材を取り込み、部位欠損を含む傷の再生治療も可能』だそうです。老化に関して効果を発揮できるものなのかは不明ですが、勝手に発動してしまう再生スキルとは違うので問題ないでしょう。再生はなくなりましたが、これがあれば安心ですね」
「……? そ、そうか。破格のスキルだな」
考えすぎだった? 強化に再生治療だなんて、普通にただの超優秀なスキルだ。
……いや、まだだ。まだニケはニヤニヤしている。
「あ、言い忘れていましたが、どちらの文頭にも『〈錬金術〉によって』という語句がつきます」
要するに……錬金術がなければ強化も治療も不可ってこと!?
しかもそれは、一般錬金術師ができないような高度な錬金だと予想できる。そのための施設だって必要だろうし……つまり──
「どうやら私は、マスターと一生涯離れることはできそうにありません。残念でしたね。間違えました、残念です」
「Oh…………い、いや、そんだけステータス高ければ十分なんじゃないかな……HAHAHA」
俺の乾いた笑いが、風呂場にむなしく響く。
予定ではニケが体を十分に動かせるようになったら、ラスカルよろしく「自由におなり……行くんだ、ニケ! 行ってしまえ! …………行ったか……幸せになるんだよ(涙)」となるはずだったんだが……どうしよう……。
五日後──
「イクんだ、ニケ! イッてしまえ! …………イッたか……幸せな気分だろ(涎)」なんてことになってしまった。
………………違うよ。
上手く体を動かせないニケを襲って食べたとかではない。
早くも体を自由に動かせるようになったニケに襲われ、俺が食べられたのだ。
昼飯を食べながら今後について話をして、「貴様など破門だ。どこへなりとも行くがよいわ」って言ったら鼻で笑われて、服を剥ぎ取られてそのまま夜まで……。
仕方ないんだ……あんなルックスとあんなステータスしてたら抵抗できるはずないんだ……。
途中から俺も火がついてしまったが、それはしょうがないよね。
そして現在、ニケは俺の上で微睡んでいる。
「やってしまったな……」
俺も旅や山賊退治を経てレベルが二十九にまで上がったので、重いとは感じない。
むしろ俺の体に長い手足を絡めるニケの重さが心地好い。汗だくの滑らかな素肌が俺に張りついているのも気持ちいい。
そもそも俺はなぜ、ニケを頑なに拒もうとしていたのか。
もちろん、ニケには気兼ねなく自由になってもらいたい、という思いはあった。でもさすがにあれだけ攻勢に出られたら、ニケが俺に対し恩以上の好意を持ってくれているのはわかった。
では、なぜか。
俺が中学生のとき、親父が事故で死んだ。
それからしばらく家に籠ってしまった俺は、人と接するのが怖くなって、他人と腹を割って接することが苦手になった。
そこから転じて人嫌いになってしまった……という部分が俺には確かにある。あるが、ニケのことはそれとは関係ない。
ニケはとっくに他人枠じゃないし。
単純に、ニケがいい女すぎるのが悪いのだ!
だって俺とかどう考えてもフツメンだし、これっぽっちもニケと釣り合うとは思えない。
アイドルをはたから見るのは楽しいだろうが、アイドルの幼馴染みの気持ちとか考えたことあるか? 俺は考えたことなかったけど。
今までの俺は、多分アイドルの幼馴染的心境だったのだ。どうせ俺のことなんか忘れて、すぐにいい男見つけるんだろ、みたいな。
自由を得て、ニケの世界はこれから広がっていくのだから。
ニケはもう、どこへでも行けるのだから。
つまるところ俺は、ニケが取り返しのつかないほどかけがえのない存在になってから捨てられることを恐れたのだ。
だから先に予防線を張ってしまった、ということだ。
俺は情けない男なのだ。
しかし、事ここに至っては腹を括るしかない。もう関係を持っちゃったし。
俺の胸に乗っかる小さな頭を撫でると、長くて輝きのある銀糸が俺の体をくすぐった。ニケの体がもぞもぞと動き、顔が上がる。
「すまん、起こしたか」
「ますたぁ……ん」
溶けかけの雪◯だいふくのような甘い声を出して、そこかしこに口づけの雨を降らせてくる。
うん、ニケはもう手放せない。絶対手放さない。そう決めた。
「もう一度しますか?」
あ、いや、それはさすがにもう無理だから。
「大丈夫です、頑張ります。んふ」
「ちょ、あ、ま、負けるものかぁ!」
……三ヶ月ほど、ニケにどっぷりとはまってしまった。
まさに双宿双飛、朝から晩までずっとべったりくっついてたよ……しょうがないよね? お互い覚えたての猿みたいなもんだし? 娼館などなかったのだ!
というわけで、今日も朝風呂から戻ってきたニケのお胸様にダーイブ! へぶっ! 撃ち落とされた! なして!?
「マスター、働きましょう」
「えぇ……突然冷静……昨日まであんなに情熱的だったのに。まさかアタチのことに飽きたの!?」
ポケットから取り出したハンカチをぐまぐまと噛んでいると、ニケは不思議そうにしていた。
「なぜハンカチを噛み締めているのですか。そうではなく、月のものが来ました」
「…………はい?」
「生理です。私の体は子を成すことができるとわかりました。これまで来なかったのは、体の具合がまだ落ちついていなかったという可能性はありますが……恐らくは私が長命種だからではないかと。エルフなどの長命種は、総じて生理周期が長いですから」
「…………」
「なぜ子供の話をして黙るのでしょうか。なるほど責任を取る気はないと。さすがに刺しますよ?」
物理的な力を持っていそうなくらい鋭い眼光が、すでに俺にぶっ刺さっている。
「ち、違うよ? 今まで浮かれてて、全然気遣いできてなくて本気で申し訳ないなと思って。それに自分が親になるとか全く考えたことなかったから。いやいや、ニケとの子供が欲しくないとかじゃなくてだな。そうだ、サッカー二チーム作れるくらい子供作ろう! それで国立競技場の観客席も俺たちの子供で埋め尽くそう! というか具合は大丈夫か? きつくない?」
「マスター、言葉を重ねれば重ねるほど疑わしさが増していきますが」
「ほんとだから! 信じてニケちゃん!」
「冗談です、マスターのことは信じています。体の方は問題ありません。気遣いありがとうございます」
ニケの冗談はわかりづらいの……基本真顔だから。多分これは上手く表情を作れないとかじゃなくて、個性だと思われる。
そんなニケが珍しく視線をそらして、顔を赤らめた。
「それに、その……あちらの気遣いのことについては、マスターのお情けを受け止めることを望んでいるのは私ですから、気にしないでください」
「そうね……最後はいっつもしがみつかれて、俺気を失いそうになるし。でも振りほどく気が俺にもなかったし、こういうのはなぜか男だけが悪いと相場が決まってるんだよ。それにしても、子供か……」
子供は苦手だが、ニケの子供ならさぞ可愛いんだろうなぁ。
「どうにかして俺の遺伝子だけ取り除けないかな? その方が絶対可愛いと思うんだ」
俺も子供のころは可愛いと近所で評判だったはずだが、大きくなったらモテなくなった。きっと俺の可愛さは、子供時代専用だったのだ。
「私はちゃんとマスターとの愛の証が欲しいです」
「ニケ……」
「マスター……」
ニケと見つめ合う。辛抱たまらん、ダーイブ! へぶっ! なして!?
「月のものが来たと言ったはずです」
「あんだけ雰囲気出しといてひどい……それで、生理と働くこととどんな繋がりが? お金ならまだまだあるよ?」
ホムンクルスを作るためや、スキルレベル上げのための素材を買い漁ったからかなり崩したが、遊んで暮らせるだけの金は残っている。
「マスターは子供ができたら、その子に自分の職業をなんと言うつもりですか。ステータス上のものではなく」
「山賊キラー?」
「そんな親嫌すぎますよ……もっと社会的地位が確立された職業につくべきです」
に、ニケの目がすでに母親の目になっている……初潮を迎えたことで、気分が相当盛り上がってしまっているようだ。
ニケが俺との未来を思い描いていることは、俺としても嬉しいことだが。
「むう、山賊キラーも人の役に立つ立派な仕事なんだが……よし、なにか仕事を見つけよう。といってもポーション作るくらいしかできないなり。作ってくるぜ!」
思い立ったら吉日ということで俺が立ち上がると、がしっと腕を掴まれた。
「なぜ貴方はそう脊髄反射で行動するのですか。もう少し話を聞いてください。仕事について提案があります」
「ほう、聞こうじゃないか」
「冒険者になりましょう」
今さら王道!?
「さしあたって奴隷を買いましょう」
今さら王道!?
「ええと、その心は?」
冒険者に奴隷なんて王道ファンタジーを今からとか……。
んーと、こっち来てから聖国で一年半、逃避行五ヶ月、ホムンクルス作り半年、ニケとしっぽり三ヶ月で……二年八ヶ月経ってるんだけど、遅すぎじゃね?
「これは私のわがままでもあるのですが……マスターは冒険者に三種類あるのをご存じですか?」
「詳しくは知らないが一応な。マーセナリーとハンターとダイバーだろ?」
マーセナリーは人に雇われて仕事をする者で、護衛とか、人によっては戦争に従事したりもする。
ハンターは街の外で活動する者。主に魔物や獣を狩って稼ぐが、薬草摘みなどの仕事もある。
ダイバーはダンジョンに潜る者だ。
それぞれにギルドがあって、その三つをまとめて冒険者ギルドと呼ぶ。
「そうか、マーセナリーになりたいんだな。ニケはそんなに戦争したかったのか」
「なぜそうなるのですか……聖国相手であれば、それもやぶさかではありませんが」
「ん? お前そこまで聖国嫌いだったの?」
「いえ、そういうわけでは」
ベッドに隣り合って座るニケが、じっと見つめてきた。よくわからんが、取りあえずちゅーをしておく。
「んっ……もう。まあそのことは置いておくとして、私はダイバーズギルドに入りたいと思うのです。水晶ダンジョンに潜るために」
水晶ダンジョンというと、行ったことのある階層に飛べたりする便利なダンジョンだな。世界に五つあり、その内の一つがこの国にもあったはず。
「あー、アップグレードか?」
ニケの持つスキル、アップグレードについては少しわかっている。
ニケは素材を触ってアップグレードを意識すれば、その素材で自分が強くなれるかわかるらしい。
ただ、同じ素材を一定量以上使っても意味がないようで、ニケの体を作るときに使った素材を調べてもステータスは変動しないことがわかった。
現在保持している素材ではほとんど強化されないので、今のところアップグレードは見送っている。
「はい。将来的にどう転ぶにせよ、戦力が高くて困るようなことはありません。外界で適正な魔物を探すのは骨が折れますが、水晶ダンジョンであればそれも容易です。それに私が魔物を狩れば、マスターがその素材で何かを作ることもできます」
「うーん、俺としてはあんまりニケに危ないことをしてもらいたくはないんだが……でも強くなれるなら、強くなっとくべきだというのもわかる。俺ももっとレベル上げとくべきかな」
この世界は、個の力の幅がでかいというのがとても恐ろしい。
地球で言えば、街ですれ違う人が拳銃どころか、ロケットランチャー隠し持ってたりするようなもんだから。
危険を回避するために危険なことをしなければいけないというのは皮肉なもんだが、それでも突発的ににっちもさっちもいかなくなったりするよりはマシだ。
……不思議なもんだな。一人で生きていくつもりだったときは、そこまで心配してなかったけど。
「そうですね、できればその方が私も安心できます。そのためにも奴隷が必要だと思うのです。私が離れて動くときにマスターの護衛が必要ですし、共に動くときでも手が多い方がいいでしょう」
「俺錬金術師だから弱いしな。奴隷じゃない仲間は……きついか。俺の出自のこともあるし、ニケの種族のこともあるし」
奴隷には魔術的な制約をかけて、裏切ることができないようにするのが普通らしい。
秘密にしておくべきことの多い俺たちにはうってつけだと思ったのだが、それだけが理由ではないとニケが笑った。
「ふふ、マスターの性格もありますから」
「あ、いやまあ、うん」
他人との間に距離を取りがちな性格が、すっかりバレているだと……一体どうして? こんなに他人と関わらずに生きているのに。
ニケの洞察力には驚くばかりだが、正直人を簡単には信用できないんだよな……こんなことでは愛想を尽かされてしまう。少しは改善できるよう努力すべきか……。
自分の至らなさに項垂れていると、ニケが俺の膝に手を置いた。
「無理することはありません。私は今のままのマスターでもお慕いしていますから。そしてもしマスターが変わっていったとしても、私はいつまでも側にいますよ」
なんというダメ人間製造器。でもこんなに慕ってもらえるのは素直に嬉しい。
「ニケ……」
「マスター……」
辛抱たまらん、ダーイブ! ……しないのだ。俺は学習する男なんだぜ。
なのに……あれぇ?
「ニケさん? なぜマスターのマスターをさすさすしてるの?」
膝に置かれていたはずのニケの魔の手が、いつの間にか息子さんに忍び寄っていたのだ。
「話もあとはマスターがどう決断されるかだけですし、もういいかと思いまして」
「今日はダメじゃなかったのかな?」
「ええ。ですから、他であれば……」
どこでも使っていいですよ──そう耳元で囁かれた。
ニケは剣のときの感覚が抜けていないのか、使うとかそういう表現をすることがある。こんな美人にそんなこと言われると、背徳的すぎてめまいがする。
激しく求められることを好むし、絶対被虐嗜好持ちだと思う。
あ、もちろん迷わずダイブしましたー。
……ダメ人間まっしぐら。