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陸軍基地にはカウンターのセルフサービス形式の大きな食堂が存在していて、普段、私はここでお昼を取っている。
メインディッシュやサイドメニューが何種類か置いてあり、好きなものを選んで最後に精算するのだか、ここのランチはどんなに取っても値段は一律だ。だから、体力勝負で食事が基本の陸軍隊員の兵士達も皆ここで食事をする。
ナーシャとして基地入口近くの一般食堂で働いていたときは無かったように思うから、きっとここ数年で出来たのだろう。
その日、食堂で座る席を探していた私は先に同僚達と食事を初めていたロンを発見したので迷わず隣に席をとった。
「ロンバートさん、こんにちは。」
「やぁ、オリヴィエ。」
ロンは私がなにかと話し掛けることに慣れたのか、突然隣に座ってももう驚きもせずに普通にしている。後から来たリタさんと同期採用のノアは私が陸軍の隊員と一緒に食べようとしているのを見て少し迷ったようだが、結局はおずおずと同じテーブルの席についた。
「まだ成長期だろ。たくさん食えよ。」
私のトレーをみてそう言ったロンにちょっとムッとしてしまう。私のトレーにはコッペパンと野菜炒め、チキンスープにバナナがのっていた。これは成人女性としては普通の量だ。人を子供扱いして酷いと思う。
「子供扱いしないで下さい。もうすぐ16歳です。」
「まだまだ若いな。俺から見たら子供みたいなもんだ。」
ロンは私をからかうように笑った。ロンの同僚さん達も私がロンに懐いているのは周知の事実のようで、テーブルに同席した皆さんも笑っていた。
ナーシャが亡くなったときロンは23歳だった。どうやったって私とロンには20歳以上の年の差があり、それを縮めることは出来ない。
「大佐とオリヴィエさんは本当に親子みたいですよね。」
ロンの前に座っていたダニエルさんが笑顔で言った言葉に私は目を瞠った。軽く、いや、結構ショックだ。
私はロンの子供みたいに見える?
妻には見えない??
オリヴィエはナーシャじゃない。記憶があるだけで全くの別人だ。そんな当たり前のことを再認識させられて私は酷く打ちのめされた。
もう結構な期間をロンのまわりで過ごしているが、ロンがナーシャに向けたような眼差しを見たことは一度も無い。
オリヴィエである私はロンを愛しているのに、ロンがオリヴィエである私を愛してくれることはないのだろうか。
私が大好きだったあの笑顔はもう見られないの?
私の心は重りが付いたかのように重く沈み込んだ。
食堂から病院までは歩いて5分程だ。リタさんは食堂で元患者さんに会って話を咲かせていたので、私とノアは先に戻る事にした。
「オリヴィエってさぁ、おじさん趣味なの?」
食堂から病院へ戻る途中、気分が沈んだ私をノアは遠慮がちに見つめた。予想外の質問に気分が沈んでいたのも忘れて私は呆気にとられた。
「え?」
「だって、オリヴィエってあの大佐が好きなんでしょ?やめた方がいいよ。だって、傍から見ても女として見られないのが明らかだもの。もっと歳が近い独身の隊員が沢山いるのに、なんであの人なの?」
私を見つめるノアの目は真剣だった。本気で私の心配をしてくれている。私は力無く首を横に振った。
「理屈じゃないのよ。」
「そりゃ、そうだけど。でも、不毛だわ。」
ノアは私の返事が不服だったらしく、不満げにに口を尖らせた。
確かに私のやっていることは不毛なのかもしれない。
もし、私がナーシャの生まれ変わりだと打ち明けてその証拠に2人しか知らない秘め事を話せば、責任感の強いロンはこの非現実的な前世の記憶と私の想いを受け入れた上でそれに応えようと努力するかもしれない。
でも、ロンはナーシャを愛したのであって、それはオリヴィエでは無い。
私はロンには幸せになって欲しい。愛情を強要したくないのだ。
仕事である程度出世している彼はもしかしたらある意味幸せなのかもしれない。でも、ロンのあの愛情溢れる笑顔を知っている私はもう一度彼にあの笑顔を見せて欲しかった。そして、出来ればその愛情を受ける相手は自分でありたい。今はその努力を諦めたくなかった。
私の曖昧な微笑みにノアは哀しげに瞳を揺らした。私はそれに気付いたのに、気付かないふりをして目を逸らした。
病院に戻ると、入院病棟が何やら騒がしかった。男性の怒鳴り声と宥めるような複数人の声に何かがぶつかって倒れるような音がまじり合っている。
私は嫌な予感がして、音の方向に走った。病院関係者と患者さんの人垣を掻き分けて行くと、怒鳴っているのはビリーさんだった。
彼の受け持ち担当者である私とリタさんが2人とも昼で外していたので、別の看護師が必死に宥めようとしている。
ビリーさんは真っ赤になって怒っていて、「この嘘つきめ」とか「詐欺師が」と、普段の穏やかな彼からは想像もつかないような口汚い言葉を私の同僚に投げかけていた。
「ビリーさん、どうしましたか?」
私がビリーさんの前に行くと、宥めていた2人の看護師はホッとしたような顔をして2人で顔を見合わせるといそいそと後ろに下がっていった。
「オリヴィエ。なんで俺に嘘をついたんだ!」
「嘘?何のことですか?」
ビリーさんの尋常では無い怒りように私は恐怖心を抱いたが、何とか気持を奮い立たせて持ちこたえた。
目の前の彼は今にも掴み掛かってきそうなほど目が血走っている。元々軍人なので体格も良く、もし殴られでもしたら私の骨は砕けるだろう。
「俺の・・・、俺の足は元通りになるって言ったじゃ無いか!」
ビリーさんはそれだけ叫ぶと泣きそうに顔を歪めた。
私は目を見開いた。彼は怒っているのに、私には彼が泣いているようにみえた。
騒ぎを聞きつけた医師がきて男性職員がビリーさんを抑えつける。鎮静剤を注入されたビリーさんは気を失う寸前まで、私から目を離さずに睨み付けていた。
私はその瞳から最後まで目を逸らすことが出来なかった。