1
重い瞼を開くと見慣れた天井。少し視線を横へずらすと、枕元に憔悴しきった彼が寄り添い、顔を伏せて静かに肩を揺らしている。
泣いているの?あぁ、悲しまないで、私の愛しい人。
私はもう動かすのも辛くなった細腕を彼に伸ばし、そっとその涙を指で拭った。張りがあり白くしなやかだった私の手は今は干からびた小枝のようになっていた。彼は頬に伸びるみすぼらしい私の手に大きな手を重ねると、大切な宝物のように頬擦りをした。
惜しみない愛を私にくれた。
宝物のように大切に大切にしてくれた。
「ロン、私を大切にしてくれて有難う。」
彼は私の掠れた声でも聞き逃さない。驚いたように目を見開き、そしてまた泣きそうに表情を歪めた。
「ナーシャ。ナーシャ!まだだ。まだ一緒にいよう。」
逞しい身体を小さく揺らして、必死に私の名前を呼ぶのは大好きな低い声。大きな体を小さく丸めて子供みたいに縋り付いてくる彼の髪をそっと撫でた。
私、貴男と居られてとっても幸せだったわ。
お願い、悲しまないで。貴男のそんな顔は見たくないの。
「ねえ、ロン。私幸せだったわ。私が居なくなっても、貴男は幸せになって。」
「君が居ないなら幸せなんていらない!」
彼は普段の凛々しく飄々とした姿からは想像も出来ないように取り乱した彼に、私はこちらにもっと寄るように促した。
もう声を出すのも辛い。
貴男とこれから先も、もっともっと喋りたかった。
「私はどこにいても貴男をずっと見てる。貴男は太陽で私は向日葵なの。いつだって貴男に恋い焦がれてるわ。貴男の笑った顔が好き。お願い、笑っていて。」
彼はそれを聞くと涙をぽろぽろと零しながら泣き笑いの笑顔を見せてくれた。
有難う、愛しい人。
私は残される貴男の辛さを知りながらも笑っていろなどと残酷なことを言う卑しい女だ。
でも、貴男には絶対に幸せになって欲しい。
きっと来世でも貴男を探し出すわ。
だから、もう一度その笑顔を見せて。
心から愛してる。
「ナーシャ!ナーシャ!!嫌だ。逝かないでくれ!!」
天に召される途中で既に完全に力の抜けた私の手をずっと握り締めながら嘆き悲しむ彼の姿が見えたけれど、もう私には彼に言葉をかける術は無かった。
ロン、愛してる。幸せになって。
本日のみ一時間差で2話投稿します。