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自重知らずの元邪神  作者: どらねこ
2章 『貴族の姫と元邪神』編
9/30

9話 屋敷

 騎士となった日の夕方。

 吾輩はカリファに連れられ、カリファの屋敷へとやってきていた。

 カリファの騎士となった吾輩は、これからカリファと同じ屋敷で暮らしていくことになるらしい。

 その屋敷の目の前にたった吾輩は、下から屋敷を見つめ呟く。


「随分と大きな屋敷だな。吾輩の昔の住居にも劣らぬ規模だ」

「昔? ジョナスさん、もしかして元貴族なんですか?」

「いいや、吾輩は元邪神である」


 吾輩の答えに、カリファはクスリと笑い、「ああ、そうでしたね。忘れてました」と言った。


「この屋敷に何人で住んでいるのだ?」


 カリファは貴族らしいからな、まさか一人で住んでいるわけもないだろう。

 吾輩の屋敷にも匹敵する規模……となると、三十人ほどだろうか。

 吾輩が屋敷で雇っていたのは十五人ほどだったが、人間と魔族では運動能力に差があるからな。

 そう考えていた吾輩に帰ってきたのは、予想外の答えだった。


「二人ですね。私と、もう一人です」

「……それだけか?」

「はい。身の回りのお世話とか、私の身辺警護とか、そういうのを全部やってくれている人が一人いるんです。一緒に住んでいるのはその人だけですね」


 ……となると、これだけの広さがあってもほとんどの部屋には手が回っていない可能性が濃厚だな。嘆かわしいことである。


「なにゆえそんなに少人数なのだ? もっと雇えばいいではないか」

「信用できる人しか屋敷に入れる気にはならないんです。私自身の『秘密』のことがありますから」


 秘密……金色と赤色のオッドアイのことか。

 それはそんなに慎重にならざるを得ない事柄なのか。

 人間の社会も中々難儀なものだな。

 とはいえ一応納得したところで、吾輩はカリファと共に屋敷の門を潜り抜けた。




「お待ちしておりました、カリファ様」


 屋敷の中へと入ったカリファに、一人の人間が頭を下げた。

 藍色の長い髪をした女だった。

 メイド服の上からでも一目瞭然である豊満な胸を持ち、黒い眼鏡は彼女に知的な印象を与えている。

 切れ長な瞳からは少し冷たい印象を受けるが、しかし感情がないというわけでもないらしい。

 なぜなら、ブレのない動作で一礼を終えた女が、カリファを案ずる顔をしたからだ。


「お怪我はありませんでしたか?」

「うん、大丈夫だよネズフィラ」


 そう答えたカリファは、吾輩にその端正な顔の人間を紹介してくれる。


「あ、ジョナスさん。彼女はネズフィラ。私に仕えてくれているメイド長なんです」


 彼女の名はネズフィラというらしい。

 人間の名前を覚えるのには苦労する。ネズフィラ、ネズフィラ……と、吾輩は口の中で何度かその名を転がした。

 その間にカリファは、今度は吾輩のことをネズフィラに紹介する。


「それで、こちらがジョナスさん。今日の戦いで、その場にいる全員を一瞬で倒しちゃった凄い人なんだ。今日から騎士として、この屋敷に住んでもらうことになったの」

「そうですか」


 むむ、反応が薄いぞ女よ。

 もっと驚いてくれたほうが吾輩は嬉しいのだが。

 ……まあ、驚きが顔に出にくいタイプなだけかもしれぬか。

 これから一緒に暮らしていくことになるのだから、そのあたりはおいおい知っていけばよいな。


「よろしく頼むぞ」


 吾輩はネズフィラに声をかける。

 するとネズフィラは無言で首を横に振った。

 ぬ?


「申し訳ないですが、私はまだあなたを認めておりません」


 ネズフィラは顔色一つ変えずに告げる。

 さようなことを言われたら、吾輩とて黙っておるわけにはいかぬ。

 ギラリと睨みを利かせ、吾輩はネズフィラの顔を真正面から見つめる。


「……女。其方は主人の決定に異を唱えるのか?」


 答え如何によっては、吾輩は其方のことを嫌いになるからな?

 見つめる吾輩の前で、ネズフィラは言う。


「主人の命にただ従うだけならば、物言わぬ人形と同じこと。それは私の仕事ではないと考えておりますゆえ」

「ほう……」


 たしかに一理ある。

 吾輩が邪神として諸々を行っていた際も、真に吾輩のことを思っていくれていたのは、ただ命令に遂行する部下よりも諫言をしてくれる部下の方だった。


「いい従者だな、カリファ」

「はい、ネズフィラは私にはもったいない従者なんです」


 やはりカリファも、ネズフィラをとても信頼しているらしい。

 信頼関係というのは主と従者に必要な最たるものだ。

 それを目の前でありありと見せられ、吾輩は感動した。

 吾輩はネズフィラに拍手を送る。


「ネズフィラ、褒めて遣わす」

「あなたに褒められるような筋合いはありません」

「こらこらネズフィラ、そんなにツンツンしちゃ駄目じゃない」

「ですが……はい。申し訳ありません」


 ネズフィラは少し居心地が悪そうに、吾輩の拍手を受け入れた。

 その後、カリファが言う。


「とりあえず、ジョナスさんは家の中のことをネズフィラに教えてもらってください」

「よろしく頼む」

「……承知いたしました」


 そういうわけで、吾輩はカリファと別れ、ネズフィラについていくことになった。






 屋敷の中の廊下を歩く。

 人間が二人しか住んでいないとは思えない、だだっぴろい廊下だ。

 住もうと思えば百人は住めるのではないだろうか。

 そんなことを思案していると、前を歩いていたネズフィラがペースを落として吾輩の隣へとやってきた。


「ジョナス。騎士になったということは、あなたはカリファ様の秘密もすでに?」

「ああ、教えてもらったぞ」

「……それを聞いて、どう思いましたか? 率直にお答えください」


 ネズフィラの身体から僅かに殺気が漏れ出すのを、吾輩の鋭敏な感覚器官は正確に感じ取った。

 吾輩はそれに気づいていないふりをしながら、質問に答える。


「吾輩は全く気にしない。見た目がどうだこうだなど、本質には全く関係のない問題だ」

「そうですか。……それならばいいのです」


 フッ、と、ネズフィラの殺気が霧散する。


「カリファ様はその見た目のせいで、幼い頃から酷い苦痛を味わってきております。それを厭わないことは、私としても嬉しいことです。……まだあなたを認めたわけではありませんが」

「ふむ、そうか」


 まあ、そう易々とは認めぬということよな。


「では、認められるよう努力するとしようか」

「ええ、是非そうしてくださいませ」


 そう言って、ネズフィラはかすかに、だが確実に微笑んだ。

 やはり若干、吾輩に対する態度が軟化したようにも感じられる。


 おそらくネズフィラは、主の傷つきかねない事柄に対して全力で警戒しておるのだろう。

 最初の厳しい態度は、吾輩がカリファに害をなすものかを見極めるためのものに違いない。

 だとしたら、なんとも見上げた忠誠ではないか。


「其方はいい臣下であるな」

「いえ、そんなことは」


 答える口調も幾分柔らかくなっているような気がする。

 さすがに一日で信頼を勝ち取れるようなことはないと思うが、それでも最初の吾輩の印象からは大分良くなっているようだ。


「吾輩が邪神だった時代にも、このような忠臣はおらなかったぞ。カリファは幸せ者であるな」


 だが、吾輩がそう言った途端に、ネズフィラの顔から柔らかさが消え失せた。


「邪神……? ……言っていいことと悪いことがありますよ、ジョナス」


 ネズフィラは立ち止まり、吾輩を睨みつける。

 しかし吾輩にはその意味が理解できない。


「? 何を言っているのかわからぬな。吾輩は事実を申したまでだが」

「カリファ様の秘密を知っている者が、『自分は邪神だ』などと冗談を言うなど、言語道断にも限度があります……!」


 そう言うと、ネズフィラはスカートの中からクナイを取り出した。

 両手に持ったクナイが、光を反射して鈍く輝く。


「やはりあなたは認められません。あなたのような無神経な人間を連れているとなれば、カリファ様に不都合が生じます」

「それで、吾輩をどうすると?」

「私はこれでも一通りの武術を心得ています。……騎士を務めることができるのは、(あるじ)を守ることのできる者のみ。もし私に負けるようならば、そんな騎士はいりませんよね?」


 そう言って、ネズフィラは戦闘態勢をとった。


「つまり吾輩と戦うということか。面白い」


 この殺気……あの広場にいた誰よりも、強い。

 クククッ、人間にも少しは骨のある者がいるではないか。

 どうしてこうなったのかはてんでわからぬが、こうなってしまった以上は言葉での解決はすでに不可能であろう。

 吾輩は両腕を広げてネズフィラの殺意を受け入れる。


「さあ来てみよ、人間」

「その薄汚い口を閉じなさい、下種が……!」


 ネズフィラはそう吐き捨てると、吾輩に向けてクナイを飛ばしてきた。

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