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自重知らずの元邪神  作者: どらねこ
2章 『貴族の姫と元邪神』編
8/30

8話 決意と告白

「えーと……おめでとうございます。優勝です」


 優勝してしまった。

 予想外の事態に戸惑う吾輩だが、それはこのカリファという少女も全く同じであろう。

 しかし、吾輩はこの年端もいかぬ少女の騎士になるわけにはいかない。

 吾輩は目立ちたいのだ。騎士では目立てぬ。

 少々心苦しいが、ここは断りの言葉を口にするほかあるまいな。


「其方には悪いが、吾輩は其方の騎士にはなれ――」

「あ、もしかしてあなた、あの時の人ですか? 大丈夫だったんですね、よかったです!」


 ほとんど同時に口を開いたカリファによって、吾輩の言葉は遮られた。

 カリファは心の底から安心したとでも言いたげな顔をして胸をなでおろしている。

 だが、今の発言の内容は吾輩にはとんで頓珍漢なものだ。

 吾輩は眉を顰める。

 一体この目の前の人間は、何の話をしているのだ?


「其方が話しているのは一体何の話だ、(にん)げ……カリファ」


 吾輩がそう問うと、カリファは慈悲深い笑みでこう言った。


「平原の真ん中で寝ていたので、心配だったんですよ?」

「……ハッ!?」


 それを聞いた瞬間、吾輩の中で一つの仮説が生まれた。

 もしそうだとしたら、全てが繋がる。


「ま、まさかっ!」


 震える手で、慌てて上着のポケットをまさぐる。

 たしかここにいれたはずだ……!

 目当ての感触を指から受け取った吾輩は、勢いよくそれを取り出した。

 取り出したのは、一通の手紙。吾輩が最初の日に平野で寝ていたところに置かれていた手紙だ。



「これは、其方が書い、た……」


 だが、ポケットから取り出した肝心要のその手紙は、元の形を完全に放棄していた。

 思い当たるのはブラックドラゴンの炎。吾輩にとっては稚児の癇癪だったそれは、紙にとっては致命傷だったらしい。

 そういうわけで、手紙は取り出すが早いかボロボロになって崩れていった。

 なんたることだ。……なんたることだ!

 ブラックドラゴン。貴様の炎はたった今、吾輩に多大なるダメージを与えたぞ。


「えっと……?」


 カリファが戸惑ったように吾輩を見る。

 ブラックドラゴンへの怒りで吾輩がしばらく何も発せずにいると、その間に何か考えたのか、カリファは吾輩に問うてくる。


「あの、メモのことでしょうか……? ジョナスさんが寝ている傍に置いておいたんですが――」

「そう、そうだ! あれは其方が書いたのか?」

「それなら、私が書きましたけど……」

「そうか、そうか……!」


 吾輩に初めて貸しを作った人間が、今目の前にいるこのカリファという少女だったのか。

 なんたる偶然……いや、必然と言うべきか。

 ここまでのことの運び全てが、まるで運命によって仕組まれているようではないか。


 そして吾輩を案じたこの少女は今、吾輩に助けを求めている。

 これを見捨てて、吾輩は本当にいいのか?

 目立ちたい……たしかにそうだ、吾輩は目立ちたい。


 だが、だからといって恩を返さずにのうのうと生きる……それで吾輩は恥ずかしくないのか? 自分に胸を張って、歓声に応えられるのか?

 ……否! 恩を返さぬことなど、吾輩にあってはならぬこと!


「……よし、決めた」


 吾輩はカリファの顔を真正面から見据え、言う。



「吾輩、其方の騎士になることを約束する」




 それを聞いたカリファの反応は劇的だった。


「ほ、本当ですか!?」


 顔をぱっと明るくさせ、吾輩の手を握る。

 ふむ、小さく細い手だな。

 そして喜びが抑えきれないという様に、小刻みにピョンピョンと跳ねだした。

 それに追随するように、綺麗な金髪も重力に逆らって跳ねる。

 まるで小動物のようで微笑ましい。


「本当に、私の騎士になってくれるんですか!?」

「吾輩嘘はつかぬ。たまにしかな」


 とそこで、カリファの喜色満面だった表情に影が落ちた。


「……あっ。……でもその前に、言っておかなければならないことがあるんです」

「何だ?」


 カリファは言葉に詰まったように唇を開けたまま一瞬固まる。

 それから決意を固めるようにごくりと唾を呑みこみ、再度口を開いた。


「……私は、忌人なんです……」


 そう言って、カリファは自身の左目につけた眼帯を手で持ち上げる。

 そこにある左目は、鮮やかな赤色をしていた。

 自らが忌人であることを明かしたカリファは、神妙な面持ちで俺を見つめてくる。


「ああ、そうか」

「……はい、そうなんです。騎士をしていただく以上、これは告げておかないといけませんから……」

「で、それがどうした?」


 何をそんなに緊張しているのだかよくわからない吾輩は、直接聞いてみる。


「……?」

「……?」


 ……なんだ、この奇妙な静寂は。

 何故の静寂だこれは。


「……い、忌人の騎士ですよ!?」


 居心地の悪い静けさを消し去ったのは、焦ったようなカリファの声だった。


「天上神様と邪神の両方の色の目をした瞳です! 今はまだ噂程度しか広まっていませんが、事実として明かされてしまったら、きっとジョナスさんも色々と言われてしまうと思います!」

「問題ないな」


 些末なことだ。


「そ、それに、それに、忌人は不幸を運ぶとも言われているんです! 私が何か危害を加えようという意思がなくとも、何かあなたに不幸が起きてしまうかも――」

「それも問題ない」


 荒唐無稽にすぎる。


「……で? カリファ、話は仕舞いか?」


 吾輩の問いに、カリファはパクパクと口を動かす。

 若干の後に、その動きが音を伴った。


「……なんでですか? なんで、気にしないのですか……?」

「決まっている。吾輩は強いからだ」


 なるほどカリファは自分が忌人であることを打ち明けることに緊張していたらしい。

 だが、吾輩がそんなことを気にするはずがないのだ。

 なぜなら吾輩は強いからである。

 そのような根拠の乏しい謂れを気にするのは、その者の根底に恐れがあるからだ。

 己と違う見目の者への恐れが形のない不安を呼び起こし、他者を排斥せんとする。

 しかし吾輩は強い。故にそんな話を気に留める必要も皆無……と、それだけの話である。


「吾輩が気に留めぬと言っているのだ、それ以上の言葉は必要あるまい。それとも、其方は吾輩に騎士を辞退してほしいのか?」

「いえ、そんなことは……! ……そうですね、自分から頼んでおいてこれ以上止めるのもおかしな話かもしれません」

「その通りだな」


 吾輩はうんうんと頷く。

 頼みたいのならばとにかく勧めればいいものを……不器用な女だ。

 まあ、そういう人間も嫌いではないがな。


「ところでジョナスさん、この人たちは元に戻せるんですか? ……もしかして、死んじゃってたりはしませんよね?」

「ああ、彼奴らか。問題なく戻せるぞ。だがその前に、少し離れよう」


 カリファに影響が及ばないようにするため、吾輩はカリファと共に、カリファが最初にいた位置まで離れる。

 そして広場全体を再び吾輩の魔力で満たした。

 先程よりはかなり少なめの魔力だが、人体を刺激するにはこの程度で充分だろう。

 吾輩の予想通り、気絶していた人間たちは順々に身体を起こしていく。


「……ん?」

「……なんだ? 俺、気を失ってたのか……?」

「あれ、もう選抜試験も終わってる……?」


 全員が起き上がったところで、周囲にカリファの声が響き渡った。


「今回の優勝者は、ジョナスさんです!」


 その場にいた全員の目線が、全て一身に吾輩の方へと注がれる。

 吾輩はゾクゾクと背筋が震えるような快感を感じながら、その視線を全て受け止めた。

 やはりこの感覚は他の何にも代えがたいものだ。うむうむ、吾輩目立っているな。


「これでもう後戻りできませんけど、本当にいいんですか……?」


 傍らのカリファが聞いてきたので、吾輩は首肯する。


「良い。あの護符の恩もあるしな。……それに、それがなくともむしろ礼を言いたいくらいであるぞ」

「お礼? なぜですか?」

「だって、おかげで目立てるだろう? ほら、周りを見てみるがいい。ここにいる人間ども全員が吾輩を見つめている」


 騎士を辞退していれば、今この瞬間に吾輩がこれだけの視線を浴びていることはあり得なかった。

 つまり、ある意味カリファのお蔭でもあるのだ。

 吾輩が満足を表す様にウンウンと頷くのを見て、カリファは「くすっ」と笑った。


「変わった人ですね、ジョナスさん」

「元邪神だからな、少しくらいは変わっているだろうというものよ」

「元邪神、ですか? あはは、面白いです」

「面白い……?」


 何が面白いのだ……?

 ただの事実なのだが……。

 疑問に思う吾輩を余所に、カリファは朗らかな笑みを浮かべるのだった。

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