7話 戦闘開始、そして終了
「カリファ様だ……!」
「あれが……初めて見たな」
少女が姿を現すと、周囲が瞬く間にざわめきを増す。
姿を見せるだけでこれほどの影響力……カリファとやら、やるではないか。
揃強い美貌を持つカリファという少女に興味が出てきた吾輩は、周囲の喧騒から役に立ちそうな会話だけを聞き取ることにした。
「にしても、なんで貴族のお嬢様が一般人から騎士を募るんだ?」
「さあな。だが、これは大チャンスだぞ。なんといってもカリファ様は四大貴族のスペード家の直系で、カリファ様の両親が亡くなった今、家督を継ぐ可能性が最も高い人だからな」
「兄貴もいい評判は聞くけど、やっぱりそれよりは妹の方だよなあ。かわいいし」
なるほどな。これだけの美貌に加え、さらに地位もあるということなのか。
それならばこの群衆の集まり具合にも頷けるというものだ。
吾輩が聞き耳を立てているのにも気が付かず、男たちは話を続ける。
「でもカリファ様ってたしか、『忌人』の噂が無かったっか?」
「ああ、そうだそうだ。だから貴族階級の騎士を見つけられなかったんじゃないか?」
「でもそれってどうせ作り話だろ?」
「おい其方、忌人というのはなんだ?」
気になった吾輩はその会話にごく自然に割り込むことに成功した。
さすがは吾輩である。
「何だお前、突然――」
おっと、自然を装ったつもりなのだが、上手くいかなかったようだ。
まあそれも仕方がないことなのかもしれぬな。
なにせ吾輩は、圧倒的なカリスマオーラが身から溢るる男なのだから。
さすがは吾輩である。
だが、一々それを説明するのも面倒だ。
すぐに試験が始まってしまうだろうと聞けずじまいになってしまうからな。
「これは対価だ。教えろ」
吾輩は金貨を手渡す。
すると男たちの顔色は見る見るうちに喜色に溢れていった。
金の力は恐るべしだな。
だが、吾輩に話しかけられたことよりも金貨を貰った方が喜ぶとは一体どういう了見なのだ?
金貨……吾輩のライバルになりうるな。
そんなことを考えながら、吾輩は男の話を聞いた。
それによると、忌人というのは金の目と赤の目のオッドアイをした人間のことを言うらしい。
人間たちの慣習では、天上神の目の色である金と、邪神の目の色である赤を一身に持つオッドアイというのはとても罰当たりなことらしく、忌人はもれなく迫害される立場に追いやられているということだ。
なるほどたしかに、カリファの右目は金色だが、左目は黒い眼帯で隠されていてその奥を窺い知ることができない。赤色の可能性もあるとは言えた。
「にしてもあんた、こんな当たり前のことを知らねえなんて外国から来たのか?」
「地下深くの洞窟からやってきた」
「はぁ?」
不思議そうな顔をする男たちとの会話を無理やり終わらせ、吾輩は一人目をつぶる。
吾輩は酷く憤慨していた。
目の色ごときで扱いを変えるだと?
人間は生物の中でも屈指の頭脳を誇るというのに……それでいいのか其方ら?
「唾棄すべき慣習だな。吐き気を催すわ」
まったく、胸糞の悪い話を聞いてしまった。
大体、金と赤のオッドアイなんて滅茶苦茶カッコいいであろうが。金と赤だぞ、金と赤。人間どもにはそのカッコよさがわからぬのか?
やれやれ、この鬱憤は……今、ここで晴らすしかあるまいな。
それから少し経ち、試験の始まる直前。吾輩は広場に立ち軽く屈伸をしていた。
試験はバトルロワイヤルらしい。
この場で最後まで立っていたたった一人だけが、カリファという少女に仕える権利を得ることができるようだ。
といっても吾輩は目立ちたいだけで、仕える気はない。最後の二人に残ったのちに、軽やかに空を飛んで離脱する腹積もりだ。
誰にも見られないよう、邪悪な笑みを浮かべる。
クククッ、おそらくこの場の人間どもは全て吾輩に目を奪われることになるであろうな……!
険しい目つきをした其方らの目が丸くなる瞬間、今から楽しみであるぞ。
「それでは皆様、準備はよろしいでしょうか?」
広場から少し離れたところに立った少女の声が辺りに響く。
おそらく物珍しさから少女を見に来ただけの人間も少なからずいたのだろう、広場にいる人数は先程よりも若干減っていた。
だが、それでもまだ二百人は優に超えていそうだ。
これだけ多いと、密度が高すぎて戦闘はしにくいな。
悪条件なのは誰しも同じである以上、吾輩が負けるなどということはあり得ぬが、これでは視界の悪さで人間たちが吾輩の雄姿を見れぬ危険がある。
……最初に、少し一気に減らしておくか。うむ、それがいいだろうな。
「バトルロワイヤル、開始です!」
カリファという少女がそう告げた瞬間、吾輩は魔力で広場を包み込んだ。
魔力というのは何も、魔法に変換するだけが使い道ではない。
吾輩程の強大で濃密な魔力であれば、魔力のままでも気を失わせるくらいの効果は持っているのだ。
といっても、全員を気絶させてしまうとそれはそれで不味い。吾輩が騎士になることになってしまうからな。
よって吾輩は卓越した魔力コントロールによって、放出する魔力を巧みに調節した。
この程度の魔力ならば、上級魔族……例えばブラックドラゴン級の実力の者には効かぬ。
さて、何人が残る……? 十か、二十か……三十か?
「……え、あれ!? なんで皆さん倒れてらっしゃるんですか!?」
カリファの声が響く。
しかし、それに反応する者はない。
広場にいる人間の全員が、一瞬のうちにその場に倒れてしまっていた。
「……これは一体どういうことだ?」
おかしいな、上手く魔力をコントロールしたはずなのだが。
……もしや、ここにはブラックドラゴン級の実力者が一人もいなかったということか?
まさかそんなことがありうるのか?
「いや、しかしそれしか考えられぬよな……」
「あ、起きてる人がいたんですね! よかっ……あれ、えーと、この場合って……」
吾輩の元に駆け寄ってきたカリファはその中途で「どうしよう」とでも言いたげな顔に変わって吾輩を見た。
だが、吾輩を見ても答えは出てこんぞ。なにせ吾輩も同じ気持ちなのだから。
しばらく二人で黙りこくったのち、カリファが口を開く。
「えーと……お名前は?」
「ジョナスだ」
「ジョナスさんですね。……おめでとうございます。ジョナスさんの優勝です」
なんということだ。吾輩、優勝してしまった。