6話 『龍狩り』のジョナス
「吾輩が帰ってきたぞ。この街に! この素晴らしき吾輩が!」
街へと着いた吾輩は声高らかに主張する。
その横を、人々は気味悪そうな顔で素通りしていった。
うぅむ、背中に背負ったブラックドラゴンの頭が原因だろうか。大きいからな、多少場所をとってしまうのは致し方なかろう。
ならばもっと大きな声を……と思いかけたところで、ブライトの顔が浮かんでくる。
おっと、そういえばこういったやり方はよくないのであったな。初日にブライトに教えてもらったことを失念していた。
だが、それにしてももっと驚いてもいいと思うのだがな。
この吾輩がこの街に……この街に……。
……そういえば、この街の名前を知らぬな。
吾輩は適当に街行く人間に話しかけてみることにした。
「街行く人間。この街は何という名だ?」
「街行く人間……? ……ええと、王都キャピタリアですが」
「キャピタリア……ふむ、良い名ではないか。キャピタリアよ、吾輩が気に入ってやったぞ。ワッハッハ!」
「えぇ……」
街を褒める吾輩は、通常の人間の感性では奇異に捉えられてしまうらしい。
まあ無理もないことだ、と吾輩は納得する。
吾輩の考え方は基本的に神の時代と変わらぬからな。純粋な人間とは多少の齟齬が出てしまうのは致し方ないのだ。
吾輩は男に礼を言い、ギルドに向かって歩き始めた。
「ブラックドラゴンの頭を持ってきたぞ」
ギルドに入り、受付に開口一番言い放つ。
受付嬢は目を丸くし、その場に居合わせた冒険者たちは驚きの声を上げた。
「おまっ……マ、マジかよ! コイツ、本当に狩ってきやがったぞ!」
ギルド中の視線が吾輩に集まる。
全ての視線を独り占めしている感覚。数十年ぽっちしか生きない人間が、そのわずかな時間を吾輩に割いているという事実が吾輩を昂ぶらせる。
「おおぉ、吾輩に刺さる驚きと尊敬の視線! いいぞ、その調子だ! その調子で吾輩に驚け!」
「そう言われるとなんか、驚く気失くすな……」
なんでだ。この天邪鬼たちめ。
なにはともあれ、これで吾輩は正式に冒険者として認められることとなった。
それと同時に、冒険者カードというものも手渡された。
このカードは身分証明書として使えるらしい。
いずれはこのようなカードなどなくても、顔だけで吾輩と認識されるようになりたいものだな。
それから数分。
吾輩はギルドに備え付けられた酒場でオレンジジュースを飲みながら、今後の予定を考える。オレンジジュースは美味しくて好きだ。
しばらくは冒険者とやらを続けてもいい。しかし、簡単に思考を放棄してしまうのはよくないであろう。
常に新たな舞台を求め続けなければ、吾輩は目立てない。同じことを続けているだけでは、周りの人間の感覚はそれに慣れてきてしまうからな。
ふふん、どうだ。吾輩は人間というものをこんなにもよく知っているのだ。
よし、決めた。吾輩がより輝ける新たなステージを探して周囲に聞き込みでもしてみよう。
そう思い立ち、近くのテーブルで吾輩の方をチラチラと見ていた男に話を伺うことにした。
「少し話でもよいか」
男は紫煙を吐きながら、こちらを値踏みするような顔で言う。
「おうおう、『龍狩り』が何の用だよ?」
「!? ちょ、ちょっと待ってくれ。その『龍狩り』というのはなんだ? 吾輩のことを言っているのか?」
「なにってそりゃ……二つ名だよ。すげえことしたヤツには勝手にそういうのが独り歩きしてくもんだぜ、『龍狩り』」
「二つ名……」
吾輩はその言葉を舌の上で転がす。
そして感服の思いで天井を見上げた。
二つ名……なんだそのカッコ良いものは!
吾輩はジョナス。『龍狩り』のジョナスである。
……おお。……おおぉ!
吾輩は男のテーブルに乗り上げる勢いで詰め寄る。
「ちょっ、お前! テーブル倒れるだろうが!」
「他にもないのか!? 吾輩の二つ名は!」
「い、いや、ねえよ……。もっと活躍すりゃあ自然と増えてくんじゃねえの?」
「そうか。ふ、ふ、フフフ……」
また目標が出来てしまったな。
二つ名をたくさんつけてもらおう。これが吾輩の新たな目標だ。
そのためには、もっと目立たねば!
そうと決まればぐずぐずしている場合ではないな。
吾輩はポケットから金を取り出し、無造作にテーブルに叩きつけた。
すると、男の目の色が変わる。
「なんだこの金、大金じゃねえか! く、くれんのか?」
その代わり様に、吾輩は若干驚く。
風のうわさで聞いてはいたが、金の力とはつくづくすごいな。
敵対感情を持っていたとしても、大金を積めば仲間に下る場合まであると聞いた。
まこと人間の社会は奇々怪々である。
まあ、吾輩が目立つために利用できるものは全て利用していくがな。
吾輩は男に首を縦に振り、言った。
「代わりに其方に聞きたいことがある。――今日行われるイベントか何かを知らぬか? 吾輩、目立ちたいのだ」
太陽というのはまるで神を超越した存在のようだと吾輩は思う。
この星全体を、上から見下ろしているからだ。
人間はおろか、吾輩のような邪神や、生涯の敵であった天神までも、太陽相手には見上げることしかできない。
昔はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。自分より上の存在というものが、憎らしくて仕方なかった。
しかし今は違う。一万年という永久にも近い時間を孤独に過ごした吾輩にとっては、孤独に光る太陽よりも、群れて生きる人間の方が何倍も眩しく思えるのだ。
だから今のこの広場の混雑具合は、吾輩にとっては太陽の集まりのようであった。
「これだけの人間が集まるとは……この募集をした貴族の娘というのは随分人気があるのだな」
酒場の男に聞いたところ、今日の昼から広場で貴族の娘が護衛の騎士を探すオーディションを行うとわかったのだ。
広場にいる人間の数は推定で二百人。もしかしたら三百人に達しているかもしれない。
これだけの人間を集める力を、まだ十五歳だという募集主の娘は持っているのだ。
正直護衛などになる気はない。しかしこの影響力は今の吾輩よりも格段に上。
このイベントに参加することで、吾輩が目立つためのメソッドのようなものを奪えるかもしれない。
吾輩はそう感じていた。
少しして、広場の一番前、臨時のステージが設けられたところに、一人の少女が登る。
美しい少女であった。
金の目と髪をした少女であった。
その体つきはとても女性らしく、とても十五歳とは思えぬプロポーションである。
彼女の髪を揺らすために風が吹き、彼女の美貌を照らすために太陽が輝く。
世界の中心にいるのは彼女である、と吾輩は直感させられる。
まるで美術の世界からそのまま飛び出てきたような、そんな少女であった。
認めたくないが……吾輩はその瞬間、少女に敬意を抱いた。凡百の人間と同じように。
「お集まりいただきありがとうございます」と彼女は言った。声まで澄んでいる。
ふむ……吾輩も男だ。ここまでの美少女が観戦しているとなると、少々テンションが上がるな。
だが、それよりもここに集まった人間たちの多さだ。
これだけの人間の中で一番になれば、吾輩は全ての視線を独り占めできる。
護衛の騎士を決めるためのオーディションということは、おそらく問われるのは戦闘力。
吾輩にぴったりではないか。
これは、全力でとりにいくしかあるまい!
広場の片隅で、吾輩は密かにメラメラとやる気を出していた。