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自重知らずの元邪神  作者: どらねこ
3章 『カリファとジョナス』編
25/30

25話 兄と妹

 薬を呑みこんだバルハルドは、ピュケルと同じように変貌を遂げる。

 引き締まった筋肉は黒く変色し、はち切れんばかりに膨張。

 額には隆起した大きな二本の角。

 瞬く間に、バルハルドは偉業へと変化した。


「カリファ様、もっとお下がりください! この男は……コイツは、危険です!」

「隙アリィッ!」


 注意がカリファに向いた一瞬に、バルハルドはネズフィラに接近する。


「なっ……!」

「アハハハハハハッ!」


 クナイを投げる間もなく、ネズフィラは掌底をいれられた。

 ネズフィラの身体がドサリと崩れ落ちる。

 黒い異形はそれを目の前で見て、ニィィと醜く口を歪めた。


「アハハ、アハハハ! イイイィッィィ気分だっ! 最っ高にっ! 死ね! 死ね! 俺を褒め称えない人間はみんな死ね!」


 一人高笑いするバルハルド。


「ネズフィラっ!」

「待て、其方は近づくな。吾輩が相手する」


 カリファを制止し、バルハルドを睨む。

 バルハルドは倒れ込んだネズフィラの顔を覗きこみ、気味の悪い笑顔を浮かべていた。


「このまま殺してぇ、ペチャペチャ食べてあげるからねぇ? 待っててねぇ、メイドぉ?」

「おい下種、こちらを向け」


 殺気を飛ばす。

 これ以上の狼藉は我慢ならん。

 主の命を狙い、あげく人の同僚に手を出しておいて、よもや無事ですむとは思っていまいな?

 射殺さんばかりの目で睨みつけると、バルハルドは動きを止めて首だけをこちらに動かした。ギョロギョロと、黒目のみの目が不規則に動いている。


「……下種? 下種って僕のことぉ? アハハ、その冗談は面白くないなぁ。僕は凄いんだよ、人の上に立つ器なんだ」


 身体をこちらに向け、両腕を開き。

 バルハルドは気色の悪い笑みを顔に張り付けたまま、吾輩に言葉を投げかけはじめた。


「僕の周りには人が集まってくる。僕の前では万人がひれ伏す。それが僕だ。バルハルド・スペードだ。だからお前も、死にたくなければ跪くといいよ? ……許さないけどねぇ~! アハハ!」

「……ハァ」

「……はい? なにをため息ついてくれちゃってるの? 頂点たる僕が、底辺である貴様に! 話を! してやってんだぞ! 涙を流して喜ぶのが筋だろうが!」

「話が長い上に陳腐だな。童の遊戯でも見ているようだ。……いや、それ未満だな。退屈どころか、甚だ不愉快」


 こんなヤツに仲間を害されたと思うと、憤怒を抑えることすら難しい。

 度し難い頭の悪さだ。


「なんだと……ふざけるな、僕を崇めろよ! 僕はバルハルド様だぞ!? スペード家の長兄だぞ!? そんな眼で、そんな眼で僕を見てんじゃねえ!」

「悪事で目立とうとするのは幼子以下の思考だ。そんなことは誰にでもできるからな。真に優れた者は、その功績によって人々の注目を集める。つまり其方はいうなれば、三流以下だな。スライムにも劣る。……いや、比較することすらスライムに失礼だな。失言だった」

「黙れ黙れ黙れぇぇぇっっっ!」


 バルハルドは意識を失っているネズフィラの身体を怒りのままに蹴ろうとする。

 だが、それよりも早く吾輩がバルハルドに肉薄し腹部を殴りつけた。


「ガッ……!?」


 バルハルドの身体が吹き飛ぶ。

 追撃を加えるチャンスでもあったが、まずはネズフィラの状態を確認することにした。

 顔は青く、唇の間からは、つう、と一筋の血が流れ出している。

 思っていたよりも状態が悪い。

 急いで回復魔法を行使する。

 ネズフィラが光に包まれ、心なし顔色が戻った。

 だが、ここまでだ。


「回復魔法は著しく苦手ゆえ、吾輩ではこれが精一杯だ。すまぬな」


 元々邪神が持つのは破壊の力。

 癒しの力とは対極に位置する吾輩は、回復魔法を上手く行使することができない。

 気休め程度にはなるだろうが、それだけだ。

 ギリリ、と歯を鳴らす。

 自らの力不足が恨めしい。

 今更こんなことを思う日が来るなど、想像もしていなかった。


「痛い……よくもこんなことを……!」


 掌を血が滲むほどに握っていると、横から不快な声が聞こえてきた。

 もう起き上がって来るか。そこそこ力をいれて殴ったのだがな。


「許さない、許さないからな……! 殺す殺す殺す!」


 黒目を見開き、一心に吾輩を見つめるバルハルド。

 そして、こちらへと物凄い速度で接近してくる。


「僕はお前を殺す! 死ね、死ね、死――」

「何か勘違いをしていないか? 怒っているのは、こちらも同じだ」


 接近してきたバルハルドの胸を、拳で貫く。

 いくら貴様の速度が速かろうと、吾輩の目で捉えられないものは無い。


「……ッ!? ……ゴフッ!」


 胸を拳が貫通したバルハルドは、口から血を吐き出した。

 少しはネズフィラの痛みと気持ちが理解できたか? ……いや、コイツにはわからないであろうな。


「おかしい……僕が負ける……!?」


 今もバルハルドの顔に浮かぶのは驚愕だけで、砂一粒ほどの謝罪の気持ちも感じ取れない。

 おそらくコイツは生来そういう人間なのだ。

 教育がどうこうという問題ではない。生まれながらの異常者。

 コイツにとってもコイツ以外の多くの人間にとっても不幸だったのは、コイツが権威ある身に生まれ落ちたこと。つまり突き詰めれば運命の悪戯。それが全ての原因だ。


「まだ口が動くか、生命力だけは一人前だな」


 丁度良かった、すぐに死なれては腹の虫が収まらないと思っていたところだ。


「己の行いを悔いながら死ぬがいい。それだけの時間は与えてやろう」


 吾輩の言葉に、バルハルドの態度が変わる。

 傲慢不遜な態度が、眉を下げ、媚びへつらうな態度へと。


「許してくれ、な? な? か、金か!? 金ならいくらでも払うから――」

「其方の幸せな脳内では、金銭を払えば今更自らの所業が許されると思っているのか? 驚愕に値する思考だな」


 許す気のないことが伝わったのだろう。

 もしくはさすがに身体の限界が近づいてきたのかもしれない。

 バルハルドは胸を貫かれたまま、声を震わせる。


「なんで……僕は、僕が一番凄いのに……! 僕が、僕が……!」


 つくづく救えない男だ。

 完全に見限った吾輩は、傍から見ていたカリファの方を振り返る。


「カリファ、コイツに何か言うことはあるか?」


 吾輩からすれば愚劣を煮詰めて熟成させたような男にしか思えぬが、カリファにとっては腐っても肉親だ。なにか思うところがあるかもしれぬ。

 幼い頃に抱いたかもしれぬ感謝か、兄がこうなるのを止められなかった後悔か、自分の身体的特徴である両目を弄られたことによる恨みか、従者であるネズフィラを傷付けられたことに対する怒りか。

 いずれにせよ、それを伝える機会を与えたい。


 カリファは一歩、また一歩とバルハルドに近づく。

 吾輩とバルハルドはそれを黙って見守った。

 そしてカリファはバルハルドの前までたどり着く。

 胸に穴が開いた状態のままのバルハルドを上から下まで眺め、目を伏せる。

 そして一言だけ、ポツリと発した。


「……お兄様、残念です」


 カリファが抱いた感情は、憐憫であった。

 バルハルドの息が、途端に荒くなる。


「や……めろ。やめ、ろ。そんな目で、僕を、見るな。僕を、哀れむなぁ! やめろ、やめろぉぉ……っ!」


 そしてカリファに手を出さんともがく。

 だが、それだけはさせるわけにはいかん。

 吾輩はカリファの騎士だからな。


「猶予は仕舞いだ」


 貫いている拳を通して、バルハルドの体内に全魔力を流し込む。

 カリファに手を伸ばしたまま、バルハルドの身体は一瞬で塵と化した。

 カリファは兄のいなくなった虚空を、数瞬の間ただジッと見つめていた。

 そして、すぐに振り返り、ネズフィラの元へと駆け寄る。


「ジョナス、すぐにネズフィラを病院に連れて行かなきゃ! 空飛んで!」

「ああ、承知した」


 吾輩はネズフィラとカリファを乗せて、今度は病院へと向かった。

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