24話 弁明と追及
「そこの屋敷です!」
吾輩が空に舞ってから数分。
カリファとネズフィラの誘導によって、吾輩たちはバルハルドの屋敷へとたどり着く。
広大な敷地に絢爛な屋敷が建っている。
と同時に、屋敷から去ろうとする人影を発見した。
金髪金目の整った顔……間違いない、バルハルドだ。
バルハルドは荷物を詰め込めるだけ詰め込むように、騒々しい動きで地竜車に荷物を押し込んでいる。
「逃げるつもりか?」
その顔に闘志は見られない。
顔を青くし、キョロキョロと辺りを窺いながら荷物を詰めていく様からは、一度目に出会った時のようなカリスマ性のようなものは微塵も感じなかった。
逃がすわけにはいかぬな。
これだけのことをしておいて逃げられると踏んだのなら、それがどれだけ甘い考えなのか教えてやらねばなるまい。
「カリファ、ネズフィラ、降りるぞ。しっかり掴まっておけ」
二人に短く告げ、吾輩はバルハルドの屋敷の庭へと急加速する。
黒い弾丸と化した吾輩の身体は音速を超え、轟音を立てて庭に突っ込んだ。
「っ!? な、なんだ!? 誰だよっ!」
「吾輩か? 吾輩はジョナスである」
土煙の先からかけられた震え声に応える。
合間から見えるバルハルドの顔は青いを通り越し、もはや蒼白だ。
「ジョナス……あの時の化け物か?」
「化け物というのは正確ではないな。なにせ吾輩、元邪神ゆえ」
魔力で土煙を払う。
吾輩の身体から噴出した高濃度の魔力により、砂や塵は周りから押し出されていく。
ふむ、これでようやっと何の邪魔もなく真正面から向かい合えたな。
「カリファも……メイドの女までいるのか……」
バルハルドは竜車の方へと一歩下がる。
「それ以上動くな。首を切り落とされてもいいならば別だがな」
吾輩の言葉にバルハルドの脚がピタリと止まる。
ここまで来て、逃がすわけにはいかぬからな。
「先ほど、あなたの従者と彼が引き連れた暗殺者九名が、カリファ様の屋敷を襲撃しました。……申し開きは、ございますか?」
ネズフィラが追及を始める。
もはや逃げることはできないと悟ったのだろう。バルハルドは動くことをやめた。
数秒天を仰ぎ、改めてこちらを見る。
バルハルドは驚きに目を見開いていた。
「……おいおい、それは本当かい? ピュケルのヤツ、勝手なことを……。寝耳に水だよ」
「怪しいヤツだとは思っていたけれど……!」と、ピュケルへの怒りを露わにするバルハルド。
ここが自分にとってのターニングポイントだとわかっているのだろう。
武力では敵わず、逃走も封じられ……そんなこの窮地を、バルハルドは言葉だけで乗り切ろうとしているようだった。
バルハルドが演技を始めたことに気付いたネズフィラは、嫌悪感を全身から露わにする。
「この期に及んで自己保身ですか。見苦しいことこの上ないですね」
「何を言っているのだか理解が出来ないな。僕は僕の正直な思いを口にしているだけさ。……カリファ、悪かったね。愛する妹に、僕の部下が迷惑をかけてしまったようだ。許してくれ」
バルハルドはカリファに頭を下げる。
吾輩はもはや冷めた目でその光景を見ていたが、ネズフィラは怒髪天の形相で、射抜くような鋭い目でバルハルドを睨んだ。
「この……っ!」
その両手にスカートから取り出したクナイを持ち、構える。
そんなネズフィラをカリファが止めた。
「いいよ、ネズフィラ。私に話させて」
カリファにそう言われれば、ネズフィラは従うしかない。
渋々ながらクナイを下ろすネズフィラを見て、カリファはチラリと俺に視線を向ける。
「ジョナス、いいかな?」
「うむ、よいぞ」
話してもいいかな、という意味であろう。
吾輩は迷いなく了承を返した。
元々今回の騒動に関しては、吾輩はほぼ部外者だ。
当事者であるカリファに何か言いたいことがあるのならば、吾輩が止める道理もない。
「お兄様……」
カリファが声をかけると、バルハルドは頭を上げた。
その顔には自責と謝罪の念が色濃く映し出されている……ようにみえる。
演技だといわれても少し信じられないくらいだ。
「ああ、愛しのカリファ。哀れで愚かな僕を許してくれ。部下の躾が足りなかったよ」
そう言ってカリファに手を伸ばすバルハルド。
しかしカリファはその手をとらず。
手を伸ばしたままの不格好な兄に問う。
「……なぜ、お兄様はまだ日も出ていないこの時間帯に荷造りをされていたのですか? まるでピュケルさんを差し向けて失敗したから、次は逃げようと画策しているかのように私には思えたのですけれど……お兄様、答えてください」
「そ、それは……」
バルハルドの顔に、焦りが浮かんだ。
「……ピュケルのしでかしたことは知っていたんだよ。彼の状況は逐一把握できるようになっていたからね。それで彼が乱心していることを知ったから、ほとぼりが冷めるまで国外で安息を得ようと思ってね」
「それはおかしいですね。先ほどお兄様は、ピュケルさんの行いに対し『寝耳に水だ』とおっしゃったと記憶していますが……」
「……そ、それは……」
「ピュケルさんの起こした出来事は知ってらしたということで、よろしいですか?」
「……あ、ああ、知っていた。そう、さっきのは間違いだ。うっかりしていた」
カリファの厳しい追及に、バルハルドは精神が摩耗してきているようだった。
コヤツは今、命を懸けて綱渡りしているような状況にいるのだ。
ただこの場にいるだけでも削られていく心が、度重なる追及により壊れかけているのも仕方のないことであろう。
もっとも、同情すべきところは欠片も見当たらないが。
「間違い? うっかり? ……本当ですか?」
「おいカリファ、なんだよ!? 兄の僕を、信じてくれないのかよ……!?」
ついに、バルハルドが声を荒げる。
「僕じゃない僕じゃない僕じゃないっっっ! 全部、全部アイツがやったんだ! 僕はアイツの遣やらかしたことに驚いて、思わず逃げようとしてしまっただけさ! 誰だって自分の身の安全が第一だ、それは当然だろう!?」
「自分が正しいのならば、その身の潔癖を主張するのが貴族としての責務だと思いますが」
「うるさい、黙れよっ! たかがメイドのお前に貴族の何がわかる!」
頭を掻きむしるバルハルド。
そして、ついにバルハルドに限界が訪れた。
「あはは、あははは! そうだ、そうだよ、僕は貴族なんだ、優れてるんだっ!」
ふらふらと揺れながら、うわ言のように自分は優れている、と繰り返す。
吾輩とネズフィラはカリファにバルハルドから距離をとらせた。
今のコヤツは尋常な状態ではない。いきなり襲い掛かってくる可能性もある。
開き直った逆上というのは、時に思いもよらぬパワーを生み出す。
定まりかけていたはずの展開の筋書きを根本から書き換えてしまうような。
邪神としての活動によりそれを知っている吾輩は、目の前の矮小な人間相手に気を引き締める。
「僕は優れてるんだ! なのにお前ら知能の低い一般人は僕を見ない! 妹ばかりを見て……! だからやったんだ! せっかく両親が死んで僕の時代が来たと思ったのに、まさかピュケルが失敗するとは……! 薬まで渡してやったのに殺せないなんて、あの屑がぁぁ……っ!」
そして、バルハルドは絶叫した。
理性などかなぐり捨てたようなその声は完全に魔物のそれであり、怒りのみを孕んでいる。
もはやその金の目にはカリファへの謝罪の気持ちはおろか、吾輩やネズフィラへの恐怖も宿っていないように見えた。
「ふふふ、くふふふふ……。わかるよ、僕には君たちの思っていることがわかる。なんで急に自白したのか、不思議に思っているんだろう?」
傍から見れば壊れた、と判断してもおかしくない。
しかし、その目はまだ冷静さを残している。
理性を捨てて尚、冷静。中々出来ることではないのだが……生まれや環境が違えば、コヤツは全ての魔物を恐怖させる存在になっていたかもしれぬ。
バルハルドはケラケラと笑い、自白した理由を語る。
「答えは簡単さ。君たちはここで、僕に殺されるからだよ」
そう言うと、手元に小さなカプセルを取り出した。
そして親指と人差し指でつまみ、愛おしそうに空に掲げる。
そして――
「役立たずの屑……ピュケルに渡した薬に改良を加えた、一番きつい強力なやつさ。あんな粗悪品とは違って、正気も保ったままだ。……お前ら、もう死ねよ」
――ゴクン、とそれを呑みこんだ。
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