22話 ネズフィラは時々怖い
「ここだけの話なんやけど……バルハルドさん、カリファちゃんの命狙ってるらしいで?」
「バルハルド……カリファの兄がか?」
吾輩は聞き返す。
シーズは顎を引き、肯定の意を示した。
「エトラスがそういうの得意で色々と調べてくれるんやけどな? 最近バルハルドさん周りの金の動きが凄いらしいんよ。そんで何に使ってるか調べてみたら、暗殺者を複数人、金で雇ってるらしいんよな」
暗殺者か。
それはたしかに、何かがありそうではあるな。
「まあ、こっからはウチの推測も混じってるんやけど……」と前置きし、シーズは続きを喋りはじめる。
「コロシアムでジョナスくんが勝ったおかげで少し時流が変わったやろ? 今まで押せ押せだったバルハルドさんにとっては逆風や。このままじゃ後継者に選ばれなくなってまう。……だけど、カリファちゃんが消えれば話は別や。後継者候補が自分だけになれば、選ばれるも何もないわけやしな」
なるほど、言っていることに筋は通っているように感じる。
だからバルハルドはカリファの命を狙っているわけか。
……実の兄妹だというのに、命を狙うなど悲しいことだな。
血の繋がりというものが存在しない吾輩にとっては未知の感覚ではあるのだが、人間という種にとってそれはとても大きなものであるはずだ。
あるいはバルハルドはそれを枷と感じていたのかもしれぬが……いずれにせよ。
「……っ」
いずれにせよ、カリファにこんな悲しい顔をさせるような人間を、騎士である吾輩が許しておけぬのは純然たる事実であった。
「というわけで、『夜道には注意してな』っちゅう軽い忠告やな。ウチはカリファちゃん派やから」
そう言って、シーズはカリファに微笑む。
「……うん、そっか。……ふぅー」
カリファは一つ息を吐く。
今得た情報を、頭の中で整理しているのだろう。
いや、情報を整理というよりも、心を整理しているのか。
数秒の間、部屋の中にカリファの息を吐く音だけが響く。
それを終えると、気持ちを切り替えたカリファはシーズに向かって微笑み返した。
「シーズちゃん、教えてくれてありがとう。味方してくれて嬉しいよ」
どうやらすっかり気持ちを切り替えたようだ。
この切り替えの早さは、さすがは貴族と言うべきところか。
そんな一連の様子を見ていたシーズは、とすん、と背もたれに持たれかかる。
「あぁ~、かわええなぁ。なんでカリファちゃんはこんな可愛いんやろ。なぁ、エトラス?」
「お嬢も十二分に可愛いでござる」
ほう、涼しい顔して言うではないか。
かぁぁ、とシーズの顔が赤く染まっていく。
「なっ……な、何言うてんねん、あほかっ」
「あー、シーズちゃん照れてるぅ~」
「ゴザゴザゴザ」
「笑うなぁっ」
三人の会話を聞いていると、ネズフィラが吾輩に耳打ちする。
「……ジョナス」
「うむ、わかっている」
ネズフィラが何を言いたいのか、おおよそは理解していた。
「カリファには戦闘能力はないからな。カリファの身を守れるかどうかは、吾輩と、そしてネズフィラ、其方にかかっている――そう言いたいのだろう?」
「わかっているならばいいです。カリファ様は絶対に守りぬきますよ。私の命に代えても」
ネズフィラはいい従者だ。
少々気負いすぎるきらいはあるが、それでも主のことを第一に考えている。
「案ずるな、其方が命を懸けるようなことにはならぬ。……なにせ、吾輩がいるのだからな」
楽しそうに談笑するカリファを見る。
その笑顔、吾輩が守ってやろうではないか。
「……期待してますよ、ジョナス」
「おお、期待してくれるか! そうかそうか! 嬉しいぞネズフィラ!」
ネズフィラが吾輩にそのような言葉をかけることは少ない。
そういった人間にプラスの言葉をかけられるのは、中々心地が良いものだ。
吾輩はニコニコと頬を緩ませる。
「……期待しない方が良いかもしれない気がしてきました」
「おい、なんでだ!?」
もっと期待しろネズフィラ!
吾輩に期待してくれ! そしてこの気持ち良さを味わわせてくれ!
シーズとエトラスに別れと感謝を告げ、ダイヤ家を出る。
そして警戒しながらも無事屋敷へと戻ってくると、カリファは不意に頭を下げた。
「なんだ? どうした、カリファ?」
「ごめんね二人とも……お世話になります」
頭を上げたカリファは申し訳なさそうに眉を下げる。
まったく、人の上に立つ者らしからぬ謙虚さであるな。
それはまごうことなくカリファの長所であるのだが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉もある通り、過ぎれば時に短所にもなりうる。
主なのだから、個人的にはもっと偉そうにしてもいいと思うのだ。
やれお菓子をとれだとか、やれ肩を揉めだとか、やれ切腹して見せろだとか、そういうことを言ってもいいのだぞ? ……まあ、そんな主に吾輩はつき従わないが。
そういう意味では、異様に腰の低いカリファこそ、吾輩の主としての適性を持っているのかもしれない。
それはそれとして、申し訳なさそうにするということは、カリファは一つ思い違いをしているようだ。
それを正してやろうではないか。
「何を言うか。むしろこれは吾輩にとってはチャンスだ」
「チャンス……? どういうこと?」
「もし命を狙って暗殺者がやってきたとして、それを吾輩が抑え込めればカリファは吾輩に感謝してくれる。そのチャンス、逃す気はない」
そう、これはいわば吾輩の株を上げるチャンスでもあるのだ。
吾輩は褒めてもらいたい、褒めてもらいたいのである。
暗殺者だかなんだか知らぬが、褒めてもらうためならば吾輩容赦せん。
この世の塵としてくれる。
そんな吾輩の思いの丈を聞いたカリファは、ふへぇと呆れの混じったため息を零し、苦笑する。
「……変わってるなぁ、ジョナスは。ネズフィラもそう思わない?」
「まあ、正直理解はできませんが……働きが優秀ならば、私から言うことはありません」
「そこは任せろ。なにせ吾輩――」
「元邪神ゆえ! ……へっへっへっ、決め台詞とっちゃったー」
いたずらっぽい顔をするカリファ。
折角の吾輩が目立つところを、横取りされた……だと!?
「なっ、図ったなカリファ! 許さぬぞ!」
「ごめんごめん」
カリファは言葉では謝りながら、えへへ、と全然反省していない笑顔を見せる。
なんという、なんという極悪非道な所業! 決して許すことはでき――
「全く、決め台詞をとられたごときでなんですか。カリファ様にとられたのですから、光栄と思いなさい。私など、心臓をとられても喜びますよ」
何を言っておるのだコヤツは。思わず怒りが吹き飛んでしまったではないか。
ネズフィラの平然とした顔を見て、カリファの顔からも笑顔が消える。
「……ネズフィラって時々怖いこと言うよね」
「カリファ様が心臓が欲しいというならば、今すぐにでも右手でこの胸から心臓を取り出して、カリファ様に捧げます」
「望まないからっ! ネズフィラの心臓なんていらないよっ!?」
右手を胸に当てたネズフィラを、慌てて止めるカリファ。
実際、カリファが止めなければそのまま胸の中に手を突っ込んでしまいそうな雰囲気がある。
「早まらないで、ネズフィラ!」
「そうですか……」
「なんで残念がっておるのだ……」
意味が分からん……。
ふぅ、とおでこを拭いながら息をついたカリファは、ネズフィラと視線を合わせる。
身長の関係で少し上目遣いになりながら、少し照れくさそうに口を動かす。
「私はネズフィラの心臓はいらない。だって、ネズフィラが隣にいてくれることが嬉しいんだもん。だから、ずっと一緒にいて欲しいな……?」
「女神……」
涙を流すな。
「よしよし。ネズフィラ良い子いい子」
「女神……女神ぃ……っ」
「なんなのだ、この光景は……」
胸を押さえて蹲り涙を流すネズフィラと、まるで母親のようにネズフィラの背中を撫でてあげるカリファ。
何を見せられているのかわからないまま、吾輩はただ呆然と立ち尽くすのだった。
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