21話 四大貴族、ダイヤ家
コロシアムの戦いから一息が着いた、数日後のこと。
吾輩とカリファ、それにネズフィラの三人は、お屋敷に御呼ばれしていた。
それもただのお屋敷ではない。カリファのスペード家と同等の伝統と格式のある、四大貴族のダイヤ家のお屋敷だ。
しかも吾輩たちを呼んだ相手は当主であるシーズ・ダイヤらしい。
当然本邸であり、廊下に規則的に並んだ絵画一つ一つが凄まじく価値のある逸品であることが容易にわかる。
カリファの屋敷も凄かったが、当主の屋敷となるとさらにそれを超えて凄いものだな。
「ジョナス、あまりそうキョロキョロしてはカリファ様の品格が疑われます、慎んでください」
廊下を歩いていると、隣からネズフィラが小声で吾輩を注意した。
ふむ、一理あるな。吾輩は顎を引く。
「わかった。気を付ける」
「素直な人は好きですよ」
「え、ネズフィラってジョナスのこと……!」
カリファが楽しそうに口に手を当てる。
それに対し、ネズフィラはブンブンと首を慌てて横に振る。
「そ、そういう意味ではありませんっ」
「どういう意味だ? よくわからぬ」
「あはは、ジョナスってば朴念仁ー」
ぬぅ、言われてしまった。
まだまだ人間の心の機微には疎いというのは自覚しているだけに、痛いところを突かれた形である。
どうも人間の心というのは複雑に出来過ぎていて、理解するのに時間を要するのよな。
魔族など上の方のごく一部を除いて、ほとんどの者が「戦う!」「寝る!」「食べる!」という感じで至極単純明快なのだが。
どちらが優れているというものでもないのだろうが、これだけ複雑な思考能力を等しく持っているからこそ、人間は魔族との戦闘でも引けを取らずに戦ってきたのだろうな……と、邪神の立場だった吾輩からすると考えずにはいられない。
とはいえ、今の吾輩は人間であり、カリファの騎士である。
普段色々と好き勝手やっている分、今日くらいはそれにふさわしい振る舞いをせねば。
そう自分を律する吾輩に、カリファは言う。
「ジョナス、そんなに振る舞いは気にしなくていいよ? シーズちゃんは見知った仲だし。この瞳のことも前から知ってるしね」
眼帯をチラリと外しながら、カリファが言う。
金色と赤色のオッドアイ。それはすなわち忌人の印であり、カリファはずっと隠してきていた。
それを知っているということは本当によほど親しい中なのだろう。
「シーズちゃんとは、子供のころからよく舞踏会とかで一緒に遊んでたんだ」
遊びの場が舞踏会か。育ちがわかるな。
吾輩が幼い頃など、配下の魔族と本気の戦闘をしてキャッキャと楽しんでいた覚えしかない。……自分でも言うのもなんだが、あのころの吾輩は尖っておったな。
して、それならばたしかに振る舞いを気にする必要もないか。
吾輩はいつも通り振舞うことにした。
煌びやかな装飾が施された豪華絢爛な扉を開ける。
すると、そこにはすでに二人の人間が待ち構えていた。
前にいる女が当主のシーズ、後ろに控えている小柄な男がその騎士で大方間違いないだろう。
「おーおー、来てくれてありがとうな」
立ち上がって出迎えた女は艶やかな赤い髪を首の付け根ほどまで伸ばし、右側の一房だけを編みこんでいる。
よく動く表情筋にくりんとした瞳が合わさって、声を聞くまでもなく快活な印象だ。
恐らくカリファと同じ年の頃だと推測するが、胸囲は一回り小さいような気がする。
カリファが豊満すぎるだけなので、決して小さくはなく平均くらいだが。
そんな風に観察しながら、吾輩たちはシーズがいるテーブルへと近づく。
テーブルには金があしらわれており、中々趣味のよい代物だ。
「ウチがシーズ。そんで、こっちが騎士のエトラスや。……と言っても、二人はもう知ってるやろうけどな」
シーズと名乗った女は、ズイ、と吾輩に顔を寄せた。
間近に迫った赤い瞳に、吾輩の姿が反射する。
「おたくがカリファの騎士かぁ。ふぅん、カッコいいやん。よろしゅうな」
シーズは興味深そうに吾輩を観察し、しばらくするとニコリと微笑んだ。
そして右手を差し出してくる。
その手をとって、俺は言葉を返す。
「吾輩はジョナスだ。吾輩と言を交わせたことを誇ると良いぞ」
「ジョナス、いつも通りに振舞い過ぎです!」
ネズフィラに怒られてしまった。
「む? すまんな、勝手がわからぬ」
「ああもう、これだからあなたは……!」
呆れた様子のネズフィラ。
なんか其方はあれだな、吾輩の母親みたいであるな。
「ああ、別に大丈夫やでネズフィラちゃん? 別に怒っとらんから」
ひらひら~、と手を振ってシーズは言う。
そして何度か頷き、ニヒッと笑った。
「おたく、面白いなぁ」
「自分では面白いと感じたことはないな。素晴らしい存在であるとは常々感じているが」
「あはは、そりゃええこっちゃ。カリファちゃんも中々面白い人を騎士にしたもんやね」
「ジョナスといると毎日が明るく楽しくなるよ」
話を振られたカリファは端正な笑みを浮かべて応えた。
そう言われると、吾輩としても嬉しいものだな。もっと褒めても良いのだぞ、カリファ?
とそこで、ネズフィラがブルブルと肩を震わせているのに気付く。
一体どうしたのだろうか。もしや、風邪でも――
「か、カリファ様……それは、私といても楽しくないということでしょうか……」
――心配した吾輩が馬鹿だったな、うん。
常々思うが、ネズフィラはまことカリファのことが大好きである。
心酔というよりもはや信奉に近いところまでいってしまっているのではないか。
「う、ううん、違うよネズフィラ!? ネズフィラといても楽しいよ!」
「ありがたきお言葉でございます。私は救われました」
「ネズフィラちゃんは相変わらずの堅物やなぁ。おせんべいみたいや」
「私は人間なのですが……?」
「そういうとこやで。まっ、面白いからええけど」
そんな会話を交わし、吾輩たちはテーブルの席に着いた。
丸テーブルで向かい合う様に座る。本来ならば騎士やメイドは主と同じ席には着くことはないと習ったが、どうもこの場ではそういったことは言いっこなしらしい。
子供のころから遊んでいたと言っていたから、互いに気心知れた仲なのだろう。
シーズはカップに入ったレモンティーらしき液体をスプーンでくるくるとかき混ぜる。
「カリファちゃん、わざわざ呼んでしもうて悪かったなぁ。ただ、ウチもあんまり軽々しくは外出できないもんで……あー、やっぱり当主なんて肩の荷重いだけやでほんま!」
そしてドタッと椅子に体重を預けた。
口をぽけーと開けて、面倒くさそうな顔を隠そうともしていない。
……うむ、とてもではないが、貴族には見えぬな。
まあ吾輩も邪神に見えるかと言われたらそうでもないので、口には出さぬが。
「そんなこと言って、シーズちゃんは政治の腕も人気も兼ね備えてるじゃん。凄いよ、私尊敬しちゃうもん」
「いやいや、そんなことあらへんて。カリファちゃんには到底敵わん。ウチがカリファちゃんに勝てたと思ったことは一回もないわ」
「お嬢、そんなことはないでござる」
些か唐突に耳に入ったござる口調に、吾輩は思わず反応する。
声を出したのは……エトラスという騎士か。
他の全員が何の反応も示さないところを見ると、普段通りの言動のようだが……。
「騎士の其方は、忍者なのか?」
「ちゃうで。でも忍者に憧れとるんやって。変やろ? でも面白いからウチは好きや」
「有難きお言葉にござる」
エトラスが胸の前でにんにん、と構える。
よくわからんが、愉快な男だ。
「笑い声聞いたら引くで自分。エトラス、ちょっと笑ってみ?」
「ゴザゴザゴザ」
「今のがエトラスの笑い方や。度肝抜かれるやろ?」
「たしかに凄いな……」
ござるだからゴザなのか。
さすがに忍者が好きすぎるというか、口の形的に無理があると思うのだが。
そんなエトラスの笑い声を聞いて、シーズはとても楽しそうにケラケラと笑っている。
「ウチこの笑い方で一目ぼれしてもうて、エトラスを騎士にしたんや」
「ありがたきことにござった」
「この二人を見ていると、主従の関係にも色々あるのだと思い知らされます……。おそらくこの二人のことを知らなければ、私はジョナスのこともこれほど早くは受け入れられなかったでしょう」
たしかに堅物なネズフィラにしては吾輩を受け入れるのが速かったとは思っていたが、なるほどそういう理由ゆえだったのだな。
ならば吾輩は其方らに感謝せねばならぬ。
「感謝するぞ、シーズ、エトラス。其方らのおかげで吾輩は騎士として認められた」
「いやぁ、それはおたくの実力あってのことやろ。コロシアムの戦い見させてもろたで~。えらい強いやんか」
「それはまあ、吾輩、元邪神ゆえ」
「へ?」
頭にはてなマークを浮かべるシーズとエトラス。
そんな二人にカリファが説明をする。
「シーズちゃん、エトラスさん。ジョナスは元々邪神だったんだよ」
「……マジの話にござるか?」
「マジの話である」
「どっひゃー、これこそまさに度肝抜かれたわ」
シーズは再び背もたれに体重を預けた。
こうも簡単に信じられたのは初めてだな。まあ、カリファがそれだけ信頼されているということなのだろう。
いくら吾輩の言っていることが真実だとしても、会ったばかりの吾輩を信じるほどのお人よしではないはずであるからな。
それからしばらくは、邪神時代の話を根掘り葉掘りと聞かれた。
一時間ほどが経った頃、シーズはカップの中身を飲み干して、一息つく。
「とまあ、世間話はこれくらいにしとこか」
吾輩はシーズの雰囲気が変わったのを敏感に察した。
目つきがすっと鋭くなり、常に笑顔だった顔には真面目な表情が浮かんでいる。
そしてシーズは、吾輩たちに話を切り出した。
「ここだけの話なんやけど……バルハルドさん、カリファちゃんの命狙ってるらしいで?」




