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自重知らずの元邪神  作者: どらねこ
1章 『黒き竜と元邪神』編
2/30

2話  街

「……ん?」


 目を覚ますと、辺りは燃えるような赤に彩られていた。

 一万年の暗闇に囚われていた吾輩は一瞬何事かと思うが、やがて気づく。

 これは「夕焼け」なのだと。


「実に美しい光景だ。かくも美しいものとは……さしもの吾輩も心打たれた」


 そして立ち上がろうとしたところで、異変に気がついた。

 吾輩に毛布が掛けられているのだ。

 それはどうみても人の手が加えられているものであり、偶然飛んできたものとも考えづらい。

 と、なると……。


 誰かが吾輩のために用意してくれた、ということか。

 さらに周囲を見回すと、吾輩を囲うように設置された四つの護符も発見した。

 その護符に込められた魔力からして、吾輩を閉じ込めるためのものではなく魔物避けであることがわかる。

 どうやらこれは吾輩を守るために設置されているようだ。


「いったい誰がこんなことを……?」


 何かヒントがあるのではないかと、護符のあるところや掛けられた毛布を探ってみる。

 すると、毛布からヒラヒラと一枚の紙が舞い落ちた。

 すぐさま拾い上げ、その文面を読む。そこには人間の言葉でこう書かれていた。


『平原で寝ては危ないですよ。護符を貼っておいたので、今度からはお気をつけてくれると私も嬉しいです』


 裏面を見てみるが、そこには何も書かれていない。

 他にも何かないかと探ったが、この手紙以外には何もないようだ。


 それを確認した吾輩は、ある一つの感情に支配されていた。


「おおおぉぉ……!」


 それは、感動。


「このような、このような行いをする者がいるのか……!」


 たしかに邪神として魔王などと戯れていた頃にも、献身を受けたことは数知れずあった。しかしそれは皆、邪神という地位にある吾輩に対してであり、ジョナスという吾輩個人に対してではなかった。

 そして感銘を受けた理由はもう一つ。この手紙には、名前が書かれていないのだ。

 これはつまり、この差出人は吾輩にこれだけ尽くし、そして施しておきながら、その対価を一切求めていないということである。

 一万年間の孤独で膨れ上がった自栄心を持つ吾輩にとって、この行いをした者の考え方はとても衝撃であった。


「この人間は凄いぞ……。他人を慮る気持ちに溢れた、本物の聖人だ」


 ……いつか、会ってみたいものだ。そしてその時は、吾輩に出来る限りの恩返しをさせてもらおうではないか。

 なぜならこの人間は、邪神であった吾輩に対して初めて「貸し」を作った人間なのだから。






 護符を剥がし、吾輩は毛布を抱えて立ち上がる。


「ふむ……少しならいけそうではあるな」


 見た目はもはや完全に人間だが、まだ吾輩が内に僅かな神の力が残っているのを感じる。

 空を飛ぶことくらいならばやってのけられそうだ。

 吾輩は背中に力を入れる。

 すると見えない翼が魔力で形作られ、吾輩の身体を宙へと浮かせた。


「やはり楽だな。このまま人間の街を探すとしよう」


 吾輩はそう決め、空を赤く照らす太陽目掛けて飛び出す。

 今の吾輩はかつてないほどの気分の高揚を感じていた。

 毛布をかけられたということは、人間が近くにいるのは間違いない。ならば街も近くにあるはずだ。


「……吾輩が人間の王になるのも、そう遠くはないか? クックックッ!」


 吾輩は一人邪悪な笑みを浮かべる。

 この笑みを見ている者は今は太陽のみ。しかし一週間後、一か月後、一年後――吾輩はおそらくこの世界の全ての人間に信頼され、尊敬されるような人間になっているのだ。

 ああ、自分が恐ろしい。

 それを実現させるためにも、早く街に行かねばな。

 吾輩は笑みを一層深くし、飛ぶ速度を速めたのだった。




 そしておよそ十五分後。

 もう日も暮れかかっていたところで、吾輩はようやく人間の街へと到着した。

 思ったよりも時間がかかったが、しかしその分手間に見合った大きな町だ。

 上空から概観を見てみたが、おそらく数千人の人間が住んでいるのは間違いないだろう。もしかしたら一万人を超えるかもしれない。

 吾輩が人間界で注目を集めまくるための最初の一歩、それを踏み出すための街として不足はない。とても素晴らしい街である。

 街よ、吾輩が褒めて遣わすぞ。喜べ。


 とりあえず門の外へと降り立った吾輩。

 人間は空を飛ぶことが出来ないと聞く。それ故に空を飛んでいる吾輩を見たら、敵と思ってしまう可能性もあるからな。

 吾輩は目立ちたいが、人間と敵対したいわけではないのだ。


 意気揚々と門をくぐる吾輩。

 そんな吾輩に、門番が軽く敬礼をしてきた。


「ほうほう、門番。吾輩に敬礼を行うとはいい心がけだ。褒めて遣わす」

「……は、はぁ」


 なんだ? 随分と気の抜けた返事だな。

 だがしかし、吾輩はついに自分以外と話したぞ! およそ一万年ぶりだ!

 溢れるほどの喜びから、吾輩は拳を握りしめる。

 ……長い苦痛の時であった。長く苦しい、忍耐の時であった。

 ……それを乗り越え今、吾輩は他人との意思疎通を行ったのだ!


「ふはははは! ふーはっはっはっはっ!」


 吾輩は呆けた顔の門番の前でマントをはためかせ、街の中へと進み入った。


 街の中は吾輩の知っている一万年前から大きく様変わりしていた。

 例えば魔道具だ。

 吾輩が地上に君臨していたころは高級品で国に一つや二つしか存在しなかった魔道具が、いまや巷に溢れている。

 平民が魔道具を手にする世が訪れるなど、吾輩にはとても想像もできなかったことだ。

 時というのは神をも超えるのだな。

 昔は自分よりも上の存在や概念を知ると、それを超えようと躍起になったものだが、今の吾輩にはもうそんな気概は無い。

 ただ目立ちたい。視線を独り占めして浮かれたい。吾輩の望みはただそれだけだ。

 そのためには、行動が第一であるな。


「おいおい、そこな人間!」


 吾輩は手ごろな人間に話しかけてみることにした。


「……俺のことか?」

「そうだ、其方だ! 邪神である吾輩が直々に声をかけてやったんだぞ? 気分はどうだ、人間!」


 吾輩の質問に、人間の男は眉をひそめる。


「頭がおかしいのか、お前?」

「ハッハッハッ、ありがとう。吾輩は人間と話せて気分がいい! なんせ一万年ぶりだからな、ハッハッハッ!」

「……よくわからんが、警備隊を呼んでもいいか?」

「うん? よくわからんが、また人を呼んでくれると言うことか? おお、呼べ呼べ! 吾輩は人に会いたい気分だ、許可する! ハッハッハッ!」


 これは随分と幸先がいいではないか!

 吾輩のカリスマ的オーラに惹かれ、これからはひっきりなしに次々と人間が集まってくるのだろう。

 吾輩はとても嬉しい!

 怪訝そうな顔の男を前に、吾輩は満面の笑みを浮かべた。






 そしてそれから数十分後。


「なあ人間。吾輩は何故(なにゆえ)に捕まっているんだ?」

「街中で騒いでいたからだな」


 吾輩は警備隊とやらの建物で、取り調べを受けることになったのだった。

 ……どうしてこうなった。

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