16話 宣言
バルハルドがカリファの瞳の秘密を公にしたというのは、確かなことのようだった。
事実、窓から盗み見た、屋敷の前を通る人々の屋敷に向ける視線は平時とは異なっている。
「先代様たちは『バレたらスペード家の名に傷がつく』とカリファ様の瞳のことは門外不出にしていました。バルハルド様もそれには同意していたのです。なのに、まさかこのタイミングで市井に情報を漏らすなんて……」
それが急にバラした、となれば確実にあの一幕が原因だろう。
しかし人間たちの考え方からすると、忌人が出た家には傷がつくと考えるはずだ。
それを厭わないとは……あちらも爵位を継承するために必死ということか。
「……どうされますか、カリファ様。今日は外出の用事が入っております」
「決まってるでしょネズフィラ。私は行くわよ」
ネズフィラが問うと、カリファは間を開けずに答えた。
「あなたとジョナスに協力してもらってるんだもの。みっともなく逃げるような真似は出来ない。どうせいつかは公表しなければいけないことだし、それが今来たと思えばなんてことはないよ」
そしてチラリと吾輩を見る。
「ジョナス、私の護衛はお願いね?」
「任せるが良い。吾輩は元邪神であるぞ」
「ふふ、そうだったね。じゃあ安心だ」
こうして、カリファの外出を取りやめることはなくなった。
吾輩たち三人は、街中を地竜車で移動する。
非常に高価な地竜車を所有できるのは貴族くらいなものであるから、街路を歩く民衆は竜車を見ると即座に道路端へと移り竜車の通る道を開けていく。
……こんな態度をとられては、勘違いする原因にもなろうな。
平民よりも貴族の方が存在として上位なのだと思い込む貴族がいてもおかしくない。
幸いにして、カリファはそんな感情を抱いたことは無いようではあるが。
移動の最中、ふと外を見ると、大きなアリーナがあるのが見えた。
「あそこは何なのだ?」
「闘技場だよ。腕自慢の人たちが戦ってるところを見るところなんだ」
「ほぅ……?」
人間どもも中々悪くない趣向を考え付くではないか。
強者と強者の戦いというのは、いつの時代も心惹かれるものであるよな。
「吾輩も参加してみるか。誰でも参加できるのか?」
「できるけど、戦えるまでに一週間かかるよ?」
一週間か。
それほど長い待ち時間ではないし、本当に一度挑んでみてもいいかもしれぬな。
吾輩と戦えるような人間がいるとは思えぬが、とてつもなく目立つことは可能そうであるし。
そんなことを考えている間に、竜車は目的の場所に到着したようだ。
前進していた竜車が止まり、吾輩たちは三人揃って少し前に体勢を崩す。
「カリファ様、到着しました。……気持ちを強くお持ちになってください」
「うん、ありがとうネズフィラ。私、頑張るから」
そんな会話を交わし、カリファは竜車から降りた。
吾輩たち三人がやってきたのは大きな広場だ。
吾輩がカリファの騎士になることを決めた、あの広場である。
今年はこの広場が出来て、丁度五十年の節目の年らしい。
その記念イベントの来賓として、広場の設置に大きく関わったスペード家のカリファが呼ばれたようだ。
しかし、広場はすでに和やかな雰囲気ではなくなっていた。
「あんたは忌人なんだろ! 俺たちの国に不幸を運ぶ気か!」
「黙ってないで何と言ってみろよ!」
「そうだそうだ!」
集まった民衆たちの視線は全てカリファへと向き、そして怒号が鳴りやまない。
カリファはそんな中、ただ無言で与えられた席に座った。
その金の目は何を見ているのだろうか。吾輩には計りえない。
記念式典とは思えぬ一触即発な雰囲気の中、式はなんとか平穏に終了する。
だが、その次の瞬間だった。
ひゅん、と、人々の方から石が飛んでくる。狙いはもちろんカリファだ。
吾輩はカリファを護るように前に動き、それを片手で撃ち落とした。
「大丈夫か、カリファ?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、ジョナス」
外用の言葉遣いで吾輩に感謝を述べるカリファ。
どうやら傷は無いようで、一安心である。
騎士となったからには仕事はこなさねばならないからな。
だが、カリファ以上に冷静でない者がここにいた。吾輩のすぐ傍に。
「カリファ様に狼藉を働いた者は誰ですか。今すぐ出てきなさい。骨になるまで懲らしめます……!」
ネズフィラは全身から怒気を漲らせ、民衆を睨む。
その鬼気迫る迫力に、その場にいた全員が数歩退いた。
「まあ待て、ネズフィラ。吾輩に考えがある」
吾輩はネズフィラを抑え、頭上に火魔法をぶっ放す。
花火より巨大な火魔法は、まるで天に昇る龍のように上空へと消えていった。
人間にはおよそ再現不可能な規模の魔法に、その場の全員が驚愕と共に吾輩に顔を向ける。
先程まで怒号が飛んでいたとは思えないほどの静けさだ。
「吾輩はジョナス、カリファの騎士である。そして吾輩は一週間後、闘技場に出る」
静寂を切り裂き、吾輩は民衆の前でそう宣言した。
「吾輩はこの世で一番強い。そんな吾輩は、カリファに仕えている。これがどういうことかわかるか、人間どもよ? カリファは世界最強の戦力を有しているということだ。他国から国を守るためには、いつの時代も強大な力というのは必要であろう。……よいか、人間ども。見た目に騙されるな。本質を見ろ。カリファはとても優しい心根をした人間だ。そんな人間が跡を継ぐことに、一体何の問題がある」
吾輩からすれば見た目自体も優れていると思うがな。
左目が隠れている時は美しいと言いながら、左目が赤いとわかれば差別の対象とする。
まったく人間というのは愚かしい生き物だ。
「たった一人で世界最強の戦力だと? 大言壮語も程々にしろ!」
「そう言うと思ったから、証明する場を用意したのではないか」
そう、闘技場である。
そこでなら白黒はっきりつけることができるだろう。
「吾輩に勝てると思うヤツは一週間後、闘技場でかかってこい、全員纏めて相手をしてやる」
吾輩は民衆に向けそう言い放った。




