表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自重知らずの元邪神  作者: どらねこ
2章 『貴族の姫と元邪神』編
11/30

11話 料理の腕は超一流

「それで、ネズフィラ。ジョナスはどう?」


 話が一旦落ち着いたところで、カリファがネズフィラに尋ねる。

 ネズフィラは吾輩の方をチラリと見ながら、一つ頷いた。


「はい。素直に動きますし、屋敷に置いておいても問題はないかと思います」

「そうであろう、そうであろう」


 吾輩はネズフィラの言葉にうんうんと頷いた。

 これほどの働きを見せたのだ、信用されるのも当然というものだ。


「もっとも、まだ完全に信用したわけではございませんが」

「ござれ! そこはござるべきであろうが!」

「意味が分かりません。意思疎通可能な言語を話してください」


 ぐぬぬ、なんだそのツーンとした澄まし顔は……!

 しかし長年一緒に暮らしてきたカリファは、今のネズフィラに吾輩とは違う印象を持ったらしい。


「あれ? ネズフィラが他の人を褒めるなんて、珍しいね」

「……いえ、そんなことは。私は常に公平な評価を心がけているつもりです」


 一瞬の間に、ネズフィラは目を虚空へと逸らした。

 それを見たカリファは、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「……なんですか、カリファ様?」

「んー? 別にぃー?」

「っ……!」


 おお、ネズフィラが羞恥に顔を染めている。

 ネズフィラがこのような顔をしたところを見たのは初めてだ。

 さすがはカリファ、ネズフィラのことは何でも知っているという訳か。


 そして吾輩は、ネズフィラの厳しい目からしても合格点をもぎ取るような仕事ぶりを披露したという訳だ。

 それに気づいた吾輩は、胸を鳩のように張りあげた。


「ということは、その公平な評価の結果吾輩は優れていたという訳だな! さすが吾輩である!」


 吾輩がそう言うと、ネズフィラは瞬時に真顔に戻って言う。


「カリファ様、ジョナスは性格面に大きな問題があるようです。屋敷を追い出しましょう」

「酷いぞ其方!?」

「冗談です」

「わかりにくいわ! 無表情で冗談を言うでない!」


 感情が読み取れぬのだ其方は。

 そう訴える吾輩だが、ネズフィラはポーカーフェイスを崩さない。

 そして眉をピクリとも動かさないまま、不敵な声で言う。


「これが無表情だと思っているうちは、あなたもまだまだですよ」


 ……何? どういうことだ?

 つまりその今の表情は、無表情ではないと申すか。

 一体どういうことなのだ……?

 ……いや、待てよ。そうか!


「フッフッフッ、わかったぞネズフィラ! そのような人間の表情のかすかな機微を読み取れるようになって初めて其方は吾輩を認めると、そういうわけであるな?」

「いえ、これはただの無表情です」

「其方ぉ……!」


 吾輩をからかうとは、大した度胸ではないか……!

 わなわなと肩を震わせていると、横でクスリとカリファが笑った。


「ふふふ、本当に仲良くなれたみたいでよかったわ。ネズフィラは中々他人に心を許さないから」


 ほう、なるほどな。

 つまり今のは、ネズフィラなりの距離の縮め方だったというわけか。

 それにしては些か不器用がすぎる気もするが、吾輩が言えたことではなさそうなのでそのあたりには言及してやらぬことにしよう。

 ともかく、ネズフィラが吾輩と仲良くなりたいというのであれば吾輩も歓迎してやろうではないか。


「カッカッカッ! まあ吾輩のカリスマオーラにかかればざっとこんなものである。なぁネズフィラ」

「ああ、申し訳ありません。聞いていませんでした」


 ハッハッハッ。コヤツめ、ぬかしおるわ。





 そのまま話し込むこと数時間。

 気が付くともう日はかなり更けていた。


「太陽が沈むな」


 吾輩は窓から太陽を見つめ、呟く。

 地平線の彼方へと沈んでいく太陽。

 昔は太陽が沈むたびに、勝ち誇った気分になったものだ。

 そして再び朝がやってくると、空を支配する彼奴に嫉妬して……実りがあったとはいえんが、あれはあれで楽しい日々であったな。


「ねえネズフィラ、そろそろ夜ご飯の時間じゃない?」


 吾輩が感慨にふけっていると、カリファが言う。


 カリファは「かしこまりました」とだけ答え、くるりと反転する。

 長髪がそれに追随するようにくるんと回転した。

 そのまま部屋を出て行こうとしたネズフィラの肩に、吾輩は触れる。


「吾輩も何か手伝うか?」


 親切心からの申し出に、ネズフィラはふるふると首を振った。

 そして、まるで狩りに出る獣のように眼を鈍く光らせる。


「いえ、大丈夫です。お気持ちは受け取っておきますが――調理場は戦場でございますゆえ」

「お、おお。そうか」


 よくわからぬが、怖いからやめておこう。

 殺気とは別の恐ろしさを感じたぞ。


 ネズフィラが料理をしている間、吾輩とカリファは食事場に移動することにした。


「ジョナス、楽しみにしてていいよ。ネズフィラの料理の腕は超一流だから」

「そうなのか。それは楽しみであるな」


 そう答えながら、吾輩は席に着く。


「しかし吾輩の舌は中々に肥えておる。吾輩を満足させられるような料理人は数えるほどだぞ」


 封印されるまでの吾輩の食事は、基本的には毎食、魔物たちの中でも指折りのシェフが作った料理だったからな。

 それ自体はとても美味でよかったのだが、おかげで舌が肥えてしまって生半可な料理では満足できなくなってしまった。

 さて、ネズフィラに吾輩の舌を唸らせることができるのか……お手並み拝見だな。


「ふふん、ネズフィラは凄いんだよ? 私なんかに従事しているのがもったいないくらいのスーパーメイドだからね。なんせこの屋敷全体の掃除、洗濯、炊事、それに加えて私の仕事の日程調整、お客様のお出迎え、そして私の警護まで一人でこなしてるんだから」

「それはたしかに凄いと言わざるを得ないな」


 先程騙されて、邪神であることを証明するために何か所か部屋を回ったのだが、どの部屋も全て見事に整理整頓されていてゴミ一つなかった。しかも埃さえ溜まっていなかったところを見ると、毎日掃除をしているようだったのだ。

 この広大な屋敷全てをたった一人で掃除する……それだけで一日がかりの仕事だと思うのだが、それに加えてカリファが言っただけの仕事をこなすとなると、それはもはや人間の所業を越えているような気さえしてくる。


「彼奴は人外なのか……?」

「あ、やっぱり邪神のジョナスから見ても凄いことなんだ?」

「ああ、驚嘆に値すべき所業だ」


 そんな会話をしていると、料理を作り終えたネズフィラが部屋へと入ってきた。


「お待たせいたしました」


 そう言って、カリファの前へと綺麗に盛り付けられた皿を並べていく。

 それが終わると、今度は吾輩の前にも料理を並べてくれた。

 そして最後に自分の分を並べたネズフィラは、席に着く。


「ところで、随分と盛り上がっていたようですが……」

「あ、うん。ネズフィラの話題でね」

「わ、私の、ですか……?」


 ネズフィラはわずかに首をかしげた。

 どうやら自分のことで話題になるような話が思い当たらないようだ。

 毎日あれだけの量の仕事をこなして、なおも無自覚なのか? ますます人外じみているな。


「僭越ながら、どのような内容だったか教えていただくことは……」

「ネズフィラは凄いなぁって話をしてたんだ。ねー、ジョナスー?」

「ああ、その通りである」

「そのような話で盛り上がるとは思えないのですが……まあいいです、わかりました」


 納得できているのかできていないのかわからない曖昧な返事をしたネズフィラは「冷めないうちにどうぞお召し上がり下さい」と言う。

 たしかに、せっかく作ってもらった物を冷ましてしまっては料理人であるネズフィラに申し訳が立たんな。

 それに、美味しいうちに食べるのが料理に対する礼儀という物だ。

 吾輩は目の前の料理に手を付ける。


「うまい」


 自然と言葉が口から零れた。


「ね、言ったでしょ? ネズフィラは凄いんだって」


 従者であるネズフィラを褒められて嬉しそうなカリファも微笑ましいが、それよりも今、吾輩の関心はネズフィラに向いている。


「ネズフィラ、其方すごいではないか!」


 邪神であった時代にも、これほどの美味は味わった経験がないぞ。

 今までの生の中でも一番の料理だ。

 まさかこれだけの長い年月を生きてきてなお、料理という物に心から感服する日が来るとは思ってもみなかった。


「褒めて遣わす!」


 吾輩は満面の笑みをネズフィラに向ける。

 すると、ネズフィラは何故か下唇をギュッと噛んだ。


「清々しいほどの上から目線ですね」


 ……む? 怒っているのか?


「ネズフィラ、褒められて嬉しそう……」


 しかし、カリファがネズフィラの心の中を説明してくれた。


「か、カリファ様!? 私は決してそんなことはございません!」

「喜んでいるのか? 顔色ではわからんが」


 吾輩の質問に「長年一緒に居たからね」とカリファは答える。

 たしかにそれは何よりの根拠になりうるであろうな。


「ネズフィラが下唇を噛むのは、嬉しくて笑顔になりそうなのを隠す時の癖なの」

「ぐぅっ!?」

「良かったね、ネズフィラ!」


 カリファの屈託のない笑顔を見てついに観念したのか、ネズフィラは小さく首を縦に振る。


「……は、はい、カリファ様……」


 それを見て、カリファは少し眉を下げた。

 その儚げな表情に、吾輩は目を奪われる。それはネズフィラも同じであった。

 吾輩たちが一瞬で言葉を失う中で、カリファは口を開く。


「私以外に振舞う機会がなかったもんね。もっと多くの人に食べてもらいたかったよね。私がこんな外見でなければ、もっと大量に雇うこともできたのかもしれないけど……ごめんね、ネズフィラ」


 それを聞いたネズフィラは――力強く首を横に振る。


「いえ、カリファ様がそんなことを思う必要はありません。私はカリファ様に仕えることこそが、至上の喜びなのですから」


 それを聞いたカリファはハッと金色の瞳を見開き、そして優しげな笑みを浮かべた。


「ネズフィラ……いつも、ありがとね」

「はい、カリファ様」


 その一連の流れを見ていた吾輩は、とうとう抑えきれぬ感情が爆発した。


「素晴らしい主従の絆ではないか! 吾輩感動した!」


 感動を声に換え、吾輩は大声を出す。

 突然の大声に、カリファはビクッと肩を震わせた。


「わっ!? じょ、ジョナス、急に大声出すのはやめてよぉ」

「ジョナス、あなた今カリファ様を驚かせましたね? 覚悟はできていますか?」

「……おいおいネズフィラ、吾輩はただ、感動を伝えようと思っただけなのだぞ? なぜクナイを持つ?」

「短い間でしたが、一緒に働いたことは忘れないでいてあげます」

「おいやめろ、クナイを投げるな!」


 そんなこんなで、初めての屋敷での夜は更けていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載中】筋肉魔法の使い手と超絶美少女エルフが旅する話↓
『魔法? そんなことより筋肉だ!』
【連載中】融合魔術師と妖精の話↓
『融合魔術師は職人芸で成り上がる』
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ