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08:水泳部の生イキな後輩

 「どうしても人に言えないことなのか? 大丈夫なのか?」

 「……うっ、ううううっ!」

 いきなり、モエカさんが本格的に泣き始める。

 「っ!? ちょっ……」

 泣き出すとは思っていなかった。俺は、おずおずと彼女の肩を叩く。それでも、彼女はしゃくりあげている。

 「ウチ、ウチっ……! 実はっ……実はなっ。しっ……失恋……してもうたんやっ。どうせ、どうせっ……ウチみたいな地味な女なんかっ、誰も見向きもせえへんもん! うわ~~~~~~~んっ!」

 「し、失恋か……! ってオイ!?」

 「わ~~~~~~んっ! もうイヤやぁ……ウチなんか、ウチなんかぁ~~~っ……!」

 と、叫んで、今度こそ廊下の向こうに消えてしまった。

 「う、う~ん……? 悩みは聞けたけど、何もしないうちにいなくなっちゃったなぁ」

 去年クラスメイトだったので、連絡先は知っている。後でメールでも送ってみよう。

 「エッチです。……もしかして、彼女は貴方のことを愛しているのではありませんか?」

 「え?! いやっ、それはないですよ。そこまで仲が良いってわけでもなかったし。事務連絡用に連絡先交換した程度ですね」

 「エッチです。そうですか? すべての他者を愛するのは、当たり前ですのに……♡ そう、こういう風に……フフっ、ンちゅ~~~~~~~~っ……♡」

 「だから、地球人はそこまでレベル高くないんですってば!」

 くちびるを突き出してくるエッチを、俺は必死で押しとどめなければいけなかった。

 

 俺が「他者奉仕」にこだわってるのは理由がある。

 一言で言うと、「憧れ」みたいなものだ。

 俺が小さい時、近所に、超親切なお姉さんが住んでいた。近所じゃ有名人だったし、俺もめちゃくちゃに恩を受けている。もし、彼女が居なかったら、俺は今この場に立っていることはなかっただろう。

 ……まぁ、もう解決したから、その話はどっちでもいいんだ。

 今の俺は、ただ助けられるだけじゃない。

 こっちから「奉仕」すべき相手はいくらでもいる。モエカのほかにも……。

 「――エッチです。本日も、部活動をなさるのですね。がんばって泳いできてください」

 「ええ、今日こそはタイム縮めてきますよ」

 俺は、水泳パンツなどが入った袋を、ニヤっとして掲げた。エッチは、俺の耳元に顔を近づけて、

 「それから……いつもの、あの後輩の方に『接吻奉仕キスサービス』をしてさしあげるのですね? ウフフフ……♡」

 「うっ……! そりゃ、まぁ……」

 俺はしどろもどろになった。

 「エッチです。本日は、私だけでなく、先のモエカさん、それから水泳部の後輩の方まで、三人とキスなさるなんて……! 貴方は大変、愛情深い方ですね♡」

 「その言い方はなんか、軽い男みたいだからやめてくれませんか!」

 「エッチです。貴方が他者奉仕を重ねられることを、いつも祈っております。私はエッチです。無限創造主アンリミテッドクリエイターの愛のもとに、貴方のそばを離れます。貴方の道を、進んでください。さようなら」

 言うが早いが、エッチの姿は一瞬で掻き消えた。四次密度フォースデンスィティーという自分たちの世界に、いったん帰ったんだろう。

 「さて、部活行くか。妙に気が進まなくなっちゃったけど……」

 俺は、水泳部に所属している。泳ぎの速さは……部の中じゃ、真ん中くらいってところか。プールから上がって、同級生のマコトという男子に話しかける。

 「なぁ、俺のタイムどうだった? 伸びてた?」

 「いや……伸びてない。むしろ、いつもより0.5秒くらい遅いぞ」

 「はぁ~~~~っ、やっぱりそうか……」

 俺は、スイムキャップを捨てて、濡れた髪をワシャワシャ掻いた。

 「ん、『やっぱり』? 何かあったのか?」

 「いや、それが――いっ、いやいや、やっぱなんでもない」

 「なんだよ、もったいぶるなぁ」

 「いや、今日は体の調子が良くなくってさ。あはははは……」

 俺が下手な言い訳をしていたら、急に横から話に割り込んでくるやつがいた。

 「何だ先輩、疲れてんのか? なっさけねぇなぁ。あっ、あたし分かっちゃった! 先輩、どうせ昨日抜いたんだろ! そうなんだろ!? うわ~っ、きんめぇ~~~~っ!」

 競泳水着をまとったその後輩は、ゲラゲラと笑った。

 「ぬ、抜くって……! なんて下品な言葉をっ!? お前、少しは言葉遣いを考えろ、イクミ!」

 「はぁ~っ?」

 イクミという後輩は、反省した様子も見せず、腰に手を当てて立っている。ニヤニヤしながら、俺を見つめるばかりだ。

 「だってさぁ、先輩ってドーテーだし? いっつも、一日中、エロいことばっか考えてそうなんだよな」

 「そ、そんなことないぞ! エロいことなんて考えてないっ」

 ……少しくらいは考えるけど。

 「ほら、今みたいにニヤニヤしちゃってさぁ?」

 「ニヤニヤしてるのはお前も同じだろ! あぁもう、イクミなんかを構ってると練習できなくなっちまう。マコト、次お前の番だぞ。ストップウォッチ貸、せ……?」

 いつの間にか、彼はすんごく離れたところに行ってしまった。別のコースで、タイムを計ってもらいながら泳いでいる。

 その上、俺とイクミの周囲には、なぜか誰もいなくなっていた。

 「はぁっ。お前と話してると、お前が乱暴すぎてみんなどっか行っちゃうんだよな……」

 「は、はぁっ!? う、うぜーし!」

 「うざいのはお前だろ! 少しは自重を覚えろ、自重を。みんな怖がってるぞ。まったく、いいか? そんなんじゃ――」

 ちょっと先輩風を吹かせようと思って、止めた。急に、イクミが心細そうに俺の腕に抱きついてくる。

 「あっ、あたし、どうせ乱暴な女だから……しょうがねーもん……。でも……先輩は、どっか行ったりしないだろ? な? な? どこも行かないよな!? あたしと雑談とかしてくれるよなっ!?」

 彼女の引き締まった体が、競泳水着ごしにペタッと触れる。ちょっと、ドキッとしてしまった。

 「べ、別に……雑談でも、なんでもしてやるよ。ただ俺は、もう少し態度を改めろと――」

 「あれ……? 今なんでもするって言ったよな? へへへへっ」

 「な、なに、不気味な笑い方してるんだよ」

 イクミは、辺りをキョロキョロした。そして、俺の耳元に口を近づけて、

 「なぁ先輩……今日も、いっしょにシャワー浴びてくれるよな?」

 微妙に顔を赤らめながら、イクミはささやく。いきなり、甘えた感じで接されると、心臓に悪い……。

 「っ……!? あ、あぁ、分かったよ」

 「うん。じゃ、待ってるから」

 きゅっ……と、イクミは俺の手を握った。

 「後でな、先輩」

 「あ、あぁ……後で。……てオイ、プールサイドをスキップしたら危ないぞ!?」

 イクミは、足取りも軽く一年の練習コースに去っていった。

 と、急にマコトが帰ってきて、

 「なぁ、イクミのやつに何されたんだよ? 手を握りつぶされてたのか?」

 どうやら、イクミがいたから避難していたらしい。

 「そんなに心配してたなら、助けに来てくれよ!」

 「いやあ、あいつ気が強いし、なんか話すのも敬遠するわ。あいつを処理できるのはお前くらいだよ」

 「ひ、人を掃除屋みたいに……! 俺はだな、お前らのためにイクミの相手をしてやって――」

 「はいはい、サンクスサンクス」

 と、マコトはやる気なさげに手を振った。

 まったく、イクミのお世話係なのはどうにかならないのか。まぁ、この部活の後、もっとすごい「お世話」をしなきゃいけないわけだけど……。

 

 水泳部の練習が終わる。みんながシャワー室に消え、俺とイクミはふたりだけ残っていた。

 後片付けを買ってでたのだ。もちろん、それはわざと。

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