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26:「なんや、こそばい感じもするんやけど……!」

 ついに、モエカが通行人に声をかけられたようだ。

 と言っても、道を聞かれたとかではない。

 若い男性四人組だ。服装や髪型がちょっと奇抜で、見るからにアウトロー臭、あるいは小物臭がする。

 「むっ、あれは……!?」

 「エッチです。彼らの目的は、モエカさんを遊びに同行させ、ひいては暗がりに連れ込んで服を脱がせることですね」

 「な、生々しすぎるっ!」

 「ちょっと少年、どうするのっ! モエカちゃんが襲われてるわよ! あのままじゃ……」

 男たちに言い寄られ、モエカはちょっと嫌そうに顔をそらしている。しかし、彼女じゃあ、何も抵抗はできないだろう……。

 「ほら、何ぼっとしてるの少年っ。男を見せなさい!」

 ばんっ、と背中をたたかれる。

 「言われなくっても、今行くつもりでしたよ!」

 俺は走って、走って、そしてモエカと男たちの前にズザザーっと躍り出た。

 「しっ、師匠……! 来てくれたんっ!?」

 「当たり前だろ」

 わしっ、とモエカの頭をなでる。

 「いくら人の目に慣れたいって言っても、こんな連中『人』のうちに入らん。NGだよ」

 そして、

 「悪いけど、こいつ俺の連れなんで。連れて帰りますから!」

 短く、しかしはっきりと告げる。

 彼らはガラの悪い印象そのままに、何かごちゃごちゃと因縁をつけてきた。ついには、俺の肩へ手をのばす。

 が、それをひょいっとかわし、

 「んじゃ、そーいうことなんで。いくぞ、モエカ」

 「し、ししょおっ ……っ!」

 感動で目を潤ませているモエカの手を掴み、引っ張る。人混みに紛れて、どうにかナンパ男たちを撒いた。

 方向的には、エッチとモモさんがいたところと真逆。ビルの隙間に隠れたこともあり、二人きりになってしまった。

 「し、師匠ぉ、ホンマおおきにぃ~っ! ウチ、めっちゃ怖くて……頭まっしろになってもうてぇ~っ! ううぅっ……!」

 ぎゅーっ、とモエカは俺に抱きついた。

 「ちょっ……!? 俺に抱きつくんじゃなくて、どうせなら好きなやつに抱きつけばいいのに……」

 「やって、やってぇ~~っ!!」

 モエカはぶんぶん首を振り、俺の服で涙を拭きまくっていた。

 「でも、これで分かっただろ? 今のお前は、普通にナンパされるくらい可愛いんだぞ? お前の容姿にどうこうケチつけるやつなんて、誰もいないさ。だから、自信持っていいんだよ」

 「しっ、師匠……!」

 ふっ。

 いいセリフを言ってやったぜ。

 と、悦に浸っていたら、モエカが急に涙をボロボロこぼし始めた。

 「あっあれっ!? ちょっと、モエカさん!? 俺、なんか変なこと言ったか!?」

 「うっ……ううん! ウチ、こんな褒められたことはじめてやし、メッチャ嬉しい! なんや、こそばい感じもするんやけど……ん、んんっ……!」

 モエカはごしごし目元を拭った。

 「ほら、ハンカチ使えよ。汚いぞ。せっかくキレイにしてるんだからさ」

 「お、おおきに、おおきにぃっ……!」

 ぐしゅぐしゅっ、と顔をハンカチにうずめた後……モエカは、真っ赤な顔で俺を見上げた。

 「……ま、泣くほどうれしかったなら、俺も良かったよ」

 「うんっ、この恩は忘れんで、師匠!」

 「そんなもんいいから、早く顔拭け顔。涙と鼻水でまくってるし」

 「~~~っ……! う、うん、分かったでっ!」

 ちーんっ! と、モエカは俺のハート柄のハンカチで鼻をかんだ。

 ……ハンカチ、家に帰ったら洗濯しなきゃな。

 

 次の月曜日。

 モエカは、ついに告白するらしい。

 「ウチがしっかり告白するトコ、見ててくださいっ! お願いしますっ、師匠!」

 と言われたので、こうして美術室のそばで待機しているのだ。

 すでに、部員のほとんどが帰ったようなので、中にはモエカと、彼女の意中の相手しかいないはずだ。

 「モエカ、うまくできるかな……? なんか、初めてあんよする赤ちゃんを見守ってるみたいな気分……」

 「エッチです。彼女を信じましょう。貴方は、彼女へ誠実に奉仕されたのですから」

 「俺は、大して何もしてないですよ。エッチやモモさんも手伝ってくれたし」

 「エッチです。貴方は、謙虚でいらっしゃいますね」

 そのうち、頃合いを見計らって、俺たちは美術室の扉をちょっとだけ開けた。エッチといっしょに、中を覗き込む。

 中には、モエカだけがいた。制服の着こなしは大胆だが、自然なメイクのされた顔は清純といった感じ。「今売り出し中のアイドルです」と言われても、信じてしまいそうなな可愛らしさだ。

 ただ、緊張で顔がこわばってるのが玉に瑕。

 もっとも、人によってはこんな弱々しそうなのがイイ! と、いうこともあるかもだけど。

 (……あれ? 男子がいない……。おかしいな、もう帰ったのかな)

 (エッチです。角度的に見えないところにいらっしゃるのでしょう)

 (そっか、そうですよね)

 意中の男子がそばにいるのでなければ、あんなに緊張するはずもないだろう。こっちも、固唾を飲んで見守っていると……

 「あ、あのっ……! ちょっとお話がっ!」

 泣きそうな顔で、モエカは告白相手に向き直った。もっとも、相変わらず、相手の姿はここから見えない。

 「あのっ、あの、あのあのあのあのぉっ……! う、うちっ、ウチぃ!」

 (がんばれ、モエカ!)

 小声で応援する俺。

 「ウチっ、あなたのことが、す、す、すすすすすっ……!」

 俺も、エッチも、じっと見守る。

 いよいよ、いよいよだ!

 「すっ、……すすすすすき焼き食べたいですぅっ!」

 ……は?

 俺は、口をあんぐりと開けた。

 ちょっ……何言ってるんだよ! そこでへたれるのかっ。

 (エッチです。アナタ、ツッコミを入れたいのは分かりますが、抑えてください。せっかくの告白が台無しになってしまいますよ)

 (え、ええ……。もう半分雰囲気が台無しな気もするけど……)

 どうでもいいすき焼きの話でお茶を濁すモエカ。穴を開くくらい彼女を見つめて、待っていると――

 「あ、あのっ、さっき言いそびれたんですけどっ。う、ウチ……ウチっ……! 貴方のことが……だ、だだだだ大好きですぅぅぅぅ……っ!」

 言った……!

 顔が真っ赤で、遠くから見ても分かるくらい肩がブルブルしている。

 (やった、モエカ言い切ったぞ!)

 (エッチです。やりましたね!)

 俺とエッチは、静かにハイタッチした。

 あれだけ可愛くなったモエカが、ここまで必死に告白しているのだ。

 普通の男子なら、断るはずもないだろう。俺は、モエカの勝利を確信した。

 ……が。

 「……ごめんな。君の気持ちには答えられんよ。私には、もう妻と子どももいる。それに、このあいだ孫も生まれたんだからね。ははははははっ!」

 「……はぁぁっ!? ま、孫だぁぁっ!?」

 学生のクセに、子どもどころか孫だと!?

 ぜんぜん意味が分からない! モエカをバカにしてるんじゃないだろうな!

 ――と憤って、思わず俺は思いっきり叫び、ドアを壊すくらいの勢いであけてしまった。

 「あ、アナタ!」

 「やばっ! しまっ――た?」

 俺はそこにいた二人を見て、愕然とした。

 モエカと、もう一人――美術部の顧問の先生が、そこにはいた。

 「え、ええっと……アレ? これって、どういう……?」

 「んん? なんだ、覗き見ている生徒もいたのかね? 悪いが、私は家族を裏切って教え子に現を抜かすような教師じゃないぞ。まして、退職直前に、自分の顔をつぶすようなことはしたくないからね。ということで、君たちももう帰りなさい。下校時間過ぎているぞ」

 と面白そうに言って、彼はスタスタと去った。彼の足音が完全に消えたころ、俺はようやくわれに返る。

 「なぁ、もっ……モエカ。お前……年上好きだったのか!? 初耳だぞ!」

 「っ……!? そ、そないな言い方せんといて! 前、先生に優しくされて、気になっただけやもん!」

 モエカは、むっと頬を膨らませた。いつのまに、そんなあざとい表情を覚えたんだ、モエカは……。

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