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16:「ウチはごく普通の、か、可愛いJKやでっ♡」

 「こんにちは」

 俺が挨拶すると、

 「こっ……こんにちは~っ……!」

 モエカは、いまにも泣き出しそうな壮絶な笑顔で言った。うわぁ……っ。本格的にかわいそうになってきたぞ。でも、ここは心を鬼にしないと!

 「じゃあまず、年齢を教えてもらえるかな?」

 「う、ウチ、16歳やでっ」

 ニコッ、ニコッ、とぎこちなく頬を上げるモエカ。がんばれ、がんばれ! と指で「b」という形を作り、エールを送る。

 「じゃあ、好きな食べ物は?」

 「た、たこせんですぅ!」

 なんだ、たこせんって……?

 「それ何?」

 「あの……た、たこ焼きを、せんべいではさんだやつや……」

 「へぇー、そうなんだ。美味しいの?」

 「お、美味しいで……」

 というかモエカ、だんだん話し方がもとに戻っている。猫背になり、顔も下を向いていた。

 「アイタッ!?」

 モエカの頭に、消しゴムをぶつける。するとわれに返ったのか、またレベル100の笑顔に戻った。

 「で、いま彼氏とかっているの?」

 「っ!? ……おっ、おらへんですよ! やっ、やだぁ~っ……そんなこと聞かんといてぇな!」

 「ほんとに? 可愛いのにね」

 「そ、そんなぁ~っ、ウチが可愛いやなんて! お世辞上手やねーっ、ふふっ……ふ、ふふふふっ!」

 おぉっ、中々いい笑顔だ。ちょっと表情筋がぴくぴくしているけど、大体オッケー。

 「えっと、誕生日を教えてください」

 「はいっ! 誕生日は、10月25日やで!」

 「じゃあ、えーっと……星座って何座になるのかな」

 「さそり座やで。さそり座で女子って、なんかそないな歌、大昔にあったなぁ!」

 「じゃあ、さそり座だから、けっこうしつこいというか……執念深い感じなんだ?」

 「う、うーん、そうかもしれへんな」

 「たとえば、好きな男をどこまでも徹底的に追いかけたりとか?」

 「ちょっ、ちょっとぉ、ウチをそんな怖い女扱いせんといて! ウチはごく普通の、かっ……か、可愛いJKやでっ♡」

 ぱちっ☆

 と、ウインクするモエカ。

 おおおおおっ! 今のは……マジで可愛いぞ! 多少わざとらしいけれど、今までみたいに地味よりは百倍いい!

 俺はボタンをタップして、録画を終了した。

 「おお~~っ! 今のめちゃくちゃ良かったよ、とくに後半! 俺、マジで可愛いと思った!」 

 「エッチです。まるで、別人が乗り移ったかのようでしたね。同年代の平均的な男性を振り向かせるには、充分な魅力を放っていると思われます」

 「そっ……そそそそそんなぁっ……! 良かったけど、ウチめっちゃ恥ずかしい……!」

 モエカは耳まで真っ赤になり、頬を手で覆った。

 「よし、録画もしたことだし、早速見直そう! モエカ、これを見てもっと話し方を可愛くブラッシュアップするんだ! 俺がお前を、最高に可愛い女子高生に育て上げてやるっ!」

 「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? やめてええぇぇっ、恥ずかしいんやからぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 モエカの訴えを、俺は無視した。動画の再生ボタンを押すと、画面の中でモエカが愛想よく質問に答えだす。

 『う、ウチ、16歳やで』

 『そ、そんなぁ~っ、ウチが可愛いやなんて!』

 『ウチはごく普通の、かっ……か、可愛いJKやでっ♡』

 改めてみたら……なんだか、ゴクン、と思わずつばを飲み込んでしまった。

 「エッチです。アナタ、今モエカさんに欲情されましたね」

 「してないっ! 教え子の成果に感動しただけです! ほら、モエカ、自分の様子をよく見るんだ!」

 「……やっ、いやぁ……やあああぁぁぁぁぁんっ!」

 「わがまま言ってないで! 鏡を見ないと、身だしなみのチェックはできないだろ? それと同じことだよ。ほら、自分の顔と声をチェックするんだ!」

 「いやぁんっ、そんなんいややっ!! 絶対いややもんっ!!」

 まるで子どものように、モエカはイヤイヤした。くっ……! ここは、心を鬼にしなくては……! こんなことだけは、言いたくなかったが、

 「ここまでやって、見ないやつがあるか! 見ないなら、この動画ばら撒いちゃうぞ! ばら撒かれてもいいのか!? ほら、ほらっ」

 「うっ、ううぅぅ~~~っ……!」

 モエカは、心底いやそうな目でスマホを見た。

 『う、ウチ、16歳やで』

 『そ、そんなぁ~っ、ウチが可愛いやなんて!』

 『ウチはごく普通の、かっ……か、可愛いJKやでっ♡』

 「やっ……やぁぁっ……! こ、これがウチぃっ……?!」

 モエカは耳まで真っ赤になり、自分の目を覆った。

 「何を恥ずかしがってるんだ? たどたどしいけど、普通に可愛いだろ? せめて、その好きな人の前でくらい、こういう風にしたらいいのに」

 「え……ほ、ほんまに? してええのん?」

 手指の隙間から、モエカはちらっと俺を見た。

 「だってそうじゃん。イケるイケる。絶対イケるって。……まあ、仮にその好きな奴がうちの学校からいなくなっちゃうにしても、他にいい男とかいくらでも見つかるぞ? これなら」

 「う、ウソ……うそやんっ!」

 と言いながらも、すでに画面を食い入るように見つめだしているモエカ。

 うん、これはいい調子だな。だいぶ、自信もついただろう。だって、俺も褒めまくったし。

 「よし……いいぞモエカ。それを見終わったら、いよいよ、今日考えてきた最後のやつだ!」

 「えええっ! ま、まだあるん!? か、可愛くなれたんは良かったけど……ウチもう疲れてもうた」

 「まだまだっ! 今のままじゃ、画竜点睛を欠くってやつだぞ! さぁ!」

 「ううぅぅっ……は、はいっ、師匠!」

 

 再び、俺たちは体育倉庫裏に戻った。

 そう。これから、人に見られたくない行為をするのだから……。

 「ぼっ、ぼぼぼボディタッチ訓練んんんんっ!?」

 「うん。なんかさ、ネットで検索したら出てきたんだよね。男にボディタッチすると、恋愛してるみたいな感じに錯覚しやすいらしいぞ。っても、さすがに俺相手じゃイヤだろう? だから、エッチを男だと思って練習しよう」

 「は、はぁ……」

 モエカは、エッチの隣に立った。女相手だから多少はマシなようだが、それでもずいぶんモジモジしている。

 「ほらモエカ、笑顔笑顔っ!」

 「は、はいっ、師匠!」

 「よろしい。じゃあまず、男の手に触って見ようか」

 「は、はぁ……」

 「エッチです。よろしくお願いします、モエカ」

 「ど、どうも。じゃあ、触ります……」

 モエカは、エッチの手にちょっと触った。 

 「うんうん、そうそう。それで、さりげなく切なそうな顔を男に見せ付ける――だって。ほら、やってみて」

 「う、うん。じゃあ……こ、これでええかな?」

 「エッチです。とても良いですね。貴方の愛情は、相手の男性へと間違いなく伝わるでしょう」

 「あ、愛情て……そない大げさな!」

 モエカはあたふたして、手を離してしまった。

 「こらこら、手が離れてるぞ。もう一回つないで……そしたら、首をかたむけて、相手の目をずっと見つめるんだって」

 「ず、ずっとて……! どのくらい、見つめてればええのん!?」

 「う~ん、特に書いてないけど……とりあえず一分くらいやってみるか」

 「一分もっ!? う、ウチ、そんなんムリやぁ……っ」

 ぼやきながらも、モエカはエッチの手をぎゅっと握った。

 「エッチです。ウフフ、貴方の愛情を感じますよ♡ その調子です♡」

 「う、うぅ……」

 「ほらほら。モエカ、目をそらしてるぞ」

 「う、うん、師匠っ……!」

 モエカは、必死に顔を上げる。エッチの瞳を覗き込んだ。

 「あ、あぁ……エッチさん……っ!」

 「ウフフ、モエカさん……♡」

 指と指を絡めあいながら、二人は目を見詰め合った。どんどん近づいていき、最後には鼻がぶつかりそうになる。なんか、エッチがキスとかしそうで心配だ。

 「よ、よし。モエカ、もっと寂しそうな、切なそうな表情を保つんだ!」

 「わ、分かったでっ」

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