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隣にいる人  作者: iliilii
6/20

06

 金曜日、第一設計部の同期の二人が一緒にお店まで連れてってくれることになった。彼らとは特に親しく話すこともないけれど、必要なことは普通に話せる。

 うちの事務所からお店までは電車だと乗り換えもあって大回りになってしまうとのことで、三十分くらい歩けば着くからと、うちのチームの仕事のことや、彼らのチームの仕事のことをぽつぽつと話しながら、てくてくと歩いている。二人とも私の歩く速度に合わせてくれていて、その気遣いを嬉しく思う。


「他の人も歩いて来るんですか?」

「どうかなぁ。電車かタクシーじゃない? 佐々木はいつも踵の低い靴を履いてるから歩いてくれるけど、あとの三人はあの靴じゃ誘ったところで歩かないだろう? たまには歩きたくなったんだよね」


 同期の他の三人の女性は、三人ともいいところのお嬢様らしい。そもそもうちの事務所はネームバリューがあるからか、特に女性社員は裕福な家庭の人が多い。守谷さんも佐野さんも親が設計事務所を開いていたり、大手家具店の社長の娘だったりする。私のように田舎者で父親が地方公務員なんてそうはいない。

 一緒に歩いているうちの部の同期の二人は、それぞれ在学中にいくつか賞を取っている優秀な二人だ。優秀すぎて話についていけないこともある。


「佐々木、彼氏出来た?」

「指輪してるだろう?」


 二人に聞かれ、みんなよく見てるなと思いながら肯けば、二人とも渋い顔になった。


「今日は一次会がお開きになる前にとっとと帰った方がいいかもな」

「一応俺たちも気を付けるけど、山木がまた絡んでくるかも知れない」


 この二人も心配してくれるのかと、少し嬉しくなる。


「山木、俺たちにとっては悪いやつじゃないんだけど、佐々木にとっては嫌なやつだろう?」

「まあ、あれだけ言われて嫌なやつだと思わなかったら、佐々木の方がおかしいけど」


 何とも言えなくて苦笑を浮かべると、二人とも同時に溜息をついた。


「酒は勧められても飲むなよ」

「なるべく俺たちの側に居て」


 頷きながら聞いていたら、お店に着いた。もしかして、忠告してくれるために一緒に歩いてくれたのだろうか。

 既に第二も第三も到着していたらしく、遅いと文句を言われる。


「歩いてきたんだよ。だいたいまだ集合時間じゃないだろう?」

「山本も渡辺もよくこんなの連れて歩けるな」


 始まった攻撃に黙って空いている席に着こうとすれば、山本さんと渡辺さんが両隣に座ってくれた。目の前には第二の女の子二人が座っている。軽く会釈すればどうしてか苦笑いが返ってきた。第三はテーブルの端を陣取り、自分たちだけで盛り上がっている。正直どうしてわざわざ同期での忘年会をするのか分からない。そんなに仲がいいわけじゃないのに。


 乾杯の声に慌てて目の前に用意されていたビールグラスを掲げ、舐める程度でグラスを置いた。次々と運ばれてくる大皿料理を適当に取り分けながら、ふすまで仕切られた個室の中、みんな好き勝手に話している。山本さんと渡辺さんが話していることに時々相槌を打ちなから、取り分けた料理を口に運ぶ。やっぱりうちの野菜の方が美味しい。

 時々両隣の個室から漏れ聞こえてくる笑い声を耳にしながら、ぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。


「佐々木、何飲む?」

「えっと、じゃあウーロン茶を──」

「それ飲んでからにしろよ」


 山本さんに答えた瞬間、山木さんの声がかかる。


「別にいいだろう? 飲み放題なんだし、佐々木は酒が飲めないんだから」

「だったら最初から口付けなきゃいいだろうが」

「あー、これは俺が飲むから、佐々木、好きなの頼め」


 渡辺さんが目の前のすっかり泡の消えたビールグラスを自分の前に置く。


「こいつが口を付けたんだ、こいつに飲ませろ」


 だんっ! と音を立てて再び目の前に置き直されたグラスから、勢いのあまりビールが少し零れる。忌々しげにおしぼりで指を拭う山木さんにギロリと睨まれた。

 言われていることが正論なだけに口を噤むしかない。最初から口を付けなければ良かった。それはそれで文句を言うのだろうけれど。

 もうこれ以上事を荒立てたくない。


「えっと、何も頼まなくていいですから。お水もありますし」


 山本さんと渡辺さんが呆れたように山木さんを見ながら、「わかった」と申し訳なさそうに自分たちの分だけを注文した。

 早く時間が過ぎればいい。


「ねぇ佐々木さん、その指輪、婚約指輪?」


 不意に目の前に座る第二の水内さんが小声で聞いてきた。


「えっと、まだ違います」


 自分でも変な答えになったと思う。でもそういうつもりだとも言われているし、そうなったらいいとも思う。


「そんな安物、遊ばれてるだけだろう!」


 また始まった。私の身に着けているものは、私にとっては上等な物でも、彼にとっては安物らしい。何度そう言って馬鹿にされたか。買ってやろうかとまでいわれたこともある。


「でもそれ、MIYABIの一点物よね。しかもピンクダイヤだし。オーナーと知り合い?」


 言われたことが分からなくて首を傾げると、水内さんの隣にいた河野さんが続けた。


「ほら、私、実家が宝石商だから。それ、MIYABIってブランドの一点物で結構なお値段するはずなのよ。石もピンクダイヤだし」

「みやびって、雅さんのお店ですか?」


 そう言えば、そうだったかも。リボンやケースにMIYABIってロゴが入っていたような。そうだ、名乗られたときもみやびの鈴木雅って言っていた。それって、字の説明じゃなくて、MIYABIの鈴木雅って言ってたのかも。

 それにダイヤ? ピンク色のダイヤなんてあるの?


「そう、鈴木雅のデザイン。もしかして知り合い?」

「えっと、彼、の友人です」


 彼って単語を口にするのはすごく照れる。急に河野さんに腕を取られた。


「嘘! ブレスレットも? まさかネックレスも持ってる?」


 頷けば、河野さんが興奮しだした。


「それ、全部一点物で、あそこの一点物ってオーナー自らしか売らないって有名なのに! それ、三つで軽く百万超えるわよ」


 そんなに? 思わず顔に出たのだろう、河野さんがしっかりとブレスレットを見始めた。


「百万じゃきかないな。倍はするかも。ダイヤの粒はそんなに大きくないけど、かなり発色のいい石だし、MIYABIの一点物だし。良かったら私も紹介して貰えないかな?」

「えっと、私も一度しかお目にかかったことがないので……」

「ねぇ、佐々木さんの彼って何者? 仕事何してる人?」


 答えようもないと言うより、答えたくなくて黙り込んだら、逆に河野さんに謝られた。


「ごめん。ちょっとしつこかった。でも、それすごくいい物だから、遊ばれてるわけじゃないと思うよ」


 頷けば、河野さんがにこりと綺麗に笑う。


「大事にして貰ってるんだね。最近佐々木さん可愛いし」


 思わず河野さんの顔を凝視してしまう。


「だよね。相変わらずお堅い服着てるけど、表情が柔らかくなったよね」


 今度は水内さんを凝視してしまう。


「えっと、通勤用の服なので」

「なるほどね。だからか。それはそれで賢いかも」

「制服代わりって事か。それいいね。私もそうしようかな」


 嫌われてるのかと思ってた。話してみたら普通に話せる。二人ともさばさばしていて思ったよりも話しやすい。




 もうそろそろお開きの時間になる。お手洗いに行って戻ろうとしたら、トイレを出たところで山木さんに立ち塞がれた。目の前に迫るその体に後退りする。


「なんだよあれ! 俺に対する当てつけか?」


 意味が分からない。何がどうなったら彼への当てつけになるのか。黙って通り過ぎようとしたら擦れ違いざまに手首を掴まれた。

 気持ち悪い。触られていることが気持ち悪い。血の気が引いていき、体が小刻みに震え出す。気持ち悪い。すごく気持ち悪い。


「勝手に触るなよ」


 聞き慣れた声に掴まれていた手を力一杯振り払い、声のした方に向かって勢いよく抱きついた。


「遅くなってごめん」


 ぎゅっと抱きしめられて体の力が抜ける。触れられた全てに安心する。今まで感じたこともなかった気持ち悪さが薄れていく。


「もう帰れる?」


 頷けば、そのまま肩を抱かれるように歩き出した。


「バッグは、持ってるな。コートは?」

「席に」

「取りに行ける?」


 見上げれば、心配そうな顔をした基さんがいた。基さんだ。その顔を見た瞬間心からほっとした。


「席はどこだった?」


 あそこ、と個室になっている場所を目線で示せば、そのまま基さんも一緒に着いて来てくれた。


「ここで待ってるから、みんなに挨拶してコート持っておいで。雅が一緒に飲もうってさ」


 基さんが顔を向けた先を見れば、雅さんが手を上げ笑っている。

 個室のふすまがいきなり開き、河野さんが顔を出した。


「あっ、解散だって。って、もしかして彼?」


 頷けば、河野さんが山本さんに声をかけてコートを取ってくれた。


「いい男じゃん。よかったね」


 河野さんがこっそり耳打ちしてきてにやりと笑う。美人な彼女のその言い方と笑い方がなんだかおかしくて、おかげでまだ少し残っていた不快感がすっと抜けていった。


「河野さん、この後時間あります?」

「ん? あるけど、佐々木さん二次会行かないんでしょ?」

「えっと、基さん、河野さんも一緒でもいいですか?」

「俺はいいけど、雅はどうかな」


 そう言って雅さんを手招きしている。


「河野さん、雅さんも一緒なんです」

「もしかして、鈴木雅? 嘘! 行く!」


 こそこそと話していると、雅さんがやって来た。


「雅、柚の友達も一緒でいい?」

「おっ。美人は大歓迎。ってか、なんでゆうちゃんそんな地味な格好してるの? こないだあんなに可愛かったのに」

「やっぱり! 佐々木さん、それ通勤用とか言ってたけど変装でしょ!」


 変装って、大げさな。妹曰く、真面目な社会人スタイルらしい。


「おっ、佐々木はお迎えか? 河野は二次会行くの?」


 山本さんが個室から出てきた。渡辺さんも続く。


「あれ? もしかして、ReMonto(レモント)の代表の方じゃないですか? 確か、加藤さん」

「あー、よく分かりますね」

「一度雑誌に載ってるのを拝見しました。お会い出来て光栄です」


 そう言って渡辺さんと山本さんが基さんに握手を求めている。

 首を傾げて基さんを見上げると、二人と握手しながら苦笑いしている。


「蓮と一緒に会社作ってるんだよ。オーダー家具の会社」

「もしかして、蓮さんのお店にあった?」

「そう。あれもそのひとつ」


 見れば雅さんがにやにやしている。


「ん? 蓮の店? なんだモト、ゆうちゃんには内緒なの?」

「内緒じゃないよ。言い忘れてただけで。たいしたことじゃないし。ほら行くよ」


 一緒に河野さんも歩き出したのを見て、山本さんと渡辺さんが慌てたように追いかけてきた。


「あの、失礼じゃなかったら、私たちもご一緒させて頂いてもよろしいですか?」

「あのさ、水内も呼んでいい?」


 河野さんに聞かれ、思わず頷けば、何故か山本さんと渡辺さんが喜んだ。河野さんへの返事のつもりが、二人の返事だと思われた? 思わず基さんを見上げると、苦笑いしながら頭をぽんぽんと撫でられた。

 河野さんと水内さん、山本さんと渡辺さんが加わって、みんなでぞろぞろと歩き出す。


「ちょっと歩くんだけど、お嬢さんたち大丈夫?」


 雅さんの言葉に「大丈夫でーす」と機嫌良く声を揃える河野さんと水内さん。山本さんと渡辺さんが呆れている。


「柚は平気?」

「平気です」


 五分ほど入り組んだ道を歩くと、お店とは思えないような小さく静かな佇まいの建物のドアを雅さんが開けてくれた。

 そこは蓮さんのお店のような雰囲気の、カウンター八席と四人がけのテーブル席がふたつのお店。こういうお店をバーと呼ぶのかも知れない。大きすぎないボリュームで流れている、ポロポロと音が零れている雨音のようなジャズピアノの音色がなんだかすごくお洒落だ。

 その奥のテーブル席に蓮さんがいた。


「なに? 団体だね」

「柚の会社の、柚の同期たち」


 一通り挨拶し終わると、二つの席がくっつけられ、それぞれ適当に席に着いた。基さんの隣に座れば、何を飲むかと聞かれる。言われてみれば喉が渇いている。


「柚は、何かフルーツジュースでも作って貰う? 炭酸も苦手だよな」

「はい。あっ、ごくごく飲めるものがいいです」


 言いながら薄暗い中に煌めく照明が目に眩しくて、会社じゃないからいいかと眼鏡を外す。クリスタルだろうか、シンプルなランプシェードにはめ込まれたガラスがすごく綺麗だ。


「あぁ、ごめんな。俺がもっと上手く聞けばよかった」


 謝ってくれる山本さんに、そんなことないと首を横に振れば、注文を終えた基さんに「何があった?」と聞かれてしまう。言い倦ねているうちに、山本さんが洗いざらい話してしまった。

 聞いていた蓮さんと雅さんの眉間に皺が寄る。基さんにはあらかじめ話してあったからか、溜息をつかれた。

 ここぞとばかりに河野さんが、それまでの事を話し出し、実はなるべく陰で彼を押さえてくれていたことを知った。私を見かけると、視界に入らないようなるべく彼を遠ざけていてくれたとか。


「ほら、ああいうのは表立って庇うと逆にエスカレートしちゃうから」


 水内さんが少し呆れ混じりにそう言うと、山本さんや渡辺さんも頷いている。一緒になって馬鹿にされてたわけじゃなかった。よかった。それが分かっただけでも今日の忘年会に参加して良かったと思える。

 ふと河野さんの目が基さんの腕を凝視していることに気付いた。


「こっちは佐々木さんからのプレゼント?」


 頷けば、「奮発したわねぇ」と感心された。奮発? 確かに私にとっては奮発だけれど、お嬢様の河野さんにとってはそれほどの値段じゃないような……。見れば雅さんが、あからさまにしまったという顔をしている。


「だってこれもMIYABIの一点物だよ。石はすごく珍しいブラックルチルクォーツだから。まあ、ダイヤほど高価じゃないけど。これルチルですよね、トルマリンじゃない気がする」


 さっきの河野さんの話を思い出す。ピンクのダイヤ! 


「そうだ! 基さん、これ、すごく高価だって聞いたんですけど」


 基さんの目が泳ぐ。


「あーっと、ゆうちゃん。お友達価格になってるから大丈夫」


 雅さんが慌てたように言えば、河野さんは面白そうな顔で「お友達価格ねぇ」と笑っている。


「本当はおいくらだったんですか? 基さんのブレスレット」

「あー…ゆうちゃんが払った三倍? くらい?」

「本当は?」

「五倍です」


 明らかに誤魔化そうとしている雅さんを問い詰めれば、あっさりと教えてくれた。河野さんが「お友達価格安すぎ」と大笑いしている。もしかして酔ってる?

 私が支払ったのは四万だ。本当は二十万もするって事? 私のはそれより高いって言われていた。基さんは一体いくら払ったの? なんだか泣きそうだ。


「だからね、柚。そこまで俺も貧乏じゃないから」

「都会の人の金銭感覚が分かりません」

「ちょっ、都会の人って! ゆうちゃん、都会って! その言い方可愛すぎる」


 泣きそうになりながら訴えた言葉に、雅さんがお腹を抱えて笑っている。見れば、河野さんや水内さん、山本さんや渡辺さんまでもが笑っていて、蓮さんと基さんだけが困ったような顔をしていた。みんな絶対に酔ってる。


「それは婚約指輪も兼ねるって言っただろう? だから少しくらい高くてもいいんだよ」

「でも。三つもプレゼントして貰ったんですよ?」

「柚、嬉しい?」

「嬉しい。嬉しいけど、どうしよう」

「佐々木さん、いい女はそこで『ありがとう』ってにっこり笑うのよ」


 真似しなさいと言わんばかりににっこりと笑う河野さんから、視線を基さんに移せば、目を細めて小さく頷いた。


「ありがとう基さん。ありがとうございます。大切にします」

「どういたしまして。俺も大切にするから」


 基さんが頭の上に手の平を乗せる。


「やばいわ。佐々木さんが可愛い。あいつ根性は悪いけど見る目はある」

「だなぁ。守谷さんも言ってたんだよ、佐々木は眼鏡取ったら可愛いって」

「まあ、あのダッサイ眼鏡じゃね。変装だよ、それ」


 基さんを見れば「変装だな」と笑っている。河野さんほどの美人に可愛いと言われると、何故か素直にありがとうと思える。可愛いは、可憐で愛らしいから愛することも可能かも? まで幅広い。


「でももう心配しなくていいかも。あいつ年明けから台湾の現場に出向だから。春まで戻ってこないよ」

「だから焦ってたのかも。急に同期で忘年会とか言い出すし。まあ、大丈夫でしょ、さっきの様子見たら」


 水内さんが言うには、基さんを見て呆然としていたらしい。山本さんが言うには、山木さんは背が低いのを気にしているそうだ。言われてみれば山本さんや渡辺さんも背が高い方だ。


「そんなに低かったかなぁ?」

「高くはないでしょ、どんだけ意識されてないのよ」


 思わず呟けば、またもや河野さんが大笑いしている。酔ってるよね、河野さん。思わず振り返りたくなるほどの美人なのに、彼女は気取ったところがまるで無い。


「モトが無駄に高すぎるんだよ」

「俺だって好きで伸びたんじゃないよ」


 雅さんまでもが笑っている。確かに基さんと比べれば、ここにいる男の人はみんな低いことになる。


 その後、山本さんと渡辺さんは基さんと蓮さんに会社のことを聞きたがり、河野さんと水内さんは雅さんと色んなジュエリーについて語り合っていた。どちらもなかなか聞けない話だからか、聞いているだけで面白い。


 隣県に住んでいる水内さんは今日は河野さんの家に泊まる事になっていて、その河野さんの家はこの近くらしく、そのままタクシーで帰るそうだ。

 山本さんと渡辺さんはまだ終電まで余裕があるからか電車で帰るらしい。私たちは蓮さんが車で来ているので、乗せて貰うことになった。

 一度乗ったことのある車の助手席のドアを開けられ、乗り込んでシートベルトを締めていたら、隣に乗り込んだのは基さんだ。


「基さん、飲まなかったんですか?」

「ああ、今日は打ち合わせも兼ねた忘年会だったからね。雅もこの店来るまで飲んでないよ」

「何食べたんですか?」

「かにしゃぶ。こないだ柚が言うから、食べたくなったんだよ」

「旨かったなぁ、あの店。ゆうちゃんも今度連れてって貰いなよ」


 後ろから聞こえた雅さんの声に、振り返ってもう一度ブレスレットのお礼を言う。きっとお金を払うと言ったところで受け取ってはくれないだろう。


「いいんだよ。モトが幸せそうだから。幸せにしてくれたゆうちゃんへのお礼」

「基さん、幸せじゃなかったんですか?」

「そうだな。幸せじゃなかったなぁ」


 だからあんなにささやかなことを贅沢だ、幸せだと言うのだろうか。なんだか少し切なくなる。


「基さん、ちゃんと毎日ご飯作りますから、三食ちゃんと食べてくださいね」

「そうだな、モトの場合はそこからだな」


 言葉に笑いを含ませた蓮さんが後ろで頷いている。雅さんが「旨いもん、たらふく食わせて貰え」と楽しそうに笑っていた。






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