勇者と幼馴染み
自分で言うのもなんだが、私は平凡だ。驚く程にその辺にいそうだ。
そりゃあ、小さい頃髪は短かったし近所のジャリガキ坊主連中の中に埋もれて男の子っぽかったという特徴を持っていたのだが(当時のジャリガキ仲間は私を男だと思っていたらしい)、今ではその見る影なく、普通のお嬢さんだ。
まあ、特徴を強いて言うのであれば神力を使った呪術が得意ということだろうか。何しろヴィララミナ教総本山で助祭をしているくらいだ。私の年齢で助祭になっている同期は少ないから、ちょっとした自慢。
さて、そんな私のジャリガキ時代の幼馴染みになんと、勇者様がいたのだ。
勇者様と言う名前に乙女達は色々な期待を寄せるだろう。
乙女達よ、その期待に応えてしんぜよう。
勇者エルシオは金髪碧眼の美丈夫だ。
私は吟遊詩人でも作家でもないので筆舌しにくいのだが、女が好きそうな美丈夫だ。現に、女にモテている。もう、そりゃー、ウハウハと。
加えて、中身も女が好きそうな紳士的な感じだ。
もう、何かね。男だったらあのモテっぷりに殺意をきっと覚えてたよ。
まあ、そんな勇者様はジャリガキ時代の幼馴染みな訳だが、彼だけはその時には既にジャリガキと云う感じでは無かった。
勿論、容姿も美少年全開だったが、それ以上に、何と言うか、選ばれた者の空気感?と言うか、勇者っぽい空気感?と言うか。
取り敢えず、他の子ども達とは一線を画していた。
大物オーラが凄かった。
そしてモテ度が凄かった。
そんな訳で、すぐにエルシオは子ども達のリーダーになり、モテ男の代名詞になった。
そして私はそんな勇者エルシオの隣りに住んでいた氏が無い幼馴染みだったという訳だ。
さて、私が何故こんな話をしているかと言うと、魔王討伐を終えた勇者様がヴィララミナ教総本山へ帰って来て、私の目の前に御座すからだ。
ヴィララミナ神の御名において選ばれた勇者様御一行は、無事帰還したのち、ヴィララミナ教預かりとなり、ヴィララミナ教の教会に滞在し旅の疲れを癒す仕来りだ。と言っても、城に出向いて、やれ会議だ謁見だ晩餐だ凱旋パレードだと、疲れを癒すどころか忙しそうに過ごす予定だが。
そんな勇者様御一行。世界の英雄様は、教会としても賓客中の賓客。勿論、世話役が付きます。ここで、私が登場という訳だ。
まあまあ将来期待されている私は、他の優秀な同僚達数名と一緒に、教皇様からの御達しで勇者様御一行の世話役となった訳だ。
色々あって、私もエルシオも共に過ごした村を幼い時に離れてそれきり会わなかったので、奇しくも久々の再会となった。エルシオにいたっては本当に驚いていた。
「シュリ。まさか、こんな所で会えるなんて」
驚いてもイケメンだな。ちきしょう。
「ご無沙汰しております、勇者様。覚えて頂いていて光栄です」
私は教会で教えられた作法通り、お辞儀をした。完璧である。
しかし、よく私だと分かったな。自慢ではないが、少年にしかみえなかった幼少期。すっかり髪も伸びて女らしく変貌したようで、大抵の人は私だと分からないらしく、いつも2~3回「本当にあのシュリ?!」と訊かれる。(そして稀に「・・・・・・女になりたかったの?」と気まずそうに言われる。)
そんな私の正体に一発で気付くとは。流石、一番仲良しの幼馴染みって感じ。
「僕がシュリを忘れる訳ないじゃないか。そんな事より、止めてくれよ、そんな他人行儀。前の様にエルシオと呼んでくれ」
「貴方様は救世界の英雄。畏れ多いことに御座います」
「折角会えたのに、寂しいじゃないか」
私の他人行儀な物言いに、エルシオは眉を顰めた。しかし、私だってヒエラルキーの中で生きているのだ。覆すのは難しい。困った。
「・・・・・・分かった。今はそれでいいよ」
観念したようなエルシオの言葉に私は更に深く頭を下げた。ん?今はってどう言うことだ?
昔から私が考えている事が分かるらしい幼馴染みは、今回も私が考えている事が分かった様で、私と目が合うとニコリと女性を魅了する笑顔を向けた。
背中にゾクリと悪寒が走る。
「シュリ、昔、自分が言った事、覚えてる?」
エルシオは笑みを浮かべたまま私へ問いかけた。
こいつは何が言いたいのだ?
「自分が言った事には責任もってね?」
今日一番のイイ笑顔(ある意味)を向けたエルシオに、私の悪寒は止まる事を知らない。そして、勇者様のお仲間達の顔が、明らかに私を憐れんでいるのが気になる。何だその顔は。頬っぺたに「カワイソウ」と書いているじゃないか。また片言なのが悲壮感を演出してる。
あれ、もしかしたら何だかヤバ気?
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「ちょっとシュリ!勇者様とはどう言う関係?」
一旦、勇者様御一行を控えの間にご案内し、私達世話役の助祭は待機室に下がる事となった。
そこへ、先程の私とエルシオのやり取りを見ていた同僚が詰め寄って来た。しかも肩を掴まれた。他の同僚達も気になるのか、助けてくれる気配がない。つまり逃げ場がない。
「落ち着いてリリィ」
町で噂の看板娘という感じの美人であるリリィも、興奮して鼻の穴を広げてたら残念である。
取り敢えず、「どうどう」と落ち着かせる呪文を唱えてみるが、あまり効き目は無い様子。
「勇者様とは、所謂、幼馴染みだよ」
「幼馴染み?」
「そう。幼少期を田舎の村で過ごしてたって、以前言った事があったでしょ?その時、勇者様が隣りに住んでたの」
「それだけ?」
「それだけ」
「取り敢えずは信じる」とリリィは納得した。でもまあ、あんな事言われて周りからあんな(カワイソウなモノを見る)顔で見られたら、それだけかと疑いたくなりますよね。
私何かしたっけかな?
・・・・・・。
だめだ。心当たりが多過ぎる。
「二人とも、お茶の用意ができたから皆様に持って行こうか」
リリィと話し込んでいるうちに、世話役仲間のテオがお茶を準備してくれていた様だ。聞き耳を立てつつ器用な。
笑顔でテオから渡されるお茶を受け取りながら、私は自分が過去にしでかしたであろう事を思い出していた。
まあ、そんな事をせずとも、すぐに答えはやってきたのだが。
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予定通り忙しく日々を過ごしている勇者様御一行。
先方の都合により急遽出来た空き時間に、エルシオが教会の庭園を見て歩きたいと要望を出したので、案内役に私がつく事になった。
ちなみに指名されての案内役であり、現在二人きりである。
何をしでかしたのか、正直思い出していない現状で二人きりは避けたかったのだが(面倒だし)、他の御一行は行かないと言うし、案内にそんな何人も人はいらないしで結局二人で庭園を散策する事になった。
「こちらは春の庭園になります。私は傍で控えておりますので、ご用がある際はお呼び下さい。それでは」
それだけ言ってトンズラここうかとしたのだが、
「シュリ」
と言う呼び止めの声で、私はその場に縫い付けられた。
「はい」
「そんな畏まらず昔みたいに話してよ。僕らの仲じゃないか」
「ですが」
「幸い今は二人きりで誰もいない。畏まらなくても君を咎める人は誰もいないよ」
確かにそうだけどさ、でもなー。と私が渋っていると、エルシオがシュンと哀しげに笑った。
大の男と言って差し支えない年齢になったので、あからさまに顔には出ていないが、心なしか柳眉がハの字になっている。
そこで私はグッと詰まった。
昔から私はエルシオのこの顔に弱く、シュンとされるとある程度許してしまう。そして彼も恐らくその事を知っている。だっていつも自分の意見を通したい時など、効果的に使用しているからだ。
あざとい!
何てあざといんだエルシオ!
小さい時からそうだったけど、大人になってもそれは健在だったか!
「分かった。それならこうしよう。今日みたいに二人きりの時は昔みたいに敬語は抜き。君は幼馴染みのエルシオと話してるだけ。これならいいだろう?」
と小首を傾げるエルシオ。
でもその顔は「だめ?」と窺うようにしているが、私に言う事を聞かせる哀しげ顏。
白旗をついに私は上げた。
「降参。私の負けよエルシオ」
私がそう言った瞬間、エルシオは満足気に満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ早速庭園を回ろうかシュリ」
「それは嫌。面倒」
「シュリ」
「もう、分かったから、その顔止めて」
また奥義・哀しい顔を発動したエルシオに全面降伏した私は、彼に手を引かれながら庭園を歩き始めた。別に逃げはしないのに。
何故か指を絡める繋ぎ方をされているが、そこには触れない事とする。
「こうやってシュリと過ごすのは久しぶりだね」
「あれから一度も会ってないものね」
幼い時に分かれて以来だから、それなりに時は経っている。
エルシオが勇者にならなければ、私も彼も成人して、それぞれ会わないまま仕事をして家庭を持って余生を過ごす予定だった。
人生、意外と何が起こるか分からないものだ。
「シュリ」
「ん?」
「僕、魔王を倒したんだ」
「知ってるよ。知らない人の方が珍しいんじゃない?」
「シュリ、覚えてる?」
きたー!
ここで来るかー!!
今さ、そんな雰囲気じゃなかったよね?
くそっ。一体私は何を言ったんだ??
「シュリ言ったよね?」
ん?
「結婚するならどんな相手?って聞いたら、強い人って」
んん?
「それで僕がどれくらい?て聞いたら、勇者になって魔王倒す位って言ったんだ」
なんだか言った気がする。
その当時、色恋沙汰に興味が皆無だった為に凄い適当にそう言った気がする。こう言っとけば、夢見る女子っぽいし、その場をやり過ごせるだろうと。
で、それが何だと言うのだ?
「だから僕は勇者になって魔王を討ったんだ。君に見合う夫になる為に」
え?
エルシオは満面の笑みを浮かべ、繋いだ私の手を強く握った。
なんて良い笑顔なんだ。
心なしか、私の額から汗が流れてきた。
「本当はこれから君を探しに旅に出ようと思ってたんだ。ここで出逢えるなんて、嬉しいよ。」
エルシオよ。
なんか距離近くないか?
何故そこで腰を引き寄せる。
顔!顔!至近距離!息かかるんだけど!
「僕は昔からシュリが好きだったんだ。」
蕩けるような笑顔に腰にくる美しい声。
色を孕んだ彼の瞳に射抜かれて、私はなす術も見つけられず、ただただ、彼の腕の中に閉じ込められた。
甘やかな彼の仕草と香りに頭がクラクラする。抵抗なんて全く出来なかった。
私の平穏な生活の為には、ここで穏便に片付けなくてはならないのだろうが、どうも体が言うことを聞かない。
これはなんと言うか。
「陛下からも教皇様からも許可は出ているよ。さあ、シュリ。自分で言った事は責任、持って?」
めっちゃ外堀埋められてる!
甘い空気なんか何のその。
疑問形なのに命令形(拒否権なし)に聞こえるのは何故だろう。
しかも、別の意味でも全く抵抗出来なくなっているじゃないか!
それを甘〜い笑みを浮かべて愛を囁くような声音でやってのける!
あ、目から汗が。
こうして、勇者と幼馴染みの私との小さなすったもんだが始まるのでした。
いや、あの、権力的に全く勝てないので、ホント~~~~に、小さい小さい小さいカケル無限なすったもんだです。(勝敗丸分かり)
多分、シュリも満更でもないと思う。