再生の始まり
例えば、の話だがこんな問題が学校のプリントに出されたら君はどうする?
『家族3人と、1万人の他人、どちらか一方を生かして一方を捨てるかを選べ』
この問題に奇綴 朱羽はこう書くだろう。
『どっちでもいい』と。
彼は他人の気持ちがわからない。
彼は自分の気持ちもわからない。
それでも彼は成長し、何かを見つけるだろう。そんなありふれていて、非現実的な物語。
◆
肌が痛いほど暑いこの季節。若者は祭りやプールで今をエンジョイしている中、汗水たらして働く人達がいる。
朱羽はその大勢いる人達の1人だ。
「なにボーッとつっ立ってんだ奇綴!そんな余裕があるのなら俺の分も持てるよな?」
そう言われ、すぐに自分が持っている鉄柱と同じ大きさの物をズシリと肩に乗せられる。
鉄に熱がこもり火傷をするくらい熱い。だが、朱羽は動じない。
今朱羽がやっているのは建物工事の仕事だ。訳あってバイトをしているのだが、あまり人間関係がうまくいってない。なぜならーー
「ああ、はい」
返事はこれだけである。あまりにも無愛想で酒付き合いも悪く、そっけない。それは本人もわかっているが直す気がない。そのせいで今もまた舌打ちする人もいるが気にしない。
朱羽は黒髪で日本人にしては身長が高く、190cmはある。32歳独身で体格も大きくかなり鍛えていて、服越しでもわかるほどムキムキだ。
顔も怖いが悪くなく、所々剃り忘れがあるが問題無いぐらい顔はいい。髪型はボサボサで所々寝癖が跳ねている。
そして、一番の特徴は眼の色だ。両目とも日本人なのに金色で見る物全てを殺さんばかりにギラギラしている。そんなまさに危険人物とわかるほどの見た目なのになぜ、こんな扱いができるかというと……理由は簡単で、反撃してこないからだ。
きっかけはバイト当日、先輩の顔に蚊が止まるのを見た朱羽は何も言わず顔を叩いてしまった。
一応加減はしたが普通の人が叩いたよりも強くきつい。もちろん怒られたのだが、気にしている様子もない朱羽に先輩はキレて同じ頬を叩いた。
その瞬間先輩は取り返しのつかない事をしてしまったのに気づいた。
(ああ、やってしまった)
目をつむり、この後くる衝撃に体をこわばらせる。そのまま20秒ぐらい待つのだが、なかなか衝撃がこないのでうっすらと目を開けると、泣いて去るように見える朱羽がいた。
もちろん朱羽は泣いてなどなく、たまたま目に砂が入って水で洗おうと思っただけなのだが、そんなしょうもない理由だと知らず自分が叩いたから泣いたと勘違いし舐められるようになった。
それは同じ職場にも伝わり、「なんだ、大した事無いじゃん」という事になり、今に至る。
「しっかし暑いな〜。奇綴、5分以内にコンビニでアイス買ってこい」
「はい」
鉄柱を運び終わった朱羽はタバコを吸おうと思ったが、先輩に言われて近くのコンビニに向かいダッシュで買いに行った。
「はっ、腰抜けが」
走って行った朱羽の背中を見ながら呟くと、すぐに自分の仕事に戻った。
◆
コンビニに到着した朱羽だったが、すぐに異変に気付く。
(人が誰もいない?)
店内を何度も見回すが人っ子一人もいない。
(いや、それ以前にアイス買いに来る途中にも誰もいなかった)
朱羽は一旦外に出て、とりあえず先輩に報告しようとしたが、一歩進んだ瞬間人の悲鳴と共に轟音が鳴り響いた。
それは朱羽の最も馴染み深い音で、間違いようがなく銃声だった。
身をかがめ、低い姿勢のまま素早く外から見えない物陰に滑り込んだ。そして、慎重に外の様子を見て、朱羽の思考が停止した。
そこにはが腕から血が出ている中年ぐらいの警察のオッサンが悶え苦しんでいるのが見られた。
しかし、朱羽にとってそんな事どうでも良かった。本当に気になるのはその隣にいる青年らしき人だった。
「なんだ、あれ」
顔には目隠しと猿轡、前側にある程度自由に動かせる鎖付きの手錠と足枷。これだけ見れば、何処ぞの店でSMプレイをしていた人が何を思ったかそのままの状態で外に出てきた変態だ。
服が破れた青年の腹を見なければ、の話だが。
一言で言えば、口。
栄養を摂取する為の大事な口が、お腹全体を覆うような大きさに広がっていた。そこから血を垂らしながらも肉を咀嚼する音が聞こえてくる。
朱羽は銃を取りに行くか迷ったが、まず様子を見る事にした。なにせあんないろんな意味で狂っている相手にどう対処していいのかわからないからだ。
取り敢えずあの狂人が何処かに行くのを待ち、それから銃を取りに行くと決める。
それから数分待って、狂人が満足して去ると警戒しながら警察に近づこうとしてーー
素早くコンビニに戻った。
(どういうことだ)
警察はすでに死んでいる。頬の肉や脇腹、太股など比較的柔らかい所から食い千切られ、骨も薄っすらと見える。地面には大量の血が流れ最早どう頑張っても助かりようがないほど致命的な傷を受けているのだ。助かる筈がない。
しかし現に動いている。覚束ないながらも立ち上がろうとしているのだ。
(人権とか道徳とか、後回しだ。こいつは危険だ。殺す)
そう決意し、立ち上がる前に頭を踏み潰そうとして、止める。否、止めざるを得なかった。
死体の皮膚が膨れ上がった瞬間、破裂し血をばら撒いた。そこからさっきの青年のような拘束具が血と肉と骨で形成される。それはグロテスクであるにもかかわらず、幻想的に見え、息を呑んだ。
が、迷いなく頭を潰した。多少は驚いたがそれだけだ。殺すのは確定している。
なんの問題もないかのように血が付着した作業着を、コンビニで勝手に盗んだ水で洗い流す。
もし問いただされても正当防衛を主張すれば大丈夫だろうと朱羽は考えているが、盗んだ水に関しては考えていない。それを指摘されても必死だったからで済むから問題視していない。
今の問題はこの現状についてだ。
(いったいどうなってるんだ?訳がわからん。死んだ奴は動くし……取り敢えず銃と食料の確保だ。それから、俺の持ち物は職場に置いてあるから取りに行くか)
そう思い、コンビニからカロリーメイトや水など日持ちしそうな食べ物をビニール袋に詰めていく。袋がパンパンになったら次の袋へ。
今後の方針を決め、行動に移し始めた。
■
(この道はほかのより綺麗だ、何故?)
そんな事を考えながらコンビニで準備を終えた朱羽は急ぎ足で戻っている時、前方で人の声がした。しかも大勢いる。
取り敢えず隠れる。
情報はすごく欲しいが、今はグループに属したくない。理由は多々あり、一番危惧しているのは持ち物の共有化だ。見た所120人以上はいる。
(高校生か?多いな)
今は鞄がないからビニール袋で代わりにしているが、その中身はすぐに無くなるだろう。
あとは足手まといが増える。一般人が何人来ようと撃退または倒す事は出来ると思うが、今の何がなんだかわからない状態で守りきるのは不可能と朱羽は断言できる。
以上の事から単独行動を選んだ。
様子を見ている内に集団に変化が起きた。どうやら男子と女子で別れて言い争っているらしい。
「だからぁ、男子ちょーしつこいんですけどぉ!か弱い女子が荷物を持つのは当然でしょ!?」
「なにがか弱い女子だよこのメスゴリラが!そうやって俺らだけ戦わせて、ピンチになればすぐに逃げるんだろ?なぁ!?俺はまだ死にたくねーんだよ!だから荷物は俺らが持つ!」
「はぁ?なに言ってるの?そんな事するわけないじゃん!自意識過剰すぎるんですけど〜。マジでキモいわ」
「んだとテメェ!」
(……隠れて正解だったようだな)
朱羽は心底ホッとした。こんな集団と共にするのは1分が限界だろうと思い、溜め息をする。
(早くここを通り過ぎよう)
戻る道はあの集団の所しかないので、仕方なく行く。幸い学生達は喧嘩に夢中で、慎重に通れば問題無いと朱羽は判断した。
見つからないように進んでいると、ポツポツと黒い影が突如として出現した。それはだんだんと大きくなり、ある一人の学生の頭上にぶつかった。
それはかなりの重量だったらしく、押し潰されるもなんとか生きていた。
「うぐぅぅ……ゲホッケホッ、な、なんだこれ?あ、ぁぁぁあああ!!?」
上から降ってきたのは、コンビニで見た奴と同じ格好をしたゾンビだった。しかも、まだ終わりでは無い。次々と老若男女関係なく降ってくる。
ザッと見た所数千人以上が何かに投げられ飛んでくる。
朱羽はその投げてくる奴を見逃さなかった。
「カラス、か?あれ」
思わず声が出てしまった。しかし、仕方の無いことだろう。なにせ、朱羽の知っているカラスとは程遠い存在が大量に屋根の上から見下ろしているのだから。
全てを呑み込むような黒い羽毛、鋭く尖り弾丸をも弾きそうな嘴、鉄を切り裂いてもなんら不思議ではない強靭な鉤爪。
平均的なカラスの2倍は軽く超えている大きさ。
しかし、そんな事が薄れるぐらいの特徴があった。
手だ。本来空を自由に飛ぶための翼の内側らへんに、五本の人の手より一回り以上も太く大きい手がある。と言うより、体よりも手の方が大きいのでは?と思うほど大きい。
こんなにも凶悪な姿なのに、どこか気品や知性があるように朱羽は感じた。
ここまでの思考を3秒で終わり、すぐさま全力で走り出した。
(クソッ!まさか、この道まで誘導されていたのか?どうりで血が少ないわけだ。奴らは知っていたんだ。平和な日本人が通りそうな道を。その事を利用されたわけだ。それにあの腕力……落ち着いて頭の整理ができる場所が欲しいな)
そんな朱羽の思考を嘲笑うかのように次々とゾンビが降ってくる。まるで死の雨みたいだと、少し現実逃避気味に笑った。
■
「おい!そっち降ってくるぞ!」
「なんなのぉ!?マジで!もうやだ、家に帰りたいぃ」
「なんでこんな目に合わないといけないんだ。僕は何か悪い事したのか?」
「死ぬぅ!死ぬって!ああ、もうやめてくれ!」
周りが阿鼻叫喚の悲鳴を上げる中、 2年B組 12番 神無月 破陽子は必死に走っていた。
クラスからはパピコと呼ばれていて、真面目ながらも明るく人気がある。名前以外はいたって普通。
テストの点数も普通。
運動神経も普通。
特筆すべき所もない。
まさに凡人。
周りがハマっているゲームがあれば買うし、友達が勧めるヘアスタイルなら仕方なくもやる。その場の空気を読み、一定の一体感を保っていた。
そんな『普通』を追求していたパピコは今、泣きそうになっている。
(私の人生はこんな筈じゃなかった)
事件は1時間前に遡る。
委員会の仕事を終えて帰るだけの放課後、下の階で突然ガラスが割れた音がした。しかも、一回だけではなく何度も何度も。
その音はだんだんと上に上がっていき、ついにパピコがいる階にまで来た時、それは現れた。
パチンコ玉とほぼ同じ大きさの、白銀のような光沢の玉が窓ガラスから突き破ってきたのだ。それがまるで真珠のようで、ついパピコは魅入ってしまった。だが、それは一瞬だけだった。
次から次へと白銀の玉が雪崩れ込み、玉と一緒に窓の外に放り出された。あまりの恐怖に気絶してしまい、気づいたら同じ生き残った人達に助けられていた。どうやら体育の授業で外にいたらしく、無事のようだ。
何故自分が助かったのかわからないが、どこにも異常が無いのでよしとした。
学校にいた他の人は大丈夫なのか聞くが、あの玉が邪魔でわからないらしい。
だが、パピコは不安だった。それは予感めいたもので、誰からも信じてくれない言葉だろう。それでも思ってしまった。
あの中にいる人達は、もうーー
走馬灯が終わり、現実に引き戻される。
血の臭いが充満しむせかえる中、自分と同じ学校の人達が一人、また一人と食われていく。
腕を噛みちぎられ、脳髄を割りすすられ、骨を折られ食べやすくされている様子を見ながら、立て続けの恐怖にもはや何も感じない。ただ他人事のように観察していた。
ゾンビは落下から生徒に当たった瞬間、腹にある口に近い所を食い千切ると同時に生徒を下敷きにしていた。生き延びたゾンビは新しい肉を求め、再び歩き出す。
(不思議だなぁ)
そんな事を考えながら走った。
▼
クラス全員が必死すぎて前を走る朱羽を気にも止めていない中、上から見下ろしているカラスは見ていた。先頭を走る者の異質さを。
カラス達の直感が囁いている。こいつを殺さなければ不味いと。
カラス達は標的を一点に変え、猛攻撃を始めた。
「ああああ!死ぬ!死ぬ!死……あれ?」
「降って、こない?」
「おい、あれ見てみろ」
生徒が指した方向には、自分達の晴れ渡った場所と違いゾンビの豪雨が降り注ぎ、そして、一人の男が流れるような動作で降ってくるゾンビを避けつつ走っていた。
(おいおいおい!どういう事だ!?なんで俺の所ばかり投げてくるんだよ! 迎撃しようにも屋根にいては攻撃は届かないし、警察から取った銃も貴重だし、何より数が多い。一匹仕留めても次々湧いてくるだろう。逃げ切るしかないか)
幸いと言っていいのか、目的地はすぐそこまで来ていた。
そこには自分の鞄があり、現状の打破が可能な物が入っている。
多少息は上がっているが、ゴール目前。希望の光が見えたーーかのように思えた。
ゾンビでは拉致があかないとわかったカラス達は、自ら手を下すことにしたのだ。
軽く助走を付け、跳ぶ。そう、腕があまりにも重いので跳ぶしかないのだ。だが、ジャンプ力は尋常ではない。
雲を突き抜け停止し、正確に狙うために滑空する。
朱羽の真上に来ると、身を細め両腕を上げ、嘴を下に向け急降下する。その数一万匹。
さすがにこの数は無理だった。建物に隠れるのもいいが、カラス達がそれを想定していないとは朱羽には思えなかった。カラス達がアレだけしかいないとも考えられない。
朱羽は諦めかけたが、跳ばず屋根に佇んでいる一匹がいた。
そいつは朱羽より更に大きく、何故気付けなかったのか不思議なくらいな存在感がある。おそらくこの群れのボスであると簡単にわかるぐらいには。
ボスはもうここに興味がないらしく、今まさに何処かへ行こうと翼を広げている。
これに朱羽は言い知れぬ怒りが湧いてきた。
「自分だけ高見の見物とはいい度胸じゃねえか」
懐から銃を取り出し構える。標準を合わせ、狙うは頭。
そして、撃つ。
確実に不意を突き、轟音と共に発射された弾はしかし、頭ではなく首元を抉る。
「カアアアアアアァ!!ガアアアァ!」
「チッ、外したか」
(だが、致命傷は与えた。いくら化物でも大半の生物は酸素なくして生きられないだろう)
ボスは血を撒き散らしながらのたうちまわった後、朱羽を睨みつけた。
「カアアアアァ!」
ボスの一声で落下してきたカラス達が滑空し、左右に割れ、円を作りながら着地する。そして、その中央を陣取ってきた。
心なしか目の鋭さが増している。
(一対一で勝負しろって事か?プライドが高くて助かった。ボスとして力を保持したいのだろうか)
勿論朱羽はその申し出を受けた。これはピンチでもあり、チャンスでもある。
朱羽が円の中に入った瞬間、無数のカラスが至る所から勢いよく出てきた。逃す気はないらしい。そして、建物に入らなくてよかったと少し安堵する。一つ間違えれば終わっていた。
「おイ」
不意に話しかけられるが、声の主がわからずに首をかしげる。
「おイ」
あたりを見回すがカラスしかーー
「おイ!聞いているのカ貴様!?こっちを向け!」
「……は?」
声がした方を見て凍りついた。
そして理解した。自分が過ごしていた普通は、脆くも崩れ去っていることを。
そこに居たのは見間違うはずも無いほどの威圧感を放つ、ボスだった。
生徒達は次に出ます^_^
感想や間違いを教えてもらえれば幸いです
2週間以内に投稿します。