遠き宇宙(そら)の彼方より
鶴篶と申します。今回初めての投稿です。あちらこちらおかしなところもあるとは思いますが、ご了承ください。
プロローグ-2072年 春-
満開の桜が咲き誇る踏切で、僕はふと、空を見上げた。今日も当たり前のように雲一つない澄み切った青空だった。
2年前、彼女が飛び立った空。僕が見送った空。あの頃から変わる事の無い、空。
そして3年前、ここが彼女と僕の物語の始まりの場所。
-2069年 春-
「好きです。初めて君の姿を見た時から、ずっと好きでした。だから僕と…僕と付き合ってください。」
恋愛物のストーリーでいかにもありそうな桜の咲いた踏切前で、僕は彼女に告白した。踏切が鳴り始め、遮断機が下りた。
彼女は微笑み、そしてその口が動いた。丁度その時、電車が僕等の横を走り抜けていった。
電車の音で彼女の声はよく聞こえなかったが、その口は確かにこう言っていた。
『いいよ』
それまで彼女とはろくに話した事もなかったから、まさかそんな答えが返ってくるとは思ってもいなかった。寧ろ振られると思っていた。
だから、暫くその場に呆然と固まっていたのは当然の反応と言えるだろう。
「どうしたの」
気がつくと、目の前に彼女の顔があった。僕は聞く。
「本当に」
彼女が首を傾げた。
「本当に僕で良いの」
微笑み、こう返してきた。
「ええ。私は貴方だから、良いと思った。貴方だったから、良いと思ったの」
そのまま顔をさらに近づけ、唇を、僕の唇へと重ねてきた。甘い香りがした。僕は驚いたが、この夢のような瞬間に身を委ねた。
こうして彼女と僕の関係が『たまに顔を見かけるくらいの他人』から、『守るべき大切な人』へと変わった。
-2069年 夏-
「今日、どこか行こうか」
八月に入り、一週間ほど経ったある日、彼女に言った。
「そうね」
「どこに行きたい」
彼女は答える。
「うみ、海に行きたい」
「そうだね。じゃあ、海に行こう」
そして僕等は自転車で近くの浜辺へと出かけた。決して大きくはないが、それでも、それなりの人数がいて、海水浴を楽しんでいた。
僕等は水着を持ってきていなかったから、比較的人の少ない所を散歩する事にした。
波の音が耳に心地よい。僕等は暫く波の音を楽しんだ。やがて彼女が言った。
「君はやっぱり優しいね」
「どうしたんだい、急に」
「いえ、特に深い意味はないわ」
彼女は海を見ていた。いや、実際には何かを見ていたわけではないのだろう。微笑み、さきを続けた。
「唯、貴方は私以外の人にも同じに優しいのかと思って」
「それは…」
「気にしないで、少し、嫉妬というものをしてみたかったの。でも、駄目ね。試してみようとして出来るようなものでもなかったわ」
僕は笑った。
「君はよく、面白いことを言うよね」
「それってからかっているの」
少しムッとした顔をする。その仕草が可愛らしくて、思わず頭を撫でた。
彼女は突然の僕の行動に驚き恥ずかしそうにした。僕も恥ずかしくなって、二人して顔を赤くした。
陽が傾きだして、そろそろ沈み始めるという時、彼女は唐突に口を開いた。
「私、宇宙へ上がることになったわ」
「え、それって…」
「適性が認められたの。出発は来年、四月始め頃」
「君は、それで良いのかい」
「国の決まりだもの。適性を認められれば宇宙へ上がる事を義務付けられる。でも、貴方は何も言わないのね。何か言ってくるかと思ったのに」
「言いたいさ。でも国の決めた事だ、僕にはどうする事もできない」
少し間があった。僕は再び口を開く。
「いつからだい」
「何が」
「訓練、あるんだろう。いつからだい」
「二週間後くらいから」
「すぐじゃないか」
「なかなか言い出せなくて…ごめんなさい」
「いいさ、仕方ないよ。でも、そうすると殆ど会えなくなってしまうんだね」
「時間のある日には、必ず会いに行くわ」
ありがとう。と僕は言った。
「あまり無理はしちゃ、駄目だよ」
「ええ、分かってるわ」
そこで話は終わり、僕等は沈んで行く夕陽を眺めた。
「こっちを向いて」
彼女の声にそちらを向いた。その瞬間、彼女は僕の首に腕を絡め、口付けをした。僕は素直にそれを受け入れた。
どれくらいの間、そうしていただろう。夕陽が水平線に完全に隠れた時、ようやく彼女は唇を離した。そしてこう言った。
「貴方が…欲しいわ」
僕は一瞬、その意味を理解できなかった。理解した時、僕はきっと真っ赤だったろう。そして僕は答える。
「僕で良ければ」
僕等は自転車の元へ戻った。そして、後ろに彼女を乗せ、僕の家へと向かった。僕はアパートに一人暮らしだったから、特に親がどうとかいう心配は要らなかった。部屋に入るなり、僕等はまた口付けをした…
-2069~70年 冬-
クリスマスは残念ながら別々に迎えることとなった。もしかしたらと期待していた分、かなり落ち込んだ。
元旦は一緒にいる事ができた。親と過ごそうとは思わないのかと聞いたが、彼女は微笑み、こう返してきただけだった。
「いいのよ」
僕はそれ以上その事については触れなかった。
僕等はベッドの中で年を越した。
「ハッピーニューイヤー」
お互いにそう言い合った。
その後二人で初詣に行った。流石に彼女の着物姿を見ることはできなかった。
初詣と言っても、近所の小さな神社へ行っただけだ。屋台が出ているわけでもなく、とても静かだった。僕等はそこで暫く休んだ。
アパートに戻り、朝ごはんを食べた。彼女の手作りだった。とても美味しかった。
その後は部屋でゆっくりとくつろいだ。
午後になると、彼女は訓練所へと戻っていった。僕は彼女のいなくなった部屋で、一人、本を読んだ。
その後は会える回数がめっきり減り、月一度くらいしか会えなくなった。
-2070年 春-
彼女の発つ日が二週間後に迫っていた。その日僕等は、一時間だけ会うことを許可された。今日が最後だ。会うのも、話すのも。今日が終わると、彼女は、帰って来れるかも分からない任務に就く。
国が決めたこと、仕方がない。そう思って、今まで我慢してきたけれど、やはりどうしても本音は漏れてしまうものだ。
「なぜ、君なんだ。どうして、君が行かなければならないんだ」
彼女は微笑み、言う。
「私だけじゃない、他にもたくさんいるわ」
「どうして、君はそんな風に笑っていられるんだい」
彼女は至極当然と、そんな顔で答えた。
「だって、貴方を守れる。貴方の生きる、この世界を守ることができる。私はそれが嬉しいの」
「守るって、それは男の台詞だろう。僕が言うべき台詞だろう」
「駄目よ。だって貴方は優しすぎるもの」
僕は唇を噛み締めた。
「約束してくれ、帰ってくると。必ず、帰ってくると、約束してくれ」
「その約束はできない。貴方だって分かっているでしょう。」
僕は俯いた。彼女は続ける。
「でも、待っていて。もしも、私が無事帰ってきた時、貴方の隣に知らない女がいたなんて、そんなのは嫌だから」
「ああ、分かったよ。僕はいつまでだって君の事を待ち続けるよ」
僕等はどちらからともなく、顔を近づけた。
-2070年 四月 出発日-
今日が彼女に告白して丁度一年というのは、どのような偶然が働いた結果だろう。今頃、彼女は自らの機体と共に、軌道エレベーターで空間跳躍艦へと乗り込み、既にカウントダウンが始まっている筈だ。
僕は家から程近い丘の上で、遠くに見えるエレベーターシャフトを眺めながら、そんな事を思った。
軌道エレベーターの先で光が灯った。空間跳躍艦が発進したのだ
不意に、何とも言えない感情が込み上げてくる。僕は叫んだ。彼女に届くように。
「行け。行け。行け。僕は待ってる、ずっと、いつまでも待ってる。君が帰るまで、君が僕のところへ帰ってくるまで、いつまでだって。だから行け」
その時、彼女の声が聞こえた気がした。
「うん、行ってくるよ」
と。
そして彼女は、地球から60光年離れた地へと旅立った。
エピローグ-2072年 春-
踏切が鳴り始め、遮断機が降りた。
その時、背後から僕を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると、四メートル程の所、そこに彼女がいた。
僕等の横を電車が走り抜けて行く。風で桜の花びらが舞った。
「ただいま」
彼女は微笑み、そう言った。
「ああ、おかえり」