第1話 始まりの風
「行ってきまーす」
東雲颯はいつもの通りカバンを持ち、スニーカーを履いて、玄関のドアを開ける。
するとそこには、1人の少女が、颯と同じ学校のブレザーを身にまとい、玄関前に立っている。
「おっす!」
元気な声で挨拶してきた。
「よっ!絵利菜!いつもながらおまえ早ぇな・・・」
「えぇ~!ふつうだよぅ~♪だってもう7時30分だよ!」
「あっ!ホントだ・・・。悪かったな、じゃ、行くか」
「待って、涼姉は?」
「なんか用でもあるのか?」
「ううん。特にない」
「んじゃ俺たちは行こうぜ。姉ちゃんとはどうせ別の学校だし」
「うん♪」
2人は学校を目指し、歩き出す。
彼女の名は綾垣絵利菜。颯とは幼稚園の時からの付き合いだ。栗色のロングヘアーにトレードマークとも言える桜色のリボン、黒真珠のようなきれいな瞳に、ツヤツヤしたきれいな唇。見た目はかなりの美少女であり、それに加え高校生とは思えないほど幼稚・・・もとい、天真爛漫な性格をしている。
通学の途中、颯が絵利菜に向かって質問をした。
「そいえば、絵利菜は何で俺と同じ高校にしたんだ?おまえの成績だったら、もっといいとこ行けたんじゃないか?」
「決まってるでしょ!颯と同じ学校に行きたかったんだよ♪」
「ホントにそうなのか?」
「うん♪」
「ふ~ん」
「何? あたしが颯と同じとこ行っちゃダメなの?」
「・・・そ、そんなんじゃないよ!・・・あっ、やばっ!遅刻しちまう!早く行かないとっ!」
「あ~~っ!待ってよぉ~!颯ぇ~!」
県立皐月高校、1年7組の教室。
「ふぅ、何とか間に合ったな」
「うん」
颯と絵利菜は自分の席にカバンを置く。颯の席は、窓際の1番前で、絵利菜はその後ろである。
「颯さん、絵利菜さん、おはようございます。」
アニメの幼い女の子のような声が聞こえる。
「おっす、美乃!」
「おはよう、しーにょん!」
振り返るとそこには小柄な少女がいた。彼女は稲葉美乃。銀色のカチューシャにロングのツーサイドアップの長い黒髪、そのうえ童顔の可愛らしい少女だ。ちなみに『しーにょん』とは、絵利菜が美乃に付けたニックネームである。
「見てくださいよ。これ」
美乃は後ろに持っていた物を颯たちに見せてきた。
「おっ、かわいいな」
灰色の猫のぬいぐるみだった。
「自分で作ってみたんです。名前は『みゃんちー』」
「美乃・・・」
颯が真剣な目つきで見つめる。
「ナイスキューティー!!」
「しーにょん、こっち向いて」
パシャッ!
カメラのシャッター音が聞こえた。
「良いデータが取れました」
振り返ると、絵利菜がスマホのシャッターを切っていた。
「やっぱりいくつになっても、かわいい物はいいよね」
「そうですよ絵利菜さん。かわいいものに歳なんて関係ないの♪」
「だよね。そのぬいぐるみを抱えてるしーにょん、めちゃめちゃかぁいいもん!こりゃ~もぅ、お~もちかえりぃ~!!!」
「そこか!?」
絵利菜の眼はサバンナで獲物を狙う凶暴な肉食獣のよう。一方、美乃は野良犬に挟み撃ちにされた子犬のように怖がっていた。
「しーにょん、もふもふさせて~~!!」
そんなに高くもない天井へとジャンプし、美乃に襲いかかろうとする絵利菜。
周りで見ていたほかの生徒たちが驚く。それを止めようと颯はノートを丸め、剣のように構える。
颯は美乃の目の前に立ち、襲い掛かってくる絵利菜に丸めたノートを振りあてる。
「こんの!デレスケがーー!!」
すると、絵利菜の動きが止まった。
「そ・・・そんな・・バカな・・・・たった一瞬で7発も!?」
絵利菜は倒れた。
「えっ!?私、1回しか振ってないようにしか見えなかったけど!」
「一撃に見せかけて7回振り当てたか・・・見事だ!」
スマホのカメラを連射モードにして撮っていた生徒が解説した。
「いい加減にしろよな!」
颯は絵利菜を倒した。
「だってめっちゃかわいいのよ!アンタがお持ち帰りする?」
だが、絵利菜は何事もなかったかのように立ち上がり、近づいてきた。『もふもふモード』は切れたようだ。
「・・・それは納得できなくもないが、普通に考えて遠慮しとく」
放課後、帰り道。
夕焼けの中、強い風が吹き、桜の花びら舞った。
このとき、颯には風に紛れて「時が来た」と言う少年の声が聞こえた気がした。
この先、風がのちの颯たちの運命を導く風だとは、このとき彼も、周りの誰も知る由もなかった。