09・共に帰るもの
「やっぱ魔力量はあんたらの方が単純に上だよな」
「単純とか言うのは止めてくれません? それに伸びしろは人族のほうが多い。その点では、魔族より人族の方が勝っていますよ。魔族は後天的要因でない限り、生まれた時点で総量は決まってしまいますから」
「その生まれた時点で、人間から見れば総量過多だっつーの。後天的なんて人間でだって影響が凄まじいもんだし。まぁ後天的要因代表なら、ジーン様がいい見本だ」
「ジーン様は例外中の例外ですが?」
せっかく綺麗にした庭の雪に惜しげもなく足跡をつけながら、ウィルはシュウを見た。
直した庭に足跡をつけられたことか、それとも問われた内容についてか。言葉に少しトゲを持たせて言い返し、シュウは少しだけ険のある表情でウィルを見返す。
「それに、それはあなたもよくご存じの事でしょう?」
「ああ、そうだな。俺も知ってる」
白々しい笑い声が、まったく笑っていない二人から発せられる。異様に近付きがたい雰囲気に、思わず総悟は一歩離れる。そんな状況なのに、まったく表情が変わらず佇むエマはある意味凄いと思う。
「なんであの二人、あんなに仲が悪いんだろう……」
目くじらを立ててすぐに暴力沙汰にならないだけまだマシだが、それでも周囲にとばっちりが来るのは何とかならないものだろうか。
二人共間違いなく高位魔導師なのだから、もう少し考えて欲しい。と言うか、なんでシュウはウィルが絡むと喧嘩っ早くなるのだろう?
「お帰りなさいませ、ジーン様」
屋敷の外へ出て待機していた数人の使用人達が、一斉に声を出した。
聞こえてきた声につられて総悟も顔を向ければ、先頭を進む馬車を引く、馬の背に揺られるジーンの姿があった。随分と顔色は悪いが、それでも手綱をしっかり握っていた。
門の側にいた使用人達に軽く手を振ると、そのまま庭へと入ってくる。
「ジーン嬢! お疲れ様でございまする!」
無駄に勢いよく側に駆け寄るフィデルタを軽く一瞥するだけにとどめ、ジーンは馬の手綱を引いた。
「……よくこの状況で駆け寄れるなぁ」
「良くも悪くも彼の性格の成せる技だろうね」
「本人に言ったらきっと、『愛の成せる技』とか言いそうですよね」
「くれぐれも言わないようにしとこ。ジーン様怖いし」
馬のいななきと共に馬車が停まると、屋敷の離れから、灰色のローブ姿の集団がジーンの元へと駆け寄る。そのローブ姿に、全員性別など分からない。没個性を体現したかのような姿の一団は、ジーンから何か指示を貰うと停まっている馬車の荷台へと散らばった。
その中の一人だけが別な指示をうけたらしく、濃紺の布に包まれた大きな何かを大事そうに抱えている、金髪の若い騎士の元へと向かう。
その騎士と二言三言話をすると、騎士はジーンに略式の礼をとり、ローブの人と共に門の外へと足早に向かって行った。
「そうか、見つかったのか……」
小さく言われたシュウの言葉に、「何が?」と総悟は問えなかった。
話の流れからして分かる。多分、いやきっと、あの騎士が抱えていたのは発見者で、あんなにも大事そうに抱えていたのは、恐らくは家族などの近親者だからだ。
次々と馬車から運び出される、布に包まれた人たち。誰もが手を合わせ短い黙祷をすると、担架に乗せて屋敷の離れへと向かっていく。
ジーンは一体、どれだけの人たちを見つけたのだろうか? ちらりと総悟がジーンを見ると、ジゼルと何やら話をして顔に手を当て大きくため息をついていた。それから険しい顔付きをすると、一度も総悟達の方を見ることなく屋敷に入っていった。
止めに入る周りを押し切るように、その後ろをフィデルタもついていく。
「あ……」
「今のジーン様にそれ程余裕はないだろう。手紙の話はジゼル様から聞いているだろうし、明日には時間を取ってくれるはずだよ」
「はい」
「今日はもう練習は出来ないから、俺達も屋敷に入ろう。このままここにいても、彼等の作業の邪魔にしかならないだろうから」
そう言ってシュウは総悟の背を軽く押しながら、屋敷へと促す。その手に逆らわず総悟は庭に背を向ける。ただ、屋敷に入る時、一度庭に目を向けた。
白と黒のコントラストに変わっていく世界の中で、雪原の濃紺色が、無言のまま横たわっていた。
その晩、総悟は中々寝付くことができず、眠気が来たのは空が白んできた頃だった。眠い目を擦りつつ部屋を出れば、昨日の昼とはうって変わって、屋敷は慌ただしかった。
ジーンが帰ってきたのもあるだろうし、連れて帰ってきた人たちの家族への連絡などでバタバタするはずだと、シュウが寝る前に教えてくれた。
覚束ない足取りで食堂へ行き朝食を摂り、昨日の今日で庭を使って練習をするのは気が引けたので、大人しく部屋で試験勉強に励んだ。半ば引き篭もった形になったが、使用人たちの邪魔をしたくないのが本当のところだ。
今日はシュウとウィルもジーンに呼ばれて、何かと世話を焼いてくれる(ついでに邪魔をしに来る)人はいないので、こうして座学に集中している。
「はー。バイリンガルの人の気持ちがやっと分かった気がする」
目頭を押えながら、教科書にそうぼやく。
何が言いたいかというと、総悟が異世界に来た時、所謂テンプレと呼ばれるものや贈り物やらの設定はついてこなかった。
つまり、まさに言葉も分からぬ世界に飛ばされてきたのだ。魔力がチートと言われるほどあるわけでもなく、文字は読めない、言葉は喋れない。
ましてや落下してきた場所が魔王の城で、しかもそこでお妃さまと優雅にティータイムをしていた時だった。何を言っているのか分からない厳つい顔の集団に囲まれ、剣と槍を向けられたのだ。正直、よく生きていられたなと感心する。
目の前の教科書を見る。紙面は異国の文字で綴られている。これを半年で読み書きできるようになれと、ジーンからスパルタ過ぎる授業を受けたのはそう昔の話じゃない。
死にもの狂いで勉強をしたのは、受験以来な気がする。
「まあ、結果として、僕がこの世界で生活するのに困らない知識を身に付けられたんだよなー」
実際、最初に落下した先が、他の場所だったらどうなっていたか分からない。
体をほぐすように大きく伸びをしたとき、部屋のドアが勢いよく開いた。
「ソーゴ殿! ジーン嬢がお会いしたいとの事である。今すぐ来られよ!」
壊す勢いで開いたドアから、フィデルタの大声と、あまり耳にしたくないひしゃげたような音も聞こえた。
自分じゃ直せないから破壊だけはしないで欲しいなと、内心で思いつつ総悟は教科書を閉じた。
「分かった。すぐ行く」
机の側に置いていた鞄を手にとると、総悟は席を立った。
てっきり一緒に中に入ってくるのかと思っていたフィデルタは、扉の前であっさり総悟と別れ、自身が宛がわれている部屋へと戻っていった。
ジーンに入ってくるなとでも言われたのか。不思議に思いながらも総悟は執務室の扉を叩く。
執務室へ通されると、ジーンが長椅子に横になった状態で書類に目を通していた。
「受け取りが遅くなってすまなかった。こんな格好で申し訳ない、その手紙をこちらへ」
部屋の中にはジゼルと、書記官の二名が同じように大量の書類を捌いている。足元に落ちている数枚の書類に気をつけつつ、総悟はジーンの側に近付き、手紙を渡した。
「ああ、シフォンか」
封筒の送り主を確認すると、ジーンは微笑む。その顔が、妙に親近感を持たせるものに気が付いて、総悟は内心で首をかしげる。生粋の魔族のジーンに、なぜ親近感がわくのだろうか?
ジーンの親友でもあるシルフィード――通称シフォンは、人でありながらハルツフェルト領の医療地区の全権を任されている稀有な人物で、別名現在進行形の最高齢記録保持者だ。
彼女の怒りに触れると、魔国で一切の治療行為が受けられなくなるというのが、自由兵士たちの間でまことしやかに囁かれていたりする。
ジーンは手早くサインをして受取証を総悟に渡した。
「た、確かにお届けしました」
しっかりと記載されていることを確認して、配達局の支給品である特殊仕様のカバンにしまう。ぱちりとカバンの蓋を閉めて、ほっとしたように総悟は息をはいた。
その様子をバッチリ見られていたらしく、ジーンが小さく笑う。総悟の後ろで書類整理をしていた二人に視線を向けると、
「二人共、そろそろ休憩に入ってくれ」
有無を言わせぬ視線と共にそう言うと、二人はジーンに一度頭を下げてから静かに退室した。
閉まるドアを見ると、ジゼルが半眼になってジーンに言った。
「私にも休憩時間をくださっても良いじゃないですか」
「お前はキリキリ働け」
「酷いですね。いえ、訂正します、鬼畜です」
「お褒めの言葉をありがとう。立ち話もなんだ、総悟は椅子に座るといい」
「私は立ちですか?」
「誰も座るなとは言っていない。好きにしろ」
「なら好きに座ります」
言うなりジゼルは近くにあったイスを引っ張って座り、総悟にも着席を促した。
総悟の緊張をほぐすためなのか分からないが、相変わらずの上司と部下のキツイ会話である。一瞬、スパルタ式の授業を思い出させた。中央区にある侯爵邸で毎日見ていた会話は、総悟がいなくなってからも変わらず健在らしい。
一番近くのイスがジーンの側にしかなかったため、恐縮しながら総悟は腰をおろした。ここからは、総悟の異世界生活の報告の時間だ。
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