08・捜索の理由
「……侯爵様の捜索で、今まで生きていた人はいないわ。騎士団の定期捜索では見つかることもあるけど……。侯爵様の捜索自体が年二回、それも騎士団でさえ行けない森の深い所だもの。このハルツフェルト領の真冬の雪、ただでさえ低い気温は朝晩はもっと下がる。あまつさえ南地区よ。生き残るつもりで装備を整えて潜る人でなければ、生存は絶望的」
「もっとも、ジーン様はそれを承知で捜索していますが……」
厳しい表情でその光景を見ていたイブの言葉を引き継ぐように、シュウが言った。
総悟の表情が硬くなる。声もなくただジッとその騎士たちを見た。生きていないと分かっていても、捜索に向かう彼らの心中までは分からない。けど、ある種の終わりが見える場所に向かう気持ちは、辛くはないのか。
ふと、SNSで親しくしていた廃人ゲーマーを思い出した。
あくる日から徐々にログインが減り、そしていつの間にか全くゲーム内で会わなくなったプレイヤー。
暫らくして、ゲーム内でそのプレイヤーのパーティーの人たちに会った。リアルでも友人だった彼らから聞いたのは、そのプレイヤーが長い闘病の末に、亡くなったことだった。
ネットの世界だけの付き合いで、実際に会ったことはなかった人だけれど、よくしてもらっていたし、総悟も兄のように思っていた人だ。
なぜあんなに時間が取れたのだろうかという疑問は、皮肉なことに、彼が亡くなってから総悟は知ることとなった。
「……修次さん」
廃人プレイヤーとして名を馳せた、初心者時代から総悟がさんざん世話になった人の名前が、思わず口から出た。
もっと早く気付いていたらという思いと、知ったからといって、果たして何が出来たのだろうかという思いが湧いてくる。
現実での知り合いではない、身近な人ですらない。けれど親しい間柄は、なんと線引きが曖昧なことか。
不意に、頭が優しく叩かれた。撫でるように動く手の持ち主を見れば、少しだけ困ったような顔をしたシュウだった。
「ジーン様が言っていた。例えどんな形であれ、帰りを待っている人はいる、と。彼等はそれが役目だということも分かっている。だからこの同行者は全て志願者のみだ。そこまでソーゴが深刻にならなくたっていいんだ。皆分かっている」
総悟の頭を撫でながら「皆、分かっているんだよ」と、納得させるようにシュウはもう一度言った。
やがて一団は、深々と降り積もる雪の中、森で捜索をしているジーンところへと出発していった。
■□■□■
三が日の最終日。もうじき日が暮れ始めるころに、あれだけ降り続いていた雪が止んだ。
今日も変わらず、無駄に広い庭で総悟は三輪の運転の練習をしていた。シュウとイブの二人が教官役なのも変わらないが、今回は悪天候にもそつなく対処できるようにと、ウィルも立ち会っていた。それが嫌な予感しかしなかったのだが、見事に的中した。
ウィルはこれ見よがしに広範囲に渡る魔法を連発しては、あからさまに困りだす総悟を見て、楽しんでいる。悪い予感ほど良く当たる自分を恨みたい。
「ウィルさん! 対処以前の問題です、絶対おかしい、すっごくおかしい! あんな嵐がちょくちょく起きる訳がない!」
「何言ってんだ、数十年に一度は起きてると思うぞ!」
「思うってなんだ! 思うって! ちゃんと系統とかデータだせ!」
「大丈夫。ソーゴ、経験あれば憂いなしよ」
「イブさん!?」
「あー。とりあえず、そこまでの大嵐は俺の経験上ないから、安心していい」
静かだけれど、何処となく呆れたようなシュウの声が聞こえ、総悟の周辺にだけ起きる吹き溜まりのような地吹雪のなか、額に血管を浮かび上がらせて怒鳴った。
「やっぱりウィルさん僕で遊んでるじゃないですか!」
「ふはははは! よく気がつい――あだっ!」
みなまで言わせず。ウィルのセリフが奇妙な途切れ方をした途端、総悟の周りにあった濃密な魔力が消え、あれ程強く吹きすさんでいた地吹雪が止まった。
細めていた目を開けば、ちょうどウィルが杖から落下し、情けない声と共に地上へ向かってまっ逆さまな光景だった。
ウィルが勢いよく埋もれると、さくりと雪を踏みしめる音と共に、屋敷からジーン専属のメイド、エマがやって来た。もがきながら雪から頭だけを出したウィルを確認すると、トレードマークの柄の短い箒を向け、凛とした声で告げる。
「何をしていらっしゃるのですか、ウィル様。もうじきジーン様がお帰りになるというのに、このように庭を荒らして。きちんと庭を元通りの雪原にしないというのでしたら……」
フワリと広がるスカートに、揺れる紫がかった黒髪。魔力が微かに放出される気配。
紫色の瞳が、ターゲットを補足したかの如く細められた。片手に雪球を持ち、まるでサーブを打つかのような格好をすると、
「消しますよ?」
続いた言葉はどこからどう聞いても最後通告だった。
「てめっ! 俺を誰だと思ってる!」
「もちろん存じております。現魔国、またパルヴィナ同盟関係国において、人間の枠組みの中では最高峰の魔導師、ウィル・シャーロット様にございます」
他に誰かいるのかと、鼻で笑うようにエマは言う。所詮その肩書きなど、人族の間でしか通用しないと言っているかのようなエマの口ぶり。
確かにウィルは人の中では最高峰だろう。上級魔族を一対一の状況とはいえ、対等に相手ができるのだから。
だからこそ、しっかりと相手の立ち位置を認識していながらのエマの扱いに総悟は驚く。聞きおよんだだけでも、ウィルの肩書きは、他国、他領のものならば無碍には出来ない代物だ。
「更に付け加えるならば、ジーン様に頭が上がらないヘタレ男にございます」
「……よしエマ。ちょっと表に出ろや。ついでに家名を言うな。そして俺はヘタレじゃねぇ」
「その表が屋敷の外と言うのでしたら、すでにここは表にございます。ウィル様は伝える言葉が少々足りないのではないのでしょうか? 家名でしたら、『俺を誰だと思ってる』と、問われましたのでお答えしたまでにございます。ヘタレかどうかなど、ジーン様とのやり取りを拝見していればすぐに分かることかと思われますが?」
いつあのウィルが怒りだすかとハラハラしつつ、それでもエマがあからさまな嘲笑を見せることに、別な意味で驚きを通り越して感心する。
視覚でも見えるぐらいに、パチパチと音を立てる程の魔力の放出を始める二人。
――この二人が本気になって喧嘩を始めたら、この近辺どうなるだろうと、軽い現実逃避に総悟は走る。きっと更地になるんだろうなぁ……。
「何をしているのですか、エマ」
二人の間に張られた緊張の糸をあっさりと切ったのは、ジゼルと共に屋敷の外へ出た執事頭のセバスチャンで。一目見ただけで現在の状況を把握したらしいジゼルは、額に手を当てて大きくため息をつき、セバスチャンは眉間に皺を寄せてその光景を暫し見つめ、それから静かに口を開いた。
「エマ。状況を説明なさい」
「はい。ジーン様がお戻りになることをお伝えしようと庭へ来ましたら、ウィル様がソーゴ様に広域魔術を展開しておりましたのでお止めしました。その後、荒れた庭を元通りに戻すようお願いしたところ、何故かお怒りになり今の状況に至ります」
……間違ってはいない。間違ってはいないが、何か大きく端折っていやしないだろうか? 案の定、ウィルは不服そうだ。
「完結に答えすぎだ、間を省かずきちんと言えよ。報告は大事だぜ?」
「……以上にございます」
折り目正しく礼をとると、エマは総悟達から一歩離れる。まるでこの件はこれで終了だと言っているようだった。小さく舌打ちをすると、ウィルは体についた雪を払い出す。
「ジゼル様」
「……えー。この流れで私に話し振りますか? セバスさん」
「空気が悪いのは些細な事でございます」
誰が見ても空気が悪く思えることを、些細な事と一蹴するセバスに、頬を引き攣らせるジゼル。
「全然些細じゃないと思う」
ポツリと呟いたジゼルの言葉に、総悟も同意する。両隣のシュウとイブは我関せずと言った感じで、知らぬふりだ。
「あー、ごほん。騎士団から連絡があってね、そろそろジーン様たちが戻って来るそうだ。それで庭を使う事になるから、三輪の練習を止めてもらっていいかな。そしたらシュウさん、庭の整地をお願いします」
「は、はい! すぐに三輪どかします」
「分かりました」
「二人とも頼んだよ。エマさんは喧嘩しないように」
「善処いたします」
にこやかに微笑みながら言うと、ジゼルとセバスチャンは門へと向かって行った。
そんな二人の背を見てから、総悟は三輪を動かす。表門近くまで運ぶとかえって邪魔になるとのシュウの助言に従い、総悟は納屋の側へと三輪を運ぶ。
戻って来るまでの短い時間の間に、庭は足跡一つすらない綺麗な雪原に変わっていた。
「うわ。もう綺麗になってる。さすがシュウさん、仕事が早い」
「このくらいならそんなに時間はかからないよ。ソーゴも練習すれば出来るようになるさ」
「僕はまだまだかかりそうです」
なにしろ三輪の免許すら怪しいというのに。心の中でコッソリ思う。
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