07・揺れる左腕
ブツブツと小声で何かを言うレフトをそのままに、見つけた遺留品を専用の鞄へとしまっていく。中には「明らかにこれ遺留品じゃないだろ?」な代物もあるが、精査は屋敷に戻ってからだ。ここでそんな悠長なことは出来ない。
程なくしてそんなジーンの耳に、微かではあるが遠く鳴り響く鐘の音が聞こえてきた。
中央区の役所が零時と共に鳴らした鐘に続くように、各地区も一斉に鳴らし出す。何重にもかさなり合う荘厳な鐘の音。
ジーンは空を見上げた。木々に覆われ見ることの出来ない空は、きっと冬の曇り空なのだろう。捜索を始めてから、年越しの空は見ていない。喧しいほど鳴り響く鐘の音も、それを打ち消すように上がる花火も。
「ジュン」
「なんだ」
「明けましておめでとう。今年もよろしく?」
「だからなんで疑問系だ」
「なんとなく」
「ああ、そう……」
若干引き攣った顔であの左腕を見るが、表情というものが分からない。腕なのだから仕方がないが。
「ジュン」
「なんだ」
「私はまだ聞いていない」
先を促すような言い方に、ジーンは諦めたように息を吐いた。
「……明けましておめでとう。今年はよろしくしないようにしたいな」
「それは無理じゃないかな? 冥府の森に入る連中がいる限り」
「……こちらの苦労を考えて欲しいものだ」
心底嫌だと言いたげな顔をし、ジーンは作業を再開する。
上級冥士のレフトが虫除けならぬ冥士除けになるとはいえ、長時間一箇所に留まるのは得策ではない。
「そろそろ戻って、冥王に新年の挨拶でもしたらどうだ?」
「挨拶はいつでも出来るよ。どうせジュンは暫らく潜っているんだろう? 付き合うよ。私は暇だ」
「…………」
「私がいるとジュンもメリットが多いと思う」
「お前な――」
「後、一人で探すより二人で探した方がテンションが上がる気がする」
「人数が増えた所でテンションは変わらんよ。その場合は効率が上がるの間違いだろう」
レフトの腕が、まるで考え込んでいるような仕草に思える動きを見せる。
そんなレフトを横目に、ジーンは集めた遺留品が入った鞄の口紐をしっかりと縛った。拡張魔法に重力軽減の魔法がかかっているからこれ一つで済んでいるものの、そうでなければどうなっていた事やら。
「……なる程。ならジュンが探し人をしている間、私は見張り番だね」
「お前、本当に暇なんだろうな?」
「大丈夫。私が暇といったら、暇になるんだよ」
「なんとも羨ましい限りだ」
自分はこのあと屋敷に戻れば、大量の書類が机の上で待っているというのに。暇と言って実際に暇になった試しがない。
毎度のことだと諦めてはいるし、ジゼルを筆頭に書記官達も、横になりながらでも作業が出来るものを中心に用意している。書類は減らないが、それなりに気を回してくれるのは正直助かる。
どうせ冥府の森から帰れば、その日は何も出来ずに寝込んでしまうし、数日は酷い倦怠感でろくに動くことすらできないのだから。
「その子を拠点に預けてからかい?」
「ああ。一旦浅い場所へ戻る」
「分かった。ならもう行こう。さっきの魔力で、下級冥士が集まり始めている」
「はぁ……」
「人族の間では、ため息をすると幸運が逃げるらしいね」
フードを被ろうとした手を止めてジト目でレフトを見るも、この腕に果たして効果があるのだろうかと思ってすぐに止めた。
鞄を肩にかけて、スコップに新たに魔力を補充する。自立してジーンの後をついて行かせるためだ。
毎度魔力で雪だの土だの吹き飛ばせれば楽だが、それをすれば今度は冥士がわらわらやってくる可能性が高い。だからと言って己の体力のみで数日間、ろくに休まず土木作業を行うことは無謀の極みだ。
ミイラ取りがミイラになってはいけない。この世界には文明の利器ならぬ、魔法があるのだからそれを駆使して何が悪い。
まあ、カズマの汎用人型土木工具機動重機エガが、小型化かつ無人での自立稼働が可能になればまた違うのかも知れないが……。当面先の話にはなるだろう。なにしろ彼は、「人が乗ることにロマンがあるんだ!」っと熱く語っていたのだから。
著作権とか異世界で大丈夫だろうかと、一人ぶつぶつ呟きながら作業をしていたカズマの姿を思い出す。
今回は発見した人数が多い。本来なら罪人用、生きている者を閉じこめる為の魔石を使った方が移動が安全だ。球牢の魔石を取り出し、布に包まれた数人をその中に閉じこめる。それなりに魔力の消費は増えるが、動き易さには変えられない。
それでも――ジーンは、一人だけ残されたあの少女を見た。
雪に閉じこめられていたこの少女を、違うものとは言えまた別の空間に押し込めるのは気が引ける。ジーンはあの少女を大事に抱えた。
「迎えに来るのが遅くなってすまない。さぁ、一緒に帰ろう」
拠点としている場所へ戻るべく、ジーンは歩き出す。木々の間を移りながら、レフトもその後ろに静かに続いた。
■□■□■
ぼふっと、少しばかり大きな音が庭に響いた。庭の一角で、重力に逆らうように舞い上がる雪。高台のように集めた雪の隣に、ひっくり返った状態の三輪があった。
「大丈夫か! ソーゴ!」
「ソーゴ!」
「無事であるか!? ソーゴ殿!」
「だ、大丈夫です……」
か細い声で何とか返事を返すと、総悟は埋まった自分の体を掘り出す。ふらふらしながら立ち上がり、体中に張り付いた雪を払い落とす。
現在総悟は屋敷の庭を借り、三輪免許習得のために絶賛訓練中だ。
年越しの鐘を聞きながら街中を抜け、真っ直ぐ届け先の侯爵の屋敷へ向かうや否や、出迎えたジゼルにシュウが事情を説明し、あっさり庭を使う許可が下りてしまった。
総悟としては配達物であるジーンへの手紙を、すぐに渡したかったのだが当の本人は不在。しかも戻ってくるのは三が日の最終日、と言うジゼルの一言にがっくり肩を落としたのは記憶に新しい。
なんでも毎年冥府の森に潜るのが決まりとなっているらしく、その予定はよほどのことがない限り変わることはないらしい。
よって、「ジーン様が戻って来るまでは暇なのだから、存分に練習しなさい」と、笑顔で言われてしまった。そういわれて断れるほど、総悟の心臓は鋼ではなかった。
時々様子を見に来る、屋敷の使用人や見廻りの騎士団の人達に応援されながら、総悟はスパルタな二人の教官に教わっていた。この世界では教育はスパルタ式なのか? 激しく訊いてみたい。ちなみに、一番暑苦しい応援をするのがフィデルタなのは目を瞑る。
尚、後見人のウィルは「この寒い中なんで外に出なきゃならねぇんだ」と言って、屋敷の中でぬくぬくと過している。ウィルの部屋の暖炉だけ壊れてくれないかと、総悟は本気で思う。
見事にひっくり返っている車体を見るとゲンナリするが、それを上手く起すのも練習の一環だ。そのあたりは総悟の元いた世界と同じらしい。
なるべく手早く車体は起さないと渋滞の原因になるし、のんびりしているとこの豪雪地帯では、あっという間に車体と一緒に埋もれてしまう。
持ち上げるために足場の雪を固くして、支点となる側の車輪の雪を少しだけ掻き出す。後は強く踏みこんで、車輪側面についている取っ手を持って、引っ張り上げるように車体を起せば完了だ。ゆっくりと引き上げれば、重たい音を立てながら三輪は戻った。
「はー。やっとちゃんと起せた」
「今度は上手くいきましたな! ソーゴ殿」
自称心の友とのたまうフィデルタが、自分以上に嬉しそうにはしゃいでいる。
「数十回ひっくり返った末の成功だけどね」
遅くても明日の夜にはジーンが帰ってくるだろう。それまでにある程度はマシな運転になっていなければ申し訳ない。何しろジゼルが、年明け一番の試験の予約を入れてしまっているのだから。果たして間に合うのか非常に気になる。
車体の向きを確認して、再度跨り運転を再開しようとすれば、何故か屋敷が騒がしくなってきた。
外へと続いている道を見れば、ジゼルと何人もの騎士がいた。隊長と思われる人物に、ジゼルは何やら指示を出しているらしい。
そこから少し離れた場所では、複数の人を乗せることの出来そうな大型の馬車が数台整列していた。整備を担当しているらしい騎士が、車輪の様子を見ている。
「あの騎士さん達は、どうしたんですかね?」
練習を始めた頃に比べればスムーズに三輪を動かし、総悟はシュウ達の所に向かった。
見れば全員、どこか浮かない表情でその集団を見つめている。
「……これから、ジーン嬢を迎えに行く騎士達である」
「ああ、侯爵様を――」
「より正確に言うなら、行方不明者を連れて帰ってくる力仕事担当の同行者」
シュウの、普段とは違う冷たい声音に総悟は驚く。見れば表情こそ目立った変化はないものの、その目は冷え切っていた。
怒っているというより――むしろ、シュウは苛立っている気がする。
「ゆ、行方不明者って言っても、生きている人、ですよね?」
その表情に怯えつつ、総悟は訊いた。行方不明者なのだから、もちろん生存者もいるはずだ。自分が予想した最悪な結果を振り払うように、微かな希望をシュウに問うも、シュウは静かに首を横に振った。
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