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 05・雪の中に埋もれるもの

 


「まだ厳寒月(げんかんづき)があるし、試験場開きしだい免許取りなさい」

「は、はい!」



 びしりと背筋を伸ばして、総悟は返事をした。もし取れなかったらどうしよう。新しいバイト探さなきゃかも……。



「いい、私が教えるんだから一発で合格するのよ」

「えぇっ!?」



 総悟は内心の呟きを聞き咎められた気分だ。しかもごく自然にハードルを、かなり高い位置にまで上げられてしまった。上空からウィルが見た総悟の背中は、やけに哀愁が漂っているように感じ、思わずご愁傷様と心の中で手を合わせた。


 途中シュウが倒した木々をどかし、数箇所の村を通り過ぎ、一向は侯爵の屋敷に向かう。雪と木々しか見えない視界に、開けた道の両側に建つ太い柱が現れた。奥には人口的な明かりと、複数の建物の屋根が見えた。丸い柱には複雑な模様が刻まれていた。

 左の柱の側には詰め所のような小屋がある。窓から漏れる明かり、煙突からは煙が上っているので人が住んでいるらしい。



「ソーゴ。あれが最南端の街、ナイツ・オブ・グラウンドの入り口、この街の外れに侯爵様の屋敷があるわ。入領管理所ではないから通過してもいいけど……」



 そこで一旦言葉を切ると、イブはシュウを見た。



「シュウさん。ソーゴの顔見せもあるから、寄っても構わないかしら?」

「ええ、構いませんよ」



 ゆっくりと三輪を動かして小屋へ寄せれば、すぐに扉は開いた。出てきたのは顔に大きな傷を持つ大柄の男だった。着ぶくれしているせいか、余計に大きく感じる。



「お、嬢ちゃんじゃねーか。なんだ、今年も侯爵様んところに升箱食べに行くのか?」

「ええ。タダより美味しいものはないわ。それより、配達局(ウチ)の新人君を紹介するわ」



 そう言ってシュウの後ろの総悟を前へ連れてくる。



「新しく入ったバイトのソーゴ・トーマ君」

「よ、よろしくお願いします」

「おう。こっちこそよろしくな、おチビさん」

「ち、ちび……」



 ここでも言われた。がっくり肩を落とす。もうやさぐれても良いだろうか? 地面に「の」の字を書きたいくらいだ。これだけ積もった雪だ、きっと書いたらはっきり文字が見えるだろう。ああ、そうだ、そうしよう。久しぶりに丁寧に書くのもいいかもしれない。

 軽い現実逃避に遠くを見やる。



「ちょっと、彼、背が低いの気にしてるから。あんまりそういう事は」

「あ、そうなのか。すまん、つい」



 小声で二人がそんな話しをするものだから、尚のことへこむ。

 その後何事かと奥からわらわらと出てきた、これまた体格のいい男達に紹介され、ようやく顔見せが終了したころには、総悟はすっかり疲れ果てていた。



■□■□■



 止むことなく深々と積もる雪。雪の重みで枝の垂れた木々の間から、わずかに漏れる月明かり。

 静けさのなかに、さくさくと軽い音を立てるのは、フードを目深に被った者。丈の長いコートでも、厚着をしていると分かるその後ろ姿は、わずかに女性的な線を出していた。


 コートの人物の周りには、複数のスコップが誰の手も借りずにひとりでに動いていた。少しだけ光を纏っているところをみるに、魔法がかけられているようだ。

 与えられた役目を忠実に果たしているのだろう。規則正しく続いていた単調な音が止むと、スッコプはコートの人物の脇に揃って並んだ。


 すっと腕を動かすと、空中に浮かぶほの暗い光源が、掘り起こされた雪の中に埋まっていたものを照らし出した。

 自然光とは違う明るさが対象と濃い影を共に現すと、フードから見える唇が真一文字に引き締まった。寒さから、だけだろうか? 唇は少しだけ血の気が引いていた。


 ――雪に埋もれていたものは、一人の幼い少女だった。


 ぼろぼろになった衣服。傷だらけの身体。魔獣か冥士に襲われたのか、それにしては欠損が少ない。ならば人を浚うことを生業としている者に襲われたのか。複数の傷の内、顔に付けられたものが人の手で出来たように見える。

 赤いリボンで縛った、ゆるいウエーブの金に近い髪。濃い茶のコートに、緑色の鞄。恐怖に怯えていたのだろう、きつく抱きしめているクマのぬいぐるみ。

 それらを目で追うと、コートの人物は長いため息を吐いた。うっすらと雪が積もり始めていたフードを勢いよく下ろす。布と一緒に落ちる雪が、長い黒髪の上を滑った。露わになった女の顔は、険しい表情をしていた。


 横たわる少女を映す黒い瞳が、わずかに揺れる。

 森へ入る前に記憶した、行方不明者の特徴と一致していたから。

 女は持ち歩いていた通信用の魔導具を取り出すと、すぐにどこかへとつなぐ。深夜の時間にもかかわらず、わずか一回の接続音で相手は出た。



「はい。ジゼルです、ジーン様」



 魔導具から聞こえてきたのは、少し高めの男の声で。

 繋がったことを確認すると、ジーンは魔導具を雪の上に放り投げ作業を再開した。大きな布を鞄から取り出すと、掘り返した穴に入り少女の身体を包み始める。



「……ルヴァンの娘を発見(・・)した。連絡はいつもの通りで」

「……分かりました」



 一瞬の沈黙。先ほどよりも低いトーンで、魔導具の向こうの男――ジゼルは口を開く。



「ジーン様」

「何だ」

「お疲れさまです」

「身内の心労に比べたら疲れた内に入らんよ」



 幸いと言うべきか? 比較的早く雪に埋もれたらしく少女の腐敗はない。厚手の手袋をしたまま軽く少女の髪を梳き、そっと持ち上げた身体の下を見て、ジーンは動きを止めた。

 少女の身体の下にあった、一枚の金貨を拾う。拾い上げたそれを何気なく裏返すと、ジーンは目を細めた。なんの変哲もない、魔国共通の硬貨が一枚。裏側に刻印されている木蓮の花。それと十一桁の数字。

 だがこの金貨には、本来ならばないものがあった。


 今出回っている金貨に刻印されている数字は、十桁まで(・・・・)しかないのだ。新硬貨が出るときは、新しい硬貨の特徴も含めた通達が事前にくる。そして通達は数十年来ていない。ならばこの金貨は何だ?

 考えられることは一つ。


 ――偽の金貨。


 そう判断するや否や、ジーンの口が動く。



「ジゼル、贈り物を呼び戻せ。それと海を翔るものをいつでも出せるように待機させろ。屋敷に次を修めたものが来る。あいつにも召集をかけておけ。私が戻り次第調査をさせる」

「動かしますか?」



 鋭い口調で出される指示に、ジゼルは急を要する事態が起きたと判断した。

 ジーンは金貨を鞄に放り込むと、止まっていた手を再び動かす。



「召集がかかる可能性があると伝えておけ。詳細は戻り次第話す。が、やっかいなことになった。メルに連絡することになりそうだ」

「メル――って、メルヴィン陛下ですか!?」



 魔国の王、魔王への連絡の可能性を示唆したセリフに、一体どんな事態が起きた!? と、雪の降りしきるバルコニーでジゼルは頭を抱えた。

 対するジーンは、登城するのは面倒だなと違うことをのんびり思っていた。



「でしたら、今回はもう切り上げて急ぎ戻った方が……」

「どの道今から調べ始めたところで、領内は把握しきれんだろう。何しろ年末年始だしな」



 そう、今日はすでに大晦日だ。役所は閉まっているし、年が明ければ三日間はお祭り騒ぎだ。

 それになにより、ハルツフェルト領の領主であるジーンが、年末年始の予定を変える気はない。普段己の本能のまま行動しているように見えるため、自分が楽しみたいだけと思われがちだが違う。

 本人の数少ない職務に捕らわれない時間。年二回しか行えない、ジーン単身での森の捜索に当てられる貴重な時間だ。


 定期的に行われる騎士団の捜索では、特に危険とされる森の最深部までは行けない。騎士団が行けない場所を捜索するのが、ジーンの役目だ。

 冥府の森に住まう王、冥王でさえ簡単に手出しが出来ない相手。侯爵という爵位でも、領主という役割も関係なく。


 「神殺し」や「同族殺し」などと言う物騒きわまりない二つ名を持つ存在であるが故に。

 どんな形であっても帰りを待つ者がいる以上、捜索を止めるわけにはいかない。



「ああ、そうだ。取り急ぎ商会組合に連絡を。行商露天も含め通達だ。いくら祭りで浮かれていようとも貨幣の確認は怠るなと」

「……まさかジーン様、本当にウチの領で出たんですか?」



 少しだけ固くなった声にジーンは目を細め、魔導具を見た。



「ああ、そのまさかだ。ザル監査でないと信じたいがな。贈り物が戻ったら、監査の連中に監視をつけるように組めと伝えておけ。あと箱庭街の自警組織と娼館組合にも一言言っておいた方がいいだろう。あそこも大金が動く」

「承知しました。しかし、箱庭街ですか……」

「大層嫌そうな声だな。まだあのことを根に持っているのか? 器量の狭い男だな」

「あっ、当たり前じゃないですか!! 何の説明もなしにいきなり色街連れて行かれて、『お前一週間ここから出るの禁止。色事に引っかかってヘマしないように、徹底的に襲われてこい』って大量の札束入った財布渡しながら言ったじゃないですか!」



 そうだ。しかも箱庭街の入り口で、今まさに街の大門が閉まるところで箱馬車から蹴り落とされたのだ。地面に転がり落ちたのが、まさかの侯爵の部下。自警団の連中でさえ、前代未聞の光景だったことだろう。


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