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 04・魔術師と魔導師

 


「ちょっと! あんた何てことしてくれたのっ!」



 少し低めの女性の声が、雪にかき消されることなく響き渡る。明らかに怒気を含んだその声に、総悟は思わず肩を跳ねさせた。……この声には聞き覚えがあったからだ。

 局内ですら滅多に会わない特級配達員。会っても「おはようございます」「あら、おはよう」程度で会話が終了してしまう人物。他の配達員からは氷の女王、クールビューティー、三白眼、守銭奴、歩く危険物、大食漢、食欲の魔神などと言われる存在。

 ついさっき魔獣を串刺しにした魔法で、まさかと思っていたが……。


 おそるおそる振り向けばそこには――一つに縛った濃紺の髪を風に揺らすイブが、魔導三輪をかっ飛ばしていた。

 獲物を見定めたかのごとくキラリと光るゴーグル、その奥の金色の瞳がカッと見開かれると同時に、イブの周りに大量の、大小様々な氷の塊が現れる。そのどれもが鋭く尖ったツララのような形をしていた。当たれば痛いどころの騒ぎではない。



「ちょっ、待て! イブ!」

「くたばれ! 便利屋魔導師っ!」

「のぁぁぁっ!!」



 イブの言葉で氷の矢はウィルに向かって一斉に飛び出す。上空を超高速で飛ぶ氷の矢を、杖に乗ったままスレスレでかわすウィル。雪の中光を含んだ軌跡を残し追撃する動きさえ見せるそれは、無関係な立場から見ればいっそ綺麗な光景だ。

 そう、無関係ならば。自分に向かっていればそんなどころではいられない。

 思わず総悟がパチパチと手を叩けば、シュウに軽く小突かれた。



「いつ見ても凄いな。さすが氷の魔術師だ」



 感心するかのようなシュウの言葉に、総悟も同意する。

 通常魔法には、発動前に必ずと言っていいほど術式陣が現れる。魔法初心者ならば確実に、慣れてきた者ならば陣の一部や発動直前の光。それでも、魔法を安定して発動させることが条件になる強力な術式ならば、出さない訳にはいかない。この世界の魔法は、安全な発動が前提条件にあるのだから。


 今、目の前で起きていることは、魔法をかじった事のある人ならば驚かずにはいられない。

 戦闘において絶大な効果をもたらす、術式陣の展開を見せずに(・・・・)発動させている魔法。恐らく彼女は、既存の術の構築式に自分で手を入れ組替えているのだろう。

 もとも魔素や魔術といったものと相性がいいエルフだからなせる業なのか。


 この領内においては、エルフは別段珍しい存在ではない。当たり前のように街中で部屋を借り、買い物に出て、食事を摂る。初めてハルツフェルト領に来た者たちは、総じて多種多様の種族が揉めることなく生活していることに驚く。


 そんな中でも特に有名なのが、エルフの配達員であるイブだ。スラリとした長身に、棒だ板だのイメージしかエルフに持ってなかった総悟の予想を裏切って、実にナイスなボディをお持ちの女性だ。しかもそれで接近戦にも強いときた。護身術の授業で見事な一本背負いを頂いたのは、そう古い話ではなかったりする。

 世界が変わるとエルフも変わるのかと、床の上で軽いカルチャーショックを総悟が受けていたのを知るものはいない。



「いい状態で倒して、侯爵様に高く売りつける予定だったのに! あんたのせいで全部パアよ!」



 今度は薄い円盤状の氷が飛んでいく。まるで電動草刈機ですね。わぁ怖い。

 前に一度、イブと食堂で席が隣だった時に話題に出したものだったが、彼女はしっかり身につけていたようだった。

 元の世界の技術をこれからも話すべきか。総悟の本当の後見人兼保護者に、一度相談した方がいいのかもしれない。イブの魔法技術がパワーインフレしそうな気がしてきた。



「あれ? 今しがたもの凄く近くで聞いたセリフな気が」

「考えることは皆同じ、ってね」



 そんなすごい行為を行っているものの、それらは全てほぼ八つ当たりでウィルに放っている。技術の無駄遣いな気がしなくもないが、もともと彼女は戦闘といった行為にさしたる興味はないらしい。

 必要だから改良しただけ。もっと言うなら金を得るために改良したまで。

 魔法の構築式の改良という功績すら、欲の前では無意味だった。金と食欲に忠実なエルフである。



「あんた、中央区に戻ったら飯奢れよ」

「何でそうなるんだ! お前これからジーン様のところに飯たかりに行くんだろうが!」



 ジーンは性格に色々と難がある魔族だが、相手はお貴族様でしかも侯爵だ。「たかる」とか言ってしまっていいのだろうか?

 出かかった言葉を総悟はぐっと飲み込んだ。この中で常識の枠に入るのは、自分とシュウぐらいだろう。……たまにシュウもズレているところがあるので怪しいが。



「あぁん? 誰が貴重な素材を燃やし尽くしたか分かってんのか?」

「スイマセンデシタ……」



 しゃべり方は立派な怖い人だった。

 その筋の人ですか? 道を極めちゃった方ですか? 思わず訊いてしまいたくなるような据わった目付きで、イブはウィルを睨みつけていた。



ソーゴ(・・・)、行こう。二人に構っていたら年越しの鐘が鳴る」

「え? あ、はい。あ! 三輪の魔力補充途中だった」



 この世界では(・・・・・・)自然な呼び方に気が付き、総悟はこっそり眉をハの字にした。ここにいる全員が総悟の事情を知っていても、シュウは警戒をしたのだろう。だからこその変化。自分の身を守るためだと理解していても、やはり寂しさを感じてしまう。

 シュウは言い争いをしている二人を見ながらマフラーを巻き直した。



「ああ。それならさっきまでのソーゴの補充で大丈夫だろう。屋敷までそう遠くないし。それに足りなければ燃料はそこにいる」

「燃料が、いる?」



 シュウはくいっと顎で二人をさした。

 ――あの二人が燃料ですか? 確かに、あの二人の魔力量は普通の魔術師より遥かに多いが、あからさまに燃料扱いしていいものだろうか。……それとも魔族特有の何かの表現方法なのか。



「俺はあんまり魔力を使いたくないからね。さ、掴まって」

「はあ。そうなんですか」



 何故に魔力を使いたくないのかは知らないが、一応納得しておく。

 総悟が確かに掴まったのを確認すると、シュウはゆっくりと三輪を動かした。



「お二人とも、俺たちは先に行きまーす」



 去り際に、気の抜けるような声でシュウは言う。



「あ! ちょっと待ってよ!」

「この女と二人きりはマジで勘弁してくれ」



 口々にそう言いながら、ウィルとイブは二人を追った。



「そう言えば、なんでソーゴはシュウさんと二人乗りしてるの?」



 あっという間に追いつくと、併走しながらイブは訊いた。

 その問いにやっぱり来たかと渋い顔になる。絶対聞かれるだろうなと予想はしていただけに、答えはすぐに出てきた。



「あー。実はですね、三輪に乗った事がなくて……。カリナン村で対往生してたら、シュウさんが来て乗せてもらいました」

「……三輪に、乗った事が、ない? 配達員のバイトしてるのに」

「……はい」

「…………」

「…………」



 沈黙が痛い。こう言う時に限って、他二名は口を開かないのはなんでだ。

 そしてイブの顔が引きつっているように見えるのは、気のせいであってほしい。

 これ、きっと配達先の保護者にも説明するんだろうなぁ。そう思うと気が重たくなってくる。



「あ、あぁそう。えーっと、配達に行く前に、南地区の三輪の話、誰かからか聞かなかった?」

「誰からも聞いてないです。配達局出るときにレダ先輩に会って、南地区に配達に行くって話たら、『南地区の配達か、超雪積もってるからお前ちっこいし埋もれるなよー』って言われただけです」

「……あの野郎(ツンツン頭)、年明けたら再研修ぶち込んでやる」


(こ、怖っ! そしてレダ先輩ごめんなさい)



 すぐ隣から発せられる不機嫌オーラに、人知れず鳥肌を立たせる。



「はぁ……。侯爵様の屋敷に着いたら三輪乗る練習するわ」



 イブはため息をつきながら「さすがに三輪が乗れないのは、バイトとはいえ配達員としては致命的だわ」と、呟いた。

 その呟きに総悟はこっそりへこんだ。現在進行形で体感しているだけに、身にしみる言葉だ。


 南地区に入ってすぐのカリナン村で村人に呼び止められなければ、この雪の中立ち往生し助けを待つはめになるところだった。

 中央局に電話をかけようとしたときに、たまたまシュウが来たのだ。そのまま総悟は相乗りという形で配達に出たが、カリナン村の配達支局から、中央配達局にしっかり連絡が行っていたりする。内容は主に「新人に事前説明なく南地区の配達をさせるな」と。


 出発前にシュウと局員の助言から、総悟が慌てて装備を整えるという一騒ぎもあり、連絡をした局員の言葉は棘だらけだった。

 因みにその時総悟の「局員の冬服じゃ駄目なんですか?」発言に、南地区の厳しさを知っている局員が目くじらを立てたのは仕方のないことだろう。


 なのでカリナン支局からの連絡に、事務員は慌てて副局長のオリーヴに伝え、オリーヴから局長であるグレイスと出発前に会っていたレダ、そして仕事を頼んだ仕分け責任者に、特大の雷が落ちたのは当然の流れだったりする。

 全員が全員、誰かが南地区の装備の事を説明していると思っていたことが原因だとのちに判明。この一件により配達局では、新人が南地区へ配達に行く際は事前にミーティングが行なわれるようになるのだった。


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