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 02・聞き慣れた発音

 


「ははっ。時にささやかな笑いは必要だよ、オリーヴくん」

「笑いどころかこの激務の中、むしろイラっときました」



 一部の気の弱い職員なら逃げ出しかねない視線で、冷ややかにオリーヴに言われても、グレイスの魔法にブレはない。地区別の箱に配達物は吸い込まれるように入っていく。

 灰銀髪の髪に本人曰く知的な色の紺色の瞳が、長期に渡る過度の疲労からかやや危なげな光を放つ。グレイスが局長であることを証明する、左腕の最高責任者の紋が入った腕章のある腕が、止まることなく動いている。



「今年はウィルさん呼ばなかったんですかー?」



 まだどこか頼りない手付きで配達物を仕分ける少年の言葉に、隣で満杯になった仕分け箱を新しい箱と入れ替える作業をしていた少女が言った。



「今年はウィルさん、侯爵様のお仕事を手伝っているのよ」

「そっかぁ。侯爵様のお手伝いじゃ仕方ないよね」



 落胆の色を滲ませた少年の声にグレイスが微かに笑うと、仕分け部屋に響かせるように話し出した。



「確かに……ウィル君がいないのは大きな損失だ。だが、僕達配達局員がこの程度で根を上げていいのか? いいや、よくない。本職が便利屋魔導師に負けるなどあってはならない事だ。今こそ僕達の実力を見せ付ける時だ! さあ、皆の衆! 立ち上がれ! 新年早々届く配達物に領民達を恐れ慄かせ、そして目にモノを見せてくれようぞっ!」



 グレイスの言葉に、黙々と作業に勤しんでいた局員達の反応は実に淡々としていた。



「さすが局長、なんて無茶振り」

「恐れ慄かせてどーすんすかね」

「んな事より手ぇ動かすぞ」

「だよな」

「今日って手当て出るんだっけ?」

「出る出る。確か時給だと三割増」



 うんうんと頷きあいながらも彼らの作業は止まらない。



「あれ? 皆もうちょっと反応あってもいいんじゃないの?」



 若干涙目になりへこむグレイスの、背後の扉が開いた。

 仕分け部屋の扉を開けて、受付窓口の女性は時間になって回収されてきた集荷物の袋を持ち込む。それを壁際に寄せられた他の袋と同じように置くと、戦場と化している作業場を見た。その光景に苦笑し、そしておや? と首をかしげる。

 いれば局内をせかせかと動き回っている黒髪の少年の姿がない。



「そう言えば、オリーヴ副局長。新人君はどうしたんですか?」

「新人くん? ……ああ、ソーゴくんね。彼なら侯爵者様のところに配達に行ってもらっているわ」

「侯爵様って、確か今の時期はあそこにいるんじゃ……」

「そ、冥府の森の屋敷よ」

「あちゃー。新人で豪雪地帯に配達なんて、彼ツイてませんね」



 総悟が本当にツイていない事態になったことを、そんな会話している二人は知るよしもなかった。



■□■□■



 もとの世界ならば、それこそテレビの向こうの光景だった。背丈をゆうに越える雪の壁に、見事なパウダースノーの世界が広がっていた。

 だがしかし、それに感動している余裕は総悟にはなかった。パウダースノーといえば聞こえはいいが、気を抜けばあっさりとハンドルを取られ、方向を直そうと足を下ろせば即座に埋まっていく。

 おまけに容赦なく顔に向かって飛んでくるし、巻き上がる雪で視界が悪い。世の雪国の皆さんの、生活の知恵とたくましさをまざまざと実感させられた。


 ――結局総悟は、その雪に果敢に立ち向かったものの負けたのだった。


 道半ばは雪に行く手を阻まれ大変だったが、それも今はない。

 確かに道自体には未だ雪が大量に積もってハンドルを取られるが、この乗り物ならば障害にはならない。なだらかに尖った先端は、気持ちのいいくらい雪を掻きわけていく。

 三輪と分類されているらしいが、どう見ても先頭の一輪以外は円になっていない気がする。幅の細いキャタピラに見えてしまうのは何故だろう?


 体に当たる風は突き刺さるように冷たい。装備をしっかりしていなければ、あっという間に凍傷にでもなりそうな気がする。目深に被った帽子から出た髪の毛先は、細かな雪がはりつくのではなく凍り付いていた。

 後ろを振り向けば、三本の線が道に沿って伸びている。それも帰る頃には跡形もなく雪に消されているのだろう。この雪深さだ、想像に難くない。



「それにしても、三輪乗ったことないってのには焦ったなー」



 鼻と口元を覆うように巻かれたマフラーで、聞こえた声はくぐもっていた。けれど彼が笑うように言ったのは分かった。ハンドルを握る男の体が、笑いを堪えるように揺れている。



「仕方ないじゃないですか。魔道二輪の免許は取らされても、まさか三輪使うぐらい雪降るなんて知らなかったし! それに豪雪地帯なんて走ったことないし!」



 ムッとしたように反論する総悟の声も、同じようにくぐもっていた。文句を言いたくても、運転をしてもらっている身。ハンドル操作に影響が出ては目も当てられない。何かあったとしてもその後、自分がこの豪雪地帯を走れる気がカケラもしないのだから。

 身体が浮くような感覚が来た、どうやら雪の塊を踏んだらしい。



「いや、冥府の森がある南地区に行く人は、三輪の豪雪装備に変えるのが常識だったからさ」

「どーせ僕は非常識ですよ。――シュウさんたちと違って」



 拗ねるものとは違う響きに、シュウの肩がピクリと動く。

 困ったように息を吐くと、彼は三輪を止めた。途端、あれ程煩く聞こえた風が止む。



「悪ぃ、ソーゴ。そういう意味で言った訳じゃない」



 発音の違う名前の響きに、総悟の眉が八の字にさがる。この世界の住人が呼ぶとき、違和感を持ってしまうのだ。彼らが悪いわけではないのに、疎外されたような気になっていたのだ。

 少しだけ荒っぽく、シュウは帽子の上から総悟の頭を撫でた。ガシガシとした動きに、髪に着いた雪がぱらぱらと落ちる。



「君がこの世界に来て一年も経っていないのは知ってる。まだ知らない事が山のようにあるのも、それを知っていかなければならない事も理解している。そして君が異世界の人間で、俺たちの世界とは常識からして違うのも充分認識している」



 そこでシュウは一旦言葉を切り、口元を覆うマフラーを下ろした。現れるのはどこぞの王族もかくやといった美形だった。

 帽子の下は雪の舞う中でもキラキラと輝く金髪に、澄んだ青い瞳。切れ長な瞳が世話を焼く時は柔らくなっていることを、果たして本人は気付いているだろうか?

 シュウが街中を歩けば女性たちからキャーキャー言われているのも頷ける。一緒にいるとき総悟は、女性たちから見れば彼の備品の一つでしかない存在になっている。



「だからって別の生き物みたく、それこそ化け物相手のように接してはいない。君は君で、藤間総悟(・・・・)と言う一人の人間だ。違う世界から来たといって孤独じゃない。だからそんな顔をするな、総悟(・・)



 耳に聞きなれた懐かしい名前の響きに、総悟は目を瞠る。この世界では一部の人を除いて聞くことは出来ない、正しい(・・・)発音に頬が熱を持つ。



「たく。漢字は難しいから勘弁してほしいよ」



 口角を上げて、シュウはしてやったりとした顔で言う。その表情が妙に合っているのだからイケメンは得だ。赤くなっているだろう顔を隠すために、総悟は思いきりシュウに抱きついた。

 このぅ。金髪碧眼のイケメンめ! 性格まで良いとか、どこの出来たイケメンだ!!



「ちくしょうっ! シュウさんカッコイイじゃないですか! 僕一生ついて行きます!」

「いや、一生は大袈裟だから。それに魔族と人族じゃ寿命違うから、一生って言われてもね」

「幽霊になってでもついて行きます!」

「それは単に取り憑かれただ――」

「フシュルルルッ!」



 低く唸るような咆哮に、じゃれつくような二人の動きがピタリと止まる。雪を踏みしめる音と、木々が倒れた振動が伝わってきた。背中に抱きついた総悟を引き剥がしながら、シュウは咆哮の持ち主を見る。



「あれま。これはまた大きい」



 日陰で見る雪とは少し違う、鈍い銀色をした毛並み。鋭く尖った牙を見せる口元から、吐いた息が湯気のように白い煙を上げていた。大きな黒い瞳は、明らかに自分達に向けられている。=餌認定。



「もしかして……特別警戒指定のホワイトハウンド!?」

「はずれ。尻尾の先端が光ってるし、アレはスノウハウンドかな。特級危険指定だねぇ」



 森の奥に生息し、滅多に人の居る場所には出てこない魔獣だ。同じハウンドと名がつくものの、特別警戒と特級危険、文字からして分かるように天と地程の差がある。森の住人と言われるホワイトハウンドは自身の体を使った攻撃が主体で、経験の浅い流れの傭兵や狩りを生業とする者でも討伐する事が可能だ。

 だがスノウハウンドになると途端に条件が変わる。冬の女王の番犬とも言われ、高い知能と魔力を有する。魔法を使うところからも、集団で遭遇すると厄介かつ危険な相手だ。

  ――あくまでも普通の人から見れば、だが。残念ながらここにいる二人のうち一人は、普通からいささか離れた存在だった。


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