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 01・配達局の年末

 


 恐々と受け取った手紙は、驚くほど手触りのいい、厚みのあるクリーム色の封筒だった。表には流れるように、曲線が宛名を記していた。書き手の癖なのだろうか? 名前の敬称から続くように、小さな花がちょこんと描いてある。

 非常に可愛らしい。ぱっと見で、女性が書いた手紙だと思えるものだった。


 しかし、この可愛らしい封筒の宛先は、総悟の初めての貴族階級者への配達先となった。宛先を確認して、心なしか緊張する。

 恐ろしくも実に頼りがいのある人(?)にお世話になって、ここまでやってこれたのだ。これはまさに失敗できない。何しろ、その宛先である人がお世話になった人――ハルツフェルト領領主、ジーンなのだから。



「天気が悪くなってきたってのに、呼び出して悪かったな」

「いえ、問題ありません!」



 ここで無様な姿をさらせば、それはそれは素敵な笑顔で、ジーンは総悟の心を重箱の隅をつつくどころか破壊しかねない勢いで――えぐりに来る……!!

 緑を基調とした制服の上に、これまた同色のコートを着て、首にはオレンジ色のマフラー。どこからどう見ても配達員の制服でしっかり重装備をしているというのに、鳥肌が立ってきた。

 別にスパルタ式の勉強会を思い出したわけではない、あの笑顔で繰り出される毒が耳に聞こえてきた気がしてきた。大丈夫、緊張に慄いているだけだ。あまりにも凄い口撃に、枕を涙で濡らした訳じゃない。激しくへこんでいただけだから!! ……人はそれを黒歴史というのかもしれないが。うげ。



「それじゃ、年末に仕事を入れて申し訳ないけど、この手紙の配達を頼むよ。侯爵様宛だ」



 困ったような顔をして、そう言ったのは、仕分け管理を担当している責任者だった。

 配達先が先なので、新人にさせるのは気が引けるのだが、この時期は臨時職員を増員しても手一杯なのだ。それでも職員が彼に決めたのは、その宛先が理由でもあった。

 宛先は、この配達局がある領地の領主。あの(・・)領主ならば、新人が配達に来ても特に咎めることはないと踏んでの人選でもあった。



「大丈夫です! 年末年始は予定が何もなかったので」

「そ、そうか。局長と相談して、臨時手当が出るようにしたからな」



 この世界(・・・・)の人間は、総じて背が高い。管理職の小父さんを見上げながら、総悟は笑顔で答える。

 実際、予定はないのだ。同居者であり、保護者であり、後見人の男は、どうせ年末年始も変わらず、色っぽいお姉さんがたとお楽しみなはずだ。仮に色街に行かなくても、家でゴロゴロしているだけだ。何が悲しくて、人を弄って遊ぶ年上の男と年を越さねばならないのか。

 それならばいっそ、仕事をしている方がマシというもの。


 だからこそ、雪の降りが激しさを増した天気の最中の配達指示に、喜び勇んで飛びついたのだから。

 何か気付いてはいけない悲しい現実が頭を掠めたが、スルーすることにした。気にしたら負けだ。自分は、この世界では身寄りはないのだ。食い扶持は自分で稼がねばならない。銅貨一枚たりとも無駄にはできない、上司の覚えを良くして、昇給チャンスは逃がさない。こうしてコツコツと地道な努力を続けるのみ!



「本当ですか!? がんばります! 予定がなくて助かりました!」

「ソーゴ……それはそれで、その、結構悲しいぞ?」



 総悟の心境など知らぬ職員は深刻そうな表情だ。局員を証明する帽子を気合を入れるように被ると、少し癖のある黒髪の毛先が跳ねるように飛び出した。

 そして意気揚々と魔道二輪が置いてある駐輪場へ向かう総悟の後ろ姿を、「若いんだからもっと遊ばないと」と上司は呟きながら見送った。


 ハルツフェルト中央区配達局アルバイト、藤間総悟の今年最後の仕事が始まった。

 その心は、臨時手当が出ると喜びに溢れていた。



■□■□■



 指先が痛い。

 赤くなった両手は、感覚がなくなりかけていた。それでも痛みだけは律儀に伝えてくるのだから嫌になる。もっとも、晩寒月(ばんかんづき)の真夜中に、手袋を忘れて外に出ていたのが原因だから仕方がない。


 寒いと分かっている外にいるのは、ただの自己満足から。

 手を暖めたいのなら、さっさと手袋を取りに行けばいい。けれども今、そのために暖かな部屋に戻り、あの音を聞くわけにはいかないのだ。

 冷たいを通り越して突き刺さるような風が、色白な頬にあたり、薄い水色の髪を舞い上げる。



「あー。服は重装備にしたのに、なんで手袋だけ忘れるかな」



 バルコニーの手摺に積もった雪を指で落としながら、ジゼルはぼやく。

 二階から庭を見下ろせば、毎年何処からか聞きつけて来る自称勇者のフィデルタが、この雪の中剣の素振りをしていた。

 雪が積もろうがお構いなしに、短い茶髪を揺らしながら、一心に体を動かす。緑の瞳は真っ直ぐに前を見つめ、普段の奇行がなりを潜めていた。

 なるほど、確かにこの姿だけなら(・・・・)勇者に見えなくもない。見目も悪くないのだから、人族の国に戻れば民衆からの好感が高かろう。だからさっさと戻ってくれ。


 わざわざココで素振りをしないでもらいたい。顔から流れる汗を見るに、随分長くしているのだろう。

 だがしかし、さも当たり前のように訓練をしているこの男、けして客人などではなかった。ジゼルからしてみれば、逆に招かざる客なのだ。

 フィデルタとはまた違う、怜悧な美貌の男――ジゼルは、その双眸を細め目の前の光景を見た。


 己の上司は魔国で領地を持つ高位貴族であり、おどろおどろしい二つ名持ちの魔族で。

 目の前の男は、そんな魔族と、魔王を打倒せんとする人族の、自立歩行をする兵器――勇者……だとのたまっている。

 実際それなりの力はあるのだから、勇者なのかもしれないが……。当人が自分の上司に入れ込んで(当人曰く惚れ込んで)しまったのは、人族側としては予想外だったことだろう。



「まったく。どっからあの男は聞きつけてくるんだか」



 双眸を緩め呆れた様にジゼルは言うと、残っていた手摺の雪を勢いよく払い落とした。



■□■□■



 ジーン・カーシィ・ハルツフェルト侯爵が治める地、ハルツフェルト領は、冥府の森という厄介極まりない場所を保有する土地だ。

 そのハルツフェルト領が長い冬に入って数ヶ月。

 本格的な寒気を迎えれば、それこそ言葉どおりにあたり一面雪だらけになる。積もる雪が背の高さを超えるなど当たり前だ。近隣住民に予備役憲兵、また予備役候補登録者たちが、大通りの除雪作業にあたる姿が目に付く。


 だが、そんな彼らもこの日の深夜とその翌日の朝は作業の手を止める。

 晩寒月(ばんかんづき)の最終日――大晦日だ。

 如何に僻地にある領地と言え、年越しは一大行事となっている。数日前から人々は訪れる年越し準備に店を渡り、区画長達は年明けと同時に行なう大祭の打ち合わせに奔走するなど、領内全体は活気づいていた。


 ハルツフェルト領の領民にとっては、この程度の寒さはまだ序の口。この寒さにもかかわらず、何枚も重ね着をしてぶ厚いコートを着込み、首にしっかりとマフラーを巻いた人達が、挨拶回りに通りを忙しなく歩いている。

 区画役場が駆け込みで来る領民達で混雑するのも、大半の役所が仕事納めのこの時期。

 そしてそれは総悟がバイトをしている、中央区配達局も同じで――。もっとも配達局は一番遅くに納め、また早く始まる職場でもある。



「局長ー!! やっぱ手ぇ足んないですってぇー!」

「頑張れ皆! これを耐え抜けば素晴らしい新年が待っている!」

「この量でそれ言いますかぁ!?」



 宙を舞う大量の手紙や小包の隙間から、野太いおっさんからうら若き乙女といったさまざまな人物の声が響く。

 地下の配達物仕分け部屋は一言で言うと――戦場だった。


 風の魔術を使った仕分け作業には、窓口と配達担当の者以外の局員全員であたっている。それでも配達物が減る兆しが一向に見えない。これはアレか? 無限増殖の魔法でもかかっているのではと思いたくなってくる。

 部屋の隅に寄せられている、配達物が入った袋はまだ大量にある。しかもそのどれもがパンパンに膨れているのだから、たまったものではない。

 この時期は臨時アルバイトも雇うのだが、それでも捌ききれない量だ。



「ええいっ! だからあれ程年末はギリギリに投函するなと言っているだろうが! 余裕を持って、ってお母さんが何度言ったら分かるの!」

「グレイス局長! あんたどこのお母さんですか!?」



 作業の邪魔にならないようにと、栗色の髪はきっちりと後で纏まとめた頭をオリーヴは動かした。動きやすさ重視で、『副局長の紋』が入った腕章のある上着の袖はシャツガーターで止めている。キリリとした目元に、黒いフルフレームの眼鏡の向こうで、赤茶色の瞳が剣呑な空気をはらむ。

 まさに仕事ができる女であった。なまじ美人なだけに、オリーヴの冷たい視線は恐ろしい。


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