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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第20話 麗鳳―”Phoenix”―

#20


「……私の聞き間違いか? ”剣鬼ブレーダー”」


 美貌から吐き出される声は、鞘から引き抜かれたつるぎのように固く鋭かった。


 ”あの少年を、斬ります”。


 ”己が解答”をあらわとしたシオン・リー・イスルギと対峙する麗句=メイリンは、その怒りで美の概念そのものと呼べる容貌に、触れれば肌を裂くような鋭利な棘を浮かべていた。


 たける黒い瞳は、憤怒の中に”悲しみ”さえ滲ませているように見える。


「あの子供を斬るだと……? 最善だと……? 吐き違えるな、”シオン坊や”……!」 


 ズカズカと乱暴に間合いを詰め、襟首を掴んだ麗句の瞳が、シオンの凍り付いたような瞳を見据える。


 だが、まるで鉄の鎖を足首に巻き付けられたかのように、重々しい”殺気”を帯びた空気が、麗句の歩みを重くしていた。


 ……振り切れぬ何かが、”迷い”が、彼女の中に確かにあった。


「……貴女も理解しているはずです、”女王クイーン”。”創世石”の加護ブーストを遮断しない限り、フェイスレスの異能チカラには底がない。”獣王キング”ですら勝利を得られるかどうか――その”確実性は薄い”」

「………ッ!」


 冷徹にして怜悧れいりな”剣鬼ブレーダー”の言葉。


 それが理屈ではなく、”感情”で動いた麗句の胸をえぐる。 

  

「な、ならば我等が”獣王キング”に加勢し、奴を討滅すればいい……! 我等が三騎がかりで挑めば、あの男も……!」


「我々が三騎で挑み、敗れた場合……それこそ取返しのつかない事となる。その目的はまだ読み切れませんが、フェイスレスの存在はもはや世界に対する”脅威”です。”畏敬の赤”を総べる我等が敗れれば、彼を止められる者は皆無です。”天敵種”にその役目を譲るのは、あまりに分の悪い”賭け”だ――」


 だからこそ、貴女も今まで動けなかったのではないですか……?


 シオンから告げられた言葉に、返せる言葉はなかった。


 ”図星”だ。


 シオンが言った事は、そのまま麗句の思考であった。


「いま、”獣王キング”が十全な戦力を保持し、フェイスレスを食い止めている現在いまなら、あの”赤い柱”を、そのコアたる少年を斬る事が出来る。”創世石”の加護を断つ事が出来る。我等が勝利するには、”世界を救う”には、それが最も”確実性が高い”道筋です」


 麗句自身、既に理解わかっている事を、理路整然とシオンは並べていく。


 彼女を追い詰めるように、説き伏せるように。


 だからこそ、麗句は己が感情でその口舌を動かす――。


「……だが、あの子供は何も知らない、ただの子供として生きてきた無垢な少年だ! それをお前は……」


「しかし、”創世石”に選ばれる程の少年です。いまは無くとも、この先に在る未来に、適正それに相応しい”業”を背負わぬとは限りません。……いや、背負うのでしょう。ならば今――」 


 言葉が理屈で砕かれ、無残に喉奥へと呑まれていく。


 現状に対する認識は一致していても、シオンの選んだ”解答こたえ”に対する二人の見解は、割れたさかずきのように別たれていた。


「貴女もこの”世界を変え、正す”為に黒を纏い、己自身を何色にも染まらぬ黒に塗り潰したはずです。何を躊躇ためらい、何を迷うのです? 我等が目指すものへ辿り着くには、この程度のけがれ、覚悟していないとは言わせない――」

「…………」


 彼は、”同胞”として正しい事を言っている。 


 麗句はそう感じた。


 確かにそうだ。


 美辞麗句に覆われた腐食を正し、焼き払う”魔女”として、自分は充分にけがれてきた。


 あの少年アル・ホワイトだけを例外にしていい理由わけなどない。


 だが――、


「なぁ、シオン。私達はこの世界でこれ以上、何を失い、何を賭ける……?」

「………?」


 突然の投げかけに、シオンの凍り付いた瞳に僅かに人間的な色彩が戻る。


 周囲では、再び”天を往く者”、”地を穿つ者”と連結し、”機械仕掛けの覇竜シン・ギガンティス”となった”獣王キング”の鎧装が、”死邪骸装イーヴィル・デッド”と本格的に戦闘を開始していた。


 ”天敵種”の青年と、”毒蠍スコルピオ”もいまだ醜悪なまでの”死闘”を継続している。


 行動を起こすには、絶好の頃合タイミングと言えた。


 しかし、


「……私は一番に護りたかったものも、両親から与えられた誇らしい名前も、総て、ことごとく失ってしまった。賭けてきたはずの命も、溜まっていくけがれの中で、いつしか当然のように意味を失っていく。理想に到達する為の機械マシーンとして、”我等は死んでいるように生きていく”」

「…………」

 

 シオンは麗句の言葉から意識を外せなかった。


 彼女は”同胞”として正しい事を言っている。


 そう、感じた。 


「だが、それを望んだはずだ。貴女も、私も」


 シオンの五指が、腰に帯びた剣の柄に絡む。


「……そうだ。そう生きていければいいと考えていた。そうする事が私の贖罪なのだと思っていた」


 しかし、な。


 麗句の口元に僅かに苦い、そして穏やかな笑みが浮かんでいた。


「一人の馬鹿な少女がそれでは駄目だと――愚かにもこの”魔女”に言ってくれた。失ったと思っていたものに束の間でも逢わせてくれた」


 ”幸福しあわせになれ、ミザリー”。


 彼女が届けてくれた、たった一つの願いがいま、麗句の胸に響いていた。

  

「……失うばかりのこの世界で、”友”として私の前に立ち続けると、そう言ってくれたのだ」

「……………」 


 あの”仮初の適正者”であった少女の事か。


 シオンは”移動要塞”の水晶モニター越しにしかその存在を確認していない。


 しかし、麗句の声音からシオンはその存在の大きさを察知した。

 

「そんな少女の可愛い弟を見殺しにしたのでは――彼女にも、向こうで私を持つ”アル”にも申し訳が立たないよ、シオン」


 それは、麗句が内面で殺し続けてきた”内なる少女ミザリー”の声だった。


 ……誰にも出来る事ではない。


 ”女王クイーン”の心の錠を解き、”救った”その存在をシオンは確かに認識した。


「……退くつもりはないのですね」

「ああ、すまんな――」


 麗句が手にした”鎧醒器アームド・デバイス”から噴出す”畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子がその濃度を増し、巨鳥が羽搏いたが如き暴風が、シオンの脚を下がらせる程に、彼を”威嚇”する――。


 ――”死ぬ”つもりなのだ。彼女は。


 シオンはそう認識し、柄に”鬼哭石”を埋め込んだ小剣の如き、自らの”鎧醒石アームド・デバイス”をその手に構える。


「……ハッキリ言いますが、消耗しきった貴女に勝ち目はない。”女王クイーン”足る者が無駄死になど、貴女の物語の結末としては三流以下です」

「……かもしれんな。しかし」


 麗句の手に握られた”醒石せいせき”が、怯え、麗句にすがっていた”醒石せいせき”が、彼女の想いに共鳴するように、まばゆく輝く――。


「抗う術も、”彼女”は教えてくれた……!」

「……!?」 


 顕現けんげんし、重なる”奇蹟”。


 ”醒石”から爆発的に光が溢れ、吹き荒れる”あか”の嵐の中、シオンは確かに麗句が背負う想いを、赤い髪に青い瞳を持つ少女の想いを幻視する――。


 これは、


「「『双醒ダブル・アームド』……!」」

「な……!?」


 耳朶を撫でる”二つ”の声を、シオンは確かに幻聴いた。


 ”現実空間”を叩き割り、現世に顕現した黒の鎧装を銀の光が包み、新たな容貌カタチへと”再醒さいせい”させてゆく。


 破損した鎧装は修繕しゅうぜんされ、麗句にすがり、共鳴した”醒石”は銀の補助鎧装となって、新たな輝きを”断罪の麗鳳クイーン・ホーク”の黒の”神幻金属オリハルコン”に満たしていた。


 そうだ、自分が”救われた”意味はここにある。

 

 彼女の想いも、麗鳳石に宿る皆の想いも背負い、私は此処に立ち、生き抜く。


 私は此の想いに生き――此の想いに死ぬ。


「ここから先は通さんぞ、”剣鬼シオン”――」


 己が心をいた火刑台のほのおの中から、麗鳳は再び舞い上がる――。


 その翼は、”悲劇”を越えて。  


NEXT⇒英雄特別篇Ⅰ 烈光—”Silver”— 

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