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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第19話 決断―”fatal”—

#19


「やはり……濃縮された”概念”とはいえ、”死”と戯れるのは、あまり良い気分ではないな」


 黒衣に絡む白骨の如き内装具が、ギチギチと音を立て、左右非対称の醜悪グロテスク仮面マスクが、不穏な声音を吐き出していた。


 煌々と輝く橙色オレンジの右眼とは対照的に、左の眼窩は底無しの闇を湛え、橙色オレンジ唐紅マゼンダが混じったかのような液体を循環する複数のチューブがその脇に露出。


 完成された鎧装とは言い難い、残骸の如き”不完全”さが、この鎧装にはあった。


(……”死邪骸装イーヴィル・デッド”、だと……?)


 鉛に沈めた無数の髑髏を削り、組み合わせて鋳造したかのような不気味な機械的メカニカル仮面マスク


 両肩・胸部・両膝の鎧装に蠢く、世に満ちる総ての怨念と呪詛を凝固させたかのような怨嗟の顔。


 ”信仰なき男フェイスレス”が『鎧醒アームド』した、その新たな鎧装は、その外見だけでも十分に対峙する者の肌を粟立て、戦慄させるに足る”醜悪”さに満ちていた。


 ……”死”の概念が容貌カタチとなってそこにる。


 ”信仰なき男フェイスレス”の言葉通り、それが麗句=メイリンとシオン・李・イスルギが、この”死邪骸装イーヴィル・デッド”に抱いた共通の認識であった。


 そして、


(……せん、な……)


 共通の認識はそれだけではなかった。


 この”死邪鎧装イーヴィル・デッド”には、見過ごせぬ”要素”が、”謎”があった。


 彼等、”選定されしジャッジメ六人の断罪者ント・シックス”には、見過ごせぬ”要素”が。

 

鎧装ヨロイが”黒化ブラック・エクステンド”していない、だと……?)


 それは当然であり、拭えぬ疑問。


 彼等、”選定されしジャッジメ六人の断罪者ント・シックス”は等しく、”神”への”世界”への拭えぬ絶望を抱き、堕ちた”負の感情”で自らの”神幻金属オリハルコン”を黒く塗り潰している。


 麗句=メイリンが、ミザリー・L・アルメイアであった頃に味わった”悲劇”が、その最たる例であろう。


 だが、フェイスレスの鎧装それは”黒化ブラック・エクステンド”していない。


 在り得ない事だ。


 ならば、この男は――”絶望を抱いていない”というのか?


 鎧を黒で染め上げる程の絶望を知らないとでもいうのか……?


 あのような”地獄”をらぬとでもいうのか。


 疑念が麗句達の眼差しを、自然と鋭い形相ものへと変えていく。


「……そうだな、けいらの”疑問”は最もだ。……”女王クイーン”、”剣鬼ブレーダー”」

「……!」


 そして、その彼等の疑念を見透かしたかのように、”死邪骸装イーヴィル・デッド”の橙色オレンジの眼が二人を見据え、その喉に埋め込まれた発声機器が言葉を紡ぐ。


 ”死”の概念に満ちた機械的メカニカル仮面マスクから漏れ零れる声は、死霊の呻きの如く歪み、聴く者の知覚と精神を不穏に震わせる――。


「この”鎧装”は本来の私の鎧装ものではない。故に、私の黒々とした感情ものには侵されず、清廉せいれんなままだ。……最も、この鎧にこびり付いたけがれと呪いは、”黒化”に決して劣るものではないがな――」

「本来のものではない……だと……?」


 麗句の驚愕に、橙色オレンジの光の向こう側にある虚無に満ちた瞳がわらう。


「私の『鎧醒アームド』はこの”世界”に大きく負担をかけ、私自身を著しく”消耗”させる。故に――他の世界線で私が適正者となったこの”醒石”を使わせてもらう。私が持つ13の予備石の中でもコイツは強力で、悪辣あくらつだぞ――”王”よ」


 地獄の底から噴出し、自らの鎧装をも焦がし溶かす”紫煙の咎焔パープル・ヘイズ”を四肢に帯びる”死邪骸装イーヴィル・デッド”の異形が、舞台役者のような大仰な動きとともに語り、うたっていた。


 対峙する”王”は、黒鋼の巨鎧を重々しく前進させ、得物である”黒神巨槌ギガント・テイル”を大地に叩き付けると同時に咆哮する。


 ――言わば、それが”開戦の狼煙のろし”だった。


【—————————————-—————ッ‼‼‼‼‼‼‼‼】

「我が”死”と踊るがいい――”生物としての神”よ」


 下方からぐように振り上げられた”黒神巨槌ギガント・テイル”を、”死邪骸装イーヴィル・デッド”の五指を覆う鋭利な爪が迎撃し、火花を散らす。


 ”王”の剛力を受け止め得る程、”死邪骸装イーヴィル・デッド”のパワーは高く、己を砕かんとする巨槌に身を滑らせるようにして、放たれた浴びせ蹴りが、黒鋼の巨鎧を後退させていた。


kaAHHカァァア……」


 機械的メカニカル仮面マスクから漏れ零れた、歪な呼吸音とともに、咽かえるような”死臭”が周囲に拡がる。


 一瞬の攻防ではあるが、麗句達は充分に理解した。


 フェイスレスが”予備”と謳った、この”死邪骸装イーヴィル・デッド”が自分達の鎧装と比較して、全く遜色のない異能チカラを持つ事を。


 『鎧醒アームド』した”獣王キング”と互角に闘い得る事を。


 そして、


(む……?)


 麗句は足元に輝く一つの”異変”に気付く。


 足元で何かが輝き、鳴動していた。


 それは、麗句達が良くるものであり、また”使い捨てていた”ものでもあった。


 それは、


(これは……”醒獣兵インベイド”に成りそこねた、”醒石”……か?)


 ”怯えているのか……”。


 明滅する”醒石"が漂わせる、まるで自分にすがり付くような気配に、麗句は呟き、その怯える”醒石”を白くしなやかな五指で拾い上げる。


(……”怪物”に成り果てるために発掘され、助けを請い願える相手もこの”魔女”のみとは。お前も余程、運のない”醒石”のようだな……)


 慈しむように”醒石”を胸に抱き、呟いた麗句は、その口元に僅かに苦笑を浮かべていた。


 ”あの少女であれば、適任であったろうにな……”

 

 護り、遠ざける為に”観念世界”へと漂流させた少女が残した”想い”が、胸の奥をくすぐる。


 ……彼女が、自分を”救った”のは、こんなところでつまづく、うずくまる為ではないはずだ。


 ”麗鳳石”が熱く昂っているのを感じる。


 胸に抱いた”醒石”を包み込み、庇護ひごするように、”麗鳳石”は裂け折れた翼を拡げるが如くに、己が”赤”を羽搏はばたかせていた。


 本来、”麗鳳石”は”創世石”の護り石だ。


 その慈愛で多くのものを、自分を、幾重もの”奇蹟”とともに護り続けてきた。


 あの日散った、仲間達の”魂”とともに。


(”麗鳳石おまえ”も……報いたいのだな、彼女に)


 そして、この”醒石”が怯えるのも必定であるこの”現状”をどう斬り裂くか――。


 麗句は思考を深め、中々進まぬ己が肉体の治癒に歯噛みする。


 ”救済”を謳うあの”信仰なき男フェイスレス”が『鎧醒アームド』したあの予備鎧装は、明らかに”畏敬の赤アームド・ブラッドクラスに匹敵し、”赤い柱”となってしまったアル・ホワイトから注ぎ込まれる”創世石”の加護ブーストで、無尽蔵の”奇蹟”すら、その身に蓄えている。


 あの常軌を逸した”獣王キング”の”機械仕掛けの覇竜シン・ギガンティス”なる鎧装でも、万が一の”敗北”は在り得るだろう。……第一、本来の”獣王キング”の”力”は封じられているに等しい。


 極端な”概念干渉”による争い。持久戦となれば、やはり危うい。


 その上、読めないのが”彼”だ。


 ”天敵種”である青年――響=ムラサメ。

 

 ”畏敬の赤”を体内に取り込んだ、”醒石”を喰らう生物であるサガを、あの青年が克服できるか否か――それで状況は大きく変わる。


 体内の”天敵種”から伝播でんぱされる獰猛どうもうな”飢え”と、群青色の鎧装と成したそれに己が肉をまれる”激痛いたみ”。


 それに耐えながら、どれだけ”人間ヒト”としての自我を保てるというのか。


 どのようにして、この局面を乗り切るというのか――。


 だが……あの少女が愛する青年だ。信じたくもなる。


 そして、


「………………」


 麗句が思考するその間近で、同様にこの状況の打破へと思考を巡らせる者の姿があった。


 ”剣鬼ブレーダー”――シオン・リー・イスルギ。


 彼は、フェイスレスが新たに『鎧醒アームド』した”死邪骸装イーヴィル・デッド”、我羅と血みどろの死闘を続ける”天敵種”、眩暈を催すような異能を持つ巨鎧、”機械仕掛けの覇竜シン・ギガンティス”を交互に見据えながら、その表情を、眼差しを険しいものへと変えていた。


 ……何度も考えた。


 だが、結論は変わらなかった。


 出来るのか、この状況で。


 出来るのか、この自分で。


(……この”手段”は、なるべく取りたくはありませんでしたが……)


 何かを逡巡しゅうじゅんするような僅かな沈黙の後、彼の腕が、腰に帯びた”奇醒剣きせいけん氣雌羅きめら”を鞘ごと手に取り、目の前に掲げるように両の手で構える。


 己の迷いを断ち切るかのような、その動作はまるで何かの儀式のように流麗で、荘厳だった。


 それ故に、彼の動きは麗句の思考を中断させ、彼女の目を半ば釘付けにさせる――。  


「”剣鬼シオン”……?」  

「…………………………」


 言葉は聞こえない。 


 だが、シオンの整った唇が何事かを絶えず呟いていた。


 ”唱えて”いた。


 僅かに抜かれた白刃が帯びるのは、空間に漂う”畏敬の赤”を吸い上げた妖艶なる光。


 その”赤”に映る己が容貌を見据え、シオンはその腹腔へと大きく息を吸い込む。


 やがて、


「――ッ‼‼‼‼‼――」

「……!」


 散る火花。


 シオンの喉が発した、裂帛れっぱくの気合いとともに、白刃は鞘へと戻され、激しい鍔鳴つばなりが鼓膜をつんざいてゆく……!


 その鍔鳴つばなりと連動するように、彼の両耳の耳飾りが振動し、揺れる。


「……”女王クイーン”」


 ―—何かが変わっていた。


 わずかな沈黙の後、麗句へと向き直った青年は、その整った容貌に、氷塊ひょうかいの如き”冷徹”を纏い、そこに立っていた。


 その瞳は麗句の美貌から、天へと噴き上がり、”信仰なき男”へと絶えず力を注ぎ続ける”赤い柱”へと目線を移し、その内部に囚われる少年の姿を捉える。


 あらゆる”感情”を排した、その”凝視”が、麗句の背筋に得も知れぬ”悪寒”を走らせていた。


 そして、


「……貴女もわかっているのでしょう? ”女王クイーン”」

「な、に……?」


 何が正しいのかは。


 何が最善なのかは。


 青年シオンの言葉の切っ先が、麗句の喉笛へと突き立てられ、”女王クイーン”の言葉を根こそぎ奪っていた。


 青年シオンという鞘から、”剣鬼ブレーダー”という本質つるぎがいま引き抜かれ――、  


「私は、あの少年を――斬ります」

「……ッ!?」


 ”剣鬼ブレーダー”の若々しく怜悧れいりな声が、最悪の解答こたえを結実させる。


 ”赤い柱”の内部に囚われた”神の子アル・ホワイト”を凝視するシオンの眼差しはくらく、鋭く、よどみない”殺意”に満ちていた。 


 斬るべき相手を決断したつるぎが、希望ひかりを斬り裂き、絶望おわりもたらす――。

 

 抗う術は既に。


NEXT⇒第20話 麗鳳―”Phoenix”―

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