第18話 死鎧―”Evil Dead”―
#18
「フッ……クククク……くははははは……!」
【………………】
”信仰なき男”の咽頭に埋め込まれた発声機器が、雑音とともに、不穏な嗤い声を撒き散らす――。
虚ろなる瞳に”歓喜”が満ちていた。
倒すべき”敵”の顕現に。
純粋なる”敵対者”との対峙に。
(……それでこそだ、”王”よ……)
革手袋に覆われた両掌を”王”を称えるようにパチパチと鳴らしながら、フェイスレスはその包帯で秘匿された顔面から、嗤いの如き声音を零し続けていた。
大地は高濃度の”畏敬の赤”に浸され、大気は過剰に頻出する”奇蹟”によって、眩暈を催すような息苦しさを周囲の者達へともたらす。
酸素が薬品じみた臭気を帯び、肺の中に異物を詰め込まれたような不快感が、麗句に眉をひそめさせ、シオンの五指を、緊張とともに腰に帯びた刀剣の柄へと絡み付かせていた。
眼前に在るのは、尋常の鎧装ではない。
蛇腹状の長首の先にある機械龍の貌。
5メートルはあろうかという黒鋼の巨躯を飾る黒翼と、双頭の”電磁殺獣砲”。
”王”が新たに召還した鎧装と連結する事によって、誕生した”機械仕掛けの覇竜”は、気を緩めれば、”意識を持っていかれかねない”ような重圧とともにそこに屹立し、いまだ”余裕の面持ち”を崩さず、飽くまで愉し気な”信仰なき男”を機械仕掛けの眼で凝視していた。
……鎧装内の機械が絶えず駆動し、何かを探知し、蠢いている。
目には視えないが、目に視えぬところで、何かが”起き続けて”いる。
そう確信させる”音”が、”気配”が、自らが持つ”畏敬の赤”の醒石を通じて、麗句とシオンの感覚を絶えず浸食し、二人の背筋に悪寒を走らせていた。
そして――、
「……素晴らしい。見事な”力”だな、”王”よ……」
「………!」
詰まる間合。
軽率に、”王”へと足を踏み出したフェイスレスの”不遜”に、麗句とシオンの表情が強張る。
この”機械仕掛けの龍”の逆鱗に触れる行為は、誰が成すにせよ、世界の存続に関わるような”災禍”となる。そのような"直感”が、状況を注視する二人の肌を粟立てていた。
「異なる二十の”世界線”より撃ち込んだ、数百の”堕骸の骨槍”。地獄の窯より呼び起した、卿の言うところの”戯けた幻想”。その尽くがこの世に現出する前に”干渉”され、”撃墜”された――」
「な………」
フェイスレスの口舌から零れた、”自分達の認識の外で行われていた攻防”の一端に、麗句の喉奥から渇いた息が漏れていた。
ただ互いを凝視するが如き、”沈黙”の合間も激流の如く事態は動き続けている。
もはや真の意味での静寂など、この場には存在すらしないのだと、麗句達は改めて思い知る――。
「その鎧装に秘匿されている自律した機能が、自動的に”概念干渉”を感知し、調整。その害悪を次々と消滅させる。己を狙う”悪意”を座標とする為、他の”世界線”からの攻撃さえも例外ではない……」
【………………】
太い弦を皮手袋で擦ったかのような”唸り”が、”信仰なき男”への肯定であるかのように”王”の喉奥から漏れる。
自律制御システム――”機龍”。
”王”の鎧装内部で駆動し続けるそれは、いまもフェイスレスによって仕掛けられ続けている”強襲”を絶えず”分析”し、”迎撃”し続けていた。
こうしている間にも、攻撃を仕掛ける異なる”世界線”へと向け、”機械仕掛けの覇竜”の異能が閃き、轟いている――そう確信させる”重圧”が、黒鋼の鎧装から溢れ、咽かえるような”朱”で、周囲を染め上げていた。
「……畏ろしい。そして、私と相対するのに、”実に適した”機能だ。まして、その鎧装を飾るのが、かつて”人類が遺した超技術”であるならば――」
虚無を湛えた両眼が澱み、伸ばされた五指が”朱”を織り上げる――。
「私にとっても”不足”はない……」
【……………!】
顕現する異能。
”信仰なき男”が五指を闇に舞わせた瞬間、”神幻金属”で編まれた武具――亀裂の如き形状を持つ巨大な鋏、”冥府裂く咢鋏”が、現実空間を叩き割るようにして出現……!
”王”の、”機械仕掛けの覇竜”の巨躯を包囲するように、世界そのものを両断するかのように、その巨刃は轟然とその身を躍動させる。
「私の”概念干渉”が総て、”自動的”に処理できるとは思わぬ事だ、”王”よ……」
そこまで”温く”はないぞ――。
”信仰なき男”の呟きとともに、”冥府裂く咢鋏”はその咢を閉じる……!
「さ、避けろ……! ”獣王”……!」
危機を察した”女王”の叫びが届いたか否か。
”神幻金属”が噛み合う轟音とともに、まるで、空間そのものが断たれたかのように、”機械仕掛けの覇竜”の巨躯が、裂けた風景画の如く”ズレ”て麗句達の目に視認される。
だが、
【―――――———ッ‼‼‼‼‼‼‼】
「………!?」
”機械仕掛けの覇竜”――その鋼鉄の頸部から金属質な、無数の機械がひしめき合うかのような甲高い咆哮が轟き、その首が後方へ180度回転。
背後に”出現しかけていた”異形の幻想を、両眼から迸る七色の閃光で霧散させていた。
黒鋼の巨躯を両断したかに視えた”冥府裂く咢鋏”も、”王”の巨腕によってその刃を掴まれ、”神幻金属”である刀身に看過できぬ罅を走らせていた。
続け様、”機械時仕掛けの覇竜”の首がグルグルと高速回転。同時に発生した円状の防護壁が、他の世界線から撃ち込まれた数十、数百の”堕骸の骨槍”を弾き返し、無効化する。
フェイスレスにより加えられた”攻撃”の尽くを”機械仕掛けの覇竜”は攻略し、鋭利な眼光で語る。
――”温い”、と。
「フン……」
巻き上げられた粉塵と、咽かえるような獰猛な気配が、視界と五感を穢すのを感知し、フェイスレスは更なる”堕骸の骨槍”を無数の世界線から絶え間なく斉射……!
己の内部から溢れる"畏敬の赤”の光を、害獣を探知する赤外線のように粉塵の中へ張り巡らし、フェイスレスは己の苛烈なる攻撃に対する”王”の次なる動向を探る。
微細な動きも、”概念”の揺らぎも見逃しはしない――。
不遜なる”信仰なき男”は、次なる”手”にも、”策”にも、窮した様子はなく、ただ悠然と、己が黒衣を粉塵の中に佇ませていた。
しかし、
【……甘い】
「――!」
鈍い轟音が聴覚を劈き、剛力が大地に孔を穿つ。
”探知”など何の意味も成さなかった。
五感が”察知”した通りに、重い。あまりに重すぎる一撃が、その”信仰なき男”の不遜へと叩き付けられ、粉々に打ち砕いていた。
咄嗟に交差させた両腕を軋ませ、折り砕くのは、”黒神巨槌”。
”機械仕掛けの覇竜”は既にその異貌を消していた。
粉塵の中、再び人型を得た”王”の黒鋼が猛然と突進し、得物としての役割を取り戻した”黒神巨槌”を叩き付けたのだ。
「……思い切った事をする。成程、そのような運用も可能という訳か――卿の、鎧は」
他の世界線からの攻撃を”機械仕掛けの覇竜”に迎撃させると同時に”分離”し、身軽さと人型をその身に戻した”王”は、フェイスレスの懐へと一気に踏込み、”創世石”と繋がり、無尽蔵と呼べる異能を彼へと注ぎ続ける”破醒石”を砕くべく、獲物である”黒神巨槌”の柄へ渾身の力を込めていた。
それは、”機械仕掛けの覇竜”という大仕掛けを囮とした、乾坤一擲の一撃と言えた。
【……このような”賢しい”やり方も、お前達の得意とするところであったな、”小さき者”よ……】
「フン……”その括り”に私を分類るか、”王”よ……」
”信仰なき男”の膝が汚泥の中に沈み、押し返せぬ圧倒的濃度の”畏敬の赤”が、”王”の腕力とともに、フェイスレスの身体を軋ませていた。
交差した両腕を破砕した巨槌が肩口にまで喰い込む。
”破醒石”がどこに秘められているか、その在処は解らない。
だが、在処が解らぬのであれば、その身ごと断てば、磨り潰せばいい――。
その”王”の意志とともに、”黒神巨槌”が青白く発光し、六つの突起が展開・隆起する……!
【”黒門核”――”六門解放”】
【砕け散るがいい……”壊す者”よ】
――”封砕零獄”。
”生存”も、”再生”も許可しない絶対零度の監獄。
”永劫より来たる大帝”を一瞬で屠ったその秘儀が、幻想と戯れる”信仰なき男”を消滅させる絶対的な”現実”が、零距離でいま解放されようとしていた。
だが、
「……”鎧醒器”NO.13(サーティーン)を起動……」
【………ぬ?】
”異変”は、容赦なく顕現する。
フェイスレスの口舌が囁いた起動用音声とともに、電光が”黒神巨槌”を包み、”王”の腕に”痺れ”を感知させていた。
そして――フェイスレスの砕けた腕が、そのダラリと垂れ下がった腕が、水面のように歪んだ空間に吸い込まれていた。
それは——何かを”取り出そう”としていた。
【封砕零獄……起動、不能】
”ぬぅ……!?”
電光を浴びた”黒神巨槌”が、機能不全を起こしたように火花を散らし、秘儀の発動を拒絶する。
その僅かな時間。
その僅かな時間で、”信仰なき男”は既に砕けた腕の、裂けた肩口の再生と復元を完了させていた。
そして、
「……やはり、”生身”で卿の相手は荷が勝ち過ぎるな……」
「なっ……」
麗句達の喉を驚愕と戦慄が震わせる。
そうだ。
最も”見たくないもの”を手にして、彼はそこに立っていた。
その手にあるのは、無数の死に顔を蝋で固めたような白いバックル――。
適正者たる彼等の”切り札”。
”鎧醒器”を持って、彼はそこに立っていたのだ。
ならば……訪れる現象は、紡がれる言霊は唯一つ。
「――『鎧醒』……!」
「………!」
”現実空間”が硝子のように砕け散り、その奇蹟の顕現を、”鎧装”の召還を衆目へと指し示す。
フェイスレスがその言霊を発声した刹那、無数の砂塵が、土砂が怨霊の如き怨嗟に満ちた顔を描きながら、彼の五体の中へ吸い込まれていく。
まるで、その場に、世界に満ちる怨念を吸い集めているかのようだった。
やがて白骨のような白い内装服が、”信仰なき男”の全身を覆い、その上へ吸い集めた怨念を凝固させたかのような鎧装が装着されていく。
その、忌み子の如き鎧装の名は、
【――”EVIL DEAD” 起動完了】
”畏敬の赤”の光が、腰部のバックルから溢れる紫の焔と混ざり合い、異様な色彩を創り出す――。
胸部・肩部・脚部を蠢く死に顔で覆い、四肢に紫の焔を纏うその”死邪骸装”は、多くの流線で構成された機械的な仮面が、その眼部に橙色の光を宿すと同時に、纏った鎧の感触を確かめるように、右手の五指を鳴らしていた。
鎧から漂う死臭が、目視するだけで視神経を壊死させるような醜悪なる容貌が、衆目を戦慄させ、吹き荒れる”畏敬の赤”と”|紫の焔”が、この死闘がまた新たなステージに達した事を否応なく理解させる。
「ここから先は”遊興”ではない。……存分に”殺し合おう”ぞ、”王”よ」
【小賢しく吼えるか……”壊す者”よ】
状況が、一線を越える。
不遜なる”死邪骸装”の交戦の意志に、”王”の世界そのものを震わせるが如き咆哮が応える。
貴様に許す”敗北”はない――。
その身を覆う機械の奥底で、”王”の意志が蒼い死の光とともに煮え滾っていた。
この死闘の終焉に散るのは”命”か、”世界”か――。
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