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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第17話 果路―”botom"―

♯17


「Haa……流石さすがは”獣王キング”のおっさんだ。面白ぇ”隠し玉”持ってるじゃねぇか……」

「…………」


 不穏な声音が絡み付くように鼓膜を撫でる。


 それは、絶え間ない”頭痛”と”飢え”にさいなまれる、現在の響にとって、有り難いものではなかった。


 ――サソリの白骨の意匠を持つ仮面マスクの眼部で、飢えた野獣の瞳がギラついている。


 執拗な打撃によって歪んだ機械的メカニカル仮面マスク――その口顎クラッシャーの隙間から血の混じった唾を吐き捨て、我羅ガラSSダブルエスは標的である響=ムラサメへと、血の匂いが漂う、渇いた嗤い声を響かせていた。


「……こうやってよぉ、俺等は一枚、一枚、持ち札カードを切っていく。丸裸になるまで。お前の持ち札は後何枚だ……? ”天敵種”。まだまだ、まだまだ……! ”獣王キング”のおっさんみてぇに俺を滾らせてくれるんだロォ……?」

「……………」


 我羅の全身から発散される殺気に”刺激”を受けたのか、ズタズタに裂けていた群青色の鎧装が糸ミミズのように蠢き、再結合していく――。


 ……殴る蹴る刺す斬る投げる。


 実に原始的プリミティヴな戦闘を我羅と繰り広げていた、響は、損傷を負った自らの鎧装を徐々に再構築させながら、呼吸を整え、”場の関心”を瞬時に奪い去った”王”の真なる鎧装から、当面の敵である我羅へと意識を向け直していた。


(思ったより……”ヤバい”状態か)


 その自己診断は、己の体調コンディションのみに向けられたものではない。


 群青色の鎧装の奥底から湧き上がる感覚。衝動。


 響は、己に起こりつつある”変質”を実感せずにはいられなかった。


「”天敵種”、か――」


 あの機械仕掛けの龍すらも――”美味そうに”見える。

 

 己自身にまで伝染しつつある”壊音”の”飢え”と”嗜好”が、響に”己”という存在を実感させ、その喉から”天敵種じぶん”に相応しい咆哮を湧き上がらせる――。


「ヴゥウ……ヴゥオオオオオオオオオオオ……ッ!」 


 いま己が成すべき事のため、思考を白濁とさせる響の脳裏に――”彼女”の笑顔が閃く。


 いまは逢えぬ、逢ってはならぬ”彼女”の笑顔が。

 

※※※


 ――繰り返し見る"夢”がある。


 それは、忘れ得ぬ”後悔”の記憶であり、彼女の”原点オリジン”とでも呼ぶべき記憶。


 掴んでいた手。離してしまった手。


 青い瞳の中で、優しい笑みを浮かべた少年が、遥か下方の奈落へと落ちていく。


 瞬きするような一瞬、だが永遠のようにも思える長い後悔の時間が、少女の精神を白く、さいなむように、染め上げる。


 そして――無残に砕ける少年の肉体。


 その、血の”あか”。


 ”そこまで”が鮮烈な映像として、少女サファイアの脳内に刻み込まれている。


(あの時の……夢……)


 彷徨は、まだ続いていた。


 麗句=メイリンによって送り込まれた、光射さぬ暗闇くらやみ


 延々と続く、伽藍洞がらんどうの闇――”精神世界”と”物質世界”の狭間にあるという”観念世界”の中を落下しながら、サファイアは己の記憶の海の中に溺れつつあった。


 ”対峙する敵を救い、アル達を護る”。


 それを成し遂げられなかった己への罰のように、少女の精神は幾度も、その”原点”の映像を再生し続けていた。


 手を、伸ばす。


 その悔いを忘れぬように。


 もう一度、届かなかったものへと手を伸ばすために。


 心は、


 心は――まだ折れてはいない。


(戻ら……なきゃ……)


 過去の映像に囚われながらも、少女の精神は少しずつ”現実”へ、アル達の待つあの場所へ戻る術を模索し始めていた。


 いまだ自らの腰に巻かれているバックル――”ヘヴンズ・ゲイト”。


 そこに収められている”物質としての神”の力を駆使すればあるいは――、


 だが、


(え……?)


 だが、そのような思考を無に戻す事象イベントが、彼女の”脳内”で起きる。


 唐突な”異変”、が。


 脳内に繰り返し再生される映像に、”異変”が起こっていた。 


(な、何……?)


 少年の肉体が砕ける――いつもの”終点”で映像が途切れない。


 これまで、”見た事のない”映像ビジョンだった。


 黒い絨毯が視界の中に敷き詰められる。


 罅割れた硝子越しに見ているような、ノイズ混じりの映像の中に、吐き気を催すような猛烈な”負”の思念とともに、黒い絨毯のような”塊”が敷き詰められていた。


 それは”少年の残骸”をも飲み込み、さらに轟然と増殖。


 少女の知らない、見た事のない”記憶”を、青い瞳の中に上書きしていく。


(や、やめて……)


 こんな事、覚えていない。


 こんな事が、ゆるされるはずがない……!


 心えぐる”悲劇”をさらに冒涜するような惨状に、少女は声を荒げる。


「やめて……!」


 そして、


(……!?)


 いま、確かに”聞こえた”。


 耳朶を叩いたのは聴き慣れた自分の声。


 不意に、ハッキリとした自分の声が空間に響き、サファイアはハッと目を覚ます。


「え……?」


 ”光”があった。


 伸ばした自分の手と、指がしっかりと確認できた。


 さっきまでの場所とは、明らかに違う――。


 自分がいま、どういう状況にあるのか、理解が追い付かなかった。


 背中にも冷んやりとした”物体”の感触がある。


 ――凡庸で、もっとも確実な解答を用意するのであれば、それは”床”であった。


「あ、あれ……?」


 此処ココ、は一体……自分は何処ドコにいる……?


 現状を把握しようと青い瞳を左右に動かし、サファイアはいまだ半分夢の中にいる精神を”現実”に呼び戻すべく頬をぴしゃりと叩いてみせる。


「…………」


 ……確かに痛い。


 これは間違いなく、”現実”だ。


「え……ええぇ……ッ!?」


 唐突な事態に、飛び起きた少女の喉から素っ頓狂な声が漏れた。  


 周囲にあるのは、無機的なまでに整理された白い空間。


 壁面に囲まれ、奥まで淡々と細長く続くそれは、言うなれば”通路”であった。


 床の質感は固くもなく、柔らかくもない。


 平均的な”床”という情報を過不足なく実体化したような、無個性な質感であった。


 壁面は装飾も何もない代わりに、けがれ一つなくただ”純白”。


 清廉ではあるが、美しいとも感じ得ない、ただの”壁”である。


 ――”妙”だった。


 いや……何か妙なところがあるわけではないが、整い過ぎていて人の手で作られたような感触がまるで感じられなかった。


 部屋を照らす"光"も、その"光源"がまるで見つからない――。


 心なしか、何だか頭も重い。


 これは――、


【ぎ、ぎぃぃぃぃぃぃ!】

「……!?」 


 ――突然、ギターのディストーションのようないびつな音が響いていた。


 それと同時に、疑問の”解答”は、ズルリ、と頭上から滑り落ちる。


 反射的に両腕で受け止めたソレは、ウゾウゾとゲル状の身体を揺らし、円状に密集した歯牙を大口を開けて誇示していた。


(なっ……)


 肌が粟立つ程に”友好的”な見た目ではない。


 けれど、見覚えもある気がした。


 自分は……確かにこの塊を”って”いる。


 そして、少女がその解答こたえを記憶から探り当てるよりも早く――現状に思考を巡らせるよりも早く、更なる”異常”が彼女へと襲いかかる――。


【……あか……”赤”……】

(え……?)


 耳朶に絡み付く、おびただしい程の”声”。


【”赤”……”赤”……ヨ……】

「………!」


 常軌を逸した光景だった。


 目に焼き付くのは、神々しくも毒々しい――”畏れを掻き立てる”赤の光。

  

 四方の壁から赤い、まるで血に溺れたかのような真紅の腕が無数に突き出され、サファイアへと迫っていた。


 虚を突かれたためか、驚愕ゆえか、少女は一歩も動く事はできなかった。


 鎧装と人間ヒトの肉が一体化したかのような、異形の腕達は、まるですがり付くように少女の柔肌へとその五指を伸ばしていた。


 しかし――、


「ぎぃいいいいいいいいいいいいいいッ!」


 黒塊こっかい一閃いっせん


 サファイアの腕に抱えられたゲル状の黒塊が、凄まじい速度で彼女の周囲を旋回し、異形の腕達を蹴散らし――否、”喰い散らかして”いた。


 バリバリと鎧装を、骨肉を喰らうソレに畏れをなしたか、腕達は一気にその気配を消し、通路に再び静寂が訪れる。


「……げぇっぷ……」


 黒塊は、満足気に息を吐き、”満腹感”で眠気を刺激されたのか、少女の腕の上で身を丸めていた。


 そのお尻で尻尾のような小さな突起が、ソレの”上機嫌”を示すように左右に揺れている。


「き、キミ……」


 助けて、くれたの――? 


 希望的な観測だが、この”結果”を少女はそう受け止める。

 

 同時に、気付く。


 これは、響の……彼の体内に巣食う”壊音”の一部だ。


 自分の腕に絡み付いていたそれが――どういう理屈かはわからないが――”自律行動”できるようになったのが、この”個体”なのだろうと、サファイアは推測する。


(こんな時でも助けてくれて……)


 全く、もう。


(何処までも強くて、優しいんだから……)


 こみ上げる想いとともに、少女は寝息を立てる黒塊の背を撫でる。


「……決めた! ギターみたいな音で鳴いてたから、キミは”ギィ太”くんだ!」

「ギ??」

 

 突然、聴覚を刺激した少女の大声に、黒塊……”ギィ太”は身を捩り、彼女の顔を覗き込むように、大量の歯牙を生やした大口を向ける。

 

「ギターは……心に”響く”ものだからね」

「ギ!」


 特に意味も理解していないのだろうが、”ギィ太”は歪な鳴声で応え、再び彼女の腕の中で寝息を立て始める。


 それを確認し、立ち上がった少女は、延々と続くこの通路を取りあえず、真っ直ぐ進む事を選択する。

  

 まだ状況は理解も、納得も出来ていない。


 だけど、進む事は出来る。


 何が待っていようと――皆の元へ戻るために、ボクはまた進み、また手を伸ばす。


 奮い立つ心に、もう”迷い”はなかった。  


NEXT⇒第18話 死鎧―”EVIL DEAD”―   

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