第10話 漂流―”Exile”-
#10
――”夢”、だろうか。
全身を覆うのは、心地良いような、気怠いような、曖昧な感覚。
まるで泥に飲まれ、溺れているかのような感触があった。
自分の身体が浮いているのか、沈んでいるのかさえ、定かではなかった。
頭を支配するのは、酷い酩酊感。
薄く開かれた青い瞳が、伽藍洞の暗闇に満たされる。
(ここは……)
整理されない記憶の破片が、時系列を無視して、次々とフラッシュバックする。
彼女は、それを一つ一つ、朦朧とする意識の中で組み直し、やがて”現実”に辿り着く。
(ボクは……負けた)
その身を放り込まれた、”物質世界”と”精神世界”の狭間にある”観念世界”の海の中で、少女は――サファイア・モルゲンは、その”現実”を振り返り、唇を噛む。
(届いた……のかな)
自分の、あの人達の気持ちは、彼女に――麗句=メイリンに届いたのだろうか。
敗れた、敗れてしまった無念とは別のところで、少女はその事が気がかりだった。
あの人に、また余計な重荷を背負わせてしまったのではないか――そんな危惧もあった。
同時に、彼女を”殺さずに”済んだ事に、安堵もしていた。
短い一瞬に、生涯を重ねた女性は、既に”敵”という概念を越えた存在だった。
”友人”。あの共繋の中で自分は確かにそう感じ、誓った。
彼女の前に、自分は立ち続けると。
――一人にはしない、と。
そして、
(ごめん、アル……ガブ君……)
”現実世界”に残してきてしまった、弟とガブリエルの事が脳裏に蘇り、サファイアはその手をギュッと握り締める。
”泣いてなきゃ――無茶してなきゃいいな”。
誰より優しく、真っ直ぐな少年を知る姉の思いが雫となって、蒼い瞳から零れ散る――。
(響――)
そして、腕に絡み付いた、黒いゲル状の物質。そこから伝わる熱い痛みが、何故か彼を思い起こさせた。
――彼もきっと、闘っている。
アルのために。みんなのために。自分の、ために。
(悔しい、な)
悔いても、戻れない。
手を伸ばしても、届かない。
だから、彼女は祈った。
彼等の無事を、その生存、幸運を。
深く昏い、闇の奥底から響く、誰かの”呼び声”を感じながら――。
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