第04話 航路―”Missing”―
#4
虚空を轟然と泳ぐ、虚大なる蟲。
移動要塞”ディアヴォロ”。
その”管制室”と”機関室”は、”暴力”を生業とする無法者達に占拠され、なにやら生臭い臭気を漂わせていた。
地上に生きる場所を失くした”犯罪者”を囚人として、要塞内に束ねた”羅獄衆”ではあるが、その長、我羅・SSに同調した彼等は、収容施設から易々と”脱獄”を果たし、移動要塞の航行権をほぼ掌握しつつあった。
「……早かったじゃないか、ケニー」
計器類の上に腰を下ろし、管制室のモニターに映された雲海を眺めていた男は、遅れて入室してきた大男へと、風貌に似合わぬ甘い声を投げる。
白髏。
”羅獄衆”のNO2である彼は、人間の髑髏そのものを加工した白い仮面で素顔を隠し、室内の空気を入れ替えようと空調から勢い良く送られる風に、己が特徴である白髪をそよがせていた。
全身を覆う黒いレザースーツには、アクセントのように白い羽毛が添えられ、奇異ながらも、どことなく秀麗な印象を見る者に与える。
対して、ケニーと呼ばれた男は、溶接工のようなフェイスガードで顔面こそ隠しているが、それ以外には装備らしい装備は持たず、”丸腰”であった。
だが、それで”充分”と認識させるような、鍛え抜かれた肉体を男は持っていた。
どんな”鎧装”や”武具”よりも説得力を持つ”鍛錬”が、男の筋肉質な肉体に満ちていた。
「”百騎《鬼》衆”の連中……退くのが早すぎる。何一つ決着は着かなかった」
ケニーと呼ばれた男――”羅獄衆”のNO3、ケニー・オルテガはそう告げると、拳にこびりついた血液を振り飛ばす。
”脱獄”を果たした開放感からか、”痴態”、”嬌態”を晒していた囚人達は、管制室に現れた、筋肉質の男の気配に、姿勢を正し、直立して彼を迎え入れていた。
それもそのはずである。
ケニーは”脱獄”を果たした自分達を追ってきた、”百騎《鬼》衆”を迎撃する任を負った男。
そして、それを成し遂げると”信任”された男だ。
その”力”は全ての囚人から恐れられ、同時に崇められている。
「……奴等も”怒れる羅漢"を前に、ようやく”畏れ”を識ったか。あるいは、方針の”軌道修正”をしたか。まぁ、どちらにせよ、真実は一つしかない――」
――俺達をこのままにしておいたほうが、間違いなく”彼の地”へ辿り着ける――。
白髏が告げた、その言葉を立証するように、数分前から戦闘に類する”音”は、移動要塞内から消え去り、不穏なまでの静寂が徐々に拡がりつつあった。
そして、印刷されたばかりの資料が、苛立ちを孕んだ吐息とともに、ケニーへと投げつけられる。
「……航路データを見たが、全くもって信じ難い。冗談のような話だ」
白髏の甘い声音に僅かに畏れが、苛立ちがにじむ。
「俺達が”管制室”を占拠する以前から、この”移動要塞”は人知れず、”彼の地”へと向かっていたらしい。ここにいた人間を幻惑し、気付かぬ内に操るような、”畏るべき”力によって――」
「”畏敬の赤”……」
ケニーは呟き、自分達の”主”が消えた、モニター越しの虚空を眺める。
彼等の主である我羅・SSも、他の三名の大幹部も、”羅獄衆”が管制室を占拠するのとほぼ同時に、雲海へと”消失”した。
その安否を知る者はいない。
だが、彼等が”無事”である事は当然だった。
問題は、彼等が何処へ向かい、何をするのか、だ。
「結論は一つしかない。この局面で、あの方々が行きたい、行かねばならない場所など一つしかない。元老院にとっては由々しき問題だが、あの方々の部下である俺達には、特に”囚人”には関係がない。俺達のやりたい事もまた、一つしかないからな――」
”組織”の成り立ちには、多くの”政治”的な目論見が入り組んでいるが、実働員である彼等にとっては、”組織”の方針よりも、志を共にする”主”の動向が優先される。
彼等の目的は唯一つ。
主の元へ馳せ参じ、主が目的を達成する礎となる。
”創世石”なる”物質としての神”を制するその道筋となる。
それだけである。
移動要塞内で待機する”羅獄衆”、”百騎《鬼》”衆”、”業煉衆”の目的は、ほぼその一点で共通していると言えた。
そして、彼等の主が牽制し合い、”六竦み”となっているのと同様に、誰が味方となり、誰が敵となるかもわからない、この現状では、それぞれの持つ戦力が友軍として”有益”となる可能性もある。
ここで下手に潰し合い、無駄に戦力を浪費する必用はない。
そんな暗黙の了解が、移動要塞内に漂う、不穏な空気の中に満たされつつあった。
(………)
その”暗黙”に頷いたのか。
あるいは、”彼の地”に辿り着くまで、”羅獄衆”にはこれ以上の”動き”はないと見たか、幾つかの”影”が”管制室”から密かに姿を消す。
”忍”と呼称される諜報員達は、自らの行動を次の段階へと移行させる。
”武”を極め、”奇跡”に至らんとする”百騎《鬼》衆”の精鋭たる彼等は、要塞内の誰にも悟られることなく、策謀を蜘蛛の巣の如く張り巡らせていた。
そして、移動要塞の腹部に建造された”塔”状の居住区――其処のほぼ最深部に位置する”獣爾宮”でも一つの策謀が進行していた。
「……本気かよ。本気でイカレた野郎だな、オイ! ”羅獄衆”よりも完全に”反逆行為”だろ、コレ」
「――だが、”妙手”でもある。この行為によって、我々は”彼の地”で、”王”の傍らに立つ事が出来る」
”獣王”の双腕である、”業煉衆”のNO2とNO3、閻王と甲王は、金銀の鎧装に覆われた腕を組み、その組織への”反逆”とでも呼ぶべき行為を”見逃して”いた。
”道化師”ジャガー。
そう呼称される”業煉衆”の参謀格たる”自動人形”は、その銀色の般若面にも似た頭部からケーブルを伸ばし、移動要塞内に張り巡らされた端末に接続。
”電子頭脳”による侵入・データの改竄によって、移動要塞の進路を”彼の地”へと完全に固定させていた。
これにより、”羅獄衆”が何者かによって、”管制室”を奪還されたとしても、移動要塞の航路が変更される事はない。
駆動系をも手中に収めた”電子頭脳”は、移動要塞を全速力で”彼の地”へと向かわせていた。
金銀の鎧装の下で、閻王と甲王の身体にブルっと”武者震い”が走る。
予感があった。
”人類を超えた生物”としての本能が、何事かを、この移動要塞が進撃する先にある”乱”を予感していた。
”組織”が発足して以来、最大の、そして、閻王達が知る最大の”乱”がそこにはある。
それは、恐らく確実だった。
そう――、
「フン……」
そして、その”乱”の中心に立つ、”信仰なき男”は、”彼の地”でその土を踏みしめる。
その傍らには、五名の〝同胞”が立ち、対峙する者達の思考を、慄然と白く塗り潰す。
彼等が奏でるのは、いかなる始まりか、あるいは終わりか。
この惑星の歴史が、また一ページめくられる――。
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