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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第02話 開幕―”trap”―

#2


「響兄ちゃん……!」


 祈り、託すような少年の叫びが木霊し、麗句によって再び空間に穿たれた”穴”が、あらゆるものの”吸引”を再開していた。


"軍医ドクトル”戦で死亡した”戦闘員シャグラット”の死体をも容赦なく飲み込み、"穴”は次第にその輪郭を、規模を拡げてゆく――。


「くっ……!」


 岩肌を蹴った靴底が砂利を跳ね上げていた。


 弾丸の如く疾駆した響の肉体は、いまにも”穴”へと飲み込まれてしまいそうな少女へと、その腕を伸ばす。


 文字通りの”死線”であった、”銀鴉ジャック”、”実弟ブルー”との苦闘を潜り抜けてきたのは、この瞬間、この一瞬のため。


 ”人間ヒト”としての自分をくれた、この場所まちと――彼女サファイアを救うためだ。


 だから、


(サファイア、いま……!)


 いま助ける……! 


 万感の想いとともに、響の指先が、サファイアの肌に触れ――、


【い た だ き ま す ❤】

「……!?」


 触れようとした、その瞬間――響の腕は”変化へんげ”していた。


 異形のそれに。


 禍々しく、黒々とただれた皮膚を持つそれに。


 よだれのような体液を垂れ流す、獣の口のような形状フォルムに。


「なっ……」


 同時に、”どうしようもない”感覚が、響の脳髄に溢れ出す。


 飢餓。空腹。熱情。


 駄目、だ。


 どうしようもなく――オマエガ、タベタイ。


「……よさんか! 愚か者が!」

「……!」


 その、まさに一瞬だった。


 麗句の凛然とした声音とともに、振るわれた短刀型の”鎧醒器アームド・デバイス”が、響の”腕だったもの”を裂き、散らす――。


 だが、


【グググ……ギヤヤヤヤ……!】


 ”欲望”に、”食欲”に狂う”壊音ソレ”は、その一撃に怯むことなく、裂かれて細くなったその身を、触手のようにして、横たわる少女へと喰らいつかんとする……!


 ”肉欲”。”食欲”。


 響の意識を白濁とさせる程に、脳髄へと流れ込む”壊音”の”欲望”が、彼の腕を、四肢を縛り、痺れさせる――。


「く……おおおおおおおッ!」

【ギッ……!?】


 だが、”宿主あるじ”は――響はそれを許さない。


 驚愕と”壊音”の凶暴な”衝動”に、一瞬、意識を奪われかけたが、少女サファイアの危機と、”壊音みずから”への怒りは、彼を咆哮とともに正気へと戻す。


 半ば反射的に、背の鞘から村雨を引き抜いた響の左腕は、迷いなくそれを”もう一方の腕”へと振り下ろしていた。


「あ……!」


 その場面シーンを目撃したアル達の表情が蒼白となる。


 鮮血とともに、断たれた響の右腕――”壊音”の魔獣の大口は、岩肌を転がり回りながらも、牙の隙間から耳障りな嘲笑をまき散らしていた。


 ダラダラと赤い血を垂れ流す響の右腕だが、響に”痛み”を感じている暇はない――。


「サファ……」

【甘いナぁ……】


 だが、再び少女の元へ駈け出そうとした響の耳元で、首筋から湧き出した”壊音”が囁く。


 黒いゲル状のそれは、響の動きを封じるように、自らをロープ状にして、彼の四肢へと絡みついていた。


 その隙に、断たれた大口から千切れた”壊音”の一部が、地を這うようにして飛び上がり、横たわる少女の柔肌へと”喰らい”つく――。


「ぐっ……があああああああああああ!」


 駄目だ、駄目だ……!


 ”壊音”の一部がサファイアの肌に絡み、へばりつき、しゃぶり尽すように赤い血を啜り、嗤う――。


 その刹那も、サファイアの体は、徐々に”穴”へと近付き、渦巻く”虚無”の中へと飲み込まれつつあった。


 ”吸引”にも、”捕食”にも、抗う力を失くした少女の手が力なく、響の視界の中を揺れる。


(ダメ、だ……)


 自分は掴まなければならないんだ。


 あの手を、拳を固めるにはあまりに優しすぎるその手を。


 そのために、ここまで来たんだ。


「サファイア……ッ!」


 村雨によって裂かれ、血と肉の塊となった”かつて右腕だったもの”を、響は必死で彼女へと伸ばす。


 喉が、肺が、愛する者の名をありったけの声量で吐き出していた。


 だが、


「退がれ、馬鹿者……!」

「……!」

 

 その瞬間、麗句の渾身のタックルが、響の長身を押し倒し、傷口から溢れ出した”壊音”が明後日の方向へと飛び出す。


 ……”彼女”を狙っていたのは明白だった。


「く……止められんか!」


 麗句の表情に焦りが見えた。


 明後日の方向へと飛び出した黒いゲルの塊――”壊音”は、空中で方向転換し、一直線にサファイアへと向かって牙を剥いていた。


 もはや響の意思でも、どうする事もできない――。


「姉ちゃん……!」


 少年の悲痛な叫びが轟く中、黒い塊が”爆ぜ”る。


 それが意味するところは――、


【ギッ……!?】


 その光景を目にした誰もが、目を見開いていた。


 ”壊音”の牙は少女に届くことはなかった。  


 ”穴”の吸引によって吸い寄せられた”鉄の塊”が、その半身が、彼女を抱き、しっかりと”防護ガード”していた。


 ――”エクシオン”。”機械を超越した機械エクシード・マシン”として、”相棒バディ”として少女と共に軍医ドクトルと戦った”彼”が、その残骸が彼女を抱き、護っていた。


搭乗オー……ナー


 雑音ノイズ混じりのその音声こえを、アルは確かに聞いた気がした。


「あ……」


 そして、その鉄塊は”穴”へと飲み込まれる――。


 彼女を抱いたまま、”壊音”の、″天敵種”の捕食から逃れるように。


 毒々しい赤が空間に滲み、裂けた空間を縫い合わせるように、”穴”を閉じ始める。


 やがて、容器に入れられた水が、底に開いた穴に吸い込まれるように、”赤”が空間へと溶け込み、”穴”は完全に消失する――。


 それは、”彼女”との繋がりが、完全に絶たれた事を意味していた。


「くっ……あああああああッ!」

「……!」


 響の無念が、怒りが、破損した右腕を大地へと叩き付け、岩肌を砕いていた。


 喰い縛った歯は噛み砕かれ、噛み裂かれた唇からは血が滴っている。


 そして、その破損した右腕へと、斬り落とされていた”壊音うで”が地を這いながら、”合流”し、再結合。人間ヒトとしての腕を瞬く間に再生させる。


 同時に、響の脳に、五感に、”壊音”が味わった”甘美”が、”芳醇”が溢れ、ぜていた。


 これは……”彼女の味”だ。


「……見ての通り、ご覧の有様だ。”天敵種”」

「……!」


 麗句の溜息を孕んだ、憐れみに満ちた声が、響の鼓膜を撫でる。


「お前の精神が味わう”苦悶”や”痛み”と、”醒石”を糧とする”壊音ソレ”にとって、”彼女”は至上の供物だ。その肉と五臓六腑には、”創世石”の力が染み込み、喰らえば、お前の”苦悶”が香辛料スパイスとなって、その”美味”を彩る」

「………」


 聴く響の、再生した右手は血を滴らせる程に握り締められていた。


 重力に抗っていた”膝”は折れ、汚泥の中に身を沈めている。


 俯き、前髪に隠されているが、その瞳が憔悴に曇っている事は、想像に難くない――。


「お前の意思が介在する余地はあったか? お前に奴を抑える余地があったか? そんなものはありはしない。お前は奴を”獲物”へと運ぶ荷車。その局面が来れば――容赦なく奴は喰らい、奪う。だからこそ、ブルーにお前を止めて欲しかったのだがな」


 あるいはブルーに淡い期待を抱かせるような男だったか。

  

 あの子が、自身の認めぬ者を易々と通すはずがない。


 己の”信頼”を根拠に、麗句はそう推測する。


 それ故に――”憐れ”ではある。


「……だが、安心しろ。”危なかった”が、事は成った」


 だからこそ、麗句は艶やかな唇を開き、次の言葉を告げる。


 己が、真意を。


「いずれ、”彼女”は、無傷のまま、お前たちに返還かえす事になるだろう――」

「な、何……?」


 予期せぬ言葉に、響もアルも、すぐに二の句を継げなかった。


 類いまれなる美貌に、真摯な表情を浮かべ、麗句は”彼女”と絆を紡いだ者たちを見据えていた。


 その唇が謡うのは甘い”誘惑”か。あるいは鋭利な刃物の如き”進言”か。


 あるいは――、


NEXT⇒第03話 開幕―”Trust”―

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