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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
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第01話 開幕―”love&hate”―

#1


「そのから離れろ、”女王クイーン”――」


 深紅のコートを想起させる戦闘服は泥に汚れ、無骨な銃器を握り締める指には、乾いた血が絵の具のように張り付いていた。


 長時間に渡る戦闘の”疲労”ゆえか、その片膝は、重力に抗うようにわずかにくの字に曲がっている。


「フン……」


 そして、銃器を向けられた”魔女”は動じる様子もなく、黒衣のマントを夜の闇にそよがせる。


 ところどころに裂傷を負った、青年の端正な顔立ちは、目の前に立つ黒衣の”魔女”を、鋭い両眼とともに見据えていた。


 銃器を構え、引き金に指を乗せる青年は、響=ムラサメ。


 対峙する”魔女”は、麗句=メイリン。


 邂逅を果たした二人は、視線をぶつけ合いながら、互いの”気配”を探る。


 互いの”目的”を果たすために、互いの動きを制すために。


 青年の呼吸は荒く、ここに辿り着くまでの、彼の”必死”を推察させる。


 ”魔女”も平静を装っているが、額に薄く滲んだ汗が彼女の疲弊を物語っている。


 飽くまで状況は五分と五分。


 響はそう判断し、いまにも”疲労”に奪われそうな意識を研ぎ澄ます。


「響…兄ちゃん」

「……!」


 そして、鼓膜を震わせた、か細い”弟”の声が、響の意識をアルの方へと向けさせる。


(アル……)


 ”無事に避難しているはずだ”と、自分に言い聞かせてはいたが、そうはならなかったようだ。


 栗色の髪は乱れ、泥に汚れ、衣服はところどころ裂けてしまっていた。


 露出している肌はすべて擦り傷と痣だらけになっており、彼もまた、”戦い”の中にあったのだと、響の視覚が理解する。


(無茶をさせてしまったな……)


 噛み締めた唇から血が滲み、僅かにくの字に曲がっていた片膝が奮い立つように、大地にその脚を伸ばす。


(そして……)


 響の赤の瞳は、もう一人――少女サファイアを護るように、麻痺した体を必死に起き上がらせようとしている幼竜ガブリエルの姿も捉えていた。


 この子もまた、アルとともに戦いの中にあった……この状況に抗ってくれていたのは間違いない。


 響は実感する。


 二人の”無茶”という礎の上に、自分の”到着”はあったのだと。


「……驚いたぞ、まさかブルーを突破してくるとはな」

「……!」


 そして、”魔女”の――麗句=メイリンの玲瓏なる声音が、”睨み合い”という膠着へと静かに切り込む。


 足を踏み出したわけでも、何か大仰な仕草をしたわけでもない。


 だが、確かに自らを圧する”威厳”のようなものを、響は確かに知覚していた。


 これが”女王クイーン”か――。


 自らが打倒したブルーが仕え、敬う存在の”大きさ”を、自らの肌がヒリヒリと感じっていた。


「……”離れろ”と言った。この距離だ。眉間を撃ち抜く程度の事は容易い」

「不意打ちでもない限り、そんな”玩具”で私は斃せんよ。そんなものに頼らねばならん程、疲弊しきったお前には酷な話だとは思うがな――」

「そうか――」


 ドウッ!、と。


 自らの警告に動じぬ麗句へと、大型の銃器から鉛玉が数発発射される。


 ”強化兵士カスタム・ヒューマン”用に造られた大型拳銃だ。


 まともに喰らえば、腕が千切れ、脚が吹っ飛ぶ。


 だが――、


「……!」


 麗句の言葉どおりに、弾丸は全て、見えない壁に遮られ、空しく岩肌へと転がり落ちていた。


 何らかの”奇蹟”が彼女の周囲には働いているらしい。


「……今のは防がずとも、私の皮膚を削る程度の軌道であったな。甘い男だ」

「……”絶望的に甘い”。アンタの部下にはそう評されたな」


 ブルーとの会話を思い出し、響は苦笑する。


 確かに麗句の言う通りだった。


 ブルーとの戦闘で、何度も死に至り、再生を果たし続けた”ツケ”は、拭い難い”疲労”となって、響の全身を蝕んでいた。


 やはり、あれは”同種”との交戦を前提とした”例外イレギュラー”だったのだろう。


 体内の”壊音カイオン”はブルー戦での疲弊ダメージゆえか、不気味な程に”静か”だ。


 四肢が痺れたように震え、満足に動かないような現状を鑑みれば、銃器に頼らざるを得ない――。


 そう判断したが、それも”無力”と知れた。


 ならば――、


「……近付くな!」

「……!」


 足を踏み出しかけた響を、麗句の突き付ける剣先の如き声音が制する。


「その場に踏み止まるのならば良い。それ以上、踏み込めば――お前も、彼女も、無事では済まない。そこが、お前の”分岐点”だ」

「………」


 重い沈黙が、響の唇を、喉を塞いでいた。


(辿り着いたところで、”彼女にとって最も恐ろしい敵”になるだけだ――)


 ”女王クイーン”に敗れ、眠る少女を見つめた響の脳裏に、そんな言葉が、よぎる。


 だが、


 だが、それでも、


「確かに……俺はそのに近付ける、そばにいられる存在ではないのかもしれない」


 ”醒石”と――ジャックの肉を喰らった感覚が五感に蘇り、響の四肢をぶるっと震わせる。


 これは――己自身への”恐怖”か。


 響は、それを鎮めるように、自らの呼吸を落ち着けるように、握り締めていた銃器を、腰に括り付けていた拳銃嚢ホルスターへと戻す。


「だが、俺は”人間ヒト”でなくとも、”人間を護る存在モノ”であり続けると決めた。爺さんが――サファイアがくれた”人間ヒト”としての俺を信じると決めた」


 響は対峙する”魔女”へと告げ、かつて、恩人である長が差し伸べた、ぶ厚い手の平を掴んだ、己が手を見つめる。


 そうだ。


 この手が掴むのは、この手が護るのは、いま”魔女”の足元に倒れ、眠る、心優しき少女の未来。


 そう、信じた。


 幼い自分と、ブルーが憧れた、あの”正義の味方”のように、自分は――、


「もう……迷いはしない」

「……救えんな」


 響の脚が確固たる意志とともに踏み出され、麗句の手が短刀型の”鎧醒器アームド・デバイス”を構える。


「響兄ちゃん……!」


 祈り、託すような、少年の叫びが木霊する。


 ――その瞬間、空間に再び、”穴”が開き、あらゆるものの”吸引”を再開する。


 麗句が空間に再び穿った”穴”は、周囲に散乱していた、”軍医ドクトル”戦で死亡した”戦闘員シャグラット”の死体をも次々と飲み込み、形振なりふり構わぬ様相を呈していた。


 このままでは、彼女も――いや、彼女だけは……!


 焦燥と決意が、青年の肉体を突き動かし、弾丸の如く疾駆させる。


「サファイア、いま……!」


 いま……助ける!


 万感の想いとともに、響の腕が少女の目前まで届く。


 そして、


【い た だ き ま す❤】

「……!」

 

 暗闇の中、”悪意”が嗤った。


 想いは――裏切られるのか。


NEXT⇒第02話 開幕:後編

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