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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
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第24話 蒼く輝く―Safaia―

#24


 荒涼とした岩肌に、蒼い光が降り注ぐ。


 光を帯びた黒い鋼に、月光の花が咲く。


 空間を支配する”朱”がわずかに霧散し、その間隙に蒼の光が拡がっていた。


 その光の中で、黒い鎧装、その仮面の奥に灯るくらい光が少女サファイアを見る。


「届ける、か……」


 口内で少女の言葉を反芻し、麗句は僅かに目を背ける。


 目の前に立つ少女の御姿すがたがただ、眩しかった。


 両腕に十字クルスを模った大型の盾。


 鎧装の上に羽織られているのは、光を透過する素材で編まれた布状の装具、”蒼天の透衣ブルー・ソーマ”。


 託された想いを、鎧として結実させた、アルファ・ノヴァの――サファイア・モルゲンの姿は陶然とする程に美しい。


 ――当然かもしれない。


 そこにある輝きは、この少女の”心”そのものだ。


「――サファイア・モルゲン」


 麗句=メイリンは、黒の鎧装を前進させ、その輝きをしばし凝視する――。


 そして、


「フン……!」

「……!」


 やがて、その鉄爪が己が鎧装を抉る程に固く握り締められ、その”拳”が、無造作に、十字型の盾を殴りつける――!


 衝撃で後退した脚部鎧装が、砂埃を巻き上げていた。


「麗句……メイリン」


 盾の”加護”によって損傷ダメージと呼べるものは、何一つなかったが、麗句の意志は伝わった。


 戦う事しか知らぬ”心”の――麗句=メイリンなりの返答だった。


「大したものだ、私の友の声を聞き、その想いを鎧と成してみせる。それは……”畏敬の赤アームド・ブラッド”とは関わりのない、お前だけの”奇蹟”」


 見たところ、目の前の鎧装から感じる力に、”畏敬の赤”の要素はほとんど感じられない。


 蒼の追加鎧装によって修繕・再醒した鎧装は蒼く輝き、その光で麗句を包み込む。


 ――温かい。


 ”畏敬の赤”の粒子には、覚えることのない感覚だ。


「麗句=メイリン……もし、"聞こえて"いるのなら」


 優しい、悲しげな声が耳朶を打つ。


 だが、その声に、麗句は機械的メカニカルな仮面を横に振り、応える。


「”幸福”――それは、私が目指すものとは最もかけ離れた位置にある概念だ」


 例え、創世石でもその概念に干渉する事はできない――。


 固い意志が、機械的な仮面の奥に、緑色の光となって宿っていた。


 ”魔女の吐息ジャンヌ・ダーク”を発動させた時と同じように、麗句はその両腕を広げてみせる――。


「だが、お前のその"鎧醒きもち"には応えよう」

「――!」


 その瞬間、麗句の鎧装を覆うほのおが、鎧装内部から噴き上がるように勢いを増していた。


 残された力の、残り一粒まで搾り尽くすような”燃焼”を、サファイアはその姿から感知する。

 

 同時に岩肌を蹴った、”断罪の麗鳳クイーン・ホーク”の四肢は、一部鎧装を排除したことにより、起動した”戦騎ヴァルキュリア”モードの美麗な造形とともに、超高速でサファイアへと迫る。


 より騎士鎧然とした”戦騎”モードの造形デザインの中で、より"異形"として際立つ鉄爪が、白銀の鎧装を鮮やかに――、


「む……?」


 裂くことはなかった。


 白銀の鎧装を、千々に裂いたかに見えた鉄爪は空を切り、麗句の視界の中で、白銀の鎧装が数体に”分身”していた。


 光を透過する素材で編まれた布状の装具――”蒼天の透衣ブルー・ソーマ”が閃光を放ち、己の視覚に影響を与えている事を、鎧醒によって磨ぎ澄まされた、麗句の超感覚が感知する。


 ……どこまでも優しい娘だ。


 この鎧は、”相手を傷つけぬ”事に特化している。


 状況を理解した麗句の、次手の選択に迷いはない。


 麗句の左腕部鎧装が剃刀が逆立つかのように展開し、毒々しい”畏敬の赤アームド・ブラッド”の光が焔のように溢れだす――!


「”我異端にしてマイ・ブラッディ・神を穿つ朱ヴェンジェンス”――!」


”畏敬の赤”の焔が渦を巻き、躍動した掌とともに岩盤を叩き割る。


 同時に生じた地割れが、”蒼天の透衣ブルー・ソーマ”が生み出した”幻像”を次々と飲み込み、跳躍し、逃れた”本体”を、麗句の瞳が捉える。


 すぐ様、新たな”幻惑”が麗句の視覚を襲うが、一度、標的を捉えた”鷹”の目を欺くことはできない――。


「舞え――”女王クイーン”!」


 己の鎧装を鼓舞するように言葉を発し、麗句は標的へと弾丸のように飛翔する。


 背部鎧装を吹き飛ばすようにして、迸る朱の粒子が、大仰な四枚羽を描き、禍々しくも美しく夜空を彩る。


 標的への接近とともに、右腕部鎧装が朱く発光。”本命”と呼ぶべき一撃の発動を予告する。  


「”今度”は耐えられるか――? 私の”全霊”をッ!」

「”耐える”! ”届ける”……!」


 ”我異端にしてマイ・ブラッディ・神を穿つ朱ヴェンジェンス”――!


 麗句の右腕部鎧装が、”ロック”を解除されたかのように、無数の剃刀(かみそり)が逆立つかのように展開すると同時に、ほとばしった”朱”の光を、十字クルスを模った盾が受け止め、拮抗させる――!


「くうう……あああっ!」


 ”蒼醒の十字盾エクス・ガーダーウルト”の十字クルスが展開し、その中央にある六角形のパーツが、蒼い光を放ち、周囲を染める”畏敬の赤”を、蒼く、青く塗り潰してゆく。


 視界を白く染める程の光が溢れ、二人の思考は瞬時に――同時に飛翔した。


※※※


(こ…こは……)


 気づいた時、サファイアは花咲く丘の上にいた。


 覚えがある。


 ここは、共繋リンクの中で見た、最初の景色。


 麗句が、かつてミザリーが失い、取り戻した”カウランの丘”の景色だ。


 そして、これは幻。


 この丘が最も美しかった頃の――”彼女”の記憶に鮮やかに咲く、過去の幻影だ。


「れい…く」


 丘の頂上にいる彼女へと発した声は、自分が思っているより幼い声だった。


 ……そうか。


 いまはサファイア自身も、幼い”あの日”の姿となっている。


 あの男の子の手を離してしまった、自分にとっての”始まり”の日の。


 恐らく、いま自分”達”は心の形、そのままの姿となっている。


 その幼い少女が、丘の上に座り込んでいる、同じように幼い頃の姿をした彼女れいくへと声をかける。


「麗句……ミザ、リー」

「私は死んだの、でもいなくならないの……」


 そっと本来の名で呼んだサファイアに、麗句ミザリーの幼い声が応える。


 震え、弱々しく掠れた声音が、サファイアの耳朶を打つ――。


「父様も…母様も…みんなもいなくなっちゃったのに……私だけいなくならないの」

「………」


 悲しげな声が、悲しい言葉を紡いでいた。


 足元の花を踏まぬよう、気を付けながら、幼い麗句へと歩み寄り、サファイアは彼女へと言葉を贈る。


「麗句さん、あのね」


 だが、 


「黙れ……! 死にぞこないの乙女ガキが」

「――!」


 突然、幼い少女の手がサファイアの喉笛をとらえた。


 涙に濡れ、震えていた可憐な花は、鋭利な刺を持つ薔薇へと変貌していた。 


 豹変したのは、”気配”だけではない。


 幼い麗句の全身に、火傷の痕のような痣が浮かび上がっていた。

 

 ――そうか。


 先程までの少女は、麗句の内に眠る”ミザリー”。いまここにあるのは、それを覆う現在の彼女――その心を、自ら火刑にくべた、”魔女”を名乗る麗句=メイリンだ。


「まったく……嫌になるよ、こいつは肝心な時にいつも騒ぎ出す。めそめそ、めそめそと――!」


 ”ミザリー”の声から耳を塞ぐように、麗句は怒鳴り、サファイアを睨み付ける。


 ――サファイアは理解する。彼女はこうして、己の声からも耳を塞ぎ、生きてきたのだと。


「……泣いたって、いいじゃないか。ううん、泣きたいのに、泣かないのは……一番、辛いことだよ」


 自らの咽元を掴む麗句の手に、そっと指を添え、サファイアは告げる。

 

「泣いてることに気付けなくなっちゃう……心が、壊れちゃうよ――」

「……」


 指先から伝わる温かさに、喉元を掴む力が弛む。


 ”共繋リンク”にも似た、この現象によって”心”と”心”が直接、触れあっているに等しいこの状況では、心を偽ることは難しい。


 これも、あの”鎧”の力なのか――。


 少女サファイアの心が、その声が、”魔女”の心を揺らす。 


「ああ……壊れている。いや、壊れなくてはいけないんだ、私は――」

「麗句……さん」


 麗句の手が、少女の咽から離れ、その足はゆっくりと膝を折り、地面へと座り込む。


 その彼女の瞳に、自分が起こした”暴力”によって、踏み散らされた花々の姿が映る――。


「この丘を見ろ、この美しい丘が……”あのような結末”を迎えてしまう。父と母が、血を流し、手にした平穏も、結局――新たな流血で散らされてしまった。私が起こした”解放戦線”の戦もまた然りだ」


 そう語る麗句の瞳に、悲しみが凝固したかのような陰りが満ちていた。


 幼い瞳を黒く染めるそれは、涙を零せぬ程に昏く、冷たく、彼女の瞳を凍り付かせているように見えた。


「”煌都”の取り繕う美辞麗句では、どうしようもない程、世界は乱れている。……いや、奴等が取繕おうとする度に、世界はまた軋み、歪み、あるべき姿から遠ざかってゆく」


 その一端があの”悲劇”。


 恐らく、あのような”悲劇”がいまも、世界のあちこちで頻発している――。


 覆い隠され、”何もなかった”事にされている、多くの”悲劇”が。


 その事が人の心を乱し、世界を病ませてゆく。


 それは、長い旅路の中で、サファイアも認識していた事だ。

  

「――劇薬ではあるが、偽りの”秩序”を壊し、”混沌”から世界を組み直すのも、確かに一つの”正義”。文字通り、”血”を”血”で贖う、鬼畜の所業よ。”鎧纏う血液アームド・ブラッド”……確かに我等には相応しい名だ」


 ほぼ同様の内容を喜々として語った、”軍医ドクトル”とは異なり、麗句の言葉には、声には苦渋が満ちていた。

 

 それが、彼女の選択だった。


 ”魔女”となり、”外道”に堕ちても、世界を変える――あの日、彼女はそう”選択”したのだ。


「でも、本当のあなたはそれができる人じゃない。心が悲鳴を上げているのに無理をして――本当のあなたは誰よりも優しいのに」


 これまでの交錯の中――幾度となく感じた、その”答え”をサファイアは告げる。


 だが、麗句はあくまで首を横に振り、瞳を閉じる。


「だからこそ、私は”壊れ”なくてはならないんだ。この”容れ物”に心はいらない。私は世界を正すための”剣”であればいい。一個の”駒”であればいい。――そうでなくてはならないんだ」

「……」


 ”駒”という言葉に、サファイアは直感する。


 恐らくは、彼女の”女王クイーン”という称号は、チェスの駒からとられている。


 ”王”を勝利へと導き、玉座に就かせるための最強の”駒”。


 それが”組織”が彼女に求める役割。


 しかし――それをあえて演じる彼女が認識する”王”が、”組織”だとは限らない。


 世界が正された後、”組織”がその玉座に座る価値を持たなかったのなら、彼女はきっと――、


「止まれ、ないんだね」


 実感とともに、言葉が少女の咽から零れた。


 そうだ。


 麗句=メイリンの内に宿る”修羅”は、言葉で容易くせるようなものではない。


 それは、彼女が歩んできた軌跡の集積であり、生きている事の”理由”そのものだ。


「ああ……歩み続けるしかない。それが、私の贖罪だ」  


 それが、私の……、


 そう続ける言葉には、傷口から溢れる血液で描いた文字のような痛切さがあった。


 だから、


 だからこそ――少女は”馬鹿な真似”をした。


「え……?」


 何が起きたのか、わからなかった。


 何かを言いかけた麗句の唇を、あたたかな感触が塞いでいた。


 触れたのは唇と唇。


 キョトンとした幼い麗句の瞳に、無邪気な少女の笑みが映る。


「お返しだよ、あの時の!」   


 唇を合わせ、そう告げた少女の手が、呆気にとられる麗句の手に、踏み散らされてしまっていた、花の一輪を握らせていた。


 他愛のない悪戯が、童心を擽る。

 

 花の茎は折れていたが、花びらは散ることなく、麗句の手の内で健気に咲いていた。


 その花びらから朝露が涙のように零れ落ちる――。


「どんなに荒れても、踏み躙られても、あなたの心にはこんなに綺麗な花が咲いている。ボクは、それを守りたい。ボクに願いを託してくれたみんなのためにも――」


 少女の温かな指が、花を握る麗句の手に添えられ、そっと握り締められる。


 不意に覗き込んだ少女の笑顔は、日差しを吸い込んだ青い瞳が青空みたいにキラキラしてて――太陽おひさまみたいに眩しかった。


「止まれないなら、ボクが前に立つよ。何度でも、何度でも、ボクがあなたの前に立つから」

 

 それは、麗句の”選択”に対する、少女サファイアの”選択”だった。


 心からの、言葉だった。


「あなたの贖罪には、みんなの願いが、ボクの気持ちが寄り添うから。あなたが進む道の先には、ボクがいる――あなたは一人なんかじゃない」


「あ……あ……」


 麗句の手から、その頬から、首筋から、火傷の痕が消えてゆく。


 ”魔女”から”少女”に戻った、麗句ミザリーの咽から、幼い、嗚咽にも似た声音が漏れる。


「私は……一人じゃないの?」

「うん、ボクが――傍にいるよ」


 力強い、お姉ちゃんの声が、泣きじゃくる幼い少女にそう告げていた。


※※※


「だから――いまは止めるよ! ミザリー!」


 ”共繋リンク”に似た現象の終了とともに、十字の盾は二つとも砕け、爆散していた。


 盾を失い、”蒼天の透衣ブルー・ソーマ”を排除パージしたアルファノヴァは、天高く跳躍し、その腰部のバックル――”ヘヴンズ・ゲイト”から朱い光を迸らせる――。


 それは、発動と同時に必中を確約された”奇蹟”の一撃。


「おおおおおおおおおおおお!」


 対する麗句も、彼女の想いに応えるかのように、蹴撃を放たんとするサファイアへと飛翔する。


 展開した両腕の鎧装から噴き出す焔は、翼のように、罅割れ、砕けかけた鎧装を彩る――。


「姉ちゃん!」


 戦闘を注視する少年の声が響く中、全てが朱く染まる。


 夜明けまで後数時間というこの瞬間ときに、”決着”は訪れた。


 最後に立っているのは果たして――、


NEXT⇒第25話 涙。 

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