EXTRA 内なるもの
#24-a
(本当に彼女が”適正者”なのですか……? この有様で――)
閉め切った部屋の扉の向こうから、訝しげな声が漏れ聞こえていた。
……無理もないな。
あの”悲劇”の後、この移動要塞へと居を移し、”女王”の称号を与えられた少女は、その状況を肯定し、自室のベッドへとその顔を埋める。
鼻腔に蘇る血臭をごまかすように、強い酒をあおり、眠りに逃げては悪夢にうなされる。
そんな事を幾度繰り返したかわからない。
肌の血色も悪くなり、艶やかだった黒髪もろくに梳かれることもなく、ただ雑然と頭皮を覆っている。
迎え入れた側からすれば、酒に溺れた唯の小娘にしか思えぬのも道理であろう。
「よろしいですかな、”女王”殿」
だが、どのような場所にも、例外や度を越した”お節介”というのはいるものだ。
ノックの後、半ば強引にドアを蹴破り、姿を現したのは、獅子の鬣のように髭を生やした、精悍な男だった。
無遠慮にベッドの上に腰を下ろし、近くに転がっていたグラスを手にとった男は、うつ伏せたままの少女へと顔を向け、豪放な笑みを浮かべる。
「酒というのは”毒”にも”薬”にもなる。一人閉じ籠っての酒宴など毒の極み。小生がお付き合い致しましょう」
――結果から言えば、この男は死んだ。
組織に身を置いた少女の初めての部下であり、仲間であった彼も、世界の軋みに身を飲まれるようにして命を落としてしまった。
もしもう少し長く関係が続いていたならば、あの”若き教主”の時よりも恋慕の情に相応しいものが芽生えていたかもしれない――そのような戯言を思いつけるくらいには、少女はこの男を好いていた。
故に、また深く傷ついていた。
喪失は、常に彼女の傍らにあった。
彼女の傍らに立とうとする者は、指の隙間から零れ落ちる砂のように、その命を儚く散らせていった。
例外は、ブルーとシャピロ、あの二人だけだったと言える。
(――お前自身の力が招いた事だ。その御光にあてられ、のぼせた力なき者どもが、ふるい落とされ、朽ち果てるのもまた道理であろう――)
あの顔のない男の言葉が、蛆のように、蛭のように、麗句の心に巣食い、少しずつ腐敗させてゆく。
そして、失う度に泣きじゃくり、己の足にすがりつく、内なる少女を麗句は殺し続けてきた。
”女王”としての鉄の仮面を、その美貌の中にはめ込み、組織を統べる魑魅魍魎達を相手にするための笑みを、表情を繕う彼女は、確かに”魔女”であって、かつての”少女”ではなかった。
しかし――
(しぶといな、お前も……)
内なる少女が、ミザリー・L・アルメイアという少女がまだ、自分の中に生き続けているのを、麗句は認識している。
あの度し難い少女は、いまも自分の中にいて、何事かを自分へと語り続けている。
だが、それを聞き取る術はない。
彼女の言葉に”耳を貸す”には、いまの自分はあまりに穢れすぎた。
(……前へ、進むか。お前も、私も)
そう呟き、麗句は戦場へとその軍靴を向ける。
喪った命を、わずかでも前へと進めるために。
世界という理不尽に、彼等の命の対価を払わせるために。
わずかでも、この爛れた時代を修正するために。
そして、その歩みの最中、出逢った青い瞳に、麗句は己の未来を占う。
(サファイア……モルゲン)
孤独な魂が、眼前の彼女を――その青い瞳を見据えた。
NEXT⇒第24話 蒼く輝く―Safaia―