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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
73/172

EXTRA 内なるもの

#24-a


(本当に彼女が”適正者”なのですか……? この有様で――)


 閉め切った部屋の扉の向こうから、訝しげな声が漏れ聞こえていた。


 ……無理もないな。


 あの”悲劇”の後、この移動要塞へと居を移し、”女王クイーン”の称号を与えられた少女は、その状況を肯定し、自室のベッドへとその顔を埋める。


 鼻腔に蘇る血臭をごまかすように、強い酒をあおり、眠りに逃げては悪夢にうなされる。


 そんな事を幾度繰り返したかわからない。


 肌の血色も悪くなり、艶やかだった黒髪もろくに梳かれることもなく、ただ雑然と頭皮を覆っている。


 迎え入れた側からすれば、酒に溺れた唯の小娘にしか思えぬのも道理であろう。


「よろしいですかな、”女王クイーン”殿」


 だが、どのような場所にも、例外や度を越した”お節介”というのはいるものだ。


 ノックの後、半ば強引にドアを蹴破り、姿を現したのは、獅子の鬣のように髭を生やした、精悍な男だった。


 無遠慮にベッドの上に腰を下ろし、近くに転がっていたグラスを手にとった男は、うつ伏せたままの少女へと顔を向け、豪放な笑みを浮かべる。


「酒というのは”毒”にも”薬”にもなる。一人閉じ籠っての酒宴など毒の極み。小生がお付き合い致しましょう」


 ――結果から言えば、この男は死んだ。

 

 組織に身を置いた少女の初めての部下であり、仲間であった彼も、世界の軋みに身を飲まれるようにして命を落としてしまった。


 もしもう少し長く関係が続いていたならば、あの”若き教主”の時よりも恋慕の情に相応しいものが芽生えていたかもしれない――そのような戯言を思いつけるくらいには、少女はこの男を好いていた。


 故に、また深く傷ついていた。


 喪失は、常に彼女の傍らにあった。


 彼女の傍らに立とうとする者は、指の隙間から零れ落ちる砂のように、その命を儚く散らせていった。


 例外は、ブルーとシャピロ、あの二人だけだったと言える。


(――お前自身の力が招いた事だ。その御光みひかりにあてられ、のぼせた力なき者どもが、ふるい落とされ、朽ち果てるのもまた道理であろう――)


 あの顔のない男の言葉が、蛆のように、蛭のように、麗句の心に巣食い、少しずつ腐敗させてゆく。


 そして、失う度に泣きじゃくり、己の足にすがりつく、内なる少女を麗句は殺し続けてきた。


 ”女王クイーン”としての鉄の仮面を、その美貌の中にはめ込み、組織を統べる魑魅魍魎達を相手にするための笑みを、表情を繕う彼女は、確かに”魔女”であって、かつての”少女”ではなかった。


 しかし――


(しぶといな、お前も……)


 内なる少女が、ミザリー・L・アルメイアという少女がまだ、自分の中に生き続けているのを、麗句は認識している。


 あの度し難い少女は、いまも自分の中にいて、何事かを自分へと語り続けている。


 だが、それを聞き取る術はない。


 彼女の言葉に”耳を貸す”には、いまの自分はあまりにけがれすぎた。


(……前へ、進むか。お前も、私も)


 そう呟き、麗句は戦場へとその軍靴を向ける。


 喪った命を、わずかでも前へと進めるために。


 世界という理不尽に、彼等の命の対価を払わせるために。


 わずかでも、この爛れた時代を修正するために。


 そして、その歩みの最中、出逢った青い瞳に、麗句は己の未来を占う。


(サファイア……モルゲン)


 孤独な魂が、眼前の彼女を――その青い瞳サファイアを見据えた。


NEXT⇒第24話 蒼く輝く―Safaia―

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