表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
72/172

第23話 願い事、たった一つだけ

#23


(――もう泣かないで、アル。ボクはもう、全然、大丈夫なんだから)


 蘇る遠い日の記憶。


 姉の優しい声が、耳の奥で響く。


 あの日、子供達だけで街はずれまで遊びに出かけた自分は、野犬の群れに囲まれ、初めて”死”を意識するような危険に直面した。


 そこに、どこで拾ってきたかもわからないスコップを手に、駆けつけてくれたのが彼女――サファイア姉ちゃんだった。


 自分達を後ろに下がらせて、一人、野犬に立ち向かう姉の姿は、いまも鮮明に覚えている。


 何とか野犬を追い払った時、姉の綺麗な白い肌には幾つも傷が残されていた。


(ごめん……姉ちゃん、ごめん……!)

(へーき、へーき♪)


 自分達のせいで、ケガをしたに等しい姉に泣きながら謝る自分達に、彼女は優しく笑み、力こぶを作るようなポーズでおどけてみせていた。

 

 どこまでも優しい人なんだ。


 強い、人でもある。


 何かに悩んでいても、苦しんでいても、困っている誰かの手を掴むその手は、力強く、温かい。


 彼女が――選ばれた”救世主メシア”だと言うのなら、そうなのだと思う。


 そう、なのだと思う。


「そうなの、かな……」


 ……いや、いや違う。


 彼女は”そんなもの”じゃない。


 彼女は――、


「クッ……!」


 白銀の機甲を纏った姉が、目の前を跳ね飛ばされていく。


 『鎧醒アームド』はかろうじて維持されているといっても、指先までボロボロの鎧には、もはや戦闘を継続するだけの余力はないように思われた。


 だが……だが、それでも姉は、麗句=メイリンの鎧装に組み付き、その度に跳ね飛ばされながらも、果敢に挑み、戦闘という名の”対話”を続けていた。


「”救う”とは――大きく出たな、サファイア・モルゲン!」


 凛と、戦意に磨ぎ澄まされた声音が、鼓膜を震わせる。


 麗句が発動させた”魔女の吐息ジャンヌ・ダーク”の影響で、概念干渉は全て無効化され、純粋な肉体の、戦闘技術の競い合いでしか決着は付かない状況となっている。


 だが、互いに疲労が蓄積し、五体満足とはいかない現状にあっては、それもささやかな状況の一つに過ぎない。


 気力と矜持と信念。


 勝負をわける要因があるとしたら、恐らくそんなものでしかない。

 

「だが、私は、私の心は、魂は、そのようなものは欲していない。私が欲するのは、アレを繰り返さぬ、繰り返させぬ”未来”――。この”黒い鋼”に誓ってな!」


 無残に最期を迎えた”友”達の血肉によって黒く染まった鎧装が躍動し、なおも己に取りつこうとする、白銀の機甲を蹴り飛ばす。


 だが、心の臓を破るようなその一撃を受けてもなお、少女の心は折れなかった。


 その踵は踏みとどまり、その手は黒の脚甲を掴む。


「”罰”を求めて、”罪”を重ねても……終わりなんかないよ」

「何……?」


 砕けた機械的メカニカルな仮面からわずかに覗く、蒼い瞳が麗句を見据え、告げる。


「ボクには、あなたがあの”悲劇”を繰り返さないために、自分を貶めているように思える。世界を変えるって気持ちとは別のところで、あなたは……自分を無理矢理、黒で塗り潰してる」


 そう、感じる。


 己が過去を見せた少女の言葉に、”女王クイーン”の動きが僅かに止まる。


 それをさせたのは、感傷か、悔恨か。


「……知った風な口を利く。まぁ、”知った”のだから当然かもしれんな。だが、それも所詮、美辞麗句――」


 脚甲を掴む少女の指を、膝蹴りのような形で振り払い、麗句は黒々とした鉄爪を躍動させる。


「冥府の鈴を鳴らすだけだ……!」 


 鉄爪が鎧装を削り取り、少女の皮膚を容赦なく掻き毟る。


 鋭い痛覚いたみとともに、鮮血が視界を舞い散るが、少女は微動だにせず、あえて続く一撃をも、その身に受け止めた。


 一撃、二撃、三撃、四撃。


 容赦なく重ねられる連撃も、無抵抗のまま、その身に受けた少女に対し、麗句はその苛立ちを舌先に乗せる。


「貴様……っ!」


 ガッ、と。


 鈍い衝撃が、鎧装を通し、伝わる。


「………!」


 相手に、ではない。自分に、だ。


 鉄爪が届くより先に、交差した白い拳が鷹の貌を模した仮面を揺らしていた。


 鼻骨をし折るような、強烈な拳だった。


 脚甲を掴んでいた少女の手は握られ、いま拳となって構えられていた。

 

「……そう、なんだね」

(なっ……)


 罅割れたレンズの中に、対峙する鎧装の御姿が映し出される。


 ”神幻金属オリハルコン”で鋳造された鎧装は罅割れ、砕け、大きく亀裂を走らせた機械的メカニカルな仮面は、割れたバイザーの奥に蒼い瞳を覗かせている。


 溶け、捻じれたようにひしゃげ、ボロボロとなった腕部鎧装は、その内部に在る”聖翼の光剣フェザー・ブレイド”を二度と羽搏はばたかせる事はない。


 白銀の脚甲も、亀裂が裂傷のようにささくれ立ち、剥がれ落ちそうな程に疲弊している。


 少なくとも、天女のように軽やかに舞う姿をそこから想起する事はできない。だが、


(何故、だ……)


 そんな、そんな鉄屑のような鎧装を前に、麗句は――”怯む”自身を認識していた。


 後退る――そんな自分の動作を彼女の踵が感知する。


(麗句……メイリン)


 そして、”女王クイーン”の頑なさを悟った少女は、”説得”の手段を覚悟する。


 届けるために、今一度、拳を握ることを。 


 少女は、”託されたもの”を一つも零さぬよう、その手の中に強く握り締める――。


「――わかった。言葉が通じないのなら、”心”で殴るよ」

「………」


 凛と芯の通った、無垢な決意が心を撫でた。


(……本当に、強い少女だ)


 己を見据える、澄んだ蒼い瞳に、麗句はそう実感する。


 多くのけがれを見てなお、真っすぐ、前を見ることができる――。


 アレを見て、まだ”理想”を語ることができる――。


 そんな娘だ。尚更、潰さなくてはならない。


 こんな娘の手に”奇蹟”が握られていて良いわけがない。


 それはいずれ――、


「……了解した。ならば私も晒そう。堕ちた魔女の、”ありのままの”姿を――」


【――”戦騎解放ヴァルキュリア・モード”――】

 

 黒の鎧装から不穏な電子音声が鳴り響く。


 疲弊し、罅割れた一部の鎧装が、老化した皮膚が剥がれ落ちるように、排除パージされていた。


 そして、麗句の指が鷹の貌を模した仮面を掴み、その内部にあった、”鎧装の素顔”とでも呼ぶべき”もう一つの仮面”を露出させる。


(なっ……)


 サファイアはその仮面の美しさに息を飲んでいた。


 古い神話に語られる、戦場において死を定め、勝敗を決するという戦乙女。


 その乙女が纏う仮面があるとすれば、こういうものかもしれない――。


 自らのものと同じく鋭角的なパーツで構成された、その仮面は少女にそのような感想を抱かせた。 


 美貌の化身たる麗句には、相応しい装束、容貌と言える。

 

「”魔女の吐息ジャンヌ・ダーク”と”戦騎ヴァルキュリア”モードの同時解放。――誇るがいい、”剣鬼ブレーダー”の坊や辺りが相手でもない限り、ここまでの事はしない」


 魔女は笑み、そのタップを鳴らす。


「踊るぞ、”救世主メシア”――」

「……!」


 瞬きすら許されぬ程の一瞬。


 麗句の踵が岩肌を蹴ると同時に、美麗なまでの造形を持つ黒の鎧装が、複数の残像を伴って少女サファイアを包囲する。


 分身したかのような――『鎧醒アームド』によって得られた”超感覚”でも捉えられぬ程の速度で躍動した麗句の肢体は、遠慮なしに少女の身体を蹴り飛ばし、その手にした”朽ち果て呪われし聖槍エッジ・オブ・ロンギヌス”で、アルファノヴァの白銀の鎧装を裂き、貫いていた。


 どこか内臓を損傷したのか、口内には血の味が満ちる。


「くっ……!?」


 罅割れ砕けた機甲を密集させるように、両腕を重ね、身を丸める事で少女は、嵐のような連撃をかろうじて受け流す――。


 麗句の攻撃には一切の容赦がなかった。


 少女を平伏させるために、反撃の余地を見出せぬ程の苛烈さで、ボロボロになった白銀の鎧装をより粉々に、サファイアの柔肌を覆う”強化皮膜アンダースーツ”が露出する程に、打ち砕いていた。


 その様はまさに巨大積乱雲スーパーセル


 あらゆるものを飲み込み、砕く竜巻トルネードだ。

 

 だけど、それは――、


「……やっぱり、だ」

「なっ……?」

 

 予期せぬ手応えに、麗句の戦乙女ヴァルキュリアの仮面から驚愕の声が漏れる。


 少女の手が、自らの鎧を砕き、肌を抉らんとした槍の矛先を捕らえ、掌底のような型で弾き飛ばしていた。


 ――その一撃で、かろうじて”再機醒リ・アームド”を果たしていた”朽ち果て呪われし聖槍エッジ・オブ・ロンギヌス)”は砕け、細かな金属片となって、黒の鎧装の中に吸い込まれる。


「貴女には、ボクを殺す意志はない――全ての攻撃は”急所”を外してる。ボクの中にインストールされた”戦闘技術”だけで捌けるくらい、正確に」

「…………」


 圧倒しているはずだった。


 二人が対峙してから、もっとも優位な時間がいまのはずだった。


 だが、少女の蒼い瞳はこれまでで最も強く、麗句の心を射抜く。


「貴女こそ――ボクを殺さずに”幕を引ける”と考えてる。そんな優しい人に――!」

「黙れ――!」


 少女の言葉から耳を塞ぐような声音が、麗句の喉から漏れていた。


 感情とともに乱雑な軌跡を描く鉄爪が、少女の肌を裂き、鮮血を散らす。


「負けない……! 絶対……!」


 だが、数百の戦場を生き抜いてきた”女王クイーン”も呆れるほど、この少女もまた頑な。


 伸ばすその手に、迷いなどなかった。


「……すごい……」 


 アルと共に状況を見守っていたガブリエルは、感嘆と驚嘆にその喉を震わせていた。


 あの”麗句=メイリン”を相手に、五分の状況を作り、”説得”すらも試みる。


 とても、”仮初の適正者”に成し得る事ではない。


 麗句=メイリンの名は、創世石の護り里――ガブリエルの故郷である”ラ=ヒルカ”にも轟き、本来であれば、創世石を護る役割を持つ”麗鳳石”を所持する、最も”畏れるべき敵”として認識されていた。


 その彼女に、この辺境で出会った一人の少女が肉薄し、勝負の行方が読めないというところまで追い込んでいる――。


 そして、そこに至ったのは、創世石の、鎧装のスペックゆえではない。


 この”結果”は、彼女の人間としての”想い”、力ゆえのものではなかったか。


「本当にすごい……彼女こそ本当の”救世主メシア”かもしれない。本当に”創世石”を正しく扱い導く、真の担い手――」


 例え、”本来の適正者”ではないとしても、そう信じられる。


 自分は、”ラ=ヒルカ”は彼女に”創世石”を届けるためにあった。


 そう実感できる。


 サクヤ達の、去ってしまった人たちの想いすら鎧として背負って立つ。


 そうだ、彼女こそが――、


「……そんなんじゃないよ」

「えっ……?」


 己の感動を素直に言葉としたガブリエルは、隣に立つアルからの意外な言葉に、思わず目を丸くする。


 そんなガブリエルにアルは、麗句=メイリンへと、がむしゃらに手を伸ばす姉を見つめながら、言葉を続ける。


「上手く言えないんだけど……たぶん、姉ちゃんに当てはまる言葉はもっと他にある気がするんだ。あの鎧を着た姉ちゃんは確かにすごいけど、姉ちゃんはずっと前から、俺が会った頃からああだったから……」


 言葉を紡ぐ度に、野犬の群れから助けてもらったあの日の思い出が、彼女と出会ってから、これまでの軌跡が、アルの胸に蘇り、溢れた。 


 同時にたまらず潤んだ瞳を、泥と埃に塗れた手がごしごしと擦る。


 見るんだ、しっかりと。


 涙なんかで曇らせちゃいけない。


「姉ちゃんは……ちゃんと相手の心を見て、その人が泣いてたら、真っすぐ向き合って一緒に悩んで。何にでも一生懸命で、力が入りすぎて、お皿割ったり、ダイナミックにコけたり――無茶もするけど、それはいつも誰かのためで。感激屋で、涙もろくて……でも笑顔が最高に素敵で。特に天気の日は、青い瞳が青空みたいにキラキラしてて、みんな見るだけで元気になるんだ――」


 そう語るアルの顔は、この状況にあっても自然と笑んでいた。


 それ程までに、例え記憶の中にあるものでも――彼女の笑顔は”宝石サファイア”のように、少年の心を照らす希望ひかりだった。


 辺境ここに移り住んで間もない頃、塞ぎ込んでいた彼を助けてくれたのは、紛れもなく彼女の笑顔だった。


「素敵な、人だね」


 その少年の笑みに、ガブリエルの心も自然と安らいでいた。


 そうさせる彼女の大きさに、一つ納得もする。


 ――そうか、だからこそ彼女は”本来の適正者”ではないのかもしれない。


「そうなんだ、当たり前に素敵な――”救世主”なんて、大げさな呼び方、似合わないくらい、どこにでもいるような、だけど、実際にはどこにもいない……そんな素晴らしい人なんだ」

  

 ただ、当たり前に傍にいて欲しい人。


 力ではなく、心で周囲を照らす、穏やかな光。


 その人に、相応しい呼び名があるとするならば――、


「そう……俺の、"自慢の姉ちゃん"なんだ」


雄嗚オォッ!」

「――!」


 黒の鎧装……その黒翼が羽搏はばたき、纏うほのおを火の粉と散らす。 


 そして、その黒翼の一片――”短剣ダガー”のような形に変形した、一枚の羽が麗句の手に握られ、それは渾身の突きとなって、少女の両腕による防御ガードを弾き、跳ね上げた。


 ”がら空き”となった腹部……内部に”物質としての神”を孕んだ腹部バックルへと、”羽剣アーラ・コルヌ”の矛先は突き立てられ、深くめり込む。


 ”創世石”にまでは至っていないが、天使の遺骸のような彫像オブジェには、”羽剣アーラ・コルヌ”の刃が深々と喰い込み、彫刻刀を押し込まれた粘土のように、その造形を歪ませていた。


「く……う……!」


 麗句の黒の腕部鎧装を掴み、押し止める少女の両腕が、刃を押し込む麗句の腕力に屈すれば、”物質としての神”はその身を裂かれ、刃を腹に受けた少女の腸は、無残に掻き回されるだろう。


「……わかるはずだ、サファイア・モルゲン」

「……!」


 肌を刺す刃から伝わる容赦ない痛みに、麗句=メイリンの声音が絡まる。


 その声は魂から零れ落ちたかのように、静謐な、深淵な響きを伴って少女の胸へと届く。


「ここから先には、”このようなもの”だけが延々と続く。いくらお前自身が光り輝いていようと、その存在がいかに無垢で、清く正しくあろうとも――その”奇蹟”はお前を、周囲の者どもをそのままにしておかない。お前も聞いたはずだ。彼等の……最期の声を」


 黒の腕部鎧装を掴む少女の手に、わずかな”震え”が伝わる。


「私にはまだ……聞こえているよ」


 麗句の喉奥から漏れ聞こえたのは、ひどく、悲しい声だった。


 機械的な仮面に覆われて見えないが、その表情は”あの時”と同様に、涙に覆われているように思えた。


 そして、それは、”最後通告”でもあるように思える。


 少女に自分と同じ道を歩ませぬための。


 ”あの日”を再現させぬための――心からの。


 だが、


「……がうよ」

「何……?」


 だが、少女の桃色の唇は、その”最後通告”を拒んでいた。


 麗句の腕を掴む、少女の手は、より”確固たる”意志を持って、麗句の”羽剣”を、その勧告を拒んでいた。


「違うよ……違うよ、”ミザリー”!」

「――!」


 捨てたはずのその名前に、黒の鎧装が僅かに硬直したその瞬間、白銀の腕が”羽剣アーラ・コルヌ”を腹部バックルから引き抜き、膝に叩き付けるようにして、完膚なきまでに折砕く――。


「貴女は”あの日”を悔いる中で……その耳を塞いでるんだ。貴女を思う大切な人達の、その本当の気持ちから」


 言葉を発すると同時に咳込んだ少女の口内から、機械的メカニカル仮面マスク口部フェイスガードから血塊が零れる。


 それを手の甲を覆う鎧装で拭い、少女は麗句へと、その足を一歩、踏み込む。


「貴女が見せてくれた”過去”には、貴女以外の――あの優しい人達の視点がたくさんあった。何故だと思う……?」


「……”麗鳳石”の、醒石の特性だ。あの日々の中で、皆の意識を”麗鳳石”が無自覚に取込み、私の記憶を”仮想現実”として再現する際に、それを使用したのだろう」


 そこに意味などない。


 毅然と紡いだかに見えるその言葉だが、声だけは僅かな震えを隠せずにいた。


「――ボクもそう思った。思ってた。だけど、だけど違う。ただの意識の欠片なら、彼等の思いがこんなにもボクに届いて、残ってるはずがない。貴女と鋼と鋼を重ねて――わかったんだ。ボクに”あの日”を、貴女の”過去”を見せたのは……貴女の意志”だけ”じゃない」


 黒の鎧装と重なる度に、胸に響く”意志”があった。


 それは少女があの共繋リンクの中で、何度も受け止めた想いだった。


「”麗鳳石”には、今も”あの人達”の想いが生きてる。耳を塞いだ貴女にそれを届けたくて――彼等はボクに、その想いを託したんだ」


「そんな……わけがない」


 機械的な、戦乙女の仮面から、”女王クイーン”の艶やかなそれではない、消え入りそうな、”あの日の少女”の声が漏れていた。


 その彼女へと、サファイアは手を伸ばし、その五指をぎゅっと握り締める。


「あの時、あの子の手を離してしまった……何も掴めなかった この手だけど、託されたものは離さない。その託された願いは――諦めない!」


 いま少女が手を伸ばすのは、いま少女が拳を握るのは、アルのためでも、大好きな町のためでも、愛する人のためでもない。


 たった一つだけ、たった一つだけの、その願いを届けるためだ。


 ――幸福しあわせになれ、ミザリー。


 その、たった一つの。


「『双醒ダブル・アームド』――!」


 言霊の発声と同時に、蒼い光が、腰部鎧装に組み込まれたバックルから溢れ、著しく疲弊した白銀の機甲へと染み込むように、その輝きを増してゆく。


 損傷した鎧装を補修するように、蒼の追加鎧装が鎧装内に組み込まれ、”創世の新星アルファ・ノヴァ”を新たな御姿すがたへと再醒さいせいさせる――。


 ”軍医ドクトル”戦の時とは異なり、両腕には十字クルスを模った大型の盾、”蒼醒の十字盾エクス・ガーダーウルト”が構築され、さらに導師服、あるいは陣羽織のように、光を透過する素材で編まれた布状の装具が、『双醒』を果たした鎧装の上に羽織られていた。


 ”蒼の護壁ブルー・イージス”。


 今は戻らぬ命、その願いを新たな鎧とした少女は、鎧装を通し、己に満ちる想いを噛み締めながら、その再醒した鎧を麗句へと一歩また、歩ませる。


「必ず届けるよ……麗句ミザリー!」


 サファイア・モルゲンと麗句=メイリン。


 二人の最初の邂逅――その”決着”の時がいま訪れようとしていた。 


NEXT⇒幕間 内なるもの

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ