表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
69/172

第20話 躊躇いの先へ

#20


「……おい」

「……!」


 耳朶を撫でる柔らかくも、凛とした響き。


 大地に横たわるブルーがその目を開いた時、そこにあったのは、どこか不安げな、そして、己の目覚めに心底ホッとしたような、やや間の抜けた兄の表情だった。


 まだ四肢を動かすことはできないが、人間として”生存”できるだけの肉体の再生は果たされているようだ。


 当然、戦闘などができる状態ではない。


 そうなるには、少なくとも、後1~2時間の休養が必要だろう。


「随分、気持ちよさそうに寝てるから、逝っちまったのかと思ったぞ。加減できる程……俺もアレになれていないからな」


 そう言って響は、黒の鎧装に覆われていない、人間ヒトとしての己の掌を見つめる。


 呆れた話だ、とブルーは思った。


 ……この程度まで回復するまでどのくらいの時間が経過したのかはわからない。

 

 だが、二、三分の短い時間でないことは確かだ。


 その時間を、この男は待っていたという事になる。


 それは、彼の本来の目的とは相入れぬ愚行だ。


「律儀な……いや、絶望的に甘い男だ。その間に、お前が愛する”彼女”は殺されるぞ。”女王クイーン”の手によってな」

「血を分けた兄弟を見捨てて駆けつけたところで、アイツは喜ばない。……いや、むしろ叱られるだろうな、こっぴどく」


 頬を掻きながら答えた響は、”叱られる”という部分で怪訝な表情をしたブルーに、わずかに口を尖らせて続ける。


「……ああ見えて怖いんだぞ、本当に」

「ふっ……」


 先ほどまでの戦闘が嘘のような、兄の有様に、ブルーの口内から自然に笑いが漏れていた。


 感性が、心が、幼いあの日に帰っているのかもしれない。


 いまこの瞬間だけは。


 響自身もそれを感じているのか、わずかな躊躇いの後、名残惜しさを振り切るように踵を返す。


「……俺はもう行く。お前が言うように、お前のご主人は相当にヤバそうだからな……」


 ブルーとの”共鳴”の中で、響もまたその情報を得ていた。


 彼女のその”過去”、その”力”の断片を。


「最後に……いや、いい」


 何かを尋ねようとした響の唇が閉じられ、その足が彼女のもとへと歩みを始める。


 けれど、ブルーにはわかった。


 わかる、気がした。


 その背を見送る蒼い唇がそっと言葉を紡ぐ。


「アンタは……女の子を助けるために死んだ」

「……!」


 響の足が止まり、その端正な顔立ちがブルーへと振り返る。


「名も知らない子だ。そんな子を助けるために死ぬ。アンタは……そんな奴だった」


 "昔の自分は、どんな人間だった……?"


 そんな、押し殺した自分の問いを、察したかのような実弟(ブルー)の言葉に、目頭が熱くなる。


 そうか……。

 

 ブルーからの言葉を噛みしめるように瞳を閉じ、響は何かをふっ切ったかのような、柔らかな笑みとともに弟へと告げる。


「ありがとう」


 その言葉とともに、走り出した響の背中に、ブルーは思う。

 

 ”天敵種”として彼女のもとへと向かう響にとって、ブルーが伝えた”真実”は救いと成り得ただろうか。

 

 その勇気の糧と成り得ただろうか。


 彼が歩む、真っ直ぐな道の先にあるものは、あの本同様に”幸福”と呼べるものではないだろう。


 だが、願う。


 彼ならば、あるいは……と。


 願いも運命さだめも飲み込みながら、事態は徐々に、最終局面へと移行しつつあった。


 NEXT→第21話 血戦の虚空―そら―Ⅰ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ