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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
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第19話 正義の味方

#19


 ――轟音が、幼いブルーの鼓膜を容赦なく揺らし、不穏な振動が、その足をすくませていた。


 彼等が乗る船はいま、機関部の爆発を起因とする、煙と轟音が支配する地獄と成り果てていた。


(お……兄……ちゃん……)


 その中でブルーは見た。


 兄の最期を。


 下方からの爆発によって、宙に舞い上がる彼の体を。


 そして、そのまま遥か下方へと落下し、砕け散るその五体を。


(あ……あ……)


 現実を受け入れられず、ブルーはただ立ち竦む。

 

 そうだ、彼は散ったのだ。


 いま、ブルーの目前で呆然と座り込む、小さな、小さな女の子を助けるために。


※※※


「おおおっ!」


 互いの拳が、心臓を直接、叩き潰すように、互いの胸にめり込む――。


 にらみ合うは、”人柱実験体”の証たる凶相極まる鬼の面。


 ”骸鬼スカルオウガ”と”蒼鬼ブルーオウガ”。


 それぞれの戦闘形態バトルスタイルへと再び『鎧醒アームド』した響とブルーは、”決着”のために、互いの渾身の一撃を、互いの身体へと叩き込んでいた。


 だが、”兄弟”であり、”同種”の寄生体を鎧として纏い、共に”人柱実験体”である二人の力は極度に拮抗し、互いの心臓を殴り潰すまでには至らない――。


(ああ……そう、だ……)


 ”あの本”でもこんなシーンがあった。


 確か、主人公は、兄弟のように育った男と、こんな馬鹿げた戦闘を繰り広げていた。


 ”闇の王ダーク・ロード”の甘言によって、”魔の騎士”にちた、その男と。


 ”蒼鬼ブルーオウガ”の仮面の下で、ブルーはその口元を、わずかにゆるませる。


「――”影ノ月シャドー・ムーン”ッ!」

「――!?」


 ”蒼鬼ブルーオウガ” の一角獣ユニコーンを思わせる一本角が展開し、その内部から高濃度の”精神感応金属ヒヒイロカネ”――”朱板クレナイ”の分泌液エネルギーによって生成された朱い刃が三日月のような軌跡とともに、響へと斬りかかる――。 


「くっ……!」  


 ブルーの腹部を蹴り飛ばすようにして、拳を引き抜き、飛び退いた響の肩口を、”影ノ月シャドー・ムーン”の刃が深々と斬り裂く。


 着地と同時に、己が身を濡らす鮮血を振り飛ばしながら、響は眼前の難敵を見据える。


「まだ……こんな奥の手があったのか……」


 心底、呆れた声が”骸鬼スカルオウガ”の口顎クラッシャーから響く。


 ”それをかわす奴も大概だ”


 ”蒼鬼ブルーオウガ”の口顎クラッシャーからも同様に、心底呆れた声が響いていた。


 ――二人の気配がわずかに笑む。


 同時に、


「おおお……っ!」


 両者の渾身の蹴りが、夜の冷気を切裂く。


 つばり合う刃のように、ぶつかり合った二人の右脚が鈍い音を立てる――。


「ぐっ……!?」


 蹴撃での勝負は、ブルーに軍配が上がった。


 ”骸鬼スカルオウガ”の右脚に亀裂が走り、それは鮮血とともに砕け散る――。


 すぐ様、”壊音カイオン”による再生が開始されるものの、響が体勢を崩したその隙は、ブルーにとって、千載一遇の好機に他ならない。


 ”行くぞ、兄さん……!”


「かあぁ……っ!」


 深い呼吸の後、腰を落としたブルーの身体、その筋肉の一筋ひとつ一筋ひとつに、力が満ちる。


 彼の脚は、その”跳躍”のためにしなり、唸りを上げ、それと同時に、蒼鬼ブルーオウガの鎧装の表皮――皮膚はバリバリと裂け、その内部で朱々あかあかと光る”精神感応物質ヒヒイロカネ”――”朱板クレナイ”をあらわとする。


(『鎧醒アームド』、『朱板クレナイ』、『念動力サイコキネシス』……俺の総てを捧げる……!)


 弾かれる最後の引き金トリガー


 尋常ならざる脚力と”念動力サイコキネシス”で、周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら高く跳躍したブルーの身体を朱々とした光が覆い、蹴撃の姿勢をとったその右脚を、回転する独楽コマのように”蒼裂布(ブルー・リッパー)”が包み込む。


 最大出力の己が一撃を、”念動力サイコキネシス”によって弾丸として対象へと撃ち込む――。


 その秘儀の名は、 


「”狂える蒼き魔槍バーサーク・スクリュー”――!」


 蒼い閃光が夜を駆けた。


 寸でのところで再生を果たした、響目掛けて、その”蒼き魔槍”は投げ放たれる。


「くっ……おおおおおおおおおおおおおお!」  

 

 骸鬼スカルオウガ口顎クラッシャーが開き、咆哮とともに、黒い鎧装に覆われた両腕が”蒼き魔槍”を真っ正面から受け止める。


 だが、”狂える蒼き魔槍バーサーク・スクリュー”は単なる”蹴撃キック”ではない。


 己を受け止めるものを切裂かんと、その先端は、回転する”蒼裂布(ブルー・リッパー)”の斬撃によって、護られている。  


 響の腕はミキサーに突っ込まれた生肉も同然に、切り刻まれ、蹂躙され、砕かれる。


 それでも――、


「くっ……あああああああああああああ」


 狂気じみた速度スピードで両腕を再生させながら、”蒼き魔槍”を受け止める響の脳裏に、再びブルーの記憶が雪崩れ込む。


(ブ、ルー……)


 それを飲み込みながら、噛み締めながら、響は”蒼裂布(ブルー・リッパー)”を掻き分け、”魔槍”の核である蒼鬼ブルーオウガの右脚へとその五指を喰い込ませる。

     

 記憶という膨大な情報データの海の中、”思い出”という、その一滴ひとしずくが、優しく響の脳裏にこぼれ落ちる――。


※※※


「ねぇ…お兄ちゃんは、この人みたいに…なりたいの?」

「うん、だってこの人、すごいじゃん」

「でも……」


 その体を呪いで怪物に変えられて――。


 その体でたくさんの人を助けたけども――。


 兄弟のように育った友達を殺めることになって――。


「最後は、一人……だったよ?」


 そのお話の主人公はとても優しくて、強くて、格好良かったけれども、幸福と呼べるかはわからなかった。


 それでも兄は――、


「……うん、でも、ボクはこの人みたいに、みんなが笑って生きていけるよう、頑張りたい」


 父さんも、母さんも、いなくなっちゃったけど、せめてお前だけでも笑えるよう――。


「”正義の味方”に、なりたいんだ」


※※※


「おおおおおお!」


 骸鬼(スカルオウガ)の両肩と胸の三頭犬(ケルベロス)の顋を封じていた"村雨"の縛鎖が弾け飛び、"音響兵器"でもある咆哮と、骸鬼(スカルオウガ)の剛腕が腹部の"魔槍"――ブルーの右脚を引き抜き、放り投げる。


 粉塵とともにブルーの身体が地面を転がり、ブルーは糸の切れた人形のようにその身をふらつかせながらも、力を使い果たした、その異貌(カラダ)を立ち上がらせる。


 精神感応金属(ヒヒイロカネ)は、朱い光を消失し、"蒼裂布"もただの布きれとなってしまったかのように、地面にその身を横たわらせている。


 ――かろうじて『鎧醒(アームド)』だけが維持されている。そんな状態だった。


「……ブルー」


 そのブルーへと、同じく満身創痍な兄が告げる。


 それは、響が初めて"今の"弟の名を呼んだ瞬間だった。


 その拳は固く握られ、その眼差しは己の一撃を受けるために立ち上がった(ブルー)へと、向けられていた。


「――行くぞ」


 大地を蹴り、一直線に、黒く光る異貌(ボディ)が疾駆する。


 心臓(ハート)より送り出された人間ヒトとしての血が、黒の鎧装へと通う。


 己がこれまで歩んできた道を、己がこれから進む道を示すように、兄はただ”真っ直ぐ”に、その異貌を、心を馳せ、駆けさせる――。


(……"黒騎士一人ブラック・ライダー"……)


 ようやく、脳裏に蘇ったタイトルとともに、遠い日、目に焼き付け、憧れた、あの本の”正義の味方”の姿が、眼前の兄の異貌(すがた)と重なる――。


「おおおっ!」


 銀鴉(ジャック)を屠った時と同様の、響の全霊の拳が、ブルーの腹部をえぐり、その身体を宙へと舞い上がらせる。


 ――だが、銀鴉(ジャック)の時とは異なり、響もまた同時に跳躍し、ブルーよりも高くその異貌(からだ)を飛翔させていた。


 骸鬼スカルオウガの両肩の三頭犬ケルベロスあぎとが開き、その内部から租借され、消化された”醒石”の残滓エネルギーが噴き出す。


「――耐えろよ、兄弟」


 ……”邪牙魔穿(ケルベロス・ファング)”……!


 噴き出した残滓による”加速ブースト”とともに、響の”蹴撃キック”がブルーの胸部へと突き刺さる。


 骨を粉砕し、内蔵すら踏み潰すかのような衝撃がブルーの全身を貫き、空気との摩擦で五体が赤熱化する程の速度で、その蒼い体は大地へと叩きつけられる。


 蒼の鎧装は木っ端と砕け、裂けた皮膚から飛び散った鮮血が、ブルーの視界を彩る。


 その朱い景色の中に立つのは、漆黒の英雄。


 あの日と変わらぬ、優しくて、強くて、格好良い、僕の――


 その異貌すがたに、ブルーの瞳は満足げに閉じられる。


 ――決着。


 長かった二人の戦闘は、こうして幕を下ろした。


NEXT→第20話 躊躇いの先へ

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