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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第四章 血戦 PART2―Count Zero―
67/172

第18話 道標

#18


 ――タイトルは覚えていない。


 ただ、その内容は、脳を弄り回され、記憶の大部分に損傷を負った現在でも、思い返す事ができる。


 指にまだ、そのページをめくる興奮の残滓が残っているような気すらする。


 その本は、彼にとって、言うなれば、夢の世界への入り口だった。


 「何その本? 見せてよ」


 床に本を広げて、読み漁る彼に、”兄”が声をかける。


 一緒になって、夢中で読んだ。


 読んでいる間、自分たちは間違いなく”夢”の中にいたと思う。


 最後のページを感動とともに閉じた時、”兄”は瞳を輝かせて言った。


「すごいなぁ……俺、”この人”みたいになりたい」


*** 


「――!」

 

 靴底が、ブルーの整った顔立ちを蹴り上げ、血の味を口内に充満させる。


 だが、己の頬をしたたかに蹴り飛ばしたその足を ブルーの衣服から伸びる”蒼裂布(ブルー・リッパー)”が絡め取り、その足を捻じるように、"回転スクリュー”を加えて投げ飛ばしてみせる。


「ぐっ……!?」


 膝と靭帯に走る激痛に、響の口内から唾とともに、苦悶の呻きが吐き出される。


 己が身を同方向に回転させることで、”回転スクリュー”によるダメージを軽減させ、響はすぐさま、地面に落ちていた自らの半身、妖刀・村雨の柄を握り締める。


 ――死闘の開始から、既に1時間以上が経過しつつある。


 同種との遭遇によって活性化し、絶え間なく宿主の肉体を再生させる”壊音カイオン”と”似て非なる蒼ダミー・ブルー”も、並の人間であれば、数百はくだらぬ程に死んだ二人の肉体を再生させるのには、”限度”があったようだ。


 現在、戦闘形態バトルスタイルへの『鎧醒アームド』は解除され、その”力”はいまや、人間としての二人の機能と姿を保つことだけに注がれていた。


 ”彼等”が宿主の生命維持に集中せざるを得ないほど、二人の死闘は、馬鹿馬鹿しい程に激しく、無残だった。


 ”共鳴”の中で、互いの”過去”を貪り合うかのような二人の戦い様は、”栄華此処に眠るグレイブ・グローリー”の廃墟を平地に変える程に、凄絶だった。


 お互いの因縁、それもある。


 だが、それと同様に二人の身体を突き動かす想いものがあった。


 一方は、”彼女”のもとへと行く為に。

 

 一方は、”彼女”のもとへと行かせぬ為に。


 二人は己が肉をぶつけ合い、血を流し続けていた。 


「はっ……!」


 閃光のように、ブルーの首筋をとらえたかに見えた妖刀の刀身は、ブルーの綺麗に生え揃った歯牙によって軌道をそらされ、わずかに彼の頬を裂くにとどまる。


 先程の蹴撃と同様に、”蒼裂布”に絡みつかれた刀身は、響の手から得物を奪わんとする”蒼裂布”の力に軋み、苦悶の如き音を響かせる。だが、


「フン……!」

「――!」


 ”くれてやる”とでも言うように、村雨を大地に突き刺した響は、その峰を足場として、跳躍。


 強烈な膝蹴りを、ブルーの顎へと炸裂させていた。


 骨が砕ける感触が膝を伝い、人間同士の決闘であれば、確実に決着に結びつく”手応え”を響に認識させる。


「はぁ、はぁ……」


 ――しかし、そんなはずもなかった。


 自ら後方へと跳ぶことによって、衝撃をある程度殺したブルーは、顎骨を再生させながら、指を響へと向け、”念動力サイコキネシス”という、自らのもう一つの武器を発現させようとしていた。


「……しつこいぜ、まったく……!」


 周囲に散乱する大小の瓦礫が宙に浮かび上がり、無数の弾丸となって響に襲いかかる。


 絡みついた”蒼裂布”から村雨を抜き取り、響はまだ十分な”脅威”を残す難敵へと、疾走を開始する。


 だが――、


「がっ……!?」

「――!?」


 その足が、砂塵を巻き上げながら、停止する。


 響は、目を見開き、息を飲む。


 人体製煉の証たる、赤の瞳に映し出された、その”異変”に、響は思わず、その足を止めていた。


「ぐっ……あああああああああああ!?」

「お、おい……?」


 瓦礫を用いた、無数の弾丸も、”蒼裂布”も、響へと襲いかかる事はなかった。


 響の鼓膜を掻き毟るかのような、苦悶の叫びがブルーの喉からほとばしり、その口は嘔吐と吐血を交互に繰り返していた。


 その甘いマスクには血管がゴムチューブのように浮き立ち、彼の体内に生じた決定的な”不調”を、響へと示していた。


「お前……」


 己が身体からだに満ちていた”戦意”がたわみ、霧散してゆくのを感じる。


 ――元より気にかかってはいたのだ。


 体内に埋め込まれた、高濃度の”精神感応金属ヒヒイロカネ”を解放しての、長時間の戦闘。

 

 それと並行した、”壊音カイオン”の同種の制御コントロール


 それに伴う、”念動力サイコキネシス”の使用。


 それらは、一個体が耐え得る”負荷”には思えなかった。


 明らかに過剰な”強化カスタム”が、この”弟”には施されていた。


 そして――、


(俺の……せいか……)


 ”壊音”と同種の性質を持つ”似て非なる蒼ダミー・ブルー”を制御するために、処置により抑制された”感情”。


 そうでありながら、彼は自分との対峙の中、その感情を剥き出して、その”異能チカラ”を振るってきた。


 彼という”人柱実験体”を構成していたバランスが崩壊してしまったとしても、おかしくはない。


 その引き金トリガーとなってしまったのは、紛れもなく――、


「……どう、した、好機チャンスだぞ、”黒を付き従える者ブラック・ライダー”……。その手の駄刀ガラクタは、血を吸うには過ぎた代物か……」


 痙攣する足を、”蒼裂布(ブルー・リッパー)"で縛り、固定し、かろうじて立つブルーは、途切れ途切れながらも、挑発の言葉を、響へと紡ぎ続けていた。


 その声音は、彼の全身を蝕んでいるであろう苦痛とは裏腹に、冷静そのもので、己の痛みさえもデータとしてしか認識できていないような、その彼の在り様が、響に、彼へと施された”処置”の重さを実感させる――。


 そして、その”処置”を越えたところで、彼に”感情”を露わにさせた自分という存在の”重さ”も。


「休め……」

「何……?」


 響の、兄の口内から零れた言葉に、ブルーの眉が怪訝に動く。


「何分、何十分かかってもいい。お前が整うまで待ってやる。その上で、”決着”を付けよう。このまま殴り合っても果てがない事は互いにわかってる。なら、ある程度、力が戻ったところで、互いの”最大”で決着ケリを付けよう――」


 響は村雨を背の鞘へと納め、付近の瓦礫へとその腰を下ろす。


 ――それは、いまのブルーと同様に、無防備な状態といえる。


「馬鹿か……この局面で敵の申し出など受けられるはずもない。第一、俺にとっては、”女王クイーン”が勝利するまでの時間稼ぎができれば、それでよいのだ。お前の申し出は――」

「本当にそうか……?」


 お前の申し出は、自分にとって有利にしか働かない。


 そう告げようとしたブルーを、兄の眼差しと、口舌が遮る。


「”兄ちゃん”に恨みを晴らしたいんじゃなかったのか?」

「………」


 抑制された”感情”を刺激する、響のその言葉に、ブルーの眉間に深くしわが寄せられる――。


 だが、ブルーの青い唇がもたらしたのは、”怒号”ではなく、淡い溜息だった。


「……挑発か」

「……ジェイクみたいに上手くできればいいんだがな。あいにく、俺は口が達者な方じゃない……」


 ブルーの冷めた言葉に、バツが悪そうに苦笑しながら、響はその頬を掻く。


 選び抜いたブルーを”その気にさせる”ための一言も、その意図を見透かされ、場の空気を沸騰させるまでには至らなかった。


 しかし、両者をより冷静にクールダウンさせる効能はあった。


 嵐の如き死闘の幕間で、両者は一個の人間ヒトとして――素面の兄弟として、顔を合わせていた。


「だが、俺が人間として、兄のように慕うその男は、こういう風に俺を焚き付けて、俺が抱えてるものを軽くしてくれた。大切な事を俺に気付かせてくれた。ひどくみっともない喧嘩だったが――多分、一生、忘れる事はないだろう」 


 響は昨晩の、ジェイクとの一悶着を反芻し、わずかに目を細め、口元を綻ばせていた。


 その表情の穏やかさが、ブルーの瞳に鮮やかに、柔らかく映し出される――。


「そいつの真似をするつもりだったのか」

「失敗したがな、見事に」


 肩をすくめ、告げる響の顔は、完全に、戦場に生きる”強化兵士カスタム・ヒューマン”のそれではなかった。


 その表情に、ブルーの胸にわずかながら、”懐かしい”という”感情”が去来していた。


 そうだ、この人は、”昔”から――。


「どこまでも甘い奴だ。ここまでどうやって生き残ってきたのか――その天文学的な確率、考証に値する」

「……そうかもな。だが、俺がこの街にもらったものは、そういうものだ。この街にあって護りたいものはそういうものなんだ。俺にはそれ以上に正しい事なんて見つけられない――」


 ブルーの言い様に、響は、これまでの道程を確かめるように、己が掌を見つめながら言葉を紡ぐ。そして、


「――だから、その正しさで”弟”であるお前に応えたい」


 響の”兄”としての表情が、真っ直ぐに”弟”であるブルーの顔を見つめていた。


 同じ遺伝子を持ちながら、別たれていた道。


 だがいま、己の立つ道の上に、確かにこの”兄”は立っているかのように思えた。


「フ……フハハ、ハハハハハ……!」

「お、おい……?」


 堪え切れず、噴き出したかのような笑い声が、ブルーの口内から漏れていた。


 ただ、その表情には、”笑い声”を無理矢理に作ったような、いびつさはなかった。


 幼い童のような、無垢な、自然な笑みがそこにはあった。


「まったく……確かめるまでもなく、アンタは馬鹿野郎のままだったと見える」

「何……?」


 突然の”馬鹿”呼ばわりに、顔をしかめた響に、ブルーは笑いとともに目から零れた雫を拭っていた。


 そうだ。思い出した。自分は見ている。この男が、兄が、この人が、あの”蠱毒こどく”の船の中で、どういう”死に方”をしたのか――。


 ”処置”により、忘却していた記憶が、この”兄”との戦闘の中、ブルーの脳裏に確かに蘇りつつあった。 


「……あの本の結末を覚えているか?」

「……本、だと?」


 ブルーの言葉に該当する記憶を導き出せず、響はわずかに唇を噛む。


 生真面目なその反応に、ブルーは”構わない”とでも言うように、首を横に振ってみせる。


「思えば、俺は確かめたかっただけなのかもしれない。アンタがあの日のままの、そのままのアンタでいるのかどうか――」


 ブルーはその瞳を閉じ、遠いその”景色”を瞼の裏側へと映し出す。


「あんな死に方をしたアンタが、ちゃんと”正義の味方”をやっているのかどうか、をな――」


 自分は己の中の、小さな”英雄”がけがれていないかどうか、確かめたかっただけなのかもしれない。


 自分の歩んできた道、無意識下でもその道標みちしるべとなっていた、あの”背中”が間違っていなかった事を確かめたかっただけなのかもしれない――。


「……行くぞ、”正義の味方”。”魔の騎士”が相手となる」


 芝居がかった台詞とともに、”蒼裂布(ブルー・リッパー)"が蛇の如く鎌首をもたげ、ブルーに”力”が戻った事を響へと伝える。


 それを受け、響も瓦礫から腰を上げ、背の鞘から引き抜いた村雨を構える。


「――そんな上等なものじゃない。俺はただ」


 誰にも不幸になって欲しくないだけだ。


 響が紡いだ、”昔読んだ本そのまま”の言葉に、ブルーは湧き上がる”感慨”と”高揚”を感知していた。


 ああ、この人は本当に変わっていない。


 ”記憶”はなくとも、兄は、兄のままだった。


 今は名も、姿も違うが、いまようやく”逢えた”――。


”行くぞ”


 僅かに和やかな程だった空気がまた張り詰め、両者の五体に、戦闘の再開を高らかに謳い上げる――。


「「『鎧醒アームド』ッ!」」


 大地を蹴ると同時に、再び異形へと変貌した二人の肉体が激突し、交差する。


 その、決着は――、


NEXT⇒第19話 正義の味方

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